第二話 5 〈副作用〉
――1――
「ラスト、ステージ……」
「何だ? 知っているのか?」
ヒイナお姉さんの問いに僕は一回頷いて、そのまま異空間で聞いた事を話した。
「……なるほどな。異空間で聞いた説明だと、『ラストステージ』は帰還方法の一つとして伝えられたのか」
僕が知っている『ラストステージ』と言うイベントの情報は二つ。10年に一度しか行われないと言う事と、一位になれば元の世界に帰る事が出来ると言う事だけ。
だけどヒイナお姉さんの口振りから見て、その情報(元の世界に帰れる)は間違っているようだ。
「いや間違いじゃないぞ」
元へ、間違ってはいないらしい。
「だが正しい情報でもない」
「え?」
(間違っていないけど正しくもない? どう言う事だ???)
はっきりしないヒイナお姉さんの言い方に僕の脳内は疑問符だらけだ。
「確かに『ラストステージ』で一位を取れば元の世界には帰れる。だが、ただ元の世界に帰りたいだけなのなら、このイベントに参加する必要はないんだよ」
話によると『ラストステージ』とは、10年に一度、一桁の順位を持っている挑戦者の間で行われる、とある権利を巡った殺し合いだとか。
その権利とは……
「一つだけ何でも願いを叶えて貰える権利!?」
ドラゴン○ールか、と心の中でツッコンでみた。
ヒイナお姉さんは続けて、
「その願いは一体誰が叶えているのかは知らないが、本当にどんな願いでも実現されるようでな。実際この世界には不死の力を手に入れた者や、過去に死人を蘇らせた者もいるらしい。だから半分以上の挑戦者は、それを狙ってこのゲームに参加しているだろうな」
どんな願いでも叶えられるのなら、元の世界に帰りたいと願えばそれも叶う。しかし、ただ元の世界に帰りたいだけなのなら、一桁の順位を手に入れた時点でいつでも帰る事はできる。『ラストステージ』に参加する意味がないのだ。
「あーだから間違いではないけど正しくもないのか」
ぽんと手を打って僕はようやく事を理解した。
「とは言ってもどの道、貴様が元の世界に帰れるとは到底思えんがな」
「なっ、どうしてですか!?」
「このゲームの挑戦者はほぼ全員が何らかの『力』を持っているからだ。ただでさえ肉体的な力もない貴様が、一桁順位を手に入れて元の世界に帰れる確率など、言葉も喋れない赤ん坊がライオンと戦って勝てる確率と同じだ」
「それってつまりゼロって事じゃないですか」
「ああ。貴様は絶対に元の世界には帰れない」
再びきっぱりと、ヒイナお姉さんは僕に残酷な現実を突き付けてきた。この人の言葉はちょっと直球過ぎる。僕の心はガラスで出来ているんだぞ!
「だが、それは今の貴様では、と言う話だ。これから得る『力』の大きさで、もしかしたらそれなりの所まで上り詰める事が出来るかもしれん」
「マジですか!」
そして同時に心の傷の再生能力も高いんだぞ!
と言う事で僕は僅かな希望を胸に、ヒイナお姉さんから力・能力を授かる事に。
――2――
「なぁに、魔法や魔術のように面倒な儀式をする訳ではないさ」
手を出せ、と言われたので僕は右手を差し出した。するとヒイナお姉さんは出した掌にビー玉のような透明で小さな球体を置く。
「これは?」
「力の結晶と呼ばれる異能の力を結晶化したものだ。世界中でこれが採れる場所は一箇所しかない。故にとても貴重なものでもある」
「貴重と言うと、どのぐらい?」
「これ一つで一生遊んで暮らせるぐらいだ」
「一生遊んで!? いいんですか? そんな凄いものを貰っちゃって」
「別にいいさ。私は既に力を持っているし、金にも困っていない。それに力を得られる事以外何の使い道もないものだからな」
昔は何処にでも売っている、金があるなら誰でも手に入れられるものだったらしいのだが、どっかの金持ちが唯一力の結晶が採れる鉱山を買い取り・独占した為、とても貴重な物品になったのだとか。
超能力を手に入れられる玉かぁ、と思いながら親指と人差し指で結晶を摘み、一通り色々な方向から眺めると、僕はヒイナお姉さんに聞いた。
「それで、これをどうするんですか?」
「飲み込むんだよ」
「え!?」
「飲み薬感覚でグッと行け。早くやらんと返してもらうぞ?」
ヒイナお姉さんが妙に急かしてくるので、多少戸惑いながらも僕は力の結晶と呼ばれる透明な玉を口の中に放り込んで、ゴクンと一飲み。
「変化はすぐに訪れるさ」
その言葉を聞いて僕はその場で正面を見ながら座っていると、
突然、
キィイイイイン、と耳鳴りがした。
その後から強烈な頭痛が襲い、頭の中に何かが流れ込んでくる。
「があッ!」
思わず呻き声を上げた僕を、しかしヒイナお姉さんはただ見ているだけ。
しばらくその頭痛は続いた。
数分後。
頭を抱えていた僕は、頭痛が引いていくのを確認すると、視線を横へ向ける。
「こんなの……聞いてないですよっ!」
「言ったってどうにもならないだろ。言って無駄に不安にさせるより、知らずにやらせた方がいいと思ったのだ。別に死ぬ訳でもないしな」
「でも、言ってくれればそれなりに覚悟もできただろうし――」
「あーうるさいなぁ。あんまりごちゃごちゃ言ってると張り倒すぞ」
ゾッと殺気の篭った視線を向けられ、僕は思わずしりごみした。この人怒るとホントに怖いよ。
「それよりほら、さっさと力を使ってみろ」
殺気を抑えて今度は落ち着いた声色で言ったヒイナお姉さん。
僕は最初『力を使うってどうやるんだよ』と心の中で不貞腐れていたが、ふと脳裏に何かが浮かんだ。
(これは……力の使い方?)
