首吊りスリリング
本を読んでいた。
否、読み終わったと言うべきか。しかし、もう何十回と読み返した本を今さら読み終わったと表現するのはどうだろう?何十回も読み返すということは、未だに終わっていないということではないだろうか?
読書はただ文字を読むだけではなく、文字から得た情報、表現を脳内で具現化、具象化しそれらを想像する作業を行うことで初めて読書をすると言えるのだ。だからこそ、その作業が不十分なために、こうして僕は同じ本を何度も読み返しているのかもしれない。
つまり、終わっていない。終わらない物語。
読書という行為が物語の終焉を先延ばしにしているかのようだった。
「で?結局またその本を読んでいたってことか?」
「そういうことになるね。何度読んでも読み終わる気がしないよ」
「『クビシメロマンチスト』人間失格の零崎人識。お前のせいで私まで覚えてしまったぞ」
「君は貴宮むいみ役が似合うと思うけど」
「お断りだ、あんな壊れたキャラクター誰が演じてやるものか。せめてみいこさん役にしろ。あれならやっても構わない」
「壊れてるところがそっくりじゃないか。というか、みいこさんはこの世界の中じゃ最上位の常識人だから、正直君には演じて欲しくない」
「なんだ、人を異常人みたいに」
彼女は・・・名木沢桃花はふてくされたかのように言う。
場所は教室。時刻は七時過ぎ。もちろん夜だ。
僕こと神峰灯夜と名木沢桃花は夜の学校にいた。というより、僕はいつも通り読書を。彼女は部活が終わったから迎えに来てくれたのだろう。
ところで灯夜、と、桃花が僕を呼ぶ。
「なんだいむいみちゃん」
「両肩と顎の骨を外されたいか」
ガシッと肩を掴まれた。よほど嫌なのかむいみちゃん役が。
「冗談冗談。で?何?」
「いや、今さらだが・・・・あれはなんだ?」
桃花がそう言って指差す方向には、
首を吊って死んでいるクラスメイトの姿があった。
「首吊り死体だね」
「見たまんまだな」
もう少しマシな反応をしろと、小突かれた。
いやいや、ビックリ。なんでこんなところに首吊り死体が?というか、なぜわざわざ教室で首吊りを?まったくもって迷惑だ。迷惑極まりない行為。これを見る方片付ける方の気持ちを少しは考えて欲しい。
ま、死体に何を思っても無駄。というより、本当にビックリしている。この国で死体を見るのは珍しいことじゃない。人の死が日常的なこの国においてそれは問題ではない・・・が、それが学校。しかもクラスメイトならなおさらだ。あまりにも身近過ぎる。
まぁ、僕はこのクラスメイトの名前も知らないんだけど。
「よりによって首吊りか。これはまた『クビツリハイスクール』を思い出すね」
「あれは首吊りというより斬殺だろう。キョクゲンシでも出てくるのか?だったら私は匂宮兄妹を召喚するが?」
「それはやめてくれ。姫ちゃん死んじゃったときはかなりショックだったからさ」
久々に作者を恨んだよ。姫ちゃんはお気に入りのキャラだったのに。
基本作中の人物に感情移入とかしないんだけど、姫ちゃんは特別というか別格というかもはや神様レベルだよね。師匠とか呼ばれたら卒倒しちゃいそう。いや、卒倒する。
ま、そんなことはおいておいて。
「うーん、とりあえず下ろしてあげようか。吊られたままじゃ不憫だよね」
「そうだな」
桃花が死体を床に下ろす。こういうのは男の僕がやったほうがいいんだろうけど、まぁいいか。
床に置かれた・・・死体を置く?うーん、寝かせたというのが正しいのか。
「酷い顔だ。いや、ブサイクという意味じゃないぞ?割と綺麗な顔をしている。うん、私好みには程遠いが・・・いや、悪くないな」
「ちょっと桃花。ネクロフィリア趣味広げるのやめてくれ。それに、その子に失礼だと思うけど」
「やかましい。私の趣味に口を出すな」
「・・・・えーっ」
なんか怒られた。しかも趣味とか言いやがった。
「ふふっ、とりあえず一通り愛でたらお前にも譲ってやろう灯夜。それまでは何人たりともこの娘には触れさせん」
「あー、わかったわかった。やることやってさっさと済ませてくれ」
とりあえず検証は後回しだ。ああなった桃花を止めるのは机上の空論というやつである。無理に止めればそれ相応の仕返しがくるだろうから。
さて、とりあえず彼女が自殺でも考えてみよう。名前も知らないクラスメイトだが、だからと言って放っておくわけにはいかないしね。
ほんの暇つぶし。
人生の浪費であり、人間電池の無駄使い。
あー、でも僕はこの子の名前すら知らないんだった。そんな僕がこの子を取り巻く環境なんてわかるはずないじゃないか。
いきなり詰んでしまった。為す術がないとはこういうことを言うんだろう。まったくもって仕方が無い。完全無欠の勧善懲悪。悪いのは僕に認知されないまま死んだこの子だ。この子に責任がある以上僕はこの子に対する義理も情もない。つまりつまり、読書を再開しようじゃないか。どれどれ・・・おっ、いーちゃんが零崎人識と対面するシーンからだったそうだった。相反する者同士にして相似する二人。欠陥製品と人間失格。やっぱりこのシーンは何度読み返しても面白い。
