呪いの雪だるま
最初は、ただの雪だるまだった。
村の広場に、誰かが作ったらしい。
丸い胴体に、少し歪んだ頭。
目は黒い小石、鼻は折れたニンジン。
「下手くそだな」
通りがかりの子どもが笑った。
その瞬間、雪だるまの口が少しだけ曲がった気がした。
――気のせいだ。
その夜、村で奇妙なことが起きた。
鶏が一斉に鳴き止み、
井戸の水が凍り、
暖炉の火が、理由もなく消えた。
翌朝、広場に集まった村人たちは凍りついた。
雪だるまが、一回り大きくなっていたのだ。
「……雪、降ってないよな?」
誰かが言った。
誰も答えなかった。
⸻
二日目、村の端の家で、老人が倒れた。
死因は衰弱。
まるで、冬を一気に十年分浴びたような顔だった。
その日の夕方、雪だるまにはしわが一つ増えていた。
「まさか……」
村の古老が、震える声で言った。
「昔話だ。
憎しみを抱いたまま死んだ者の魂は、
冬に紛れて戻ってくる」
夜、誰かが広場を見張った。
月明かりの下、雪だるまは――動いた。
ごく、ゆっくりと。
雪を足すように、地面を這わせ、
自分の体を大きくしていた。
そして、囁いた。
「……さむい」
聞いた者は、翌朝、起きなかった。
⸻
三日目。
村は決断した。
「壊そう」
斧を持ち、火を用意し、広場に集まる。
雪だるまは、もう人の背丈を超えていた。
目の石は深く沈み、
口は、笑っているようにも見えた。
「やめてくれ」
雪だるまが言った。
声は、村人全員が知っている声だった。
――去年、理不尽に追い出された、あの男の声。
一瞬、ためらいが走る。
その隙に、雪だるまの足元から冷気が広がった。
斧を持った男が、倒れる。
息が、白いまま止まる。
「燃やせ!」
誰かが叫んだ。
火が投げ込まれる。
雪が溶け、悲鳴が上がり、雪だるまは、しゃべった。
「もし俺を殺すと、三日後、山から雪崩となってオヤジが復讐してくるぞ」
村人たちは、斧を持ったまま固まった。
広場の真ん中に立つ雪だるまは、不格好だった。
目は小石、鼻は半分折れたニンジン。
だが声だけは、妙に生々しい。
「オヤジはな、山そのものみたいな人でさ。
怒ると、地形が変わるんだ」
誰かが唾を飲み込む音がした。
「……三日後、だな?」
村長が聞く。
「きっかり三日後だ。
覚悟しとけよ」
雪だるまは、なぜか少し誇らしげだった。
だが、村はすでに二人を凍死で失っていた。
恐怖よりも、怒りが勝った。
「脅しだ」
「ただの雪だ」
「壊せ」
斧が振り下ろされる。
雪だるまは最後に一言、言った。
「後悔するなよ」
そして、砕けた。
⸻
一日目。
何も起きなかった。
空は晴れ、山は静かだった。
二日目。
村人たちは山を見上げて暮らした。
夜も眠れず、耳を澄ました。
だが、雪の崩れる音はしない。
三日目。
夜明けが来た。
誰かが言った。
「……来ないな」
正午を過ぎても、
夕方になっても、
夜になっても――何も起きなかった。
雪崩は来なかった。
復讐もなかった。
村人たちは、ゆっくりと息を吐いた。
「助かったのか?」
「やっぱり、嘘だったんだ」
安堵と同時に、少しの後悔が胸をかすめたが、
それもすぐに薄れた。
⸻
数日後。
雪だるまがあった場所で、子どもが転んだ。
「いてっ……あれ?」
地面が、やけに硬い。
掘り返してみると、
土の下から、古びた宝箱が出てきた。箱の蓋を開けると、きらきらキラキラ!宝物が光っている。
中身は、キラキラした金貨、キラキラした宝石、キラキラした魔法具。
どう見ても、国家予算級のキラキラした宝物だった。
村は、一気に潤った。
税は免除され、
道は整備され、
飢えは消えた。
計算すると、その財産だけで
三百年は税金を払わずに済むことが分かった。
村人たちは笑った。
「雪だるま様々だな」
「脅しは外れたが、置き土産は本物だった」
誰も、山を見なかった。
⸻
その夜。
山の奥深く、誰も知らない場所で、
巨大な雪の塊が、ゆっくりと形を変えた。
「……あいつ、ちゃんと役に立ったみたいだな」
低い声が、雪に吸い込まれる。
だが、雪は動かない。
復讐もしない。
約束は、守られたのだ。
――雪だるまは、嘘をついていなかった。
殺すと、何かが起きるとは言った。
それが、災いだとは、言っていないだけで。




