表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

静寂な足音2

帰宅した。


刈名先輩の強引かつアグレッシブな買物に、優越感半分徒労感半分といったところで僕は自室のベッドで本を読んでいた。


『断章のグリム~しあわせな王子様~』


ふむ、今回も誰も救われず毎度毎度怖いというよりは痛いと言った感想を抱かせる本だった。


「うん。満足した。文学少女もさながら、僕はこういった何かを題材とした小説を好む傾向にあるようだな」


グリム童話がまた魅力的だ。他にも宗教観念を説いた内容があるのも気に入った理由の一つである。


「ふぅ、とりあえず続きは今度買うとして、次はホライゾンの四巻あたりでも読もうかな。伊達に最上に上杉。三国を相手に武蔵がどう立ち回るか楽しみだ」


ま、もう何度も読んでいるけれども。


「なぁ、灯。お前は感情の起伏が極端に少ない割にはここぞという時に独り言を垂れ流すよな。正直気持ち悪いぞ」


「・・・ノックくらいしてくださいよ」


「かかっ!んなこと気にすんなよっ。今時流行りのナイーブな男子高校生ってか?灯も成長したもんだ!あっはっはっは!」


彼女は・・・亜矢さんは豪快に笑う。笑うというか嗤っている。


鏑木亜矢。僕の従姉妹で歳は26歳。


僕の高校の教師をやっているため、現在ここに居候中のお姉さん。豪快で大雑把な人だから正直苦手だ。


「なんですか、亜矢さん。僕の神聖な読書の時間を邪魔するなんて」


「あー、悪かったよ。そんなに怒んなって。でも、お前独り言ではあんなこと言ってるくせに、どーせ夢見子ちゃん目当てで読んでんだろそれ?」


心外な質問をされた。半分正解ではあるが。


「失礼な。僕は壁に埋まった両親に抱かれて心狂った女の子に欲情なんてしませんよ。フィラデルフィア計画じゃあるまいし」


「姫ちゃん好きな奴が何言ってんだか。あと現実とフィクションを混同するなよ。あれは実際にあったかもらしいんだろ?まぁ、私から見りゃ壁に埋まった両親に抱かれる時点で夢見子ちゃんのオール一本勝ちだよ」


ふーむ、確かに一理あるな。


壁に人体が埋まっている構図と壁に埋まった人体から抱擁される少女の構図。どちらが狂っているからは明白だ。


「そんな無駄なこと考えてる暇があったら勉強をしろ、勉強を。特にお前は道徳的観念について学んだ方が良さそうだな」


亜矢さんは呆れたように言う。


確かに呆れるほどくだらないやり取りだ、これは。


しかし、僕としては亜矢さんとの会話をもう少し続けたい気持ちもあった。いや、続けたい。そう思っているから。


「無駄なことですか・・・確かに無駄な想像をしてましたよ僕は。けれどもいかんせん、人間というものは何にせよ無駄な思考を時折しなければやってられないことってもんがありますよ」


「ほうっ・・・」と、亜矢さんが眉を上げる。


この人は教師という生き物だ。たとえそれが血縁関係にあろうと、この人の教育者としての根幹が揺らぐことはない。


つまり、僕の嘘っぽい演技に付き合ってくれるのだろう。相変わらず親切な人だ。それとも、この人も僕との会話にそれなりに悦を感じているのかもしれない。


それならばと、僕は話を続ける。


「ええ、無駄な思考ですよ。それは妄想とも言うかもしれません。例えば、僕が武蔵アリアダスト学院の生徒だったら、とそんな妄想をしたとします」


「本当に無駄な思考だな。ガキがウルトラマンになったらなんて考えることと大差無いぞ」


ぐうの音も出ない。


それでも、無視無視。男の子は常にそういったファンタジーに憧れを抱くものなのだ。


「しかも僕は総長連合所属。理想を言えば本田二代が有する副長。もしくは忍者有する第一特務といった役職持ちで、物語の主導を行くメインキャラの一人だったらと、そんな想像をしていたとしましょう」


「まあ、していたんだな。そんな妄想」


半目。亜矢さんの半目は少し怖い。ただでさえ目つきが悪いんだからなおのこと。


「そこで、僕はこう思うわけです。物語のプロットは原作になぞり、あとはそこに自分を代役として置けばいい。そして、その都度僕はその視点に立って、武蔵の一員として行く末を考え時に戦いその余韻に浸る。ここまでくれば、僕はもうその妄想の中に浸ることができる。即ち、ここで無駄な思考をしているという定義が成り立つ」


詰まる所、これは傍観者が傍観者という立場を捨て去り、当事者に成りたいと願ったのだ。しかし、舞台はフィクション。だから想像という形で舞台に立つ。


でも、これは誰もが描いたことのある想像ではないだろうか。


例えば、ベンチ入りできなかった野球部員。アイドルに憧れる少女。仕事を回されない窓際サラリーマン。


彼らは思うはずだ。自分がそこにいたら、という身勝手な想像を一度は必ず。


その想像は果たして無駄な思考なのだろうか?


