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Remember  作者: 七緒湖李
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前編

中学3年の二学期に彼女は転校してきた。

9月とはいえまだまだ猛暑が続き、誰もが始業式のかったるさにだれていた。

担任が禿げ上がった頭をタオルで拭きつつ、扉を振り返ったため俺は視線だけでそちらを向いた。

上靴のゴムの音を小さく響かせ教室に入ってきたのは見知らぬ制服を着た女だった。

前髪を左サイドに流してピンで留め、肩下でそろえた黒髪が窓から吹いたぬるい風に流れる。

「あー、ご両親の都合で3年のこの時期に転校することになったそうだ」

黒板に担任が名前を書き抑揚のない声でそう言った。

言葉の裏に「受験生が一人増えるなんて貧乏くじをひいた」という感情が透けて見えるようだ。

俺たち生徒をより上の高校に進学させればあんたたちの評価は上がるはずだろう?

冷めた感情が浮んだ俺は担任から彼女へ視線を移した。

担任が自己紹介をと言うのに対して「よろしくお願いします」とだけしか言わないのは、緊張しているからかそれとも俺のように冷めているからか。

笑顔も浮かんでいないその表情からはどちらとも判断がつかなかった。

「ギリ80?」

「マジ?俺70。無愛想すぎ」

近くで野郎のひそひそとした会話が聞こえた。

さっそく彼女の容姿に点数をつけているらしい。

無愛想ね……確かに。

窓際の一番後ろの席に着く彼女を見つめ俺は頬杖をつく。

「75」

さっきの奴らの間をとってそう呟いた俺は、薄く笑って後ろを向いていた体を元に戻した。

つい便乗して点数をつけたことを馬鹿らしく思えたからだ。

どうでもいい。

退屈で窮屈な日常をどうにかやり過ごすだけで手一杯なんだ。

欠伸を噛み殺し、俺は担任の話をシャットアウトするように目を閉じた。





夏休みがあけて俺たちの生活は受験一色に変わっていた。

2学期最初の実力テストで夏休みの頑張りが如実に現れ、生徒たちの間で差が開く。

いやがおうにも自分の進める高校が決定しつつあると、誰もが心に焦りと、そして同時に諦めを持つ時期にきていた。





俺は屋上で実力テストの結果が書かれた紙を太陽に透かし、そこに書かれた数字をぼんやりと見つめる。

顔に影が落ちて溜め息を吐きながら屋上に座り込むと結果表で目を覆った。

「こーんな紙切れで将来が決まってくのか」

勉強だけがすべてではないが、勉強ができれば将来の選択が広がるのもまた事実だ。

それに中卒で働く覚悟もない俺はまだまだ甘ちゃんだと言われても仕方がないんだろう。

家に帰ってこの紙を母親に見せれば、そのまま父親へ伝わる。

そのときどんな反応をするのだろうか。

想像して俺は背もたれにしていた屋上のフェンスに頭を預けた。

たぶんいつものように表情も変えず頷くだけなのだろう。

俺に興味があるのかないのかわからない。

そんな父に幼い頃から接していたから、もう長いこと俺は、自分の両親とどうつきあえばいいのかわからなくなっていた。

ああ、毎日が平穏でつまらなく過ぎていく。

「あの……気分でも悪い?」

ふいに声をかけられて俺は結果表を顔から外してそちらを向いた。

そこにいたのは知らない制服を着た女……じゃない、転校生だ――名前、なんだっけ?

