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勇者と魔王を倒して世界を征服するが、幼女に倒されて世界が救われるお話

作者: 那須樹


 異世界アルカディアは、現在壊滅の危機に曝されていた。原因は世界の敵、魔王である。

 欲望のままに力を振るい、悪逆非道を貫く魔王を倒すために世界は一致団結するも、禁呪によってあらゆる生命を凌駕した魔王には触れることどころか近づくことすら出来ず、数多の街が滅び、ヒトは殺され、大地は瘴気に汚染されて行った。

 そんな中、アルカディアで広く信仰されている女神教の総本山を有するセイント聖国にて、とある苦渋の決断が下された。古代人が生み出し、その危険性から封印された技術。

 

 ―――勇者召喚である。


 異世界から勇者を召喚し、数では敵わない魔王を打ち破ってもらう。自分たちの問題を他人に押し付ける最低の行為であるが、このままではアルカディアは滅んでしまう。セイント聖国を含む各国の王は、全てを自覚した上で、愛する民や家族を守るためにその禁じられた行為に手を染めた。


 そして、月日は流れて早1年。召喚された勇者“カンナギ・ユウト”は、様々な苦楽を乗り越え、恐るべき速さで次々に世界を魔の手から解放していった。ユウトの扱う真の勇者にのみ使うことを許された魔法は、何故か魔王の守護を無効化し、その手下どもを駆逐していったのだった。

 そうして、一時は世界の4分の3を飲み込んでいた魔王の軍勢は、今では4分の1程度まで縮小し、勇者の猛進撃の前に成す術も無く風前の灯であった。

 勇者ユウトの活躍もあり、世界を覆っていた昏い雰囲気は払拭され、未だ魔王は健在と言えども、人々の顔には少しずつ笑顔が戻って行った。


 そんな中で怪しい動きをしているのはハイランド王国のチョーグ王である。このチョーグ王は仕事をしない、権力を乱用する、自己中心的思考を持つ、ととんでもない愚王のくせして悪知恵だけは他の追随を許さないという厭らしい人物で、姦策狡計を用い、兄弟を蹴落として王に成り上がった男である。

 領土を魔王に侵略され、一時は信じたことも無かった神に祈りを捧げたチョーグ王であったが、勇者によって領土を解放され、兵は壊滅しているものの捕えられていた民も戻ってきたことで、多くの人々にとって残念なことに見る見るうちに元気を取り戻した。

 そして、自らのボロボロの兵と飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を見せている勇者を比べ、勇者召喚を行う事を決めた。

 金と地位と悪知恵だけは持っているチョーグ王は、セイント聖国の司祭数人に金と女を積み、勇者召喚の方法を入手していたのである。既に姦計を使うことを当然と考えているチョーグ王は言うまでも有らず、その司祭もとんだ性職者である。

 そして、他国に内密に、勇者召喚の儀式を敢行したのであった。


「ぐふふふ、さあ、始めるおじゃ!」

「「ハッ!」」


 何を隠そう、このおじゃおじゃ言葉の豚こそがチョーグ王である。

 ぶくぶくに肥えた醜い身体を揺らして命じるチョーグ王に、権力に媚びへつらう王国の魔術師たちは従い儀式を始める。複雑な魔法陣と長い詠唱、そして大量の魔力で世界に穴を開き、素質のある者を呼び寄せるのだ。


「さあ、マロの最強の兵士よ! 召喚に応じるのじゃ!」


 そう言って、チョーグ王は典型的な成金主義のような、指輪で埋め尽くされた右手を掲げる。

 だが、この時チョーグ王は知らなかった。この儀式は周囲の者の思念によって対象を決定するということを。

 魔術とは意思の成す奇跡である。そして、勇者召喚は強靭な意志の力によって世界に穴を開き、術者の思想に一致する素質を持つ者を呼び寄せる秘術である。

 即ち、清濁を呑み込み、ただひたすらに世界の救済を願った聖国と異なる結果が訪れるのは、もはや自明とも言えるのであった。


 儀式が佳境に入ったことで、魔法陣は強烈な光を放つ。

 そして、光を直視してしまい何も見えなくなったチョーグ王に聞こえたのは、魔術師である1人の女の悲鳴であった。



 ◆ ◆ ◆



 その者には、名前は無かった。

 いや、“者”ではない。“彼”―――便宜上、“彼”と呼称する。―――の姿形は一般的な人間の定義からはかけ離れており、そもそも生物かどうかも怪しいと見る人は思うだろう。

 それもそのはず、“彼”らは自然発生した生命ではなく、創造主にある目的を持って“造られた”ものどもなのだ。

 その身体は光沢のある黒い皮膚に覆われ、滑りのある粘度性の液体に包まれている。巨大な蛙のように見えなくもない身体は2メートル程に上り、見る者に生理的嫌悪を感じさせ、理解不能な恐怖とSANチェックを与える。

