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会談を終えて、俺はその夜さっそく父さんたちに許可を貰うべく話をした。
「つまり、この村を出ると言うことだな?」
「ああ、養成学校に入って、そのままアルミュナーレ乗りになるつもりだ。軍人になるから、早々帰ってくることもできないと思う」
「お母さんは寂しいけど、エルドちゃんが自分で決めたなら反対はしないわ」
「そうだな、俺も特に反対は無い」
思った以上にすんなりと許可はもらえた。まあ、推薦で入ったとしても、確実にアルミュナーレ乗りになれるとは決まった訳ではない。養成学校の成績次第では選考から落とされる可能性もあるのだ。その時は、村に戻ってきて親父の狩りを継ぐとしよう。なら、町に行ったついでに、ライセンスを取得するのもありかも知れないな。
「なら、俺は行くよ。自分の夢を叶えに」
「頑張ってこい」
「気を付けてね」
その夜は、少しだけ豪華な食事を食べて、俺はベッドへと潜り込んだ。
ベッドの上で天井を見ながら考える。
少し意外だったのは、父さんたちからアンジュに関する話が一切出なかったことだ。
この村では俺の父さんたちもアンジュの両親も俺達が結婚するのが当たり前と考えているように思えた。
だから、アンジュをどうするのかと聞かれる可能性が高いと思っていたのだが……
俺の思い過ごしだったのか? だとしたらちょっと恥ずかしい。
ただ、喧嘩別れみたいな状態のままさよならは嫌だな。最悪、二度と会えない可能性もあるんだし。
今日、村長の家に行ったときに会えるかとも思ったけど、結局会うことはできなかった。アンジュの奴、どこにいるんだろうか。
翌日。色々と準備しなければならないと言うことで、俺は特別に外出禁止を二日早く解いてもらい、隊長さんの所に訪れていた。
「両親からの許可が貰えました」
「そうか、なら私達が帰る時に一緒に行くとしよう」
「どれぐらいになりそうですか?」
「今日あの機体を調べてからだな。オレール」
「おう、あいつらが朝から調べている。そろそろ戻ってくるじゃろ」
あいつらと言うのは、村長の家に来るときに見た、俺の機体を色々と調べていた騎士たちの皆さんだろう。いかにもプロの手つきでテキパキと調べているのを見て感動したものだ。
「失礼しますよ」
「噂をすればじゃ」
入って来たのは、二十代前半ぐらいの男だ。所々汚れているのは、アルミュナーレを色々と調べていたからだろう。
赤い髪に金の目。隊長や副長と違い、線は細めでどちらかと言うと軽薄は印象を受ける。
「リッツ、どうだった?」
「ありゃ動かすのはかなり厳しいです。予備のパーツとある程度互換性はありますが、ダメになってる場所が多すぎますわ。片腕なんてそもそも無いですし、各関節はガタガタ。油圧ポンプは応急修理した部分から破裂しちゃってるのもありますし、伝達ケーブルも切れている部分が多くて、見つけるのも一苦労になりそうです。機動演算機は今カリーネが調べてますけど、古い機体なもんで情報の取得と書き換えに少し苦戦しているみたいですね」
リッツは頭をガシガシと掻きながら報告を続ける。その仕草はどことなく副長に似ていた。機体状況に関して報告していると言うことは、この人も整備士なのだろう。とすれば、副長の弟子なのかもしれない。
「濃縮魔力液はこっちの分を少し分ければ問題ないでしょうが、修復までには一週間はかかりそうですね。足引っこ抜いて新品突き刺したい気分ですよ」
「そこまでか。よく盗賊に勝てたもんだ」
「かなりギリギリでしたが。それに勝ったと言うよりも撤退させたと言った方が正しいと思います。戦おうと思えば、まだ戦える状態でしたから」