まあいいか、とすぐに思い出すことを放棄して俺は立ち上がる。

9月半ばとはいえ陽射しは真夏と大差ないから、昼休みの屋上は人も来なくて穴場だ。

一人になりたかったけど仕方ない。

「や、大丈夫」

そう言ったはずが目の前が眩んで思わずよろけたところを彼女に助けられた。

「顔色、悪いけど」

「あー、俺病弱なの。ダイジョブ、ダイジョブ……ってことで、じゃ」

ほんとはただの寝不足だけど。

「そう」

肩から手が離れたことで俺は歩き出し、

「全教科90以上?……すご、こんな人いるんだ」

声にハッと振り返る。

「それ俺の――」

「ごめん。つい見ちゃった。お詫びにわたしのも見せてあげる」

俺に実力テストの結果が書かれた紙を返した彼女は、スカートのポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出し、俺の目の前で広げてみせた。

「別にあんたの結果に興味ないし」

視線をそらしかけた俺はちらと目に飛び込んだその数字に思わず視線を戻していた。

「実力テストって50点満点だったっけ?」

「いっそ40点満点だったらよかったのに……どうしよ」

「死ぬ気で勉強すれば?」

「だよね」

人の勉強のことまで知るか。

くるりと背を向けた俺の背中に小さく声が届く。

「でもなんでこんなことしなきゃなんないんだろ」

呟きに俺の足が止まっていた。

「いま、なんて?」

「え?あ、いまのはえっと……馬鹿のたわ言ってことで、だから気にしないで」

我に返ったらしい彼女は慌てて首を振り俺の脇をすり抜けて走り去る。

「逃げた……つか、屋上に何しに来たわけ、あいつ?」

わけがわからず呟いて俺は手にした実力テストの結果表に目を向ける。

どうしてこんなことをしなくてはいけないのか。

ただ無為に毎日を過ごすだけの俺が漠然と思っていたこと。

同じことを思っていた奴がいたなんて。

俺は彼女が消えた塔屋を見つめ手にある結果表を握り締めた。







「よう、転校生。勉強頑張ってるか?」

「その呼び方やめてよ。最近みんなが同じようにからかうんだから」

図書室に顔を覗かせた俺は机上に教科書を広げる彼女を見つけて近づいた。

「いいじゃん、クラスで一人だけ制服が違うままで転校生って感じ残ってるし」

「今更この中学の制服を作るなんてもったいないじゃない。ちゃんと学校から許可だってもらってるの――意地悪優等生くん」

確かに卒業まで半年なのに新しく制服を作るなんて金の無駄だ。

「へぇ、そうだったか。あ、そこの和訳間違ってる」

隣に腰を降ろした俺がノートを指差すと彼女は「どこ?」と消しゴムを手にする。

「あーもぅ、日本人は日本語が話せたら充分なのに」

イライラとノートの訳文を消した彼女はやる気が失せたように机に突っ伏した。

「ってそんなことも言ってられないか……まだまだヒアリング全然だし――」

「ヒアリングじゃなくてリスニングだろ?」

「そこはどっちでもいいの。英語の聞き取りができないんだってば。もー英語嫌い~」

や、ヒアリングとリスニングは違うぞ?

説明は面倒臭ぇからしないけど。

放課後の図書室は人気があまりなく、静かなのが気に入っているのか、彼女はいつもここへ来ている。

そしてここで、たまに一緒に勉強をしながら話をするのが、あの日から俺たちの間で当たり前になっていた。

さらさらと流れる彼女の髪の間から前髪を止めたピンが見える。

「ねぇ、頭取り替えてよ」

「無理」

「うぅ、いつものことだけど気持ちいいくらい容赦ない。わたし女の子なのに」

「女だからというだけで優しくされるなら俺も女になりたい。ああ麗しのビューティホー人生」

棒読みでそう言ってやると、彼女は突っ伏した姿勢から両腕を組んでそこに頭を乗せた。

「なにその実感が全くこもってない言い方」

「人間ないものねだりするもんだってことで言ってみただけ。深い意味はないから」

「ないものねだり……――結局自分で努力するしかないってこと?」

「努力しても疲れるだけだし、それより持って生まれたもんを伸ばせば?」

俺はカバンから勉強道具を取り出しノートを広げた。

「持って生まれたものって才能とか?じゃあわたしには勉強できる才能がないってことかぁ。勉強しても無駄なんだー」

「無駄じゃないだろ?亀の歩みでも学力はついてってんだろうし」

「やだ、褒められた」

「褒めたんじゃなくて事実を言っただけ」

なにより俺は人を褒めたり励ましたりなんて優しさは持ち合わせていない。

誰に対してもこんな調子だから俺のことを冷たいっていう奴もいるくらいだ。

だけど八方美人よりましだろう?

