人生の終わり
立ち並ぶ大きなビル、夜でも輝いている街、そんな街を歩くオシャレな大人たち、俺はそんな都会に小さいころから憧れていた。
俺は坂口勇。
26歳のサラリーマンだ。
俺は今小さいころからの夢「都会に住んで成功する」を現在進行形で叶えている最中だ。
「都会に住む」という第一目標は達成できたのだが、第二目標である「成功する」に少し苦戦してしまっている。
それはなぜかって?
簡単なことさ。
俺が働いている会社が1日で終わらないほどの量の仕事、上司からのパワハラ、安月給というブラック三銃士が揃う超ブラック企業だったからさ。
朝から終電間際まで休憩を取らずに仕事をこなしながら上司からのパワハラに耐える。
そんなことを一か月続けても給料は税金や生活費などでほとんどなくなり、お金なんてまともにたまらない。
正直もう夢がどうこう言っている余裕はない。
「はあ、俺は何をしているんだろう・・・。」
そんなことを呟きながら俺は淡々と仕事を今日もこなす。
もうこんな日々を過ごすのは疲れた。
いっそのこと会社を無断欠勤してどこか旅行に行くのもありかもしれない。
「おい坂口、お前に用がある。」
社内に響く大声。
どこか俺を見下しているように感じる声色。
(あーもう定時なのか。)
そんなことを思いながら声のする方を見る。
そう、この声の主は自分のミスや仕事を部下に押し付けるパワハラ大好きな俺のクソ上司だ。
こいつはいつも定時になると自分が帰るために仕事を部下(基本的に俺)に押し付けるクソ野郎だ。
俺はこいつのせいで終電ギリギリまで仕事をさせられる羽目になっている。
しかし俺はこいつに反抗できない。
なぜならこいつはこの会社の社長の息子だからだ。
もし反抗すれば確実に首が飛ぶ。
しかし俺は会社を辞めたいと思っているからそれだけで済むのなら喜んで反抗しただろう。
そう、反抗してしまったら首が飛ぶだけでは済まないのだ。
過去に俺はこのクソ上司に反抗した人を見た。
そいつは上司に対する暴行で会社をクビになり裁判にかけられ負けて前科がついてしまった。
上司からのパワハラに耐え兼ね抗議をしただけだったのに。
俺は「前科」という退職祝いを背負いたくない。
だから俺はこいつに反抗できないのだ。
「部長、なんでございましょうか。」
俺は満面の笑みでクソ上司にそう返事をした。
今回はどんな言いがかりをつけられるのだろうか。
「お前に頼んだ書類にたくさんのミスがあった。その後始末を俺はしてあげたから今日は俺の残りの仕事をやれ。」
ドスンという音がした。
厚さ40cmぐらいの紙の束が俺の机の上に見える。
うん、たぶん俺は幻覚を見ているのだろう。
この量の資料の確認と修正、資料の作成、さすがに1日で終わらない。
これを今日中にやれとか言われたらこいつを呪い殺そう。
よし、そうしよう。
「この資料の確認と修正を今日中にやれ。俺は帰るから。」
俺は悟った。
こいつは死ぬべきだと。
腹の底から憎いという感情を今初めて理解することができた。
一瞬出かかった拳をしまい、満面の笑みで俺は
「やるわけねーだろこのクソ野郎。てめーの仕事はてめーがやれ。それじゃ。」
と答え、会社を後にした。
俺は取り返しのつかないことをやってしまった。
このままじゃ俺の人生は終わってしまう。
前科なんかがあったら俺の夢は絶対に叶わない。
そんなことを考えていたせいか雨が降り始めていた。
傘は持ってない。
追いかけられないよう駅とは逆のほうに走ってしまったせいで家にすぐ帰ることもできない。
「もう、生きていたくない。死にたい。」
俺は夢を叶えるためにずっと頑張ってきていた。
夢が俺の生きる意味だった。
生きる意味をなくした人間は途端に無気力になる。
凄まじい脱力感に襲われる。
それに加え今までずっと頑張っていたせいか動けなくなりそうなぐらいの疲労感に襲われている。
ゴロゴロゴロ!!