いやぁ、京都に行ってみたいもんだ。聖地巡礼聖地巡礼。哲学の道や清水舞台。いーちゃんとみいこさんのデートスポットを巡るのもこれまた一興。けれども廻るのはむいみちゃんこと桃花となんだろうけど。
「呼んだか?」
「むいみちゃんで反応するなよ。それよりもう済んだのかい?」
頬が赤い。
想像したくないんだけど・・・死体の胸はだけてるし。
「うーむ、どうやら死因は首吊りだな」
「わかってるよ。それに首吊りは死因じゃないから」
「まあ、死因はどうでもいい。問題は動機だな・・・で、この子は誰だ?」
白状な奴だった。知らない奴に欲情するなよむいみちゃん。みここちゃん死んだからって乱心するのはよくないさ。
「いーちゃんは乱心どころか狂ってたからなあのシーン。指折るなんてサイコすぎると思うのだが」
「とりあえずその話題からは離れようぜ。シリアスシリアス」
死体を前にコメディもないだろう。早く身元調べないとね。
ゴソゴソ。
とりあえず学生証をゲットした。胸ポケットに入っていたのだ。
柔らかかった。死後硬直はまだらしい。いや、僕はネクロフィリアじゃない。どちらかといえばネクロマンサー。変態趣味は持ち合わせていないから大丈夫大丈夫。
「・・・流川流子。うーむ、どこかで見たような顔だね」
「当たり前だ。仮にもクラスメートだぞ。今では私の女だがな」
知らねーよ。
「さて、どーする?ほっとく?」
「それは却下だ。私の女が自殺したのだぞ。伴侶として原因を究明せねばなるまい」
「いや、自殺したからお前の女になったんだろ。というか、やはり首を突っ込むんだね。分かりきってたかことだけど気が進まないなぁ」
あーあ、帰って刀語見ようと思ったのになぁ。とがめを愛でようと思ったのになぁ。あーあ、あーあぁ。
乗り気じゃない。かなり乗り気じゃないんだけど、仕方ない。とりあえずなんで死んだのかな?いじめ?というか、自殺する理由なんていじめしか思い浮かばないんだけど、しかも学校で死ぬならなおさらだ。
「原因はイジメだな。イジメ以外にありえない。ほら、この遺書にもそう書いてある」
そう言って桃花は便箋をピラピラと振った。いや、遺書あったのかよ。というか読んだのかよ。
「現代社会に付随する数大き問題の中の一つだね。どうも教室や職場なんていう空間は他者を死に追いやるかなぁ。日本の年間の自殺者を数えてみてほしい。よく減らないもんだ人口」
「その分やることをやっているのだ。快楽による生命の誕生と苦痛による生命の停止。私なら迷わず快楽を選ぶところだが」
「お前は快楽を得る相手を考えたほうがいいと思うよ。お前の場合まず生命生まれないし」
死体相手に生命を産むだなんて、それこそネクロマンサーだ。太四老の長じゃないんだから。
というかさ。原因イジメってわかったんだよね?これってもう原因究明しちゃってるし。
「そういえばそうだな。ならば万事解決ということか、無駄に現場を荒らした甲斐があったということか」
「おい」
まあ、僕も手伝ったけど。
「細かいことは気にするな」
「細くない」
「細かくないさ。少なくともお前よりはマシだぞこの傍観者。救える命があるなら救っておけ」
「・・・あれ?バレてた?」
「当たり前だ。ま、そのおかげで私は新たな出会いを遂げることができたのだがな」
あちゃー、やっぱ誤魔化せないか。
そう。僕は見ていたのだ。いや、観ていたのだ。この流川流子が目の前で、自分の首に縄をかけて机から足を話す瞬間を。
別に止める理由もなかったし。
ただ、一方的に話をかけられたのは困った。本が読めなかったからだ。
「いやぁ、だって僕に関係ないし」
「つくづく外道だな貴様は」
貴様って言われた。なんか傷つく。
「ま、結論はこうだね。誰も人の生き死に関わることなんてできない。あのアロハのオッサンの言葉を借りるなら、人は勝手に死ぬだけなのさ。勝手に生まれて勝手に死ぬ。それはつまり自己責任」
「若干違うがな。というかなんだ結論とは。手前こそ勝手に話を終わらせようとするな」
呼び方が手前になった。
それでも・・・
「ほら、もう下校時間だ。だからお終い。完結完結。ハッピーエンドってやつだよ」
「ふむ、もうそんな時間か。ハッピーエンドかどうかは知らんが帰るとするか」
「だね。帰りにご飯でも行くかい?」
「奢ってくれるのなら行ってもやぶさかではない」
「いいよ。なら行こうか」
「ああ」
こうして僕達は教室を出た。
死体一つその場に残して。
そう、世界はこんなにも人の生き死に無頓着なのだ。だからこそ、みんな幸せなのだろう。人の生き死に無頓着だから、傷つくこともない。
つまり、
「この世界は素晴らしい」
なんて、言ってみたり。