第二話 1 〈牢の中〉
――1――
扉を通った後の出来事は、はっきり言って不運の連続だった。
まず僕が最初に出た場所が、野営をしていた山賊のど真ん中で、しかもこの山賊たち、全員かなり体がデカイ上にゴツくて、頭に角なんかが生えているから鬼にしか見えない。と言うか鬼そのものだよこの人たち。肌の色も赤や青の人もいるし。
あ、でも一人だけ美人な鬼のお姉さんがいる。角が生えている所以外は、体付きや肌の色も普通だ。ついでに胸がかなり大きい。
彼らは突然現れた僕に最初は驚いていたけども、
「なんだこいつ、亜族……いや人間のガキか? どっから現れたんだ?」
「そう言えば今日って召喚日じゃなかったっけ? どうせ異世界から飛ばされて来たんでしょ。よくある事じゃないこんなの」
「って事はこいつ召喚者で挑戦者か。しかも人間のガキときた。…………結構金になるかもな」
「マジで!? ラッキー♪ 丁度金が欲しかったんだー俺」
「あんた何言ってんの。私たち三人で分けるに決まってるじゃない」
「えー何だよそれー」
「それにしてもこいつ、おかしな格好だな」
とまあ、僕の格好(白の体操服)を不思議がったり、上手い日本語で彼らが僕の扱いについて話し合ったりした結果、僕は捕まってしまい、奴隷販売店と言う人権の『じ』の字もない場所に売り飛ばされてしまった。しかも高値で。
そして今日はなんと!
僕が売りに出されると言う記念すべき日なのであった。全く嬉しくないけどねっ!
――2――
何処だか分からない、地下街のとある奴隷販売店。
薄暗い部屋の中には鉄柱の牢が無数に並んでいた。
「さっさと入んな」
僕は牢の一つに、鎖と繋がった首輪を嵌められて雑に放り込まれた。牢に鍵を掛けられると同時に、店の店員であろう緑色の肌をしたちっちゃなおっさんが外に出て、大声で呼び込みをし出した。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日はなんと! 性処理道具としての高い人気を誇る人種、人間の子どもを始め、珍しい奴隷が数多く入って来ましたよー! 買って得あり損はなし! しかも今日はサービスデイ! 一部の商品を三割引にしちゃいます!」
店の正面はガラス張りになっているため、薄暗くて汚らしい地下道の風景も、異常に大きな声で踊るように呼び込みをしている緑のおっさんも、よく視認できる。
(性処理道具……道具? え? 物扱い? ……もしかしてこの世界の人間って、扱い相当酷かったりするのかな?)
扉を通る前。きっと悪い事ばかりじゃないさ、とか思っていた自分が哀れに思えてきた。このまま行くと僕の未来は真っ暗だ。
残酷な現実に一人項垂れていると、空いていた隣の牢に誰かが放り込まれてきた。
(僕みたいに捕まった人かな? もしかして知り合いだったりして)
そんな事を適当に考えながら、何気なくそちらに視線を向けた僕は、
「……え?」
言葉を失った。
予想が当たっていたから、ではない。放り込まれてきた人物そのものに絶句したのだ。
そこにいたのは、僕と同じ十二・三歳ぐらいの女の子だった。
いや普通の女の子だったら、『可哀想にあの子も捕まっちゃったんだろうなー』で終わっていただろうが、生憎とその女の子は普通ではなかった。
桃色の腰まである艶やかな髪と、同じく桃色の大きな瞳。頭には髪と同色の犬耳みたいなものがペタンと伏せていて、後ろ腰からもピョコッと小さな尻尾が飛び出している。
簡単に言うと、いわゆる犬っ娘的な、萌えを具現化したような娘だった。
そしてそんな外見に拍車を掛けるが如く、誰もが認める整った容姿に、汚い布を一枚羽織っただけと言うとんでもない服装で。大きく露出している白い足や肩が、僕の野生本能を刺激してきて困ってしまう。間に鉄の柱がなかったら自分でも理解できない行動取ってたかも。
(あの耳や尻尾は作り物? ……いや、それにしてはやけにリアル過ぎる。何だか小刻みに震えてるし、妙に似合ってるって言うか体の一部って感じなんだよね。でも犬耳少女とか猫耳少女とかって所詮は空想上の生き物で、実際に存在する訳がない。いやでもここは異世界で今までの世界とは全てが違う。実際に鬼とかゴブリン? みたいな生物もいるし……)
そんな事を考えながら、僕は俯いたまま動かないその少女をしばらく鑑……黙って見つめていた。
――3――
どれだけ時間が経ったのだろうか。少女は相変わらず俯いたまま微動だにしない。
(話し掛けたほうがいいのかな?)
