魔法と剣
のどかな風景、爽やかな風、あたたかな日差し、そしてかすかに香る土のにおい。
俺はこれらの小さな夏を窓辺でミルクを片手に堪能する。
「(ミルクを飲む音)、ぷはー。ミルク片手に見るこの風景は最高だな。」
転生してから2年の月日が経った。
この間に俺はいろいろなことを母さんの読み聞かせを通して学んだ。
まずこの世界は俺がいた世界とは違う世界だということ。
これはこの世界の技術力が前の世界の中世と同等で前の世界の国や大陸とこの世界の国や大陸は全然一致していないことからわかった。
次にこの世界の文化や風習は前の世界と結構違うことが分かった。
例えばこの世界には誕生日の概念がない。
しかし誕生日がない代わりに生まれてから15年経つと「成人祝い」という誕生日みたいなことをする風習があるらしい。
そして最後に俺は言葉を完璧に覚え話すことができるようになっていた。
だからすることがなくなった俺はそんな風に毎日を過ごすようになっていた。
「ここの夏はそんなに暑くなくて快適なんだよな。極楽極楽。」
そう、ここの夏は日本の夏と比べたらかなり涼しい。
それに加えここの冬は雪は降るけど思っていたよりも寒くはならない。
だから俺は結構ここの気候を気に入っている。
そんなことを考えていると、
コンコンコン
ドアをノックする音がする。
「レオン、今時間空いてる?」
これは姉ちゃんの声だ。
正直俺はあまり姉ちゃんとは二人きりにはなりたくはない。
姉ちゃんは俺と二人きりになると普段見せない一面を見せる。
これが結構めんどくさくて疲れる。
なんせその一面はヤンデレと暴力が混ざったようなものだからな。
一応俺は過去に寝たふりをしたり、クローゼットに隠れたり、窓から逃げ出したりと何回か逃れようとしたのだが全部失敗に終わっている。
「起きてるよ。入ってきて。」
だから俺はこう返事することしかできなかった。
すると姉ちゃんが嬉しそうに部屋に入ってきた。
「それで姉ちゃん、どうしたの?」
俺がそういうと姉ちゃんは満面の笑みを浮かべる。
「実はね、レオンに見せたいものがあるの。」
何か嫌な予感がする。
そして俺はここで姉ちゃんが背中に何かを隠していることに気付いた。
俺は少し身構える。
「じゃじゃーん。」
姉ちゃんはそういって背中に隠していたものを取り出しそれを構える。
なんとそれは木刀だったのだ。
そしたらそれを「シャキン、シャキン」と自分で効果音を付けながら振り始めた。
こいつはいったい何がしたいのだろうか。
俺は非常に困惑した。
「ふふーん、カッコいいでしょ。実はね、今日からパパに剣を教わることになったの。」
(父さんが姉ちゃんに剣を、だと・・・。父さんは姉ちゃんに自分の仕事を継がせる気なのか?)
俺は頭を抱える。
確かに姉ちゃんは筋力ゴリラだし運動神経も抜群にいいから狩人や衛兵には向いている。
しかし姉ちゃんはこれでも「一応」女の子なんだ。
女の子がそんな仕事をするなんて普通はないだろ。
それに姉ちゃんに剣は鬼に金棒とかの次元ではなく桃太郎に戦車みたいなことになるって。
これはいくら何でも危険すぎるでしょ。
「レオン、今失礼なことを考えてたでしょ。」
全身の血の気が引く。
まずい、姉ちゃんがそういうのに結構敏感だということをすっかり忘れてた。
「い、いえ、何も考えてなんかいませんよ。ただお姉様の剣を振る姿に見とれていただけでございます。あははー。」
俺は必死に動揺を隠しながらそう答える。
「そ、そう。それならいいけど。」
姉ちゃんは少し照れながらそう答えた。
へっ、ちょろいぜ。
俺は姉ちゃんがちょろいやつでよかったと心の底から思った。
そんな風に安堵していると、
「それでね、まだ見せたいものがあるの。これをレオンに見せるために来たんだから。私の剣をしっかり見ててね。」
そういって姉ちゃんは俺に近づく。
な、なんだと。
さっきのが本命ではなかったのか?
