静寂な足音
昼休み。
僕は教室で細々と昼食をとっていた。先日の自殺騒動から二週間が経った。あれからイジメの犯人やもろもろが発見され、一応事態は収束に向かいつつある。
なので昼休みもそれなりに騒がしい。この間までお通夜のように静かだったのに。そして、僕はその頃の空気を好んでいたのに。
これはあれだな、人が死ねばその分静かな学生ライフを送れるということではないだろうか?
なんとも考え方が外道だった。
「馬鹿と鋏は痛快YO!」
・・・あー、姫ちゃんかわいいなぁ。
現在クビツリハイスクール。姫ちゃんが色んな意味でご活躍なされるところです。
「はいはーい、読書やめやめやめーい!」
ん?なんだ?誰だこの人?
なんか目の前に現れた。なんかというか女の子だった。クラスメート?
「食事中にまで本を読むってすごいねー。でも本を読むくらいなら私とおしゃべりしよーぜい!灯夜きゅん!」
「・・・・」
いや、きゅんとか言われても胸キュンなんてしないし。てか誰?
にっこりと太陽のような笑顔見せる彼女のことを僕は知らない。顔すらももちろん名前もわかるわけがない。しかし何故だろう?向こうは僕のことを私欲知っているみたいだ。僕ってそんな有名人?
「ちょっとなに黙ってんのさっ。私ですよー。鷹西麗奈さんの登場ですよー!ひゅーひゅー!」
「・・・思い出した」
「え〜、第一声がそれって相当失礼だよ。灯夜きゅんって物忘れ激しい人かな?かな?」
「その語尾はやめろ。いろいろなものに抵触する恐れがある」
レナちゃんだからこその語尾である。それ以外のやつがそれを使うことは許さない。許されない所業だ。
「灯夜きゅんってオタクだったんだね。麗奈たんちょっぴりショックかも」
僕の方がショック受けた。
「とりあえずひぐらし談義はその辺にして、一体何のようなんだ?僕と君ってそこまで親密な間柄じゃないとおもうけど?学園のアイドルさん」
アイドルという言葉に反応したのか、鷹西麗奈の笑みが更に濃くなる。
「いやぁ、私はうみねこ派なんだけどねぇ。ダメだぞ!全然ダメだぞ!灯夜きゅん!私たちは灯夜きゅんと麗奈たんって呼ぶ仲じゃないかぁ。そんな人見知りな感じはいいから!さぁ、カモン灯夜きゅん!」
「さりげなく台詞を変えるなよ。あとそんな呼び方した覚えはないぞ」
なんなんだこの人。話したのも数回限りのはずなのになんでこんな馴れ馴れしいんだろうか。
鷹西麗奈。隣のクラスの人。この型破りなテンションと優美な外見がズレていることで有名な人だ。猪突猛進の人格破綻者。以前は先生に体当たりして首の骨を折ったという経歴を持つ。もちろんその先生がこの学校に来ることはなかった。
あ、死んではない。
そんな彼女が何の用だろうか。まあ、考えるとすればそれは彼女の苗字が鷹西ということ。うわ、嫌な予感。
「灯夜きゅん。用というのは刈名お姉ちゃんの伝言だよぉ!「暇だ来い」だってぇ〜。ふふふ、灯夜きゅんといいように使われちゃってるねー」
「やっぱりあの人の妹だったのか」
席を立った。あの人の呼び出しなら行かないわけにはいかない。
「お〜刈名お姉ちゃんの言った通りだ。なんでも言うこと聞くんだね。灯夜きゅんは」
鷹西麗奈がころころと笑いながら言う。
「なんでもはきかない。でも、暇つぶしに付き合うくらいならやぶさかでもないさ」
「ふふふ、まあがんばってね。あの人興味を持った玩具は大切にはするけどいかんせん遊び方に問題があるんだよね。なんかこう、積み木を積んで遊ぶんじゃなくて、積み立ててできたもの壊すのが遊びって感じかな。ま、そういうこと!」
「嫌な励まし方しないでほしいんだけど」
まあまあ、と鷹西麗奈は笑っている。
僕にはその笑みが、その妖艶な笑みがすごく気に食わなくて。だからそれ以上何も言うことなく、刈名先輩のいる生徒会室へと向かった。
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「なぁ、私と契約して私の助手になってよ」
「なんですかそれ。ワルプルギスの夜でも倒しにいくんですか?」
「ふふ、冗談だよ。そんな顔をするな灯。しかし君の困った顔を見たいがために私は何度も君にちょっかいを出してしまう。恋をするというのは厄介なものだ」
「恥ずかしいからやめてください。そして、ちょっかいを出すのをやめてください」
照れるからやめてほしい。ドキが胸胸というやつだ。
