ep.14 水氷の神獣「雪狐」
俺は今起きている状況をまったくもって理解できていなかった。
このダンジョンで起こっている異常。
なぜマルクは発狂してしまったのか。
いったいこの女は何者なのか。
本当にこの先が迷宮の入り口につながっているのか。
情報過多で俺の頭がパンクしかかっていた。
とりあえず一つずつ情報を処理するしかない。
そう思った俺はあの女に質問をする。
「この先が迷宮の入り口につながってるって嘘じゃないんだよな?」
俺がそう聞くと女の顔から笑顔が消え、とてつもないオーラが俺を襲う。
そして女が話し出す。
「あらあらご主人様。そんなに余にのことが信じられないのですか・・・?」
まずい、これは失言だったか。
このままじゃあ間違いなく殺される・・・。
というかこいつの沸点どうなってんだよ。
俺はそのオーラに耐えながら必死に言葉を引き出し、
「ご、ごめん・・・なさい。」
と何とか口にする。
すると先ほどのオーラは嘘みたいに収まった。
そしてあの女は満面の笑みを浮かべると俺に、
「いえいえ余は別に怒っていませんわ。ですがご主人様が謝ってくださるのなら余は別にかまいません。」
と言った。
嘘つけ。
さっきのあのオーラは絶対に怒っていたから出たやつだろ。
そしてあの女は続けた。
「コホン、それじゃあ先ほどの質問に答えて差し上げますわ。この扉は確かに迷宮の入り口につながっていますわ。ですがこの扉には特殊な呪いがかけられていて扉を見ると今まで味わったことのないほどの恐怖に満ちた幻覚を味わうことになりますわ。」
俺は女の説明を聞いてマルクがなんであんな風に発狂してしまったのかが分かった。
ここで俺はとあることに気づく。
それは俺にその呪いがまったくもって効いていないということだ。
「一つ気になったことがあるんだがなんで俺にその呪いが効いていないんだ?」
俺が女にそう質問する。
すると女は、
「すみませんが余にもまったくもってわからないですわ。」
とあっさり答える。
まあ、たぶん強奪のおかげだとは思うがそれ以上深く考えても無駄な気がするから俺はそれ以上考えないようにすることにした。
なんとなくこの女はこの迷宮に詳しそうだし気になったことを全部聞いておくことにしよう。
そうして俺は次の質問をした。
「なんでこの扉に呪いがかかっているんだ?」
すると女は、
「それはこの試練の迷宮の試練の一つだからですわ。」
と答える。
試練の迷宮・・・。
俺はそれを聞いてやっとこの迷宮で感じていた異常に説明がついた。
常にとてつもない数の魔物の気配を感じていたのにも関わらず魔物が一体ずつしか現れなかったこと。
ダンジョンなのに下層に降りる階段が見つからなかったこと。
そしてこの扉。
これらの異常はこのダンジョンの性質によるものだったのだ。
まずは魔物との戦闘の試練。
おそらくここでは戦闘センスと状況判断を試されていたのだろう。
それを確かめるには一つの層でいろんな魔物と戦わせるだけで十分なはずだ。
これで魔物のあの異常、下層への階段がなかったことの説明がついた。
そして最後はこの扉。
この扉は精神力の強さを確かめる試練だったのだろう。
いや精神力の試練自体は入ったときから始まっていたのかもしれない。
なぜなら俺たちはとてつもない数の魔物の気配をこの薄暗い空間の中でずっと感じ続けていたからな。
そしてこの扉は精神力の試練の最期の試練だということになるのだろう。
するとこの後女が衝撃的なことを口にする。
「安心してください、ご主人様。余はここ試練の迷宮の主。余がここから出して差し上げますわ。」
おいおい、この女がここの迷宮の主?
いったい何がどうなってるんだ?
まさかこいつも試練の一つなのか?
