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第一話 開闢

初投稿です。


「いつものごとく異常なし、平和ってのはいいもんだ、くそ眠くなる」

 

夜警中の兵士が欠伸をかみ殺す。帝国の東端に位置するクレカンロ帝国基地の傍に町はない。塔に登らなければ町の明かりさえ見えない。辺りは闇に包まれていた。


「教国は内ゲバで忙しいから当面は安全だろ」

「任期が終わるまで続いて欲しいもんだな」


 欠伸の連鎖は止まらない。クレカンロ帝国基地は国境に近いとはいえ、攻め落とすメリットが低い。故に配属される兵に優秀な者は少なかった。


「早く休みにならねぇもんかね? 視界に町の明かりが入るのに、触れられないなんて寂しいじゃねぇか。手が届かない光なんて月と星だけで十分だ」

「詩を囁くなら娼館の女だけにしろよ。ケツを隠したくなる」

「いい男ってのはロマンが口から溢れ出るもんなんだよ。もてない男の僻みは見苦しいぜ」


――不意に空気が振動した。

 漠然とした嫌な予感が二人の兵士の動きを止める。


「……なんだ?」

「……あ、あれはルークス」

「――敵っ!」


――闇夜を切り裂く閃光が走った。


 兵士たちの視界を白が埋め尽くす。爆音が戦闘の始まりを告げた。

 


 






 帝国東端の都市イーストエンド。教国との国境に近く、かつては交易地として栄えていた。しかし、数百年前から断続的に続く帝教戦争により現在では見る影もない。帝国のお国柄のせいかそこそこ商業は発達しているが、教国側の斥候や帝国中央から逃げ込んだならず者などが徘徊し治安は悪い。

 

遊郭が立ち並ぶ歓楽街に建てられた古びたバーでクレード・コルケヘミスタは酒を飲んでいた。


「マスター。ここって昼はこんなに静かなんだな」

 度数の高い酒を煽りながらクレードは言った。


「若いの、ここは娼婦街だ。ここの蝶は夜にしか羽ばたかない」


店主は答えながら若い男を観察した。中肉中背の体は引き締まっており、脱げば娼婦達を魅了するだろう。眼光は鋭く、堅気の商売をやっているようには見えない。しかし、格好はフォーマルなスーツで高級品だ。艶やかな黒髪も整えられている。場所が宮殿やパーティー会場ならば違和感がないだろう。だが、時刻は太陽が最も気合を入れる正午で、ここは程度の低い酒場だ。なんとも奇妙な客である。


「そう怪しまないでくれよ。仕事が一段落して祝杯を挙げているだけだ」

 店主の視線に苦笑しながらクレードはグラスの酒を空にする。


「そりゃめでたい。難しい仕事だったのか?」

「そうでもない。なにせぼったくりカジノをぶっ潰すだけの簡単なお仕事だ。火薬と火を点ける道具があれば餓鬼でも出来る。」

「物騒だな。もしかしてあんた官憲か?」

「やめてくれよ。官憲にこんないい男がいてたまるか。俺はフリーの行商人だ。売り物は硝煙の匂いを纏う上等な男だ」

「どうでもいいが、うちに迷惑かけないでくれよ」

「もちろんだ。この時間に空いている酒場を探すのにえらい苦労した。追い出されるのは御免さ」

 注ぎなおされた酒をクレードが旨そうに煽っていると、轟音が響いた。次いで振動が店の中を走る。天井から木片が落下した。


「あー、おたくのお仕事で?」

「目覚ましにはちょっとうるさ過ぎたな。化け物が現れた」

 

クレードは窓の外を指差した。寝ていたと思われる女達が家の外に飛び出し、何事かと辺りを見回している。化粧をしたまま寝ていたのか口紅が顔中の至る所に付着し、櫛を入れていない髪は逆立ち、真剣な表情を伴って、獲物を探す魔物のような相貌だった。


「蝶だって日光に当てれば蛾みたいなもんさ。薄暗い店の中で細目くらいで見るのが楽しく遊ぶコツだ」


 店主は貧乏だった。娼館に落とせる金額は微々たる物である。つまり見目麗しい娼婦を抱けることなんてほとんどない。それでも通わざるを得ないのが男の本能。諦めを感じさせる店主の言葉にクレードは同情した。


