不器用な愛情
俺と母さんの部屋は姉ちゃんによって壊されてしまった。
その日から部屋を失った俺は姉ちゃんの部屋で、母さんは父さんの部屋で過ごすことになった。
俺は母さんに
「俺は姉ちゃんの部屋より父さんの部屋に行きたい。」
と言ったが姉ちゃんが一人になってかわいそうだからと断られてしまった。
そんな俺は今、姉ちゃんのベッドで絵本を読んでいる。
姉ちゃんはというと算術と魔法の勉強をしていた。
もう2時間近くはしている。
すごい集中力だ。
それに加え勉強を始める前に200回、木刀の素振りをしていた。
その時の集中力もすごいもので俺が呼んでいる声に気が付かないほどだった。
(意外だな、姉ちゃんが努力家だったなんて。)
俺はとても感心していた。
これは俺も負けてられないな。
俺も魔法が使えるようになったら姉ちゃん以上に努力をして姉ちゃんを超えてやる。
そんなことを考えていたら姉ちゃんは勉強を終わらせたのか机の片づけを始めていた。
「レオン、もう寝る時間だよ。」
俺はそれを聞いて読んでいた絵本を部屋の隅にある本棚に戻す。
そして姉ちゃんがベッドに入ったのを確認してロウソクの火を消し俺も一緒のベッドに入る。
はじめは姉ちゃんが何かしてくるかもしれないと思い身構えていた。
だが姉ちゃんは何かするそぶりをいっさい見せることなく俺に背中を向けて寝ていた。
(よかった、俺の考えすぎだったか・・・。)
そうして俺は目をつむり夢の世界に・・・って、あれ?
よく考えたらそれっておかしくね?
姉ちゃんが俺にちょっかいをかけることなく寝る、そんなこと性格的にありえないはずだ。
これは何かがあるに違いない。
そう思った俺はしばらく寝たふりを続けた。
しかしいくら待っても何も起こらない。
(あれ?本当に寝ちゃったのか?)
俺は寝たかどうかを確かめるために耳を澄ませる。
そこで俺はようやく気づく。
あの姉ちゃんが泣いていることに。
さすがに心配になった俺は姉ちゃんに声をかけることにした。
「姉ちゃん、どうしたの?」
すると姉ちゃんは少しビクッと動いた。
しばらくの静寂のあと姉ちゃんは悲しいそうな声で話し始めた。
「レオン、今日あんなことをしちゃってごめんね。私ね、なんかレオンのことになると感情が大きくなっちゃって。それで困っちゃって・・・。」
姉ちゃんが涙をこらえながら言う。
「それで、レオンが私の部屋は嫌だって、言ってて・・・。やっぱりこんなダメなお姉ちゃんは嫌いだよね・・・。」
そこまで言うと姉ちゃんはまた苦しそうに泣き始めた。
あの話を聞いていたのか。
俺はなんてことを・・・。
そのとき前世の俺もこんな風に家族をよく泣かせていたことを思い出した。
今と同じように前世でも俺は相手のことをまったく考えずに行動することが多かった。
その結果相手を傷つけ、泣かせて、関係を悪くする。
そんなことを繰り返していた。
(俺はあの時から一つも成長していなかったのか・・・。)
俺はまた同じことを繰り返している自分をとても恨んだ。
もう俺は前世と同じことをしたくない。
だから、俺は変わるんだ。
「お姉ちゃん、俺の方こそ本当にごめん。俺はお姉ちゃんのことを何も考えていなかった。」
俺はそういいながらいつもより小さく見えるお姉ちゃんに抱き着く。
「安心して。別に俺はお姉ちゃんのことが嫌いになったわけじゃないんだよ。むしろ俺はお姉ちゃんのことを世界で一番大切な人だと思っているんだ。それはこれからも絶対に変わらない。だからもう泣かないで。」
お姉ちゃんはそれでも泣き続けていた。
俺はそんなお姉ちゃんをさっきよりも強く抱きしめた。
それからどのぐらい経ったのだろうか。
お姉ちゃんはいつの間にか泣きやんでいた。
俺は少し安心していた。
すると、
「レオン、まだ起きてる?」
お姉ちゃんが俺に声をかけてきた。
「うん、まだ起きてるよ。」
俺はそう返事する。
するとお姉ちゃんはこっちを向いて俺に笑いかけた。
お姉ちゃんの顔にははっきりと涙のあとが残っていた。
だけどお姉ちゃんはその涙のあとを感じさせないとても素敵な笑顔をしていた。
「ありがとうね、レオン。私を慰めてくれて。」
そういいながらお姉ちゃんは俺を抱きしめる。
お姉ちゃんの腕の中はいつも以上に暖かく感じた。
そして俺も抱きしめ返す。
そうして俺ら二人は眠りについたのだった。
翌朝、俺はいつもより早く起きてしまった。
お姉ちゃんはというと・・・まだぐっすり眠っている。
そういえばお姉ちゃんは朝に弱いということを母さんから聞いたことがある。
ここで俺はあることを思いつく。
(そうだ、顔に落書きをしてやろう。うまくいけばそれに気づかないまま出かけることもあるかもしれないぞ。)
俺はゲスい笑みを浮かべながらお姉ちゃんの机に置いてあるインクを取りに行こうとベッドから出る。
すると両足が床についた途端、俺は「何か」に左足をつかまれた。
