第一話 1 〈楽しかったこの時間〉
――1――
僕はファンタジーが大好きだ。
ほぼ毎日、漫画や小説、アニメの世界に入った自分を妄想している。
まあ小学生の男子を経験した事のある人なら、誰しも一回は思った事があるだろう。
え? ないって? 勝手に決め付けるな? ……ごめんなさい。
ま、まあ僕は他の男子小学生よりも頭一つ飛び抜けた妄想家だった。いつファンタジーな世界に召喚されてもいいように、常時脳内で色々な状況をシミュレーションしているほどだ。
別に痛い奴だと思ってくれて構わない。僕は自分の妄想に誇りを持ってるんだ。
あ、でも言葉には出さないでね。心はとっても繊細だから……
そんな僕の小学校生活は思いの外、充実してたかな。
そう。
今日、この日までは……
その日は六年生全体での体育授業だった。
授業内容は屋外ドッジボール。
毎年恒例の行事で僕らにとっては今年が最後のイベント。
だからか、みんな今まで以上に積極的で、且つとても楽しそうに取り組んでいた。僕もその内の一人で、始まってから五秒で外野行きだ。全くみんな白熱し過ぎて手加減ってのを完全に忘れてるね。
こんな感じに、僕以外の子たちは笑いながら遊んでいた。僕は股間にボールを当てられたお陰で外野の隅で蹲っていたよ。顔面セーフがあるなら股間セーフも作ってほしい……
とまあ、そんな痛い事はあっても、結局は楽しいかったよ。みんなの笑いも取れたしね。
本当に楽しかった。本当に幸せだった。
なのに、それは現れた。
何の前触れもなく。唐突に。
地面が一回だけ大きく揺れて、気が付くと、
グリーンサンドのグラウンドが巨大な扉に替わっていた。
色は黒。目立った凹凸などはなく、所々金色の装飾が成されている両開きの扉。
僕らはみんな揃って尻餅をついてへたり込んでいた。扉が現れた瞬間に地面が大きく揺れたせいでバランスを崩したんだ。
そんな、状況を飲み込めないで呆然としている僕らに、次の事態を的確に対処するだけの余裕も、知識も、判断力も、行動力も、何一つなかった。
地面が傾ぐ。ゆっくりと、内側に。
巨大な扉に替わったグラウンドが、ゆっくりと沈むように開こうとしているんだ。
僕らの体は扉の中央に吸い寄せられて、扉の向こうに誘われる。
それに抗う術ない。
巨大な扉の上を滑り落ちていく自分の体を止める事など、非力な小学生でしかない僕らにはできなかった。
悲鳴や絶叫が聞こえる。泣き叫びながら扉に這い蹲っている子が殆どだ。
実際、僕もその中の一人で。
嗚咽を吐き、大声で、来るはずのない助けを呼ぶ。手を伸ばし、脚をばたつかせ、地面の上を滑っていく自分の体を全力で動かし、死に物狂いで抵抗を掛けようとする。
でも、氷の上を滑っていくかのように体は一向に減速しない。それどころか加速すらしているような気さえする。
僕は思わず開きかけている扉の隙間に視線を向けた。
そこには何もなかった。
ただ、何よりも濃い黒が、墨のように深い闇が、自分を飲み込もうとしている。
胸の奥から込み上げてくるのは、死への恐怖。
泣いて。叫んで。暴れて。歪めて。
こうして、僕を含めた六年生全106名は、この日、この世界から消えたんだ。
――2――
そして、
扉の底には何もなかった。
360度見渡す限りの黒。地面も黒。空も黒。
どこを見ても果てのない黒。
光なんて一切ない。表現するなら、深海のような所だった。
ただ、妙に人の姿や空と地面の境界だけははっきりと認識する事ができて、一緒に落ちてきた他の子たちの様子を窺える。光がないのに不思議だ。
みんな混乱しているようだった。それもそうだろう。いきなり落っこちたと思ったらいつの間にかここに立っていたのだから。冷静でいる方が難しい。
いつも頭の中でこういう展開をシミュレートしていた僕でさえ、この状況に対する高揚や今後の展開に対する期待で心臓がバクバクだ。
え? 他の子たちと反応がちょっと違うって? 気のせいでしょ。気のせい。
「……修くん」
と、背後から僕の通称(由来は本名が宮崎修治だから)を呼ぶ、小さな声が聞こえてきた。聞きなれた女の子の声だ。僕は振り返って声の主を確かめる。
「真白ちゃん、どうしたの?」
後ろにいたのは、幼稚園からの幼馴染である優那真白ちゃんと、
「ここ、どこだ?」
同じく幼馴染の安東魁くんだった。
ベージュ色でセミロングの髪が印象的な真白ちゃんは基本的に明るく落ち着いた子で、頭が良く女子グループの中心的な存在だ。
赤色交じりの髪をした魁くんはちょっと乱暴で大雑把な性格だけど、弱気を助け強気を挫く正義感の強い運動神経抜群のスポーツマン。
二人とも容姿がとても良く、真白ちゃんは男の子にモテモテ、魁くんは女の子にモテモテ。