「俺はまだあんたみたいに割り切れないよ。とりあえず今日の夜の予定は変更だな。真実は時に男を傷つける」

「いい店、紹介しようか」

「――頼む。代わりにこの店の一番高い酒をくれ。その金で偶にはいい所で遊ぶといい」

「昼に店を開けてよかった。心からそう思うぜ、若いの」

「頑張ってるおっさんに神も褒美を与える気になったんだろう」

 男達に友情が芽生えた。



 酒場を出るとクレードは爆破したカジノに向かった。昨夜までさんざん帝国の民から金を巻き上げていた悪徳カジノは解体され、瓦礫の山が出来ていた。カジノの周りでは官憲達が怒号を挙げ、周辺住民が不安そうにそれを眺めている。


この悪徳カジノは教国の息のかかった人間が経営しているものの一つであった。帝国の民から搾取し教国へ送金する。敵国に対する戦略としては決して間違ってはいない。だが、仮にも慈愛の神を称え、正義を名乗るのなら、教国はこういった小細工など使うべきではない。


 一年前まで軍人として幾度となく教国と命のやり取りをしたクレードは正義を掲げ、聖戦などとほざく教国の妄信家達を嫌悪していた。


しかし、帝国の上層部も腐っているから二国の間に大した違いはないのかもしれない。かつて味わった無力感を思い出し、クレードは舌打ちをする。

――我ながら女々しいな。

 もう軍属ではないのだ。戦争に関わることなどない。クレードは足元の瓦礫を蹴り飛ばし、カジノだった残骸に背を向けた。


 任務が成功したことを確認し、一旦宿に戻ろうとしたクレードはイーストエンドのメインストリートを歩いていた。クレードの宿は娼婦街にあるような安宿ではなく、観光客用に整備された歓楽街にある高級旅館である。元軍人としては治安の良し悪しなどさして問題にはならないが、今は戦時下だ。敵襲があった時に避難しやすい場所を選択するのは当然といえる。さほど金に困っていなければなおさらだ。


「なんだ……?」

 メインストリートの終着点である広場から長蛇の列が出来ていた。耳を澄ませて並んでいる人々の声を聞き取る。

 

「デミゴッドのパイロットになれれば一攫千金も夢じゃねぇ」

「賭場に行くより現実的だよな。どうせ駄目元だ」

 

 デミゴッド、戦争のあり方を一変させた人型汎用兵器だ。コアユニットに異世界の眷属の分霊を宿し、莫大なエネルギーを得ることを可能とした。分霊との同調によりパイロットは鉄の機体を自らの体のように操作することができる。

かつては分霊との直接同調による歩兵が戦争の主役だった。分霊との同調は歩兵達を悉く発狂させた。人間とは比べ物にならないほどの魂の強度を持つ分霊と同調することは簡単に精神を破壊した。適合率が悪ければ数分で魂の死に至る。

その点、デミゴッドでは人間と分霊の間に複雑な制御システムを挟むことで同調による弊害を軽減させた。下位分霊との同調ならば適合率が悪くとも一時間は持つ。現在における戦争の花形はデミゴッドだ。機体の優劣、分霊の格、パイロットの腕などで戦争の勝ち負けが決まる。各国はこぞって優秀な分霊、パイロットを探している。

わざわざ技術者が足を運んで適合検査をするということは高位分霊の相方を見つけようとしているのだろう。下位分霊と異なり高位分霊は自我を持つらしい。適合する人間を探すのは砂場で砂金を見つけるくらい難しいと聞いたことがある。

クレードが広場を横切る際、真剣な表情で端末を弄る技術者と眼が合った。

――クールそうだが、美人だ。

 涼しそうな表情の下に豊かな双丘があった。服の下から突き上げている主張に思わず手を合わせて拝みたくなる。軍属でさえなければ声を掛けられたのに。

 クレードは悲劇的な出会いに肩を落とした。


 クレードが宿で一眠りして外に出ると、太陽は既に沈んでいた。ポケットに手を突っ込んで年代物である懐中時計を取り出し、時間を確認する。

夕食を酒場で取って、娼館で遊べば日が変わるだろう。クレードは翌日の予定を頭に浮かべた。

――予定は午後から、盛大に遊ぶとしよう。

カジノ爆破作戦の準備やら作戦チームの組織などでクレードにしては珍しく禁欲生活が続いていた。

――がっつり稼いだことだし、羽目を外そう。

 クレードが娼婦街に足を向けようとしたその時、地面が微かに揺れた。

「……おいおい、冗談はやめてくれ」

 

