表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第五話:子供たちの花

 町を出てから、三日が過ぎた。

 世界はどこまでも静かだった。

 車は道路の途中で止まったまま。

 信号は消えたまま。

 風だけが吹いている。

 そして、花だけが咲いていた。


 赤。青。白。


 色とりどりの花がだれもいない町を埋め尽くしている。

 最初は綺麗だと思っていた。

 でも見慣れてくると、逆に怖かった。

 まるで世界が、人間の代わりに花を選んだみたいで。


「疲れた……」


 ひなはリュックを抱えながら呟く。

 旅人は前を歩いたまま振り返らない。


「まだ歩けるだろ」


「無理」


「昨日も聞いた」


「昨日より今日の方が無理」


 旅人が小さく笑う。


(なんか悔しい)


 その時だった。風に混ざって、微かに音が聞こえた。


 からん、からん。


 金属が揺れる音。

 旅人も気づいたらしい。足を止める。

 音がする方を見ると、色褪せた看板が見えた。

 遊園地だった。

 入口のゲートは半分崩れている。

 錆びた観覧車が、風もないのにゆっくり回っていた。


「うわ……」


 ひなは思わず呟く。

 怖い。でも少しだけ、懐かしい。

 小さい頃、お母さんと来たことがある気がした。

 旅人は黙ったまま中へ入っていく。


「ちょ、待って」


 慌てて追いかける。

園内は静まり返っていた。

壊れた売店。

止まったメリーゴーランド。

割れた風船。でも、その中心で。


「……え」


 ひなは立ち止まった。

 花畑があった。遊園地いっぱいに、無数のチューリップが咲いている。


 赤。黄色。白。ピンク。


 小さな花たちが、風に揺れていた。

 綺麗だった。あまりにも。

 旅人が静かに呟く。



「子供たちか」



「これ……全部?」



「ああ」


 ひなは息を呑む。

 チューリップは、大人の花より小さい。

 まるで本当に、小さな子供みたいだった。

 ひなはそっとしゃがみ込む。

 赤いチューリップ。その隣に黄色。

 さらに白。

 どれも少しずつ形が違う。


「……なんでチューリップなの」



 旅人は花を見下ろしたまま答える。


「子供は単純だからだろ」


「単純って」


「真っ直ぐ咲く」


 風が吹く。

 色とりどりの花弁が揺れた。

 ひなはなんとなく胸が苦しくなる。

 この子たちも。

 遊びたかったんだろうか。

 もっと生きたかったんだろうか。

 

 その時。


『ねぇ』


 声が聞こえた。


「っ!」


 ひなは、顔を上げる。


『あそぼう』


 幼い声だった。

 チューリップが揺れている。

 周囲には誰もいない。でも確かに聞こえた。


『おねえちゃん』


 ぞわり、と鳥肌が立つ。


「旅人……!」


 振り返る。

 でも旅人は驚いていなかった。

 静かに目を伏せている。


「……聞こえるか」


「また……!」


 ひなは息を荒くする。

 花たちが揺れる。


 からん、からん。


 遠くで観覧車が鳴っていた。


『さみしい』


『まだかえりたくない』


『おかあさん』


 声、声、声。


 ひなは思わず耳を塞いだ。


「やめて……」


 胸が苦しい。泣きそうになる。

 旅人が静かにひなの肩を掴んだ。


「ひな」


「っ……」


「聞け」


 低い声だった。


「目を逸らすな」


 ひなは震えながら花を見る。

 色とりどりのチューリップ。

 小さな命の残骸。

 でも、そこに確かに“誰か”がいた。

 旅人がぽつりと言う。


「花は最後の感情を残す」


 風が吹く。

 花弁が舞う。


「だから、咲く花は人によって違う」


 ひなは呆然と花を見つめた。

 するとその時。旅人の首元が、じわりと赤く光った。


「……え」


 次の瞬間。首の痕から、小さな青い花弁が零れ落ちた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