この人は鷹西刈名。麗奈の姉であり、生徒を束ねる生徒会長でもある。お尻まである長い黒髪に鋭い目つき。人を威圧するその口調と佇まいに憧れる者は少なくない。しかし、時折見せるこの茶目っ気を知るのは極々僅かな人間だけだろう。かく言う僕もその一人だ。
しかも僕に一目惚れしたと言始末である。本当でしろ嘘にしろ恥ずかしいし困る。手に取るように遊ばれるのが嫌なわけではないのでなおさらだ。
「嘘ではないよ。私は君に惚れている。恋をしている。愛してしまっているのだよ」
「人の心を読むのはやめてください」
しかし、この人は僕の話なんて無視して言う。
「全てを投げ打ってでも君に尽くそう。全てを放り出し、私の存在すらも。そして、生徒会長の座を辞してでもだ。この私の及ぶ全ての人間を生贄にしても構わないぞ?」
「・・・重っ」
「ふふ、そうだよ。私は実は重い女なのさ。けれどもね灯君。重い女はそれだけ相手のことを想っているものなんだよ。思いは想うだけ重くなるものだからね。そしてそれは愛情を注いでいるということさ。だから重い女=メンヘラなんて決めつけはよくない」
うーむ、刈名先輩はメンヘラというよりヤンデレのような気がする。生贄とか言ってたし。
「・・・そうですね。肝に銘じておきますよ。しかし、僕に一目惚れなんて今でも信じられないですけど・・」
「信じろ」
「・・・・」
え?なんか怖い。
「まったく、君は本当に鈍感だな。まあいい、そんな君を振り向かせるのが楽しいし面白い。それより私の話を聞きたまえ。大事な話を今からする」
「はぁ、わかりした。暇つぶしじゃなかったんですか?」
「暇は潰すものではないよ。暇は埋めるものだ。そして時は刻むものであり、愛は育むものなのさ」
「いや、意味わかんないです」
「ふむ、本題に戻ろう。それでお話だ。というか頼み事だよ。君にやってもらいたいことがある」
刈名先輩はガシッと僕の肩を掴むと笑った。満面の笑みだった。
「君にはこの鷹西刈名からの個人的な依頼がある。もちろん選ぶ権利は、君にあるので受けるかどうかは君に任せる。断ったとしても大丈夫だ」
「笑顔が怖いですよ。それにしてもあなたからの依頼ですか」
なぜ、僕に依頼するかは知らないけど、こりゃまた一悶着あったらしい。この刈名先輩が他人の力を借りるとなると、それも相当のことじゃないだろうか?
それも頼る相手が僕ときたもんだ。僕としては先輩に頼られるのは嬉しい。好意を向けられている人に応えたいという気持ちは僕にもある。しかし、それに応える力が僕にあるとは到底思えないのだ。そう考えると少し億劫ではあった。
「いや、先輩。僕を頼ってくれることには嬉しいものなんですけど、なんで僕なんです?他にも頼れる人はいるじゃないですか?例えば・・・飾利姫御とか」
「・・・そいつになら頼んださ。けれど断られた。当然だ。そいつは今学校に来ていない。京都あたりをフラフラしているらしい」
あの人また放浪してるのか。相変わらずだなぁ。
「うむ。そこで君だ。彼女の弟子である君ならこの依頼を達成できるんじゃないかと思ってね」
「弟子ってわけでもないんですけどね」
飾利姫御は探偵である。
正真正銘徹頭徹尾探偵なのである。
そんな彼女に気に入られたのが僕だった。
「いや、一緒に迷子のを探しただけの関係なんですけどね。それ以来ずっと構ってくるんですよ。まるであいつが猫みたいです」
「ふむ、学内で姫御と友と呼べる間柄は私だけだったのだ。彼女に友人が増えることは私にとって喜ばしいことだよ。それが君なら尚更だ」
刈名先輩は微笑みながら言う。
「少しばかり嫉妬はするがね」
なんて、最後にそんな言葉を付け加えて。
ドキッとしてしまうのはしようのない笑顔だった。
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とらドラ!は恋愛アニメの中でもトップを飾るだろうと僕は思っている。最初のナレーションと最後のナレーションは最高だし。それぞれのキャラが生き生きしてるし。泣けるシーンは数多くある。
そういったアニメの話に関して、僕は刈名先輩と話がよく合う。それは純粋に嬉しかったし、何より全校生徒の憧れの的である刈名先輩の知られざる趣味を知るということが少なからず優越感を僕にもたらすのだ。
まるでどこかの乃木坂さんみたいだ。
特に刈名先輩は恋愛アニメを好んでいる。
