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気付いた時には、病院の一室、ベッドの上だった。


「ふぅ、なんだ夢か。あはははは」

ああ、夢オチだな。

夢オチだな。

あははははは!

あははははははははははは!

ははははははははははははははははははははははは……

納竹(なよたけ)さん!?ああ、すみません、納竹さんの意識が戻りました!すぐに事務所に伝えてください!」

「はははははははははははははははははははは!!!」

「納竹さん!落ち着いてください!わかりますか!?あの、自分の名前はわかりますか!?」

「はは…え?ああ、ええと……あなたは誰ですか?」

「初めまして。私は看護師の鈴村(すずむら)香奈(かな)と申します。あなたのお名前は?」

「あ、はい、初めまして。納竹元造(もとなり)です」

「ありがとうございます。納竹さん、深呼吸をしてください」

「へ?は、はい」

「はい行きますよ、吸ってー?」

「すぅーーー…」

「吐いてー」

「はぁーーー…」

「吸ってー」

「すぅーーー…」

「吐いてー」

「はぁーーー…」

言われるがままに、従う。

あれ?何だっけ、何を考えていたんだっけ。

なんか、さっきまで……

まあ、良いか。

「はい、ありがとうございます。そしたらね、はい、このタオルを使ってください」

「え?タオルを…何に?」

「ほら、その…顔とかを拭くのに」

「…あ」

鈴村さんに指を差されて、(ようや)くぼくは、自分の顔が濡れていることに気が付いた。顔だけじゃなく、その下の喉元とか胸とかも濡れている。

ぼくは、どうして泣いているんだろう?

いつから泣いていたんだろう?

……わかんないや。

とにかく顔を拭こう。

「うおっと」

ぼくの左腕、点滴の針が刺さってたのか。たった今ふと動かした拍子に、ちょっと痛くなってしまった。

そっか、そうだよね。ぼくはここ2日くらい食事をしてなくて、栄養失調気味だったんだよね。助かる助かる。


ああ、そうだ。小説を書こう。

小説を書かなきゃ。

うわ、もう時間過ぎてるじゃん!いつも仕事として原稿を書き始める時間より、もう1時間は過ぎたくらいの時刻だ!

まずいまずい、スマホを……あれ?

スマホどこだ?

ねえ……どこ?

おい……

「…ぼくの携帯、どこですか」

「ああ、携帯はですね、どこだったかな」

「…早く」

「す、少し待ってくださいね。確かこの辺りにあったかな……あ、無い。じゃあこっち……」

「早く」

「っ!?な、納竹さん、落ち着い…」

「早くしてくださいよ!!!早く!!!返してよ!!!」

あ、あれ。

まただ。また、涙が出ている。

なんで?何でだろう。

泣く理由なんて無いのに。

夢だったのに。

「はっはい!え、えーと、えーと、あっ!こっちだ!ここだ!ありました!はい!」

「…っ」

自分のスマホを渡されたぼくは、無言でメモアプリを開き、小説の続きを書き始めた。

よし、良かった。ちゃんと前に書いたところまで表示されてる。この続きから書き始めれば良いだけだ。既に浮かんでいる構想に従って、物語を(つむ)いでいくだけだ。

いやあ安心したよ。誰かが下手にぼくのスマホをいじくり回して、メモの内容が削除されてしまっていたりなんかしたら、本当に面倒だったからね。


ちゃんと、フードコートで書いてたところまで残っている。


「ふぅ。いやはや、助かりました。ありがとうございます、鈴村さん。実はぼく、小説を書くのが趣味でして。毎日決まった時間に、必ず書かなきゃいけないんです」

「ええ、はい……そうなんですね」

「やっぱりこういうのって、ギャグパートの会話を作っている時が一番楽しいんですよね。展開を考えている時もそうですし、表現を推敲している時もそりゃあ勿論楽しいですけれど、やっぱりこう、馬鹿で面白い掛け合いを書いていると、楽しくて仕方ないんですよね。楽しいし、落ち着くし」

「そうですよね。私もそういうのは好きです。あー、でも、誤字脱字の修正とかは面倒じゃないですか?」

「うーん、ぼくはまあ、そんなに誤字脱字が多くないほうではあるので、そんなに面倒じゃありませんけれどね。でも調子の悪い時なんかは、割とやっちゃいますねー……今みたいに、お腹が空きすぎている時とか」

「あー、やっぱりそうですよね。じゃあ、とりあえず今は一通り小説を書いて、ある程度回復して体調が良くなってきたら、誤字脱字の見直しとかをしていくと良さそうですね」

「そうですね。今見直しても、見落としちゃうだけな気がしますし」

「ええ。それじゃあ……あ、ちょっとここで待っててくださいね」

そう言って、鈴村さんは病室の入り口のほうに歩いて行った。見ると、何やら白衣を来た男性の方と話し始めたようだ。

医師だろうか?

まあ良い。引き続き、ぼくは小説を書くだけだ。


少しの間小説を書きながら、ただし『待っていてください』とも言われた訳で一応は待ち続けたところ、やがてその男の人が歩いて来たので、ぼくは執筆の手を止めた。

「こんにちは、坂田(さかた)と申します。納竹さんですね?」

「はい、そうです」

「今あなたね、相当な栄養不足の状態ですので、このまま暫くは点滴をして、今日の夕食では流動食を食べてもらいます。食べられる分だけで良いです」

「あー、流動食……了解です」

まあまあまあ。こんな久しぶりの食事だったら、いきなり固形物食べると吐いちゃうかも知れないからね。仕方ないか……

「それで……納竹さん、その、意識を失う前のことは、どれくらい憶えていますか?」

「えーと、あー……、あんまり思い出せないですね。何だろう、事故にでも遭ったのかな?よくわからないです」

「何か憶えていることとか、思い出せることってありますか?」

「いやぁ……何だっけな。まあ、夢の内容だったらちょっと憶えてますけれどね。夢って、毎回見るものなんでしょう?と言うことは、大体は忘れちゃうものだって言うことですけれど、たまに憶えたまま目が醒めることもありますからね」

「……その、どんな夢を見ました?」

「えーと、そうですね。最近暑いじゃないですか?だから自分の実家のお風呂場で、冷水を浴びながら小説書いたり……なんかショッピングモールの中のフードコートで、注文した料理を待ちながら小説書いたり……あはは、夢の中でも小説書いてばっかりですね」

「うん……」

「?」

何だろう?

坂田さん、何か難しそうな険しい顔をして、考え込んでいるようだけれど……どうしたのかな?

「納竹さん。落ち着いて聞いてください」

「え?は、はい…」

何だ!?まさかぼく、事故に遭ったことで重い障害とかを…


「恐らくそれは、夢ではありません」


「……え?」

ーーーーー?

「?」

……………?

「あ、あの…何を」

「最後にあなたと一緒にフードコートにいた女性、■■■■■さんのこと、憶えていますか?」

「えーと……」


その時、坂田さんの口から出た言葉は、今思えばNの名前だったのだろうと思う。

しかしぼくは今でさえ、もうどうやってもその名前を思い出せない。

…加えて。

その時に限っては、もはや。


「そんな女の人、いなかったと思いますけど」


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