ずっと見ていて分かった事が一つある。それはこの少女はとても悲しそうな雰囲気を纏っているって事だ。彼女からは生気が感じられない。まるで抜け殻のような印象すら与えられるのだ。
(まあ奴隷になったんだもんね。悲しんで当然か。……って僕も同じじゃん)
自分の思った事に僕は自嘲の笑みを浮かべる。
(でも、同じ境遇にいるからこそ、分かち合える事もあるよね)
隣にいる少女と僕は同じだ。人としての尊厳を無くした同類。
そして同じ苦しみを持っているのなら、それを共に共有して軽減させる事もできるはずだ。
(……よし!)
僕は意を決した。名前も何も知らないけど、可愛い女の子が悲しい顔をしてるのはあまり見たくない。だからその表情を少しでも和らげられるのなら! と思い僕はついに声を掛けようとして、
突然少女の頬を一滴の涙が伝った。
それを見た途端に、僕の頭の中が真っ白になって――……
「……きみ、泣いてるの?」
「……え?」
「あっ」
そして僕は意識しない内に話し掛けていた。
少女はとても驚いた表情で僕を見て、
「あなたも、捕まったんですか?」
涙を両手で拭いながら言った彼女の問いに、僕は一回頷いた。
最初に出会った盗賊の鬼たちと同様に、やはりこの娘とも言葉が通じるようだ。
何だかんだで会話の切っ掛けを作った僕は、流れの勢いに乗って名前を聞く事にする。
「きみ名前は? あ、僕は宮崎修治。よろしく」
「……アイラ、です」
多少ながらも警戒? しているようで、彼女の声はとても小さかった。
(アイラか。よし、アイラちゃんと呼ぼう)
僕は誰かの名前を呼ぶ時は必ず『ちゃん』や『くん』とかを付けるようにしている。昔お婆ちゃんがそうするようにって教えられたのが切っ掛けだ。
最初はあまり言葉を話さなかったアイラちゃんだったけど、ぽつりぽつりと言葉を交わしていくうちに、次第にある程度は気兼ねなく話せるようになっていった。歳が近いってのも関係あるのかも。
アイラちゃんは『犬族』と言う種族なんだとか。僕はまだよく知らないけど『犬人』とも呼ばれているらしい。道理で耳や尻尾を持っている訳だ。
「……何だか、災難ですね」
「全くだよ。異世界って言ったらもっとこう、冒険とか魔法とか、色々ロマンがあるものだって思ってたのに、鬼に捕まるわ奴隷販売店に売り飛ばされるわで踏んだり蹴ったりだよ」
僕は溜め息を一回付いて、アイラちゃんは苦笑いを浮かべる。
それから暫くの間、僕は自分の事を話題にしていた。けどそれも流石にネタが切れてきて、今度はまたアイラちゃんについて聞く事にした。
「それで、どうしてきみは捕まったの? やっぱり攫われたとか?」
「わたしは、その……、色々あって」
「?」
言い篭るアイラちゃんに首を傾げる僕。どうやら捕まった事情とか、あまり言いたくないようだ。僕は紳士だから無理やり聞こうなんて思わない。ここは自然に流して違う話題に変えよう、と考えた僕は口を開きかけて、
「――へへ、こりゃ確かに上玉だ」
下品な男の声が聞こえてきた。
僕とアイラちゃんは一緒に、鉄柱に囲まれた牢の外に視線を向ける。
そこには、身長二メートル以上もある黒いオスゴリラが三匹立っていた。僕たちが話している間に、店の中に入って来たようだ。
奥の二人はサングラスと黒スーツを着こなした、全身真っ黒のSPのようなゴリラ。そして手前の一人は、白いスーツに首・指には金色に輝くアクセサリーがいくつも飾ってある、何処かの大富豪のような白黒金ゴリラだ。
しかもその大富豪のようなゴリラの髪型が、金髪のモヒカンととんでもなく派手&似合っていない髪形で、
「ぷはっ……何あの髪型っ」
僕は思わず笑ってしまった。それに吊られたのかアイラちゃんも、
「……ぷっ」
と微かに笑った。
当然笑われたゴリラの反応は、