会話を切り上げるようにシャーペンの芯をカチカチと出して参考書の問題を解き始める。

と、再び隣から声がした。

「まだまだ日中暑いよね。アイス食べたいなー」

「帰りに買えば?」

「買い食いは駄目じゃないの?」

「んじゃ帰ってから買いに行けば?」

参考書から目も離さずに答えると沈黙が流れた。

「ジュース飲みたいなぁ」

「自販機かコンビニで買えば?」

更に数秒沈黙があった。

「コーヒー飲みたい」

「職員室行けばもらえんじゃね?」

「くれないでしょ」

「んじゃ家帰って飲めば?」

「そこは買えば?じゃないんだ」

「インスタントコーヒーくらい家にあるだろ」

「あ、そっか」

呟く彼女はそれから完全に沈黙してしまった。

しばらく集中してノートにペンを走らせていた俺は、やがて隣からの視線に気づいた。

「何?」

「なんでわたしにかまうの?」

両腕に頭を乗せてこちらを見上げてくる瞳に俺はペンを置く。

「なんでって楽だから?」

「楽?」

「そ、いまみたいに話してても気を遣わなくていいっていうか、自然でいられるっていうか」

「ふうん」

「なんか近いところにいるんじゃないかって気が――」

そこまで言って俺は言葉を途切れさせた。

しまった、ついしゃべりすぎた。

「ふぅん」

彼女から聞こえた返事にチラリと目を向ければまっすぐな眼差しとぶつかった。

「……ふうん」

噛みしめるようにもう一度そう言った彼女の表情の変化に俺は驚く。

彼女はいままで俺に見せてくれたこともない笑顔を浮かべた。

頭を預けたまま机にある彼女の手を無意識に握る。

握り返される柔らかな掌から伝わる温度が俺と同じだった。




それから俺たちは休みの日にも会うようになった。

本屋に参考書を買いにいったり、有名塾の模試を一緒に受けにいったり、図書館で勉強したり、たまに息抜きで買い物や映画を観に行ったりもした。

ちゃんと言葉で確認したことはなかったけど互いに同じ気持ちだとわかっていたと思う。

そのくらい彼女の感覚は俺と似ていて、いつの間にか俺の側に彼女がいるのが当たり前になった。




時間はあっという間に過ぎ去り短い秋のあと冬が始まって、俺たちは本格的な受験シーズンが到来する時期にきていた。

日曜の夕暮れ時、人が行き交う歩道を俺たちは並んで歩く。

「なんか食べてく?」

「ううん、まだそこまでおなか減ってない」

「俺、模試で頭使ったせいで小腹すいたけど」

「それ、わたしが頭使ってないって言いたいの?」

むくれた顔を見せる彼女のご機嫌を取るように俺は手を繋いだ。

「日ぃ暮れるのが早くなったよな。もう12月になるし、すぐに年が終わって、そしたら入試へまっしぐらだ」

あからさまに話題を変えたのに、彼女は素直に頷いて俺の手を握り返してくる。

「ほんと寒くなったなあ。風邪に気をつけなきゃだめだよ」

「それはお互いにだろ?受験日に熱だすなんてシャレにならねぇわ」

話すときに漏れる息が白く煙っては消える。

なんか今日、めちゃくちゃ冷え込んでるよな。

俺は空いた手をジャケットのポケットに突っ込んだ。

「寒い。店に入らないならせめてあそこのコンビニであったかいもん買っていっか?」

「うん。じゃあわたしホットティーで。向かいの公園で待ってるから」

「俺が奢んの?」

「後で払うー」

手を振って公園に向かうのを見送り「ホントかよ」と呟いて俺は笑う。

最近俺はおかしい。

あんなにも退屈で無駄に思えた毎日が楽しいとすら思えた。

誰のおかげかなんて聞かなくてもわかる。

素早く買い物を済ませ、コンビニの袋を提げながら俺は小走りに公園へ向かった。

ブランコと砂場があるだけの小さなそこで、彼女はブランコの前にある柵に腰を預けていた。

「……っ――」