ジェネレーターや操縦席が露出していても、奴の技術があればまだ戦うことも可能だったはずだ。それをしなかったのは、単純にリスクを回避しただけだろう。本物の戦場ならそうはいかない。
「彼は?」
「こいつがあの機体の操縦者じゃ。エルド、こいつはリッツ、儂の弟子じゃ」
「へぇ、君が。話は聞いてるよ、自力であいつを動くまで直したんだってな。そりゃ親父さんも気に入るはずだ。俺はリッツ、よろしくな」
「エルドです。よろしくお願いします」
「礼儀正しい良い少年だ。町に言ったらいい店紹介してやるよ」
ニヤリと笑みを浮かべ、俺の頭をガシガシと撫でる。
それはどんな業種なんでしょうかね……
「馬鹿な事言っとらんで、さっさと整備に戻らんか! 後で儂も行く」
「ういっす」
リッツさんが部屋を出ていくと、副長が大きくため息を吐いた。
「あいつはどうしてああもシャキッとできんのだ」
「整備士として養成学校は卒業しているはずなんだがな」
副長は呆れたようにため息を吐き、隊長も苦笑している。養成学校にはやはり礼儀の教育もあるようだ。
と言うか、やはりリッツさんの髪を掻く動作は、副長譲りのようだ。
「まあ、今聞いた通りだ。おそらく出発は一週間後になるだろう。それまでに準備をしておいてくれ。それと、余裕があればこちらも手伝ってもらいたい。一人で直せるだけの技術があるのならば、邪魔にはならないはずだ」
正確にはアンジュにもかなり手伝った貰ったわけで、一人で直したわけではないのだがそのアンジュは現在俺に会いたくないのか、避けられているようだし、手伝いを頼むのはさすがにできない。
「分かりました。では早速準備にかかりますので失礼します」
「ああ」
俺はさっそく旅の準備をするため、家へと戻るのだった。
一週間はあっという間に過ぎて行った。
その間に、隊員を一人ずつ紹介され、ある程度仲良くなることもできたと思う。
第31アルミュナーレ隊は全員で五名。隊長のボドワン、副長兼整備士頭のオレール、整備士のリッツ。そして、新しく会ったのが十八歳で新人のブノワと二十二歳のカリーネである。
ブノワは銀髪童顔の少年で、斥候担当でありアルミュナーレのサポートをする肉体労働担当だ。もともとは操縦士を目指していたそうだが、才能が欠片も無く操縦士候補からは落とされてしまったらしい。それでも、アルミュナーレに関わりたい一心で勉強していたところをボドワン隊長に引き取られたらしい。
カリーネは機動演算機担当であり、隊員の中で唯一の女性である。ピンク髪のツーサイドアップに赤メガネ。さらに口元にほくろと属性たっぷりの印象に強く残る女性だ。
あまり話したことは無いが、リッツさんの話によるとかなり気が強いらしい。
そんな五人と一緒に壊れたアルミュナーレをなんとか動くまでに修復し、起動実験を終えてようやく今日出発となったのだ。
しかし、俺が七年かけて直した機体を一週間か。プロってすげぇわ。
そして今は、出発前の最後の別れと言うやつだ。
「寂しくなるわね」
「ごめんな」
母さんと抱き合い、抱擁を交わす。転生者とはいえ、十五年も育ててもらった母さんや父さんの下から離れるのは少しさびしい。
「良いのよ、エルドちゃんが自分で決めたことだもの。それに、うすうすそんな気はしてたしね」
「そうだな。お前が将来的に村を出ていくのだろうということは、感じていた。お前は昔から色々と頭がよかったからな。村だけに収まることは無いと思っていた」
「そっか」
「気を付けるんだぞ」
「ああ」
他の村人たちも集まり、俺の出発を応援してくれる。その中にアンジュの姿は無かった。
結局あれから一度も会えなかったな。
「そろそろ出発するってよ」
リッツさんが、俺に出発を知らせてくれた。
「じゃあ行ってくる」
「待って!」
俺が踵を返し、アルミュナーレの下へ行こうとした時、村人の壁の向こうから声が聞こえた。それは紛れも無くアンジュの物だ。