いったい俺はこれから何をされるんだ。
俺はそんなことを考えながらさっきよりもしっかりと身構える。
すると、
「大地に降り注ぎし恵みの光、与えられし恩寵を力に。光魔法発動。剣幻影:光剣。」
こ、これはまさか魔法の詠唱と魔法陣!?
この世界に魔法があるのか?
というかなんだよ剣幻影って。
これはあまりにも非現実的すぎる。
でも、俺は異世界転生という非現実的なことを実際に体験しているのだ。
まさか、そんなわけ・・・。
そんなことを考えていると姉ちゃんが持っていた木刀の刃の部分が黄色に光りだした。
「実は私、あのごく一部の人しかもっていない魔剣士の適性があるんだよね。すごいでしょ?」
姉ちゃんはドヤ顔をしながら言った。
俺は非常に驚いていた。
この世界にまさか魔法があったとは。
というかこの世界に来て2年が経つというのになんで魔法があることに気付かなかったんだよ。
もうこれは俺も覚えるしかないだろ。
俺は姉ちゃんの弟だしできる可能性は高いはずだ。
「うん、すごいよ姉ちゃん。俺もそれやってみたいんだけど何をすればできるようになる?」
俺がそういうと姉ちゃんは少し考え込む。
そして姉ちゃんは真剣な眼差しでこっちを見つめる。
「正直に言うとできる保証はないわ。適性の有無は剣の才能と魔力量で決まるって言われてるの。それに例え適性があったとしても筋肉量的に剣を持つのはまだ早いわ。」
それを聞いて俺は少し落ち込む。
マジか。
つまり俺は姉ちゃんの弟だからといって必ずできるわけではないのか。
そんなことを考えいると、
「でも魔法なら誰でも教えてもらえばできるようになるし、今からやれば魔力量も多くなって魔剣士になれる可能性が上がるかもしれないわ。」
姉ちゃんが笑顔でそう話してくれた。
俺はそれを聞いて決心した。
絶対に魔剣士になってみせる。
正直バカンス生活に必要はなさそうだがここはロマンを優先するとしよう。
「それで姉ちゃん、俺は誰に魔法を教わればいいの?」
俺がそういうと姉ちゃんは自身に満ち溢れた顔でこう言った。
「えっへん、この家にいい先生がいるじゃない。」
そうか、母さんか。
確か母さんは教会のシスター兼先生をやっていたんだったよな。
母さんは教会で言葉や算術だけではなく魔法まで教えていたのか。
なんか普段は天然ボケしていてフワフワな雰囲気を出しているような人だけど結構すごい人だったんだな。
びっくりしたよ。
それじゃあさっそく教えてもらいに行こう。
「なるほど、確かに母さんならいけるか。」
「そう・・・って、え?」
「ありがとう、姉ちゃん。」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
「俺、今から母さんのところに行って頼んでくるよ。」
「だから、ちょっと・・・。」
俺はそういってその場を離れようとした。
すると、
キィーン!
何かがすごい音を立てながら俺の真上を通る。
俺はそれが当たっていたら間違いなく死んでいただろう。
そう俺の本能が叫ぶ。
すると、
ドーン!
