田中太郎のブラックユーモア その1
西暦 2500年
とある酒場にて。
ギー
カランカラン
バタン
タッタッタッタッタッ。
タッタッタッタッタッ。
ガタッ
ガタッ
『…あ、すいません、ラム酒とステーキを。』
「では、私も同じものを。」
『…それにしても久しぶりだ。元気だったか?』
「元気といえば元気、元気じゃないといえば元気じゃない、そんなところです。」
『…相変わらずだな。あんたはいつもはっきりしない。』
「そうでしょうか。自覚はまったくありませんが。」
『自覚がないところも相変わらずだ。』
「………最近はどうですか?仕事の方は。」
『仕事は順調だよ。俺が捕まらず、ここにいることがなによりの証拠だ。』
「たしかに、そうですね。最近はどういった案件を?」
『そうだな、クライアントによってまちまちだが、最近は金品や絵画をターゲットにする場合が多いな。…そういえば、この間クライアントに面白い話を聞いたんだが…、本題に入る前に話してもいいか。獣医だったあんたの見解をぜひ聞きたい。』
「面白い話ですか。あまり時間はありませんが…。どうぞ。」
『そうツレないこと言うなよ。いやな、これは噂というか都市伝説のようなものなんだが、あんたも知ってるだろ、もう数百年も続いてる伝染病のことは。』
「はい。獣医だったころは個人的にも研究していましたからね。」
『そうだったな。ならこのことについては俺なんかよりあんたのほうが詳しいかもしれないが…。まあいい。話を続けよう。あんたも知ってるように原因不明の伝染病が流行し始めてから今年でちょうど400年になる。400年という長い年月をかけてあらゆる動物達が絶滅へ追いやられ、俺たち人間以外は一種類の動物を除いていなくなってしまった。』
「そういえば、今年で400年ですか。2年前、獣医をやめるのと同時にこの手の研究もやめてしまいましたからね。すっかり忘れていました。」
『話を続ける。その残り一種類についてなんだが、もう政府が保有している数匹しかいないって話だ。
さて、噂はここからなんだが。いいか、この伝染病には誰もが疑問に思ってきた部分がある。それは…』
「なぜか人にはうつらない、ですか。」
『そうだ。たしかに動物に限定した病気がいくつもあることはとうの昔に証明されてるし、そんな病気があってもおかしくはない。が、この伝染病に関しては少し話が違う。この伝染病は例外なく、ありとあらゆる動物を死へ追いやってきた。そんな病気がなぜか人にはうつらない。………どうしてだと思う?』
「どうして、ですか。私がまだ獣医だった頃、この病気に関する論文をいくつか読みましたが、どの論文もその原因については言及されていませんでしたね。」
『そう。原因は不明。動物にはうつるが、人にはうつらない。なぜか。
…と、ここで軽く頭を働かせれば、当然のように出てくる考えがある。それは、病気は人工的なものなのではないのか、という考えだ。』
「…たしかに、そういった噂はよく耳にしますね。学者によってはその説を信じ、独自に研究・調査している者もいるそうです。が、大方の見解は人工的なものではない、ということで一致していますよ。」
『大方は、だろ。この話にはさらに裏がある。
あんたは人工知能と動物実験については聞いたことあるか?』
「急に胡散臭い話になりましたね。人工知能はともかく、動物実験は法律で禁止されているはずですが…。」
『たしかにそうだが、どの世界にも裏の世界というものがつきものだ。それはもちろん、学者の世界も例外じゃない。
こんな話がある。今から400年前、優秀な学者10人がある実験に成功した。動物に人工的な知能を植え付ける実験だ。実験台にされた動物の大半はそのショックに耐えられず、命を落とした。が、ごく稀に成功した動物がいた。これらの動物は人類と同等、あるいはそれ以上の知能指数を示したらしい。』
「…また突拍子もない話ですね。それは、あくまで都市伝説レベルでの噂でしょう。で、この実験の話と伝染病の話に因果関係でもあるのですか?」
『因果関係があるってもんじゃない。聞いて驚くなよ。この人工知能こそが伝染病の正体なんだよ。』
「………と、言いますと?」
『つまりだ、全世界でありとあらゆる動物が命を落とし、次々と絶滅が確認されてきた。これは動物にしかうつらない伝染病が原因だとされ、長年その対策が打てないまま、現在のような状態になったとされている。しかしだ、実際は人工知能の動物実験による動物の死が次々と種の絶滅へと追いやってるということなんだよ。』
「………話が見えませんね。少し整理しましょうか。今から400年前、ある伝染病が流行し、長い年月をかけて人類以外の動物ほぼすべての種を絶滅へと追いやってきた。時を同じくして400年前、ある学者達が人工知能の実験に成功した。あなたの話ですと、この人工知能の実験による弊害が、表向きは伝染病による死とされていると。」