俺はその言葉を聞いてさらに混乱してしまった。
というか今気づいたんだけどさなんで俺はこの女にご主人様って呼ばれてるんだよ。
気になった俺は直接その女に聞いた。
すると女は一度驚いたような表情をした後またもや俺を混乱させる発言をする。
「何を言っているのですか、ご主人様。余はご主人様の従魔なのですわ。覚えていないのですか?」
俺はこいつとそんな関係になった覚えが一切なかった。
そもそも俺はこの世界に従魔というシステムがあることを今初めて知っただぞ。
というかこいつが従魔ってことははまさかこいつは魔獣なのか?
いや、今はそんなことどうだっていい。
とりあえずこの女の勘違いを正すのが先だ。
まったく、ご主人様って呼ばれると背中がたまらなくむずがゆくなるんだよな。
そう思った俺は正直に伝える。
「いや俺はそんなことをした覚えがないぞ。だから人違いだと思うんだが・・・。」
俺の言葉を聞いた女は呆れた表情をする。
そして、
「この期に及んで冗談はよしてほしいですわ。余がご主人様の中にある力に気付かないとでも?それがある限り姿形が変わっても余のご主人様はご主人様ですわ。」
とその女は言った。
俺の中にある力?
まさか強奪のことか?
いったいなんでそのことを・・・。
というか姿形が変わっても?
ってことは俺とは違う別の人がこの力を持ったいたってことか?
俺がそう考えているとまたもや女は衝撃的なことを口にする。
「もう早くいつもみたいにその獲物を殺してさっさと行きますわよ。余はもう2000年もの間この迷宮で待っていたから外に出たくてうずうずしているのですわ。」
おい、なんでマルクを殺さないといけないんだよ。
それにいつもみたいにってなんだよ。
そのご主人様はとんだやばいやつじゃねーか。
というか2000年もこの迷宮にいたって・・・。
そうなるとこの女のご主人様って死んでるんじゃ・・・。
俺の頭はまたもやその女の発言によってぐちゃぐちゃにされてしまった。
俺が一生懸命頭の中を整理していると、
「あーもう、余がやりますわ。」
と言ってあの女は氷の刀を作って放心状態になっているマルクに魔法の斬撃を飛ばす。
まずい!
そう思った俺は光剣を発動させた魔短剣を使ってその斬撃を受け止める。
しかしその斬撃が思っていたよりも重く弾くことができなかった。
でも俺は辛うじてその斬撃の方向をずらすことに成功する。
だが斬撃に耐えきれなくなった魔短剣が折れ、逸れた斬撃によって俺は右腕を切り落とされた。
俺はあまりの痛さに叫び声をあげる。
その状況を見た女はとてつもないオーラを放ちながらこっちに軽蔑の視線を向ける。
そして、
「何をしているのですか、ご主人様?」
と俺に問う。
俺は痛みに耐えながら答えた。
「俺は、俺の大切な親友を守っただけだ。それと俺はお前のご主人じゃねーよ、このクソ野郎が。」
俺の言葉を聞いたあの女はまたもやとてつもないオーラを放つ。
そして俺に怒りに満ちた表情で、
「なら、余のご主人様はどうなったというのじゃ?」
と聞いてきた。
そこで俺は意地悪な笑みを浮かべながらこう答えた。
「もしてめーのご主人が人間だったらもうとうの昔に死んでるだろうよ!」
その言葉を聞いた瞬間女が俺の目の前にとてつもない速さで詰めてきて刀を振り上げた。
だが甘い!
俺のお姉ちゃんと父さんとの模擬戦によって磨きに磨かれた動体視力と反射速度を舐めるんじゃねー!
そうして俺は女が刀を振り下ろすのと同時に刀に向かって風弾を放つ。
するとそれが刀に当たり女が一瞬ひるむ。
俺はその隙をついて女の心臓にめがけてさっきのゴーレムとの戦いで見て覚えた土の棘を出す魔法「石土の棘」を放つ。
だが女はそれをいとも簡単にかわして俺と距離をとった。
そして狂気に満ちた笑顔で話し出す。
「お主、なかなか面白い戦い方をするではないか。まるでご主人様と戦っているようじゃ。」
クソ、あれをかわすのか。
ほぼゾロ距離で撃ったんだぞ。
なんつう動きをするんだよ、この化け物が。
すると女が刀を構えて話し出した。
「余は『創世の天弓』が一矢。水氷の神獣『雪狐』。小僧、お主も名を名乗るのじゃ。」
俺は耳を疑った。
し、神獣?