部屋の上半分が消し飛んだ。
俺は固まって動けなくなってしまった。
後ろから感じるこの強烈な殺意。
だんだん近くなっていく足音。
間違いない。
俺はとんでもないことをやらかしてしまった。
すると俺は後ろから肩をつかまれる。
「お姉ちゃんの話しっかり聞いてほしかったなあ。」
姉ちゃんは落ち着いた声でそう言う。
俺は恐る恐る振り返る。
姉ちゃんの顔は笑っているが目は笑っていなかった。
「この家には”母さん”よりはるかにいい先生がいるじゃないか。」
姉ちゃんは俺にそう言った。
そう姉ちゃんは母さん相手でも嫉妬する。
俺は本当にやらかしてしまった。
俺は恐怖のあまり言葉が出せなくなっていた。
頼むから出てくれ。
そう考えていたら今度は胸倉をつかまれて、
「この家にはいい先生がいるよね。」
と殺意しか込められてない声で言われた。
そうしたら、
「お、教えてください。」
なんとか声を出すことができた。
するとさっきの表情とは打って変わって頬を赤らめて嬉しそうな表情になっている。
姉ちゃんは俺の胸倉をつかんでいた手を放し頬に手を当てる。
「あら、ほんと?私なんかでいいの?うふふ。」
とても気分が良さそうに見える。
ちょろいな、やっぱ。
というかこれだから姉ちゃんに剣は持たせてはいけないんだよ。
危険すぎる。
あ、そうだ。
念のためあと一押ししておいた方がいいだろう。
「うん、姉ちゃん以外ありえないよ。」
「ならしょうがないわね。いいわよ、お姉ちゃんが魔法を教えてあげるわ。うふふ。」
よし、これでもう大丈夫だろう。
これからは姉ちゃんが剣を持っているときはいつも以上に気を付けるようにしよう。
そんなことを考えていると廊下からドタドタとこっちに走ってくる音がする。
「大丈夫か?怪我はしてないか?」
「レオン、ガーベラ二人とも無事なの?」
父さんと母さんがさっきの音を聞いて駆けつけてくれたようだ。
「さっきの音とこの部屋の崩壊具合的に光剣の斬撃だよな。ガーベラ、何があったんだ?」
父さんが姉ちゃんにそう聞く。
すると姉ちゃんは、
「さっきレオンに光剣を見せていた時に躓いちゃって。それでこうなって・・・。ごめんなさい。」
すごい演技力だ。
なんと言葉を詰まらせることなく平然と嘘をついてしまったではないか。
演技力があって顔もいいから女優になった方がいいと思うよ、ほんとに。
そんなことを考えていたら姉ちゃんがこっちをジーっと見つめていることに気付いた。
もちろん俺は裏切ることができない。
この女は本当に恐ろしい女だ。
これだからあまり姉ちゃんと二人きりになりたくないんだよね。
「そうだよ、父さん。姉ちゃんは床に置いてあった本に躓いて転んだだけなんだよ。」
俺がそういうと父さんと母さんは目を合わせため息をつく。
どうやら信じてもらえたみたいだ。
すると母さんが
「しょうがないわね。でも、ガーベラ。これから家の中でその技は使っちゃメッよ。」
とすごく柔らかい注意をする。
うん、もっとしっかり注意してほしいもんだ。
なんせ俺は殺されかけたんだからな。
それにこの部屋、一応母さんの部屋なんだぞ?
そう心の中で文句を言っていると、
「でもすごいわガーベラ。こんなにすごい斬撃を剣を習い始めて1日でできるなんて。ジールもそう思わない?」
「ああ、確かにすごい才能だな。この子は将来有望だな。ははは。」
俺はもうあきれてしまった。
いやもうあきれを通り越して逆に面白く感じてきた。
「そういえば、パパ、ママ。レオンが魔法を習いたいって言っていたんだけど、私が教えてあげてもいいよね?」
そう姉ちゃんが二人に聞く。
うん、部屋がこんな状態になっているのによくそんなことが聞けるな。
「あら、いいわね。レオンもきっとガーベラみたいになるんだろうね。」
「ああ、そうだなクレア。きっとレオンは素晴らしい子になるに違いないさ。」
「そうよ、私よりもレオンはすごい子になるに決まってるわ。」
そういって三人で笑い始めた。
ダメだこりゃ。
こいつら三人マイペースすぎるわ。
こうして俺は衝撃的な形で魔法との出会いを果たした。
まあ、でもこれからは立派な魔剣士になるべく特訓を頑張っていこうじゃないか。
俺は異世界転生者だしきっと何かしらのチート能力は持っているだろう。
これからの生活が楽しみで仕方がないぜ。