とらドラ!はもちろん文学少女。アクション物ながらもちゃんと恋愛的要素を含むアニメも好物だと言う。
そんな話を先輩としているものだからフィクションだとはわかっているが、僕もあんな恋愛をしてみたい、などと思ってしまうことが多々ある。しかし、現実は厳しい。周りにまともな奴がいないとこうも恋愛に対して億劫になる。
例えば彼女。名木沢桃花はどうだろう。外見はピカイチ。胴着を着せれば和風美人として立つだろうその外見からは想像もできない趣味を持つ少女。彼女はネクロフィリアであり、そして百合でもある。
そんな彼女が、死んでいる者にしか興味を湧かない彼女が僕なんかの側にいる理由はと言うと、はたまたこれも死体が関係してきたりする。
それはここでは伏せておこう。言うにあらずに。壁に耳あり障子に目あり。余計なことは口走らない。
次に彼女。飾利姫御。
彼女は探偵である。探偵であるが故に恋愛とは無関係だ。どんなもので探り見つけ出し暴き出す彼女からしてみれば、恋愛というものは超難解な事件と同義なのだ。そのくせ、事件とは勝手が違う。
故に彼女は恋愛を理解できない。恋を解さない。愛を求める心を知らないのだ。
そんな彼女は僕にとっては不思議な存在であり、接し方がわからない。
しかし、姫御は僕のことを探偵の弟子。助手ではなく弟子として扱っている。そこに嫌悪感を抱かせないことが飾利姫御が飾利姫御たる所以なのかもしれない。
屁理屈ではあるが、彼女は探偵。故に難解なる謎のみが彼女の心を刺激する。そこに人の思いは介在しない。
彼女はそういった人種だった。
そして刈名先輩。
彼女は僕に惚れているといつも口にする。聞き飽きるほど繰り返す。
彼女は完璧であり、完全だ。僕は一生かかっても彼女を凌駕するとことなんぞ出来ないだろう。
しかし、それ故に僕は彼女に恐怖する。
毎度毎度意味のない理不尽な理由で刈名先輩に呼び出されるが、僕はそれが嬉しい。
心地よい。
この心地よさは他にはないだろう。
だから、これを失ってしまうのが僕は怖い。
怖いのだ。
「ふぅ、我ながら臆病なもんだ」
帰り道。
帰宅路とも言う。僕はそんなことをぼやきながら隣を見る。
「・・・なんだ?胸を見るなんていやらしいな灯は」
「見てませんよ。誤解を受けるからやめてくださいよ刈名先輩」
刈名先輩はカラカラと笑う。
「まあ怒るな。これは一種の愛情表現だよ灯」
「・・・愛情表現がいびつなんですよ。それでなんです?依頼をしたいと言いますけど、肝心の依頼の内容を聞いていませんが」
「そうだったな。まあ、あれだ。最近自殺が起きたな、この学校で」
「はぁ、軽いですね」
流川流子。ふむ、この前の女子生徒か。あの子のせいで読書が長続きしなかったから覚えている。悪印象は根強く残る。当然だ。
「はっ、いちいち人様の死に敬意なんて払ってられるか。イザナミは1日に千の人を殺すんだぞ。そう考えたら世の中殺戮だらけだ。人は一生に1人しか殺せないとは言ったものだな。私の持論だと1人殺そうが千人殺そうが変わらないと思うがな」
「話がめちゃくちゃですね。そして、式のお爺さんの話はいいんですよ。結局式は最後に殺人を犯しましたしね」
「まさしく恋敵だったな。いや、恋仇か。どちらにせよあの最後は好きだ。私はな、灯。生易しいハッピーエンドを好む性分ではあるが、ときにはああいった教訓じみたハッピーエンドを見たくなる時があるのだよ。愛すべき者が殺人者になる。しかして愛は損なわれず、より強固なものとなった。茶番なようでいて、なんとも美しい最後さ」
先輩は言う。「羨ましい」と、
僕もあのエンドは好ましい部類に入る。僕的には恋愛物語を除いてはハッピーエンドがあまり好きではない。むしろ、嫌悪している。
ありきたりな最後ではなく、より教訓じみたものが心惹かれるのだ。例えば、ヨルムンガンドの終わり方は最高だと自負している。あれこそこの人類に対する最大級の当てつけではなかろうか。
だからこそ、現実にもハッピーエンドを期待しない。現実から受ける教訓を糧に僕らは生きているのだから。
現実では、エンドした瞬間にあとはないのだから。
「さて、話を戻すが、まあ依頼と言っても簡単だよ。ちょっと買い物に付き合ってほしいだけだ」
「買い物ですか。つまり荷物持ちですね。その程度の依頼なら喜んで受けさせていただきますよ」
なんとも遠回しなお願いだった。