鳥
ベランダに鳥が止まっていて、その鳥がまたしばらくしてどこか遠くへ飛んでゆくのを、君たちは何も思わぬのだろう?
いつの日からか、私はみんなの云う「ふつうの生活」ができなくなった。私が住んでいるこのマンションの九〇一号室はいつの間にか朝起きて、そして夜になって、また布団に戻って寝るだけの場所になっていた。頭の中は向かう場所もない砂漠みたいになって、昔から没頭していた数々の趣味も私を満足させ、安堵させるにはもう足りなかった。本棚にあった小説や漫画を手に取って、ぱらぱらめくってみても、それらはすべて白紙に戻っているように見えて、以前抱いていた「面白い」とか、「感動した」というような薄っぺらい感想すら出てこなかった。
大好きな珈琲を飲みに行こうと遠くの喫茶店まで足を運んでも、そのときにはもう、珈琲のおいしさというのがまったく分からなくなっていた。
「うぇー何これ?泥水じゃん」
友人がそう云っていたのを、珈琲を啜りながら思い出した。私も何故か友人と同じ意見であった。悔しかった、悲しかった。長らく愛飲してきた珈琲の味がついに不明瞭になってしまい、しかも泥水だと珈琲のことを貶してしまったことが。
朝、カーテンから幽かに漏れる日の光を寝ぼけた私に浴びせる太陽が、夜になってまたどこかへ消えていくのを見ると、私は今日も一日という時間をぞんざいに扱ってしまったのかと思い、そんな自分が厭になる。
そんな生活が続くと、私はベランダというものが好きになった。ベランダに広がるあの青空が、私の生活に、心に、確かな平穏を与えてくれるのである。昼間の雲がいい塩梅に混じっている青空の綺麗なのは云うまでもない。だが夜の空もまた、同じように綺麗である。正体の見つからぬ不安に襲われて眠ることができなかった夜、私はそう思った。ベランダに出ると七色の星たちが、それぞれ自身の存在を大袈裟に示していた。その星たちは、今私のいるベランダよりも下にあり、見下ろせるものもあった。星の光のように思われたものたちは、様々な建物に付属する照明の集合であった。照明などというものは、生活を便利に、快適にするための道具でしかないと、以前私はそう考えていた。しかし、それまで真っ暗だった私の心に色彩と明かりを加えたのは、それがはじめてであった。
ある昼、例のようにぼんやりと青い空に視線を投じていると、そのとき一羽の鳥が青空の平和を乱すように、空を一瞬だけ真っ二つにした。私はそれを見逃さなかった。
「ああ、鳥は何を思いながら、あの空を飛んでいるんだろう。」
優雅に、それでいて急激に速度を速めて飛んで行った鳥を見て、私はその問いの答え、アンサーを探そうと努力した。何も考えずに飛んで、風は気持ちよくて、きっと爽快なのだろう。永遠に疲れが来ないのであれば、私は鳥になって空の限りない青さと、広さを感じていたい。いや、鳥が空を飛んでいるのにはほかの理由もあるだろう。鳥の間にも友情というものはあって、あの鳥は前から懇意であった鳥との友情に亀裂が入ってしまったのが悲しかったのかもしれない。私にも覚えがある。幼少の時分、友達と喧嘩してしまったことがあった。その日はずっと布団に籠って臍を噛んでいた。いつも優しくて、めったに怒らない彼を自分の手で怒らせてしまったからである。
鳥になりたい。鳥になって、人の世に生じる不安も将来への恐怖もない空に、私の体を投げ入れて、ぷかぷかと浮かんでいたい。
あの鳥を見てから、私の考えることはほとんどそれであった。
友とともに歩み、趣味は全力で楽しんで、自分の仕事を全うし、最期には家族に一緒にいながらゆっくり目を瞑ることの何が人生か。そう思った。私がこのようなことを考えるのは一度きりではなかった。しかし、こう思うのもこれで終わりになるのだろうか。
私はベランダに出た。空は梅雨のせいで依然曇りであった。覚悟を決めたかった。だが、死を真剣に考えてその覚悟をためらうことの方が簡単であった。そんな自分が情けなかった。
そんなとき、遠くに見える向かいのマンションにいた大きな鳥が、その体に見合った大きな翼を広げて、少し暗い灰色の空をすべっていった。
それを眺めていると、背中がふわっとした何かに触れた感じがした。私の背中には、あの鳥に負けないくらいの翼があった。その直後、私の唇は鏡が必要ないほどに長く、獲物を確実に捕らえる嘴へと変貌した。
ああ、これならきっと空を飛んで、人里離れた山に住んで、周りの奴らから縄張り争いを仕掛けられる心配もしなくていいところで、ただひっそりと暮らすことができる。
「行こう」
と一言だけつぶやいて、鳥はついに広大な青空に自分の身を委ねたのである。
さあ飛べ!自由な鳥よ!
旅の始まりは順調かと予想されたが思いの外翼は重く、少しも動かなかった。そのために鳥は勢いをなくして、静かに、かつ円滑に墜落を遂げた。