で、魁くんが女の子からバレンタインのチョコレートやらハートのシールが貼ってあるラヴレターやらを貰ってくるのを見ているとぶっ殺し……じゃなくて、嫉妬してしまいますね。十年以上幼馴染やってる僕は同い年の女の子からそんなもの貰った覚えねーよ、って毎回思ってます。
あ、真白ちゃんは別だよ? あの子からは毎年チョコレートとか色々貰ってるけど、彼女のはカウントに入れない事にしてるから。
理由はまあ、幼馴染だからかな。貰えるのが普通、みたいな? クラスの男子にその事言ったら殴り殺されそうな勢いで睨まれたけど。
途中から話が反れてしまったけど、二人の紹介はこんな感じかな。
「見た感じ異世界、と言うより異空間って感じだね。何にもないし」
ぱっと周りを見渡した僕はそのまま思った事を口にした。
僕らが今いるこの場所は世界と言うには何もなさ過ぎる。恐らく世界と世界の狭間的な所だと、僕の厨ニセンサーが知らせてきていた。
「異空間、ねぇ……」
苦い声を出したのは魁くんだ。彼の表情は絶望こそしてないけど、多少戸惑いの色が浮かび上がっている。
「確かに雰囲気はそんな感じだな。……まあそれはそれとして、お前さ、何でそんなに冷静なんだ?」
「そう言う魁くんも結構冷静じゃん? 他の子と比べると」
「そりゃまあ、お前の妄想に十年以上付き合わされてるからな。こんな漫画みたいな展開でもそれなりに正気は保てるよ」
「おーすごいね魁くん! 妄想で耐性が付くなんて厨ニ病の鏡だよ。僕なんて全然ダメだ。この状況に興奮し過ぎてもうどうにかなっちゃいそう♪」
「いや、俺からするとお前の方がよっぽどすげーよ。つーか厨ニ病ゆーな」
言いながら魁くんは僕に呆れたような視線を向けた。
すると、
「……どうしてこんな状況なのに、そうやって普通に会話できるの?」
消え入りそうな声で言ったのは真白ちゃんだった。彼女は不安そうな目で僕らを見つめている。けど、その表情が破壊的にカワイイって思うのは僕だけかな?
一瞬ときめいてしまった僕と、そうでもなさそうな魁くんは互いに一回顔を合わせると、
「なんでって」
「言われてもなぁ」
首を傾げて困り顔になってしまう。
僕はさっきここに落ちてくる前に散々泣き喚いたから、もう暴れるのも面倒だなー疲れるしって思っているし、魁くんは魁くんでさっきも言ったように、こういう事態に対する耐性が付いているようだから、こんな風に冷静なのだろう。と言うか妄想で耐性が付いたってある意味マジで凄いよね。
「……私たち、帰れないのかな。ここで、死んじゃうのかな……」
「「うーん……」」
弱気な真白ちゃんの声に、僕と魁くんは唸りながら考える。考えて、最初に口を開いたのは不覚にも魁くんだった。
「まあ、帰れるか帰れないかとか、生きるか死ぬかとかは別として、ずっとこのままって事はないだろ」
「うん、同感」
「どうして?」
僕は頷きながら魁くんの意見に同調する。
一人その言葉の意味を理解出来ていないのか、真白ちゃんは首を傾げた。
「だってよ、俺たちをここに落としたあの扉。あれ完全に作り物じゃね? 作り物って事は誰かが作ったって事だよな?」
「つまりね真白ちゃん、僕たちは誰かの、何かの意思によって連れてこられたんだよ」
あの扉は誰がどう見ても人工物だ。そして人工物には必ず制作者がいる。制作者がいると言う事は、少なくともただの偶然でここに落ちてきたと言う可能性は限りなく低い。
もしこれが、次元の裂け目や時空の歪みみたいな超常現象による事態だったのならまた話は変わってくるが、そうでないのなら、今後近いうちに何らかの出来事が起こるのは必然的だと言っていい。
尤も、本当にただの偶然でここに落ちてきたって可能性も必ずしも皆無だとは言えないんだけどね。仮にそうだったとして、僕たちはどうやったら元の世界に帰還できるのか全く分からないから、あまりそれは考えたくはない。
「ま、気長に待てばいいんじゃないかな」
「そうそう、焦っても何にも始まんねーしな」
「……なんか、相変わらずマイペースだね」
軽く溜め息をついた真白ちゃんだけど、さっきよりは大分気分が楽になったのか少しだけ笑っていた。それを見た僕と魁くんも自然と表情が綻ぶ。
そんな時だった。真っ暗な空から『声』が聞こえてきたのは。
どうも始めまして、キダイです。
普通とはちょっと違う? 異世界召喚モノだと作者は思っております。
作品的にはシリアスなんですけど、主人公が妄想おバカ男子小学生ですので、自然とギャグやコメディも多く含んでくると思います。
それと、登場人物の発言などが年齢に比べて些か大人びているような、この年でこんな事言わねーだろ(考えねーだろ)と思われる部分も多々あると思いますが、そこは年齢より大人な人格を持っているという事でお願い致します。
最後に、拙い作品ですが楽しんで頂けたら幸いです。
【4/4】一部と二部を合体させました。