『そういうことだ。さすがだな、飲み込みが早い。』
「…仮に、ですよ。仮にあなたの話が事実だったとして、なぜ学者達はそんなことを?」
『人間のエゴへの反逆、だそうだ。動物達が人間に支配されている現在のこの構図を逆転させ、動物中心の世界を造ることはできないか、動物が人間を支配する世界が造れないか、という考えがすべての始まりらしい。』
「………ということは、その学者達は人工知能を動物に植え付け、人類を支配しようと?」
『そういうことだ。地球上に存在するすべての動物に実験を施し、人工知能をうえつける。そして、学者達と人工知能を持った動物で人間を支配する、新世界の誕生だ。』
「…表向きは伝染病で動物が少なくなっているように見えますが、実は着々と人工知能の持った動物が増え、今もどこかで生きているということですか。
………ですが果たしてそんなことが可能なのでしょうか?そもそも私は人間が支配されるとは到底思いませんが。」
『たしかに、一見難しく思えるかもしれない。人間は知能に関しては動物より上だ。だが、他の能力についてはどうだ?ありとあらゆる能力が動物より劣っている。そんな動物に人間並の、いや人間以上の知能がついたらどうだ?』
「………。」
『答えは至極単純だ。動物による支配。人類滅亡だ。』
「うーん、すごい話ですね。
…ん、ということはですよ…その話が本当だとして、400年続くこの計画はもうすぐ終わりに近づいてるということになるわけですね。」
『そういうことだ。現在、人類が保有する動物は一種類のみ。この話の通りに世界が回ってるとして、長かった計画も残り一種類を除いて実験が終わったということになる。』
「その残り一種類が政府の管理するライオンということですか。」
『俺の掴んだ情報によれば、近々ライオンも絶滅してしまうそうだ。もちろん、表向きな原因は伝染病によるものだがな。計画が始まってちょうど400年の今年、ライオンに実験を施し、すべての準備が整うわけだ。現在は学者達がある機関で実験済みの動物を管理・洗脳しているらしいが、すべての実験が終われば、動物達を解放するのかもしれない。』
「………その後にあるのは動物による支配と人類の滅亡ということですか。…いまいち信じ切れませんね。」
『まあ、そうかもな。…だが、こうして俺達が世間話をしている今も、世界のどこかでは最後の実験台、政府のライオンを手に入れる計画が練られているのかもしれないんだ。』
「………大方の話はわかりましたが、一ついいでしょうか。そもそも、こんな話が政府にバレないというのもおかしな話ではないですか?」
『それだが、実は政府内部の人間もこの件に一枚噛んでるって話だ。そもそもこの学者10人で始まった組織も現在ではずいぶんと大きなものになってるらしい。その中に政府の者も何人かいるという噂だ。』
「政府にまで息がかかっていると。
………それにしても詳しいですね。独自に調査でもしたんですか?」
『少しだけな。クライアントにこの話を聞いてからどうしても気になり、独自のルートで調査をした。たしかな筋で集めた情報だ。ただの噂で終わる話ではけっしてない。』
「たしかに、あなたの話は噂の域を越えていますね。噂にしては筋が通っています。まだ信憑性にかける部分もありますが…。
ただ、仮にこの話が事実であるとして、あなたは少し知りすぎているのかもしれません。
もし、私がその組織の者だったらあなたを生かしてはおきませんよ。」
『ははは。面白いことを言うな。だが、的を得ている。たしかに俺は知りすぎたのかもしれない。身の安全には気をつけるよ。
………とまあ、話はここまでだ。長いこと話してしまってすまなかった。元獣医のあんたの意見が聞きたくてつい長話をしてしまった。
…そろそろ仕事の話をしようか。』
「噂話にしてはなかなか楽しめましたよ。
………では本題に入りましょうか。」
『で、今回のターゲットは?俺は何を盗めばいい?』
ガサガサ
ペラ
「この写真を見てください。今回、あなたに盗んでいただきたいのはこれです。」
時は流れて…
西暦3000年
とある酒場にて。
ギー
カランカラン。
バタン
タッタッタッタッタッ
タッタッタッタッタッ
ガタッ
ガタッ
「なあ、知ってるか?」
『ん?』
「今から500年前は俺達、人間に支配されてたらしいぜ。びっくりだろ?」
『おいおい、んなわけあるかよ。あんな弱っちい生き物に動物の俺達が支配されるわけがないだろ。』
「んー、まあたしかにこれは噂だからな。俺も完全に信じてるわけではないんだがな。
………お前いつものでいいか?」
『ん、ああ、頼む。』
「…あ、すいません、ラム酒と人肉のステーキを。」
End