この世界にはそんな存在がいるのか。
ってことはまじ強いじゃねーか。
それに創世の天弓?
なんだよ、それは・・・。
というかこいつを従えていたご主人様って何者なんだよ・・・。
俺がそう考えていると、
「小僧、名を名乗れと言っておるのに名乗らぬのは失礼極まりないぞ。余を侮辱しているのか?」
とあの女が怒りながら言ってきた。
すまんすまんお前のせいで頭がこんがらがってるなんて言えないよな。
そう思いながら俺は名を名乗る。
「俺はレオン・シュラーイン。ただの無邪気な男の子だ。」
俺がそう名乗ると女は、
「よい名だな。」
と言ってさっきとは比べ物にならない速さで俺の後ろに回り込んできた。
やばい、さすがにこの速さは反応できない・・・。
そうして俺は残っていた手足をすべて切られ四肢を失った。
俺はあまりの激痛で意識が飛びそうになったが何とか持ちこたえることができた。
そうして俺の体が地面に落ちる。
痛い痛い痛い。
死にたくない死にたくない。
誰か・・・誰か助けて。
血が、血が!
するとあの女が俺に刀を突き出す。
そして俺に問いかけた。
「お主、最期に言い遺すことはあるか?」
ああ、もうダメだ。
せっかく2度目の人生を歩めたのにここまでか・・・。
そうして俺は笑顔で最期にこう言い遺すことにした。
「強奪。」
すると俺の切られた手足が赤黒い光となって体に入り込、とんでもない速度で回復し始めた。
俺はそれと同時に大量の石土の棘を女にめがけて放つ。
するとそれらは女に見事に命中して女はその場に倒れ込んだ。
俺はその隙に女と距離を取る。
そして女の行動をじっくりと観察する。
ふう、何とかなってよかったー。
正直俺は強奪で体が本当に治ると思っていなかった。
だが俺に他の手段はなかった。
そこで治ることに賭けたのだ。
だが別に俺はそれを何の根拠もなしにやったわけではない。
俺はさっき戦いでゴーレムに肩を貫かたのはずなのに目覚めたら肩がきれいさっぱりに治っていたということがだろう?
俺はそれが強奪で吸収した光のおかげで治ったのかもしれないと考えたんだ。
そして俺の推測は正しかったようだ。
これで、俺の勝ちだ!
すると女は体が穴だらけでボロボロなのにも関わらず立ち上がって俺に一歩、また一歩と向かってきた。
マジかよ。
なんでその状態で動けるんだよ。
俺は風弾を発動させ、放つ準備をする。
それでも女はゆっくりとこちらに近付いてくる。
これはまずいと思った俺が風弾を放とうとした瞬間女は力尽きたのか地面に倒れてしまった。
俺はそれを見て一瞬安堵する。
これで、助かったんだ・・・。
そこで俺はとある違和感に気付いた。
こいつは神獣だ。
神獣がこんなにも簡単にやられることがあるのか?
そう思った俺は再度警戒を強めた。
そしては先ほど発動させておいた風弾を倒れている女に向けて放つ。
それが女に命中すると同時に砂埃が立つ。
そしてしばらくすると砂埃が晴れた。
しかしそこには女の姿はなかったのだった。
すると、
「はあ、やはり騙されぬか・・・。お主は勘がよいのじゃな。本当にご主人様に似ておる。」
と上の方から声が聞こえる。
それを聞いた俺は上を向くと、なんとそこにはさっき倒れていたはずの女が居たのだった。
天井に・・・立ってる!?
いや違う。
あれは天井と足の接着面を凍らせているのか?