「ひぃ!?」
情けない悲鳴を上げる。
俺は何が起きているのかわからないままベッドの下に引きずり込まれてしまった。
お姉ちゃんに助けを求めようとしたが恐怖のあまり声が出せなくなってしまっている。
必死にもがこうとするがつかんでくる力が強すぎてもがくことすらできない。
(これ、もうダメだ・・・。)
そんな風にすべてを諦めようとした瞬間、俺はその「何か」にとあることをされているのに気づいた。
ツンツン、ツンツン
なんと俺のぷにぷにお尻がその「何か」にツンツンされまくっていたのだ。
俺はそこで今自分の身に何が起こっているのかを理解した。
そう、俺のぷにぷにお尻をツンツンしまくるやつは「あいつ」しかいない。
というか「あいつ」以外ありえない。
俺は呆れながら後ろを振り向く。
「おはよう、我が愛しの弟よ。」
なんとそこにいた「何か」は「お姉ちゃん」だったのだ。
お姉ちゃんはニヤニヤしながらこっちを見つめていた。
それに対し俺はゴミを見るような目でお姉ちゃんを見つめ返す。
するとお姉ちゃんが、
「すまぬな、我が愛しの弟よ。今日はとてもいたずらにピッタリな天気だったから”つい”やりたくなってしまってな。」
お姉ちゃんはドヤ顔をしながらそう話す。
なんだこいつ、死ぬほどムカつくんだが。
てかいたずらにピッタリな天気ってなんだよ。
絶対に仕返ししてやるから覚えてろよ。
そして俺は、
「お姉ちゃん、とりあえずここから出ようか。それから少し話したいこともあるからいい?」
と笑顔でブチ切れながらお姉ちゃんに言う。
するとお姉ちゃんはビビった顔をしながらすぐに俺の足をつかんでいた手を放し、急いでベッドの下から出て部屋の真ん中で正座をし始めた。
そして俺もベッドの下から出てお姉ちゃんの目の前に座る。
よっぽど俺の怒った顔が怖かったのかお姉ちゃんはガタガタと震えていた。
しばらくの沈黙のあと俺はようやく口を開く。
「お姉ちゃん・・・。」
俺がそいうとお姉ちゃんが少しビクッとする。
それに加え冷や汗もかいているようだった。
そして、
「ぶははは。何をそんなにビビってるの?俺がそんな小さいことで怒ると本気で思ってたの?」
俺がそういうとお姉ちゃんはとても驚いた顔をしていた。
そう、俺はただブチ切れた演技をしてお姉ちゃんの反応を楽しんでいただけだった。
これで仕返し成功だぜ。
するとお姉ちゃんはホッとため息をついて片頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。
「お姉ちゃんごめんって。これでお互い様でしょ?」
俺がそういうとお姉ちゃんは大きなため息をつきながら、
「はあ、わかったわ。許してあげる。でも、レオンもちゃんと私のことも許してよね。」
あのー俺は別に本気で怒っていたわけでは・・・。
まあ、いいか。
「うん、わかった。俺も許すよ。」
するとお姉ちゃんが突然笑いだした。
こいつはなんで笑ってるんだ?
俺が不思議そうな顔をしているのに気づいたお姉ちゃんは笑いながら話し出した。
「だって、足をつかまれた時のレオンの反応があまりにも情けなさ過ぎて。それを思い出しちゃってつい。」
なんだよ。
はいはいそうですね。
確かに自分でもそう思いますよ。
改めて口にされると恥ずかしすぎて顔が溶けそうですよ。
でもまあ、いつも通りのお姉ちゃんに戻ってよかったよ。
「ところでレオン、さっきのいたずらで何か違和感を感じなかった?」
そうお姉ちゃんがニヤニヤしながら聞いてきた。
違和感か・・・。
んーさっぱりわからん。
「特に何も感じなかったよ。何か変なことがあったの?」
俺がそう返事するとお姉ちゃんはとても不服そうな顔をした。
やっぱり何かあったのか?
改めて考えてみるがやっぱりわからん。
するとお姉ちゃんが呆れた顔をしながら話し始めた。
「レオンって本当に鈍感なんだね。まったくもう呆れちゃうよ。ほら、あれを見て。」
そう言うとお姉ちゃんはベッドの方を指さす。
どうしたんだと思いながらベッドの方を見ると信じられないものが目に入る。
なんとお姉ちゃんがベッドで寝ていたのだ。
「え、お姉ちゃんが二人!?」
俺がそういうとお姉ちゃんはクスっと笑った。
そして自慢げに話し出す。
「あれはね、陰魔法の陰人形っていう魔法なんだよ。すごいでしょ。」
なるほど、魔法か。
これを見せるために俺にいたずらを仕掛けたってわけか。
それで魔法に興味を持たせて自分の魔法の授業を俺が楽しみだと思えるようにしたんだな。
まったく、お姉ちゃんも策士だ。
「今日の午前中はパパと剣の稽古があるからできないけど、午後は暇だから魔法はその時に教えてあげるね。ちゃんと楽しみにしてなさいよ。」
お姉ちゃんはそう嬉しそうに話す。
だから俺は、
「それじゃあ、よろしく頼むよ。お姉ちゃん。」
そう答えた。