自分でもよく分からないけど、どうやら力の使い方が分かるようだ。僕はベンチから立ち上がって、試しに近くにあった人の頭ぐらいの大きさはある石を持ってみる。
するとなんと!
見た目10キロ以上はあるはずの石が、発泡スチロールでも持っているかのように軽かった。
「うお! 片手で、いや指一本で支えられるよ!」
僕はバスケットボールを指先に回転させる感覚で石を支える。ぐらぐら不安定に揺れていた石だったが、ついにバランスを崩して地面へ落下。
ドンッ! と地響きを立てて僕の足元へ落っこちた。
それを眺めていたヒイナお姉さんが、
「重量操作か、それとも重力操作か……どっちなんだ?」
「えーっと、今はまだ重量操作ですよ。でも力をもっと磨けば重力操作まで進化すると思い――――ってええ!? ちょっと待って、何で僕そんな事知ってるんだ!?」
自分で喋った言葉に驚くってそうそうないよね。って言うか本当に何でそんな事知ってるんだろ僕。以前に誰かから聞いたとも思えないし。
「それが頭痛の産物だ」
「?」
僕は首を傾げた。
ヒイナお姉さんが言うには、さっきの頭痛は力の結晶が頭の中に力の使い方を送り込んでいた為、その副作用で起こっていたものなのだとか。
「あの頭痛はもの凄く痛かった」
「安心しろ。おそらくもう二度と味わう事はない。力の結晶で得られる力は一人に付き一つだけ。能力を手に入れてから何個取り込もうと、頭痛も起きなければ力を得る事もない」
それもそうだ。取り込んだ分だけ特殊な力を手に入れられるのなら、この世界はとんでもない事になっている。
「さてと。力は与えたし『ナンバーゲーム』についても最低限の事は教えたつもりだ。他に何か聞きたい事は?」
「う~ん……そうですねー。じゃあ――」
僕はベンチに再び腰を掛け、腕を組みながら次の質問を考える。そして次の質問を思いついて、ヒイナお姉さんに聞こうとしたら、
不意に視界が揺れた。
(……あれ?)
体のバランスが取れない。それに意識がどんどん遠のいて……。
――3――
シュウジと名乗った少年は気を失って、私の肩へ寄り添う形で倒れこんできた。
「副作用、か」
力の結晶を体内に取り込むと二つの副作用が生じる。
一つは頭痛。もう一つは突然の高熱による意識喪失。
「思ったより熱は高くないようだ」
少年の額に掌を当ててそれを確認すると、私は力の抜けた彼の体を背負う。
たとえ男の子でも、12歳はまだ軽い。だが、その体は異常に熱を帯びていた。息も荒い。呼吸がとても苦しそうだ。
「言ったってどうにもならない。無駄に不安にさせるより、知らずにやらせた方がいい。……朝目覚めれば、いつもの今日が待っているのだからな」
力の結晶を体内に取り込むと二つの副作用が生じる。
一つは頭痛。
もう一つは突然の高熱による意識喪失。ではない。
高熱による呼吸停止。それの意味するものは、即ち『死』。意識喪失はその前段階。
力を得るにはそれなりの試練を乗り越えなければならない。何の苦労もなしに簡単に手に入れられるほど、この力は安くはないのだ。頭痛や呼吸停止はその試練の一つ。第一段階と言ってもいい。
一番初歩の、力を得る為だけの試練。
「――くそ!」
私は思わず吐き捨てた。
この世界は残酷だ。無関係な者を無理やり連れ込んで、意味の分からないゲームに強制的に参加させる。力のある者は生き残れるが、力の無い者はすぐに死ぬ。誰にも見取られる事もなく、孤独の内に死んでいく。
連れて来られる者たちに年齢・性別・人格・種族・時代・文化などは関係ない。男だろうが女だろうが老人だろうが子どもだろうが悪人だろうが善人だろうが人間だろうがそうでなかろうが、連れてくる者はただ人型の生物をランダムに召喚させるだけ。
「私たちを救ったこの世界は、どうしてこんなにも残酷なんだ……ッ!」
昔、私はこの世界に救われた。でもそれは、私が『力のある者』だったから、結果的に救われただけ。
この少年は人間の子どもで、何の力も持っていない。彼は文字通り『力のない者』だ。
私はそんな少年を死なせたくなかった。この世界に少年を喰わせたくなかった。だから力を与えようと思った。
例え力を与える方法に、死の危険が孕んでいようと。
勝手だと、自分でも思う。矛盾している事も理解している。
でも力を持っていなければ、どの道この弱肉強食の世界では生きていけない。それに私には不思議と、この少年がこんな所で終わるとは思えなかった。
生き残りたいと言った少年の言葉に、『弱さ』が一切なかったから。友人との約束を果たしたいと言う少年の顔が、『強さ』に満ちていたから。
彼は本当の『弱者』じゃない。そう私の直感が告げたのだ。
「この私にこれだけ期待させたのだから、絶対に死ぬんじゃないぞ。もし死んだら、その時は地獄の刑より恐ろしい罰を与えてやる……だが、もし生きていたのなら――」
沈みかけの太陽に照らされ、真っ赤に彩られている庭園。
高熱に蝕まれ、ぐったりとした少年に私は言った。
「貴様を 」
届くはずのないその言葉に、優しい優しい願いを込めて。