知っていた。――この湧き上がる不安感。

 慣れていた。――頭ではなく体が理解している。

 動かなければならない。――戦闘が始まるのだから。

 

 地面は断続的に振動している。戦闘は既に始まっているのだろう。スイッチを入れる。市民から戦闘者としてのクレード・コルケヘミスタに切り替える。

思考する。イーストエンドの近隣の基地は……クレカンロ。襲撃されているのはクレカンロ帝国基地で間違いないだろう。クレカンロからイーストエンドまで攻め入る時間は……短いはずだ。クレカンロ基地が応戦したとして、配属されているデミゴッドもパイロットも低質。教国のルークスを中心とした部隊相手では数十分が限界か。敵が部隊を別けている可能性もある。宿の荷物を取りに行く時間はない。即刻、逃亡すべし。

クレードは走り出した。


街の出口まで来るころには戦闘が視認できるようになっていた。味方は帝国軍イーストエンド駐屯部隊のノクスが3機、蒸気戦車が2機。敵はルークス3機。数的優位ではあるが、パイロットに差がありすぎる。今のところ撃墜はされていないが五対満足なノクスは一機しか残っていない。蒸気戦車は脅威にならないと判断されたのか、相手にもされていなかった。

「不味いな……」

 戦場が街に近すぎる。街の外に逃げ出しても流れ弾で死ぬ可能性がある。かといって街に戻っても戦力的にいずれ占領されるだろう。元軍属だということが判明したら何をされるか分からない。


「……馬鹿が!」

 ノクスが最悪の位置取りをした。街の出口がルークスの射線上に入る。

今、ルークスが撃ったら……。嫌な予感は的中する。

――ルークスがライフルを撃ち、ノクスは回避行動に入る。

 回避された閃光はクレードがいる街の出口を吹き飛ばす。

「うおあああああ!!!」

 クレードに直撃こそしなかったが衝撃波で吹き飛ばされた。

「がぁっ!!!」

放棄されていた軍用運搬車両にクレードは背を打ち付け、軽い悲鳴を挙げる。骨が折れたかもしれない。激痛が体を走る。閃光に焼かれた目をこすり、なんとか視界を取り戻すと、熱波で焼かれ出血する両腕が目に入る。


「何やってんだよ! 下手糞がっ!」

 先ほどの焼き直しだった。ノクスが街を背にして、ルークスがライフルを撃つ。

「くそっ!」

 軍用運搬車両のドアに手を掛ける。

――開かなければ、死ぬ。

 幸い、鍵は掛かっていなかった。クレードは車内に転がりこんで伏せた。

 衝撃はさほどなかった。耐熱装甲が耐え切ってくれたようだ。クレードは体を起こし、運転席から後部コンテナに移動した。20㎥の巨大コンテナの中には見たことのないデミゴッドが起立していた。


 広場で募集していたのは新型のパイロットか? となると搭載しているのは想像通り上位分霊だろう。動かせるか?

――突っ立っていても埒が明かない。クレードは手動でハッチを開け、コックピットに潜り込んだ。シートに座り、左右にある球体型の同調制御システムに手を置く。

「アプローチ」

 シートの直下にあるコアユニットが起動し、デミゴット全体に霊力が行き渡る。


「誰っ!?」

 突然、眼前に少女が現れた。透き通るような蒼髪は長く、腰の辺りまで伸びていた。不審感を隠そうともせずクレードを観察する瞳はエメラルドに輝いている。唐突な事態に驚愕したことも事実だが、何よりもその美しさにクレードは戦場に居る事を一瞬忘れた。