振り返れば、村人の壁が割れ、その先にアンジュが見える。
「アンジュ」
「エルド君」
アンジュはゆっくりと俺に歩み寄ってくる。リッツは雰囲気を見てか、肩を竦めて成り行きを見守ってくれるようだ。
「エルド君、ごめんね。今日まで会いに行けなくて」
「いや、こっちこそ悪い。勝手にこんなこと決めちゃって」
「ううん、私も何となくこんな日が来るんじゃないかってことは分かってたから。エルド君、私と二人っきりなのにずっとアルミュナーレばっかり見てるんだもん」
「いや、それは……すまん」
まあ事実だな。しかし、アンジュがそこまで俺のことを思ってくれていたとは。
「いいよ、許してあげる。許すのも女の器量だってお母さんが言ってたの」
「そ、そうか」
あのおばさんがそんなことを言うとは……むしろ地獄の底まで追って行って成敗する感じの人だと思ったんだけど。
「あのね、エルド君が村を出ていくって聞いてから、私も自分の将来について色々考えたの。いっそのこと、強引について行っちゃってもいいかなって考えたこともあったわ」
「それは……」
アンジュが個人の意思で強引に俺についてくることは、おそらく可能だろう。町に行けば仕事なんていくらでもあるし、アンジュレベルの可愛さなら、受付や接客の仕事でも引っ張りだこだろう。
料理や掃除もできるし、どこかの貴族にメイドとして働くことも可能なはずだ。
それを止めるすべは俺にはない。
俺が困った表情を作ると、アンジュはイタズラが成功した時のような蠱惑的な笑みを浮かべる。
「大丈夫。それがエルド君の迷惑になることは分かってるよ。私は確かにエルド君の側にいたいけど、それでエルド君の枷にはなりたくないから。今の私じゃどれだけ頑張っても、エルド君の側に居続けることはできない。だから、今日はお父さんたちと相談して笑顔で送り出すことにしたの」
その言葉に、俺はホッと胸をなで下ろす。
「それでね、エルド君が出発するまでにこれ作ろうと思って」
そう言ってアンジュがポケットから取り出したのは、ネックレス型のアミュレット。いわゆるお守りだ。
細いチェーンにドッグタグサイズの銀板が通されている。銀板には、鉄の歯車と鳥の羽が彫られていた。だが、職人が掘ったとするには銀板は少し歪んでいるし、彫られている絵も線が歪だ。
これもしかしてアンジュの手作りか?
「気付いた? おじさんに手伝ってもらって、自分で作ったんだ」
おじさんと言うのは、この村で唯一の鍛冶師であるオンドさんの事だろう。
よく見れば、アンジュの指先には火傷がある。非常に小さく、熱い鍋に触れてしまった程度の軽いやけどだ。痕は残らないだろう。
だが、火傷をしてまでアミュレットを自作してくれたことに、感動を覚える。
「このマークは?」
「歯車は、ずっと機械いじりしてたエルド君。羽は天使の羽をイメージしてみたの。エルド君を守ってくれればいいなって」
そう話すアンジュの頬ははっきりと分かるほど赤く染まっている。それとなく周りを見渡せば、村人たちも皆ニヤニヤとしていた。
まあ、そうだよな。守ってくれればいいなんて言っているけど、アンジュの名前の語源って天使だしバレバレだろうな。まあ、言わないのが華なんだろうけど。
「そうか、ありがとう。大切にするよ」
アンジュからアミュレットを受け取り、首に掛ける。
チェーンが擦れてシャランと音を立てた。
「たまには帰って来てね。あんまり帰ってこないと、会いに行っちゃうから」
「出来るだけ努力するよ」
日本人特有の、曖昧な表現で言葉を濁す。さすがに養成学校に行っている間は、帰られないだろうしな。新兵が幼馴染に会うために帰省しますなんて話も、顰蹙を買うだろうし。帰ることができるのは、三年目ぐらいかな。
「じゃあ頑張ってね」
「ああ、行ってきます」
俺はアンジュのエールを受けて、この村を旅立つのだった。