それに加えさっきまで穴だらけだったはずの女の体はいつの間にか完治していたのだ。
なんていう回復速度だ。
女は軽いため息をつくと何事もなかったかのように降りてきた。
クソ、さっきの行動でこいつにダメージを与えたまではよかったのだが・・・。
こいつをそれで倒せなかったどころか俺が与えたダメージを一瞬で再生するとかもう何でもありだな・・・。
俺はそうして苦笑いを浮かべる。
マジで神獣って化け物みたいな強さをしてるんだな・・・。
そこで俺はとあることに気付く。
そうこの女は化け物みたいな強さをしているんだ。
お姉ちゃんと比べ物にならないほどの速さを持っているし、それに加えて攻撃も馬鹿みたいに重い。
そしてあのとんでもない回復能力。
これほど強ければ俺みたいな雑魚は瞬殺できるはずだ。
なぜこの女はそうしない。
それに確かさっきこの女は氷魔法を使って天井に立っていたよな。
氷魔法ってかなり攻撃に向いている魔法だ。
なぜそれで攻撃をしない。
この女は何がしたんだ?
俺がそう考えていると、
「余との戦いの最中で考え事とは、愚かな。」
と言ってまたもやとんでもない速さで俺に凄まじい量の斬撃を与える。
そして女は殺気と同じように俺と距離をとる。
だがそれらの傷はどれもそこまで深くはなかった。
そこで俺は確信した。
こいつに俺を殺そうという意思はない!
それに近付かれたことで気付いたのだがこいつがまとっているオーラは殺気ではなく純粋な怒りの感情だ。
そこで俺はなぜ女が俺を殺そうとしないのかを体にとっさに回復魔法かけながら考える。
やはり、俺が完全回復するのを待ってくれているな・・・。
あれ、回復魔法をかけてもいたくない。
よかった・・・。
正直少し怖かったんだよね。
それにしても何で俺を殺そうとしないんだ?
クソ、これをずっと続けているせいか体が異常にだるいし寒気もする。
さすがに血をたくさん流しすぎたか・・・。
回復魔法や強奪でも俺の体から流れ出た血をもとに戻すことはできないからな・・・。
このままだと戦闘不能に・・・。
そこで俺は気づいた。
まさかこいつの目的は俺を戦闘不能にすることじゃないのか?
そういえばさっきからこいつはやけに俺とご主人様とかいう人を重ねていたよな。
でも俺とそのご主事様に何の関係が・・・。
すると今まで絶望で満たされていた俺の心に一筋の光が差し込んできた。
見えた、見えたぞ!
そこで俺はとある行動に出る。
まず腰につけていた杖の入ったベルトを外し、それを地面に置く。
そして大きなため息をついて心を落ち着かせる。
「お主は何をしておるのじゃ。余を侮辱しておるのか!」
彼女が俺のその意味不明な行動を見てそう叫ぶ。
すると彼女はまたもやとんでもない速さで俺の両手を切り落とす。
うぐぐぐ・・・。
俺はあまりの激痛に叫びそうになっていたが必死にそれを抑えた。
そして、
「強奪。」
と静かに唱え腕を回復させる。
そして一歩、また一歩と彼女に近付いていく。
彼女はそんな俺に何度も斬撃を入れては距離をとり罵倒するという動作を繰り返す。
だが俺は何度切られても何度罵倒されてもただ黙って自分を回復させながらゆっくりと彼女に近づき続けた。
するとだんだんと彼女の攻撃が緩くなっていき最終的に彼女は攻撃をするのをやめてその場に立ち尽くす。
俺はそんな彼女にフラフラしながら近づく。
まずい、さすがに血が・・・。
俺は彼女に触れる前にその場に倒れそうになってしまう。
すると彼女は倒れそうになっている俺を優しく受け止める。
そして俺は優しく彼女に微笑んだ。
そんな彼女の顔には涙が浮かんでいた。
すると彼女は泣きながら話し出す。
「なぜじゃ。なぜお主は余を攻撃しないのじゃ。なぜ余にそんな風に笑いかけるのじゃ。」
意識がだんだんと遠のいていく俺は何とか言葉を絞り出しこう言った。
「感じた・・・ご主人・・・感じてて・・・。」
そうして俺は意識を失ったのだった。