僕は亜矢さんを見た。


すると、彼女はニヤニヤと笑っている。


「それで?お前が言いたいことはこうか?フィクションに自分を入れ替える妄想こそが無駄な思考だと?じゃあ、これはどうだ?もし私がお前と結婚をするという思考をしたとする。これは無駄な思考か?それとも有用だと思うか?」


「その問いに答えるとしたら、有用だと僕は思いますよ


「その思考の結末として迎える僕と亜矢さんの結婚はフィクションではなく現実世界で起こりうる一つの可能性ですからね。例をあげれば、もしかしたら明日隕石が降ってくるかもしれない。なんていう、ありえないようでいて、しかしその可能性を100パーセント否定することはできない。


「だから、亜矢さんの思考は無駄にはなり得ない。と、僕は考えます」


「うーん、確かに一理あるな」


「ええ。だからこそ、僕はフィクションに身を投じるという無駄な思考にあえて身を投じることで、この世の中の喧騒から脱却を図り、姫ちゃんと夢見子ちゃんと手を繋いでワチャワチャ遊んでいたいというのが僕の理想です」


「訂正する。お前の理論に一理はあるが、お前の思考についてはやはり無駄だ。この馬鹿。さっさと降りてこい、夕飯にするぞ」


亜矢さんは僕の頭をそれこそ遠慮無しに叩くと、ドタドタと下に降りていった。


「・・・・ですよね」


分かりきった答えを呟きながら、僕も部屋を出たのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「なあ、灯夜君。あの有名な一族の長男である彼の持論を知っているかい?


「人の死にはすべからく「悪」という概念が関係しているというね


「それに対して君の。この僕、飾利姫御の最初で最後の弟子たる君の見解を、僕は聞きたいんだ


「もちろん。この問いに正解なんてものはありはしないよ


「間違いはあるが、それこそ無数に無限大に無尽蔵に間違いはあるものの、そこに正解というたった一つの答えなどは存在しない


「それこそ国語の問題だよ灯夜君。現代文でも、古典でも、それこそ漢文にも答えは無数にある。たった一つなんてものは国語の授業には存在しないのさ


「ちなみに僕の、このとある一族のいや、一賊だね。そう、この一賊の長男たる彼の持論に対しての僕の見解を言うならば・・・・面白いだ。


「僕は探偵だ。あらゆる難事件を欲する探偵であり、謎を解くことにしか興味のない酔狂な人間だ。そして、私が受け持つ事件と彼の持論の共通点ともいえるのが、人の死には「悪」という概念がつきまとうということだ


「僕が解いてきた事件の全てに人の悪意が介在していた


「だから、彼の持論と僕の経験は合致する。面白いと思うし、またその通りだなと感嘆する


「そこで、僕は僕の最初で最後の弟子たる君にこの問いの答えを聞きたいのだよ


「固定概念からの脱却。僕の人の死に対する思考停止を君に破ってもらいたいのさ


「だからさ。次に会う時までにできれば考えていてほしい


「君の・・・君の考える。人の死に付属する概念とは一体なんなのかを・・・」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




翌日。


今日も僕は刈名先輩と行動を共にしていた。


まあ行動を共にしていたと言っても、いつも通り生徒会室に呼び出されては雑談に興じていただけだ。


アニメの話。小説の話。学校生活の話。僕は友達が多い方ではない。むしろ少なすぎるくらいに友達がいない人間として有名である。


そんな僕を刈名先輩は心底心配している。


何度も生徒会のメンバーを紹介され、友達になってはどうかと提言されたことも数知れず。余計なお世話とは面と向かって言えない反面、やはり余計なお世話なのだ。


僕としては今の交友関係に満足している。これ以上の人員の増加を望んではいない。教室には桃花がいるし、最近は麗奈さんとも話すようになったし、あの自分勝手極まりない探偵も友達みたいなもんだし、それに刈名先輩もいる。


これ以上は逆に僕のキャパシティを超えてしまう。


処理速度が追いつかないのだ。


そして、僕はいつもの通り刈名先輩の提言を丁重にお断りした。


これでいい。僕の学校生活は上々だ。


しかし、次の日から僕の生活はまた狂っていくことになってしまうことになる。


なんて因果。


まあ、これは僕に非がないとも言えないんだけど。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




翌朝のこと。


僕は眠気を噛み殺しながら登校した。


桃花と一緒に登校した。


ちなみに、桃花も友達はいない。そもそも桃花は生きてる人間に興味を抱かないため友達どころか人との関係自体が皆無だ。


僕という繋がりがあるが、それは無効。


そのせいか、クラスの連中は僕と桃花が付き合っていると勘違いしている輩が大多数だ。まあ、桃花の容姿は常人を逸脱しているし、注目されるのは当然。


そんな彼女と唯一接点を持つ僕がそう思われても仕方ないことだった。


そんな彼女と僕は今日も登校を共にする。


校内に踏み入り、昇降口へと進み靴を履き替え階段を上る。いつも通り。いつも通り。


しかし、いつも通りはそうは続かない。日常は変化する。そうすることで僕を取り巻く環境も変化を余儀なくされる。


僕は教室に入った。教室には人がいる。当たり前だ。しかし、みんな教室に入ってきた僕を見ている。


異様な空気。


そりゃそうだ。


教室が赤く染まっていた。


いや、変な誇張はやめておこう。


正確には、僕の机が赤く染まっていた。


ポタポタと赤が床に垂れ音を作っている。この場合は奏でているといった方が詩的になるのかな?