「おいコラ、奴隷の分際で何わしの顔見て笑っとるんじゃ」
血管を浮かべて怒ってしまう訳で、モヒカンゴリラがヤクザ口調で睨みつけてくる。ただ、やはりその迫力も頭のせいで薄らいでいる。そのため僕は笑いを止められない。
「だっておじさん、その髪型おもしろいんだもん……ぷっ」
「き、貴様……ッ!」
ますます表情が強烈になっていくモヒカンゴリラ。その拳は握られていて、今にも殴りかかって来そうな形相だ。でも僕は牢の中。売られるまではここは絶対安全領域、のはずだ。
なので余裕な表情を相手に見せ付けていた。だが、
「……おい店長。気分が悪ぃ、こいつ処分しろ」
「「え?」」
その言葉に僕は耳を疑った。店長だったらしい緑色のおっさんも僕と同じらしく、かなり慌てた態度を取っている。
「え、でも旦那、その商品は先週高値で仕入れたばかりの――」
「うるせぇ!! んなもん関係ねぇ! わしが殺せって言ったら殺すんじゃ! クソッ、奴隷の分際で、人間の分際でこのわしを笑いやがって! 素っ裸で吊るして熱湯の中にぶち込んでやる!」
ゴンッ! とモヒカンゴリラは乱暴に僕の牢を殴ると、そのまま拳を抱えて蹲った。少し強く叩き過ぎたようで、拳を痛めたようだ。格好の付けられないゴリラだね。
「クソッ、よくもやりやったな……」
しかも僕がやった事にされてるし。
暫く蹲っていたモヒカンゴリラは、(痛みが引いたからか)ゆっくりとその場に立ち上がって、今度は僕ではなく隣の牢にいるアイラちゃんに視線を向けた。
「そんな事より、おい店長。コレの値段もっと下げやがれ。てめぇんトコの商品がわしをバカにしやがったんた。それぐらいの謝罪はするよなぁ?」
親指でアイラちゃんを指差し、緑のおっさんを睨みつけるゴリラ。
「そんな……その商品は今現在、当店で最も値のある――」
「下・げ・る・よ・なァ!」
カチャ、と屈んでいたモヒカンゴリラが緑のおっさんに何かを突きつけた。
それは銃身の長い銀色の回転式拳銃だ。
「ひぃ!」
突きつけられたおっさんは、小さな悲鳴と共に素早く両手を挙げる。
「もう一度言う。タダにしろとまでは言わねぇ。この犬人の値段を下げろ。そんでこのガキも処分しろ。さもねぇと……全て失う事になるぞ?」
銃口を眉間に押し付けられながら、おっさんは必死に首を縦に振った。それに満足したモヒカンゴリラは、『分かればいい』と言ってリボルバーを懐にしまい、静かに立ち上がる。
店長である緑のおっさんの態度からも見て取れるように、見かけに似合わずこのゴリラは相当な権力を持っているようだ。ただ脅されたから首を縦に振っただけかもしれないけど。
「さて、手続きをしようじゃねぇか」
そう言うとゴリラ達は店の奥へ消えていった。
(あのゴリラ、アイラちゃんを買うつもりなのか?)
アイラちゃんがあんなゴリラの奴隷になってしまったら、何をされるか分かったもんじゃない。ゴリラのくせにモヒカンでロリコンとか意味わかんない。
(どうにかしないと、このままじゃアイラちゃんの貞操がッ)
こんな可愛い娘を奴隷にするなんて、羨ましいにも程がある! じゃなくて許せる訳がない! 何とかして彼女をこの牢から抜け出させてやらないと。
だけど、今の僕も彼女と同じ奴隷で、しかもこのまま行くと殺されてしまうかも、と案外ピンチな状態だ。
そんな僕に彼女を助けるだけの力はなかった。
思わず地面を殴りつけた僕は、そこで店の扉が開く音を聞く。
誰かが入って来たようだ。
(またあのゴリラと同じクズ野郎なのかな)
こんな店にまともな思考を持った者が来る訳がない。
こんどは喋る猿か、それとも二足歩行の豚か。そう思いながら扉へ視線を向けた僕は、
「……え?」
その人物を見て再び言葉を失った。
次話【4/2 21時】投稿予定。