聖人君子は報われない
聖人君子。
あだ名だ。
本人に言わせれば不本意らしい。
「やめてよ、それ」
そう言いながら笑う。
でも言われる。
だってそうだから。
落とし物を届けたり、
荷物を運んだり、
困っている人の話を聞いたり、
そういうことをよくしている。
本人に言わせれば普通のことらしい。
だから感謝されると、少し困った顔をして、
「そんな大したことじゃないよ」
いつもそう言う。
ある朝、彼女は遅刻した。
道で転んだ小学生がいたからだ。
擦りむいた膝を洗って、近くの大人を呼んでいたら時間が過ぎた。
先生は出席簿を見ながら言う。
「遅刻は遅刻だからな」
「はい、ごめんなさい」
彼女はいつも素直に謝る。
別の日は電車に乗り遅れた。
迷っているおばあさんに道を教えていたから。
それでもやめない、やめる理由がないから。
一度、私は聞いたことがある。
「報われてる?」
きょとんとした顔をした彼女に私は言葉を続ける。
「人助け」
彼女は少し首を傾けた。
「多分?」
うまく伝わらなかったみたいだ。
「人助け、大変そうだから」
遅刻とか、
乗り遅れた電車とか、
そういう話をする。
彼女はそれを聞いて少し考え、
「でも困ってたし」
と笑顔で答えた。
ある日の放課後。
私は三階の教室で帰り支度をしていた。
ふと窓の外を見ると、
校門の近くで彼女が立ち止まっていた。
誰かと話している。
何をしているのかまでは分からない。
けど彼女の事だ、きっと人助けをしているのだろう。
私は窓を開け、叫ぶ。
「おーい!手伝おうかー!」
彼女は顔を上げ、手を振る。
「だいじょーぶ!」
笑顔でそう言った彼女は、すぐにまた相手へ向き直る。
今日もまた、帰るのが遅くなりそうだ。
やがて相手の人がお辞儀をして、何か感謝の言葉を言ったのだろう。
彼女も何か言っていたけど、ここからじゃ聞こえない。
聞こえないけど、多分、
「そんな大したことじゃないですよ」
そんな感じの事だと思う。
やがて二人は別れて、
彼女は小走りで駅へ向かう。
次の電車に、間に合うかどうか微妙なところだ。
私はそんな彼女を見ながら、小さく呟く、
「聖人君子は報われないなあ」
少しだけ口元を緩めながら。
彼女にはもう聞かない。
聞いたとしても、
きっと彼女は首を傾けるだけだから。