「……まだ俺は死んじゃいない。綺麗すぎるあんたは天使か悪魔か死神か、素性は知らないが黄泉への勧誘ならお断りだぜ」

「なに訳わかんないこと言ってんのよ?」

「冗談だ。あんた分霊だろ? それも上位の」

「――ふーん。機密を知ってるってことは軍の関係者ってとこかしら。まあどうでもいいわ。さっさと出て行きなさい」

「……外は戦闘中だ。俺も出来ることなら逃げ出したいが死ぬのは嫌でね。それにせっかく美人と出会えたなら会話をしたい」

「……美人? 私が?」

 クレードは頷いた。


「変わってるわね。人間は私達のことを道具としか思ってないはずなのに。それはこっちも同じだけど」

「一流のデミゴッドパイロットは分霊を蔑ろにしない。俺の教官の教えだ。俺のいた部隊じゃ、分霊と共に歌い、分霊と共に笑い、分霊と共に戦った。戦闘が終わればコックピットで酒を飲んだ。俺達は相棒を誇るし、相棒は俺達に応えてくれた。無様な操縦をする馬鹿共と一緒にしないでくれ」

「……へえ? 私はアイズ・ヴァレンシー。闇の眷属上級甲種の一柱『永遠凍土』よ。人間、名乗りなさい」

 

少女は自らを世界に四柱しかいない最上級分霊と称した。圧倒的な存在感に沈黙を強制する美しさ、それならば納得できる。クレードは疑うことなく事実と判断した。


「元帝国軍ヴァレホール隊副隊長、二つ名は『慟哭』、一年前の『ヴァレホールの悲劇』にてMIA認定。――俺の名はクレード・コルケヘミスタだ」

「帝国のトップエースの部下ね。有名じゃない?」

「は、虚構のトップエースさ。あのくそ上司は無能の一言に尽きる。さて、そんなことより提案がある。俺とコンビを組まないか、アイズ・ヴァレンシー」

「私は人間の下につかないわ。分霊とはいえこの身は『永久凍土』。世界だろうと、神だろうと、時代だろうと、運命だろうと、――従属しない。それを強制するなら魂ごと凍らせてやる」

「俺が求めているのは従属なんかじゃない。分霊の誇りを理解せず、研鑽の努力もせず、羽ばたき方を忘れ、醜く地を這いずる愚者に、デミゴッドがいかなるものか俺の手で叩き込む。その協力を求めている」

 

 今を生き抜くため、デミゴッドを使えば生存率は飛躍的に高まる。確かにその通りだ。お粗末な戦闘を見て頭にきた、嗚呼それもある。だが、クレードは青き少女に翼を見た。言葉にはしなかったが、共に羽ばたきたいと思った。どこから湧き出したのか自分でも理解できない衝動。しかし、彼女に協力を要請した一番の理由だ。

最高機密の分霊と新型の機体、使えば軍属に戻るどころか下手すりゃ処刑も考えられる。

生き延びるだけなら言葉を撤回すべきだ。でも、しない。

 彼女を気に入ってしまった。確信してしまった、我が相棒足りえると。

クレードは苦笑する。

――シンプルにまとめればなんてことはない。……誇り高い女性はタイプなのだ。


「ふふ、あははははは。面白い、面白いわね、クレード。いいわ。――契約よ」


 クレードとアイズは向き合い目を合わせる。視線は逸らさず、魂まで見通す。


『我の腕は汝の腕、我の眼は汝の眼、我らは一つの剣なり』


 唇を重ねる。

 戸惑うほどに甘美で、湧き上がった歓喜にクレードは動揺した。

 焦るほどの官能が体中に走り、砕けそうになる腰にアイズは驚愕した。

 そして、互いに確信する。

――相性が良すぎる。

 もし、ここに技術者がいれば腰を抜かしたかもしれない。驚異的な適合率が記録されるのだから。


 停止した二つの歯車が噛み合い、運命が回り始める。片輪は一年前から亡霊と成り果てた元軍人、片輪は理解者を得られず凍ったままだった分霊。此処に契約は成った。


「相棒、俺達の機体名を知ってるか?」

「救世の氷剣、デミゴッド『セイバー』」

「いいね。いい名だ。――じゃあ行こうか」

「ええ。初陣だもの。とことん派手に蹴散らしましょう!」


「――Freeze、Freeze、Freeze。断ち切れ、氷剣」

 クレードは歌う。

「――Freeze、Freeze、Freeze。世界よ、凍れ」

 アイズも唄う。


 デミゴッドが詠唱に応える。彼等を覆うコンテナが氷河に吹き飛ばされた。


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