 顔面らしき場所に存在する無数の瞳と、背中からは幾本もの触手を生やしたその姿は、“怪物”という名こそが相応しい。


「な、ななななんなのじゃ! お、おおおおおお前はッ!!」


 腰を抜かしたのか、えらそうにふんぞり返って座っていた椅子から転げ降りた肥った男性を眺め、“彼”は不思議に思う。

 その後も周囲を眺めるが、見知らぬ恰好をしたよく分からない生物がいるだけで、その光景は今まで彼がいた場所とは全く違うものだった。


「え、ええい! 殺すのじゃ! そんな化け物殺してしまえ!!」


 “彼”には理解できない言葉を何事か叫び、肥った男が周囲に指示を出す。

 その瞬間、未だ状況が理解できずに行動を停止していた“彼”へと複数の火球が激突した。


「や、やったか」


 火球が直撃し、爆炎を上げる“彼”に肥った男が声を上げるが、“彼”はそのようなことを気にも留めず、自等に衝突した不可思議なエネルギーを分析する。

 “彼”は“創造主”に再生可能なエネルギーを多次元世界から収集するために特別に改造が施されて作り出された存在である。来る約束の日にあの憎き怨敵、“光の巨人”を打倒するために、“創造主”からの使命を帯びているのである。

 その“彼”をして、今身に受けた火球、そして周囲に満ちる気に驚くほど膨大な量の謎のエネルギーが存在することを感知したのである。

 また、どうやらそのエネルギーは生命体の中にも存在するらしい。“彼”は周囲に存在する生命体が、多くの濃密なエネルギーを内包していること感知し、その内のひとつ、手頃な位置にいた存在へと触手を伸ばし、捕まえて口内へと放り込む。

 “創造主”によって特別にチューンアップされ、以前の同胞たちと比べても並はずれた高い性能を誇る“彼”にかかれば、あらゆる物質をエネルギーへと変換し、体内に貯蔵することはいとも容易い。

 体内に取り込んだ存在は“彼”には理解できない何事かを叫び続けていたが、脱出することなど敵わない。その生命体は“彼”によって分解され、効率的にエネルギーへと変換された。


「テケリ・リ」


 魅力的で、かつ効率的なエネルギー変換率に、“彼”は満足の声を上げる。無理やりこの場所へと連れてこられたが、ここは中々に良い餌場であるらしい。

 その後、次々と周囲の存在を口内へと放り込み、ある程度エネルギーが溜まったところで自身を分割し、さらに効率性を高める。

 ハイランド王国から生命という生命が消滅し、事実上王国が壊滅するのに一週間と掛からなかった。



 ◆ ◆ ◆



 “彼”の快進撃は留まるところを知らなかった。

 この世界に多分に存在する未知のエネルギー―――魔力を吸収し、際限なく分裂を繰り返し、ただひたすらに世界を覆いつくし、エネルギーを貯蔵する。それが“彼”の存在意義だからである。

 時には煌びやかな鎧を身に纏った、力の漲る青年を打ち倒し、時には漆黒のオーラを放つ、禍々しい美丈夫を食い破った。

 そもそも“創造主”お手製の特別仕様である“彼”には物理攻撃は通らない上に、魔力を吸収したことで魔術も通じない身体となっている。“創造主”たちは“彼”が効率的にエネルギーを吸収、貯蔵出来るように改造を繰り返し、結果“彼”は進化を果たした。女神の加護を受けた探偵だろうと刑事だろうと、マーシャルアーツだろうと古武術だろうと、もはや“彼”を打倒することは叶わないのである。


 世界は一時期魔王の進撃によって4分の3が闇に覆われた。しかし、勇者の反撃によって闇は4分の1まで減退した。

 そして、今では世界の半分以上が“彼”によって埋め尽くされていた。


 “彼”の目的はエネルギー―――即ち魔力を集めること。基本的には肌と口内で摂取するため、分裂することで表面積を増やし、かつ魔力を体内に持つ生物を捕食していくことが主な行動となる。

 生態系は既に破壊され、世界に満ちていた魔力も大半が吸いつくされた。人口は激減し、人々は“彼”がいない世界の片隅で身を寄せ合って暮らしているに過ぎない。

 異世界アルカディアは、今まさに滅亡の時を迎えようとしていた。



 ◆ ◆ ◆



「セリーナ。もうそろそろ帰ってきなさーい」

「もうちょっとー」


 世界の名を冠する終末の都市、アルカディアスに住む人類の生き残りの少女セリーナは、家の裏手にある池を覗き込んでいた。

 今年で5歳になるセリーナは近所のアイドルであり、くりくりとした瞳に薄茶色の髪の立派な幼女である。

 髪を編み込んでくれる母が大好きであり、お菓子をくれる近所のおじさんおばさんも大好きな、ごく普通の子どもであるセリーナは、今日も今日とて日課である池の覗き込みをしていた。