僕は机に近づいた。クラスメートは動かない。けれども桃花は隣にいる。


机には首を千切られた鳩。ちなみに二羽が、頭と胴体にそれぞれ釘を打ち込まれて絶命していた。


動物虐待。いや、そういう問題ではない。これは明らかに僕に対する嫌がらせだ。それにしても嫌がらせにしては派手過ぎる。なんだこれは、僕が何かしたって言うのか?


少し心がぐらついた。


こうも明確な悪意を向けられると少々応える。


しかし、クラスメートは黙ったまま。硬直している。誰も僕に声をかけない。ただ沈黙を貫いている。


これが僕の交友関係の現状か。確かに刈名先輩が心配するだけはある。どこかの欠陥製品じゃあるまいし、けれども僕は彼のような心の強さは持ち合わせていない。正直キツイ。


首吊り死体は平気なくせして生きてる人間に対してこうも弱いなんて笑えてくる。


頭が混乱する。混濁してぐしゃぐしゃになって溶けちゃいそうだ。


赤と茶色。黒と突き刺さる白が混ざり合う。油絵のような絵画のような風景の中。そんな世界をぶち壊したのは桃花だった。


桃花は僕の机を掴むと、あろうことか窓へと放り投げたのだ。


窓ガラスが割れ赤い机は鈍い音と共に空中へと闊歩し、そのまま下へと落ちていった。


悲鳴と怒声。それは周りから、そして遠くからも聞こえる。僕を含めみんなが動けない中、桃花は僕の手を握ると「いこう」と教室から駆け出した。


クラスメートはただそれを見る。黙って見る。


それでも、桃花だけは僕に触れてくれた。


この死人にしか興味のない娘はどうして僕を庇うのだろう。


今まで何千と考えてきたことを今一度頭に浮かべながら、僕は廊下を走った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「何か心当たりはないのか?」


屋上。


とりあえず逃げた。戦略的撤退というやつだ。


僕は息を切らしながら桃花の問いに答える。


「わからない。ただ、あるとすればお前のことか刈名先輩のことか、それかこの前の首吊り死体だな」


「私か?私は別に関係ないだろう」


無自覚な奴はこれだから困る。


恐らく桃花と刈名先輩に関係することならこれは僕に対する嫉妬が生んだ結果ではなかろうか。


二人は学校では有名人だ。人気がある。そんな二人と仲良くする僕に嫉妬を抱いている人間は少なくないだろう。


まあ、嫉妬にしてはいささか派手ではなかろうかと思うけども。


しかし、首吊り死体なら納得もいく。あの場面を見ていた何者のかが僕を脅しているのかもしれないし、もしかしたら復讐の手始めなのかもしれない。


どちらにせよ、僕が悪意を向けられているということに変わりはなかった。


「しかしあれだね」


僕は言う。不安から逃れるために言葉を発する。


「ペットとして人間に飼われている犬や猫には同情せざる負えないよ。僕たちと同じ生命体のくせして法律上では器物扱い。ペットを殺したら器物破損なんてさ。これはあれかい?物もペットと同じようにかわいがりなさいっていう暗喩なのかな?だとしたら面白いね。この世に物として扱われる生き物は多々見られるが、者として扱われる僕たちは一体何物なんだろうね」


「口数が多いな灯夜。不安なのは分かるが無駄なことを喋るな耳障りだ」


「・・・・そうだね」


お見通しか。


この死体愛好者め。もう少し言葉を選べよ。心が折れるだろうが。


フェンスにもたれたまま僕は思う。原因は何だ?動機は何だ?僕自身人から恨みを買うようなことはしていないはずだ。


それなら、首吊り・・・だめだループする。同じことを考えても答えが出るわけがない馬鹿か僕は。


頭が回る。脳髄が焼ける。原因が分からないとここまで苦悩するものなのか。


「顔を上げろ灯夜」


「・・・・」


桃花の声が耳に響く。その時僕はどんな顔をしていたのだろうか。


恐らく情けない、人に見せられない顔をしていたのだろう。そんな僕に桃花は、この無表情を形にしような人間が


嗤った。


「灯夜。安心しろ。お前を苦しめる奴は私が殺してやる。殺して殺して殺した末に愛してやる。だから、そんな顔をするな。お前は私が守ってやる」


桃花は言う。鮮やかな笑顔で艶やかに言う。


僕のために人を殺すと。


この狂った彼女の言動が、僕は素直に嬉しかった。


嬉しかったが、桃花に人殺しなんて”もう”させられない。自分よりも強い彼女を守るために、僕も立ち上がる必要があるようだ。


僕はゆっくりと立ち上がる。


他人のことになんて興味がない。目の前で死んだってどうも思わない。


けれども、桃花と刈名先輩だけは失いたくない。


柄にもなくそう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