声をかけようとして、でも俺は言葉を飲み込んでしまった。

ぼんやりと地面を見つめる様子が今にも泣き出しそうに見えたからだ。

「なに、ボーっとしてんだよ?」

「わ、びっくりした。早かったね」

「すいてた。それよりどした?なんか暗いけど」

ホットティーを差し出すと「ありがとう」と受け取る。

「あ、お金」

「いい。それよりなんかあったとか?」

俺の質問にまた「ありがとう」と返ってきて、

「一緒に高校生になりたかったなぁって」

と茜色に染まる空を見上げた。

「なに?留年危ぶんでんの?心配ない。年齢主義の公立中学じゃ留年ってのはまぁないから。無謀なとこ狙わなかったら浪人もないし」

「留年とか縁起でもないこといわないで。それにそこまでおバカじゃないはずだもん!」

そんなのとっくに知ってる。

俺の冗談を真に受けるのがおかしくてつい笑ってしまう。

「もー、そうじゃなくって――どんなにやだって思っても離れちゃうんだよ、わたしたち」

「同じ高校に行きたいってことだったら……まー、そりゃ無理だ」

偏差値が違えば志望校も違ってしまう。

俺だって来年の春から彼女と離れてしまうことを考えなかったわけじゃない。

だけど志望校を聞けば私立の女子高を答えられたのに俺にどうしろと?

「無理って……はっきり言うなぁ。うん、でもどうやったって無理なんだよね」

寂しげに笑う彼女を見るうち俺はどうかしてしまったんだろう。

オレンジの光を受けていた彼女の顔に近づいて――。

ガサリと手にあったコンビニの袋が音を立てたせいで、俺は我に返って身を離した。

「あ、悪ぃ……俺――」

「謝るなんて意外に真面目なんだ」

くすくすと彼女が笑う。

「怒らないのか?」

「柔らかくてフニフニなんだーって思ったらすぐ終わっちゃったし」

「なんでそんなに冷静なんだよ」

怒ったり泣き出したりするんじゃないかと一気にテンパった俺が馬鹿みたいだ。

「青春の一頁作っちゃったね」

「クサいこと言うな」

「いい思い出にしようね」

彼女のふざけた口調にとうとうふてくされた俺は、コンビニの袋から肉まんを取り出してかぶりつく。

「あ、おいしそう。さっきからいい匂いがしてたのはそれか」

「やんねーよ」

「ケチ。一口くらい……あっ」

大きく口を開けて俺は残りを一気に平らげる――つもりが、一口分を彼女の口に押し込んだ。

「うぐ」と変な声が聞こえたがそこは無視して、炭酸飲料の入ったペットボトルを開ける。

「の、喉詰まるかと思った」

「一個のもん2人で分け合ってって……これも青春の一頁に加えとけば?」

涙目でホットティーを喉に流し込んでいた彼女が俺を見つめたのがわかった。

気づかないふりでペットボトルをあおる。

「うん、そうする」

嬉しそうな声が聞こえたけど、その時の彼女がどんな顔をしていたのか知らない。

ただ笑ってくれているだろうと、俺は間抜けにも思っていたんだ。







* * *







のし、と誰かが肩に乗っかってきたせいで俺は我に返った。

「よー、飲んでるかぁ?晴れて今日から俺たちは酒もタバコも解禁――って、なんだよおまえ、全然飲んでねーじゃん。おーいぃ、誰かこっちにビールぅ!ビールちょぉだぁい」

「おい、俺はんなハイピッチで飲まねえって。しかもここ居酒屋じゃねぇし」

「あーにぃ?俺の酒が飲めねぇってのか。5年ぶりの同級生再会記念会だってのにぃ」

「ただの中学の同窓会だってだけだろが。なのに豪勢にホテルの会場貸しきりって……おかげで会費高ぇし。しかも成人式の日に開催するってなんてベタな」

「おまえみたいにつき合い悪い奴ぁ、こういうときじゃなきゃ一緒に飲めねぇだろぉ。通学圏内だってのに大学の側に一人暮らししやがって裏切り者ぉ。つか金持ちのボンはいいいよなー。俺も一人暮らしして~」