 池の水は透き通っており、泳ぐ小魚が良く見えた。そして、セリーナは今日も口を開くのである。


「でゅわっ!」


 若干舌っ足らず気味ではあったが、明瞭な発音であった。


 そんなセリーナの様子を見ながら、母であるフィーナは微笑みを浮かべていた。昔からこのような奇行を行うセリーナであったが、それを除けば天使のような愛らしさで、病気も無く、元気いっぱいに遊び回る優良幼女である。フィーナはセリーナの中に己の“希望”を見出していた。


 世界が“黒き者”に覆われ始めて、10年が経った。生き残った人類は世界の片隅で街を作り、そこを魔術で外界から隔離することで何とか生存圏を確保していた。

 だが、“黒き者”はどうやら魔力を際限なく吸収する能力があるらしく、今日明日は大丈夫でも、この場所がいつまでも無事という保証は無かった。

 かつてセイント聖国の王女であったフィーナも、今では一児の母である。父である聖王や兄姉たち、近衛の者や侍女たちの力を受け取って辛くも聖国を脱出したフィーナだったが、既にセイント聖国は消滅しており、生き残りはフィーナしかいない。

 フィーナは魔術師として優秀だったが、世界の端に辿り着くことが出来たのは単に運に恵まれたに過ぎない。所詮1人の小娘に過ぎなかったフィーナにとって、世界は残酷で、旅は過酷を極めるものだったのである。


 だが、それでもあの“黒き者”どもに飲み込まれた人々に比べたら、フィーナは遥かに恵まれているだろう。旅の途中で出会った同い年の少年と結ばれ、今では目に入れても痛くない一人娘もいる。世界の終りは間近で、明日も見通せない世の中だが、それでもフィーナは幸せだった。


 だが、彼女は知っていた。いや、知っているはずだったのだ。世界は残酷であるということを。


「さあ、セリーナ。そろそろお家に―――」


 セリーナの背後の空間が揺らいだのは、そう言ってフィーナが振り向くのと同時だった。

 空間は揺らぎ、漆黒の闇を吐き出す。闇は段々と形を成し、やがて夢にまで見たあの―――


「セリーナッ!!」


 フィーナの思考はそれまでだった。後先なんて考えられない。ただ、足を前にだし、我が子へと向かって走り出す。

 セリーナは未だ背後の変容に気付いた様子はなく、屈みこんだまま池を覗き込んでいる。

 やがて、背後の闇は完全な形を成し、粘性の肌に蛙のような巨躯を持つ、漆黒の狩人が顕現した。

 “黒き者”は生理的な嫌悪感を催すその触手を伸ばし、セリーナを捕えようとする。

 ああ、どうして。とゆっくりと過ぎる時の中でフィーナは思う。何故我が子を奪おうとするのか。何故わたしでないのか。どうか、どうか、お願いします。神様―――と。

 セリーナの口が開いたのは、その瞬間だった。


「でゅわっ」


 若干舌っ足らず気味ではあったが、実に明瞭な発音であった。



 ◆ ◆ ◆



 その瞬間、“彼”の体内を駆け巡ったのは、圧倒的なまでの衝撃だった。

 “彼”には人間と同じような感覚器官は無い。だが、周囲の映像や音を認識し、保存する機能は備えている。

その声を知覚した瞬間、“彼”の中に存在した古い記録が再生された。

 それは“彼”が直接聞いたものではない。主たる“創造主”がインプットしたものである。

 古い記録は細切れており、完全に認識する事は出来ない。分かったのは、圧倒的なまでの“恐怖”という感情。そして、光に包まれた巨人の光景。それによって呼びさまされたものは―――


 ―――眠っていた、生存本能。


 判断は早かった。感情というものを理解できないはずの自分が感じた“恐怖”。それは生存的恐怖であり、これ以上の任務が遂行できないのではないかと言う存在意義消滅への恐怖である。

 自らの任務は再利用可能なエネルギーの回収であり、まだすべてを吸い尽くしてはいない物の、大体の目標は達成したと判断する。

 “彼”は分裂した各個体の脳の間で量子的なもつれを引き起こし、テレパシーにも似た意思疎通を図ることが可能である。それによって情報をもたらされた“彼”の主個体は、この異世界からの撤退を即座に決断した。

 分裂した個体は即座に破棄し、もつれを利用してエネルギーだけを回収する。そして、その幾ばくかを利用して解析した勇者召喚魔術を逆再生。自らを元いた場所へと送り返した。

 あの光の巨人は、同胞を何度も滅ぼし、強大な数多の邪神すらも打ち倒し、“創造主”をも打倒し得ん怨敵である。だが、この矮小な身では敵わず、挑んだが最後、使命すら果たせない危険もあった。

 こうして、“彼”は異世界アルカディアから完全に撤退し、世界に平和が訪れたのであった。


完ッ!!

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