第四話 おしゃべり草の秘密
ミシェルが出張から戻ってきた。出かけたときも大きなリュックを背負っていたが、帰ってきたときは、もっと大荷物になっていた。
重力制御の魔法で軽くしてあるから、ミシェル本人はけろりとしているが、ほとんど荷物に埋もれているような状態だ。
「ただいま戻りました」
「はい。おかえりなさい」
ミシェルがお辞儀をすると、背負っていた大きなリュックから飛び出していた巻物が、植物園の床に散らばった。
「あっ、ごめんなさい!」
すみませんとミシェルがお辞儀をするたびにリュックにぶら下がったランプが大きく揺れ、中のものが飛び出した。
それは布袋に入った種であったり、瓶詰めにした苔やキノコだったり、パラフィン紙にはさんだ植物や土だったり、生活用品だったりした。
床に転がり落ちそうになった瓶詰めを見事にキャッチして、アーシュタは笑った。
「謝らなくていいよ! また落っこちちゃう!」
「アーシュタちゃん、ありがとう」
二人のやりとりを微笑んで見守っていた上司が、「報告はゆっくりでいいよ」と、小さく手を振った。
***
ミシェルの荷物のうち、研究に関係するものを整理するのに、数時間はかかった。
午前中に植物の世話を終えて、午後からはアーシュタも手伝ったが、メモが何枚もある。ちらりと見えた内容に興味をそそられたが、全部読んでいては研究整理が進まない。
「すごい量だねぇ」
「報告書は先に提出したよ。今ここにあるのは、メモだけ」
「それでも多いよ!」
「持ち出しができない古い文献を、写したから……」
「え!? 手書きで!?」
「そう……」
「ひえー……」
ミシェルの現地での作業を考えると、めまいがする。
パラフィン紙にはさんでいた植物を確認していたミシェルが、ふと手を止めた。
「アーシュタちゃん、そういえば、おしゃべり草、どうだった?」
「あいつ、めっちゃ癖あるね!」
「だよねぇ……」
曖昧に目を伏せたミシェルがかなりおしゃべり草に手を焼いていたのを察して、アーシュタは苦笑いした。
そうこうしているうちに、上司がそっと顔を出した。
「アーシュタ、ちょっと来てくれる? おしゃべり草の隣の草、元気ないんだけど、何か知ってる?」
「あっ、報告してなくてすみません! うっかりしてました!」
アーシュタがあわてて日陰を好む植物の部屋に入ると、上司がおしゃべり草を前にして、革張りの手帳を開く。茎の真ん中の葉が、ぱくぱくとおしゃべりしている。
「こっちに栄養が足りてないってさ!」
「……報告よろしく」
アーシュタは身を縮こまらせ、若干口ごもりながら、おしゃべり草の隣の植物に元気がなくなってしまった経緯を報告した。
「すみません……。ちょっと元気がないけど、枯れるまではいかないと思います」
「えー? 本当にー?」
「うるさいよ、おしゃべり草。……おしゃべり草が栄養足りないっていうから、そっちにあげちゃったんです」
上司は革張りの手帳にメモしていた手を止めて、ふふっとうれしそうに目を輝かせた。
「わあ、本当に文献通り! 『おしゃべり草』ね、ミシェルの調査で、正式名称がわかったよ。『惑わし草』っていうの」
「『惑わし草』!? なんだか、ろくでもなさそうな……」
「自分が得をするように、人を惑わせるんだって」
「ちがーうよ! 『正直草』だよ!」
アーシュタと上司のやりとりに割って入ってきた『惑わし草』の言い分に、二人は肩をすくめた。
「『惑わし草』はね、元々、人が多く住むところに群生していたらしいのね」
「人間の言葉をしゃべりますもんね」
「そう。でもあまりにも人を惑わせるものだから、鬱陶しくなった人間が、村の近くには植えなくなったんだって。農作物に被害が出ちゃうから」
アーシュタは思わず吹き出したが、いやいや笑いごとじゃないと、すぐに笑いを引っ込めた。
農作物にまで被害が出てしまったら、村人たちにとってはきっと深刻な問題だっただろう。
「惑わし草、そんなことしてたのー?」
「してねぇよ! 『正直草』だからな!」
「惑わし草の世話をするときは、耳当てをした方がいいかもしれないね」
ドアがノックされて、ミシェルが顔を出した。両手にたくさんのメモや資料を抱えているから、上司に報告するためにやってきたのだろう。
「報告書、読んでいただけましたか?」
「読みました。『惑わし草』の聴覚が優れているかもって観点、面白かったわ。……研究、進めてちょうだいね」
姿勢を正したミシェルが、うれしそうにうなずく。
「はい! あ、あと……『惑わし草』は、幻覚魔法薬の材料に使われていたそうです」
「へーぇ?」
三人が惑わし草に視線を送ると、途端に惑わし草はピンと茎を伸ばして、直立不動の姿勢になった。
「なるほどー?」
「おい、やめろ! ……やめてください!」
アーシュタはにやにやと、惑わし草の茎を指先でつまんだ。
「……ごめんなさい」
惑わし草の、これまでとは打って変わったしおらしい様子に、三人の魔女は再び笑い声をあげた。