雷までなり始めた。
(そういえば今朝の天気予報で夕方ごろから天気が不安定になるって言っていたな。確か雨は明日の昼まで続くんだっけか・・・終わったな・・・。)
そんなことを考えながら俺は歩道の脇にあるベンチに座った。
「寒い、けど体が動かない。」
今は真冬だ。
外の温度は0度に近い。
このまま動かなければ俺は間違いなく死ぬ。
それなのに体が言うことを聞かない。
「ああ、クソが。なんで俺はあんなことをしたんだろ・・・。」
後悔と絶望に押しつぶされそうになり俺は自然と涙が出ていた。
久しぶりに泣いた気がする。
(泣いたのは幼馴染が引っ越していなくなってしまった時以来だっけ・・・。)
そう俺には幼馴染がいた。
彼女の名前は中川シェリー、どこの国かは忘れたがその子はハーフだった。
白銀色の髪、黄色と青のオッドアイ、整った顔立ち、そしてあの素敵な笑顔。
俺は彼女より可愛い子を見たことがなかった。
俺はシェリーが大好きだった。
昔の俺は彼女にカッコいいところを見せるために頑張っていた。
彼女が俺の原動力だった。
だから彼女が引っ越したことを母から聞いたとき俺は三日三晩泣いていた。
俺はあの時も生きる意味を失い、無気力になり脱力感にも襲われていた。
(そういえば・・・。)
俺は突然とあることを思い出した。
彼女が引っ越す前日俺たちは近所の公園で楽しく遊んでいた。
その時彼女はあることを言っていた。
「勇くん、私ね勇くんのことずっと前から大好きだったんだよ。私のこと忘れないでね。そして必ず私を見つけてね。(最後外国語で何かを言う)。」
確か俺はそれで都会で成功したらシェリーが俺を見つけるかもしれないと思い努力をするようになったんだった。
今となったらとても懐かしい思い出だな。
(てか、なんで俺はこんな大事なことを忘れていたんだろう・・・。)
俺はとても不思議に思った。
これでも結構記憶力には自信があるのだが、こんな大事なことを忘れるなんて・・・。
それを忘れていた自分をボコボコにしたいと思った。
(とりあえず動こう。じゃないと本当に・・・って、え?う、動かない!?)
俺は体が動かなくなっていた。
いや違う、世界が止まっていた。
(これって時間停止ってやつか?これなら女子のスカートめくりたい放題なのに・・・。なんで俺まで動けなくなってるんだよ。クソ!)
俺は必死に体を動かそうとしているがびくともしない。
それに加え体に力を入れているのになんだか体が妙に軽い。
とても不思議な感覚だ。
(まじでなんなんだこれは・・・。いったい何がどうなってるんだ?)
そんなことを考えているとどこからともなく声が聞こえてきた。
「坂口勇。おぬしは今どうなっているんだと思っているのじゃろう?わしが説明してやろう。」
なんなんだこの声は。
俺は余計頭が混乱した。
周りが止まってて爺さんが何かを話してるってことは爺さんが時を止めてるってことか?
なんなんだこれは・・・。
「おぬしの考えも間違ってはおらん。確かにわしが時を半分止めているようなものじゃからな。」
(え!?こ、心が読めるんですか?)
俺は非常に驚いた。
こんな非科学的なことが実際に起こっている。
俺は昔から魔法とか神とかの類にはとても興味を持っていた。
実際厨二病をこじらせてた時は結構神やら魔法やらの真似をしていた。
今となっては激重な黒歴史になっているけど・・・。
「ああ、そうじゃ。おぬしの心をわしは読むことができるのじゃ。なんせこの世界の神じゃからな。」
わーお、マジでこの人自分が神って名乗ちゃったよ。
こんなことマジであるんだな。
もう驚きすぎていろいろと吹っ切れたよ、もう。
(それで、神様。なぜ時間を止めているのですか?)
俺は何気なく聞いてみた。
すると驚きの答えが返ってきた。
「時を止めているのは厳密に言うとわしではなくおぬしじゃ。おぬしがわしの権限を使っているだけじゃ。」
俺はまたもや驚愕した。
俺にそんな力が・・・。
つまり俺は今この世界で最強の人間ってこと!?
時間停止を悪用できるってこと!?
女子のパンツを見たり、何がとは言わないが揉んだりすることができるってこと!?
俺はそんなことを考え非常に興奮していた。
「おぬし、何を考えておる。おぬしは死んでおるからこの権限が使えているだけで、ある程度時間がたったらあとは死ぬだけじゃぞ?」
なんか今とんでもないことを言われた気がした。
(え、死んだってどういうことですか?)
俺は神様にそう質問した。
たった20分真冬の雨に打たれ続けただけで凍死とかは絶対にない。
俺はそこまで貧弱ではない。
それ以外の死因があったとしても周りには車も走ってないし、人もいない。
「おぬしはこれから雷に打たれて死ぬのじゃ。じゃから走馬灯を見る時間ぐらいは与えないとかわいそうじゃろ?」
走馬灯・・・。
なるほど、すべてこれでつながった。
俺が突然シェリーのことを思い出した理由、周りが止まっている理由、神様が俺に話しかけている理由。
すべてに納得がいった。
(時間停止はあとどのぐらいで・・・)
そう聞こうとしたら、轟音とともに突然体が燃えるように痛くなった。
(ちょうど聞こうとしたタイミングで時間切れかよ。さすがにないだろそれは。)
俺はだんだん意識が遠のいていくのを感じていた。
それと同時に体が軽くなり痛みもなくなっていた。
(これが死ぬってことか。はあ。死ぬのならもっとましな死に方をしたかったな。上司に暴言を吐いて会社から逃走したら雷に打たれて死亡とかダサすぎるでしょ。)
もう、静かに眠ろう・・・。
死ぬ前に一度ぐらいはシェリーに会いたかったな・・・。
《2020年1月24日(金) 17:26 坂口勇 ~死亡~ 死因:落雷》