第二話 4 〈ナンバーゲーム②〉
――4――
「さて、次はこの世界の人種についてだ」
この世界『ナンバーワールド』には、無差別的に異世界人を召喚させる『ナンバーゲーム』の影響で様々な人種が混在している、とヒイナお姉さんは言った。
「その中でも大きく二つに分ける事ができる。私達のような普通の容姿の『人』と、獣のような容姿の『獣人』。尤も、そこに差別的な意味はないがな」
「獣人って、アイラちゃんもそうなんですか?」
「いや、アイラは『人』の部類に入る。『獣人』と言うのは簡単に言うと“知能を持ち、尚且つ二足で歩行する獣”の事を指す。獣の耳や尾だけならそれはまだ『人』だ」
へぇ、と僕は軽く感嘆の声を上げた。僕の知ってる小説とかだと猫耳犬耳の人たちは獣人の部類に入るけど、この世界ではまた違うらしい。
「『人』の代表格は“神族”“魔族”“エルフ”“亜族”と、このぐらいか。『獣人』は“ゴブリン”“猿族”“牛族”だな」
「この世界は『人』よりも『獣人』の方が多いんですか?」
「いいや、『人』の方が多いと思うぞ」
この町は偶然『獣人』の方が多いだけで、世界全体から見れば『人』の方が多い。
『人』の奴隷は『獣人』に人気だから、『人』の部類に入る人間の僕は『獣人』が多く住むこの町に運ばれたのだろう、とヒイナお姉さんは淡々と語った。
「それに、人間は珍しいからな」
「珍しい?」
「魔力もなければ特殊能力も持っていない。おまけに肉体的な力や傷の再生能力も底辺だ。そんなひ弱で無能な人種が、この弱肉強食の世界で生き残れる訳がないだろ」
「え、人間ってそんなに弱いんですか」
地球じゃ人間は生物の頂点(言い過ぎかも)、そんな存在だったと言うのに、この世界ではその真逆。完全なる弱者に成り下がっている。動物で例えるなら犬や猫と同等……いや、生き残れないと言っていたからそれ以下の存在なのかもしれない。
「人間が突出している才能、他の種族より勝っている能力は、繁殖能力、つまり性欲が盛んな所と、性処理の道具として人気が高い事ぐらいか」
「性処理……道具?」
「分からんのか。簡単に言うと奴隷として人気だって事だ」
「……」
また奴隷。
以前、奴隷販売店で緑色のおっさんも同じような事を言っていたし、ヒイナお姉さんの言っている事は全て本当なのだろう。
この『ナンバーワールド』と呼ばれる世界では、人間は果てしなく弱い。強者に物のように扱われ、壊され、捨てられる。力の無い人間には抗う事すら許されない、残酷な現実。その全てが、変えようのない事実。
でも僕は、そこでふと思う。
(ヒイナお姉さんは僕に、力だけなら与えてやれない事もない、と言った)
力と言うのは何なのか。超能力? 魔法? ただの腕力と言う可能性もある。あるいは知力とか。
(いや、生き残る為の力って言っていた。この世界で弱者は生き残れないと言うのなら、それはきっと超能力とか魔法とか、形になる力だと思う)
だとすると、今は力を持っていなくとも後から手に入れる事ができる。つまり、人間は永延の弱者ではないと言う事だ。
僕はそこまで思って、ヒイナお姉さんに質問した。
「人間は、この世界にどのぐらい居るんですか?」
力を手に入れて生き残っている人間がいるはずだ。知ってどうなる訳でもないが、何となく、知っておきたいと思った。
「どのぐらいと言われてもなあ……確か、巨人の島に人間の隠れ集落があると聞いた事がある。本当かどうかは知らんがな。ま、世界中に100人いれば良いところだろ」
「100人……」
地球の人口は70億だっけ。その7,000万分の1。これまた絶望的な数字だ。
(でも絶滅はしていない。いくら弱者な人間でも、この世界で生きる事はできるんだ)
普通ならネガティブな考えに頭の中が支配されて、発狂してもおかしくない現実だけど、僕は何とか自分の心を御してポジティブ思考に転換させた。異空間でも学んだ。悲愴感からは何も生まれないって。
「さて、一通り話す事は話したが、ここまで何か質問はあるか?」
「……一つ、ゲームの事で聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
僕は小さく手を挙げた。ヒイナお姉さんが頷くのを見て、僕は質問する。
「順位を上げるには自動上昇以外にもあるんですよね?」
「ああ。他にも三つほど方法はあるな」
そう言ったヒイナお姉さんは一拍置いて、
「まず一つ目はギルドに行って順位昇格クエストを受けることだ」
この世界にはギルドがある。そこで月に一度だけ専用のボードに張り出される順位昇格クエストを受け達成できれば、その分に応じて順位が上がるらしい。
「次に交換と言う方法がある」
これは挑戦者が各々の持つ順位を互いの了承の下、入れ替えると言うとても平和的な方法なのだとか。時たま能力を使って無理やり交換させる者もいるらしいが、そう言う奴らは大抵雑魚だから直ぐに奪い返せる、とヒイナさんは言っていた。
「最後に略奪と言う方法だ。これはいたって単純で、殆どの挑戦者はこの方法で順位を上げている」
相手挑戦者を殺して、その順位を奪うだけ。殺した相手の順位が自分より下だった場合は何も起こらないらしい。
(予想はしてたけど、やっぱり……)
僕は思わず身震いした。
略奪は順位昇格クエストや交換などと比べて、遥かに順位を奪い易い方法だ。殺すだけで順位を手に入れられるのだから、この方法が多く使われていて当然だ。
だがその事実は同時に、ある最悪な現実をも証明している。
(この世界で殺しは、それほど大きな罪にならない……)
世界規模で行われているこのゲーム。略奪が最も使用度の高い順位を奪う方法であるのなら、殺しは日常茶飯事に行われていると言っても過言ではない。
いや、もしかしたら挑戦者同士の殺し合いは黙認されているのかもしれない。もしそうだったら最悪だ。挑戦者である僕が相手に殺されかけても何も言えないのだから。
「順位を上げる方法はこのぐらいだな。因みに順位の降下は交換と自動降下と言うのがあるが、まあそこら辺は言わなくても分かるだろう」
さて、とヒイナお姉さんは一拍置いて、
「ここで貴様に一つ、重要な事を教えておこう」
「重要な事?」
「もしかしたら貴様の人生を左右するかもしれない、とても大きな情報だ。しっかり聞くのだぞ?」
僕はその場の空気に圧されて息の呑んだ。
「このゲームは基本的には一桁の順位を手に入れ、元居た世界に帰る事ができたらクリアだが、実はもう一つ、別のクリア方法がある。それは、10年に一度だけ行われるとあるイベントで一位になる事だ」
「え?」
(10年に一度のイベント……?)
その言葉には聞き覚えがある。
「そのイベントの名は『ラストステージ』。世界一の死闘の場だ」