あーもー、こいつ酒癖悪いな。

中学の頃のクラスメイトを投げたい心境で俺は肩に回された腕を外す。

俺が家を出たのは思春期の頃の反抗心を引きずってるからじゃない。

むしろあの頃より良好な関係を築いているくらいだ。

「俺は働いたら返すって言って家出たんだよ。おまえのがよっぽどボンだろ――有名私立校に通ってんだから」

裏金積んで大学に入ったって地元じゃ有名だけどな。

「おまえみたいな頭ねーから私立なんだよ。おまえ、昔っから頭だけはよかったもんな」

頭だけは余計だ。

とっつきにくいし何考えてるかわかんねぇし冷てぇし、とブツブツ続く俺への文句に怒る気にもならなくてホテルの同窓会会場を見回した。

きっと昔のことを思い出したのは懐かしい顔をたくさん見たからだ。

「んー?さっきから誰探してんだぁ?」

「別に。変わらねぇ奴もいるし、劇的に変わった奴もいるって思ってただけで――」

「嘘つけー。会場に誰か入ってくるたび目ぇ向けてんじゃん。あ~わあったぞぉ~。あれだろ……ん?あれ?あれれ?」

この酔っ払いが。

いい加減捨てていこうと俺が決意した瞬間。

「デコちゃん」

「はい?デコちゃん?」

「ほらぁー、二学期に転校してきたさぁ。いっつも前髪をこう……ヘアピンで留めて額が見えてたから女子がつけたじゃん、「デコちゃん」って。あーれぇ?でもおまえは違う呼び方してたような。なんらっけなぁ?」

誰のことを言っているのかすぐにわかった。

そうか、彼女は女子の間で「デコちゃん」なんて呼ばれてたのか。

「「転校生」、だろ」

「あ!そうれぇーす。おまえその転校生ちゃんと一時つきあってたって噂あったよなぁ?」

「噂だろ?」

「えー?やっぱつきあってなかっらのかぁ。あぁー、まぁそうかぁ。らってあの子すぐにぃ――」

「すぐ?」

「んー……や……すぐって?……えーっとぉ?――」

半眼になって揺れているのは酔いが完全にまわっているからだろう。

思考力だって低下してるに違いない。

「すぐって言ったのはおまえだ」

どうしてこうなるまで飲むんだ!?

絶対明日、この同窓会の記憶ないぞ、こいつ。

「そぅらった、そうらっ――……うっ、オエ……きぼちわるい……吐く」

「ちょ!――おまえ、マジか!?ってか待て!ここはナシ!トイレ行くぞ、トイレ!」

「ウエェ、もぅ出る」

「出すな、飲め!」

口を押さえる酔っ払いの首根っこを掴んで、俺は会場を飛び出ていく。

間一髪、便座に顔を突っ込むようにしてゲェゲェやってる背中を一発蹴飛ばし、俺は手洗い場に避難した。

あんなもん見せられたらこっちまで気分が悪くなる。

冷たい水で一度口を漱ぎ顔をあげた俺は鏡に目を向けた。

そこに映る姿は5年前の俺より当たり前だが老けていた。

彼女も変わっているだろうか――。

「うあぁ~~~ぎぼぢわるいー……」

一瞬浮んだ彼女の面影はその声にあっけなく消えた。

溜め息をついた俺は、「思う存分吐けばすっきりするだろ」と冷たく返事をかえした。





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