第1話:これは、私のデザイナー目指す物語の始まり……だったはずなのに
私の名前は藤咲紬、18歳。アトリエ・モード文化学園の新入生で、ファッションデザイナーを夢見る専門学生。スケッチブックにひらめいたアイデアを書き殴り、夜な夜なミシンを踏む地道な縫製が私の武器だ。インスピレーションは、日常の小さな瞬間――たとえば、深海ドキュメンタリーで見たチョウチンアンコウの不思議な光――からやってくる。
今日、4月8日は念願の入学式。窓の外では、街路樹の若葉が春風に揺れ、まるで私の新たな一歩を応援してくれているみたい。
鏡の前で今日のコーディネートを最終チェック。一見、シンプルなグレーのセットアップ。でも、この服はただの服じゃない。チョウチンアンコウのシルエットをイメージした私の自信作だ。襟からぴょこんと飛び出たワイヤー入りの紐には小型LEDライトが仕込まれ、胸元の隠しボタンを押せばほのかに光る。構築的なシルエットに、動きを加える柔らかな布帛の組み合わせ。光と深海魚の融合――私の「輝きたい」という想いを形にした一着だ。
「よし、今日から本気のデザイナー志望! 輝くんだ!」
意気込んで家を出るけど、内心はドキドキ。アトリエ・モード文化学園は、日本屈指のファッション専門学校。どんな個性的な人たちが待ってるんだろう? 私の服、通用するかな……?
【学園正門前】
学園の正門前に着くと、そこはまるで東京コレクションのストリートスナップ会場。色とりどりの服が視界を埋め尽くす。ビシッと仕立てたスーツなのに、ネクタイが虹色のニットで編まれた男子。アシンメトリーな帽子が彫刻のような女子。全身をレースと羽根で飾り、まるで孔雀が舞い降りたような人。
……え、私のチョウチンアンコウ服、めっちゃ普通に見える!?
「いやいや、私だって負けない! この服、光るんだから!」
心の中で自分を鼓舞し、正門をくぐる。春の陽光がキャンパスを照らし、アトリエ棟のガラス窓にはトルソーや色とりどりの布サンプルが映る。キャンパス内には、学生がスケッチブックを抱え、布の端切れを手に議論する姿。胸が熱くなる。ここが、私の夢の第一歩を踏み出す場所だ。
ふと、横を歩く女子が私の服をチラッと見て、クスッと笑う。
「ふーん、面白いけど、ちょっと地味じゃない?」
その一言に、胸がチクリと痛む。……やっぱり、私の服、目立たないのかな?
【入学式・講堂】
天井の高い講堂は、まるでファッションの聖堂。壁には卒業生のランウェイ写真や、アートインスタレーションのような実験的デザインが飾られ、シャンデリアがきらめく。壇上では、学園長らしき女性がマイクを握る。彼女の声は静かだが、力強い。
「創造とは、己の内なる衝動をカタチにすること。ファッションは、あなたの心を世界に示す言語です。自分を信じ、恐れず表現してください」
その言葉が、胸の奥にじんわり響く。私のチョウチンアンコウ服も、誰かに届く「言語」になれるのかな? さっきの女子の「地味」という言葉が頭をよぎるけど、負けない。私は私のデザインで輝きたいんだ。少しだけ、勇気が湧いてくる。
入学式が終わり、講堂を出ると、春の光がまぶしい。よし、明日から実習だ! デザインで輝くんだ!
そう思った瞬間――
「ちょっと、そこのあなた!」
背後から、突然の声。振り返ると、グレーのテーラードジャケットにピン留め付きのシルクスカーフを巻いた、すらりとした男性の先生が立っている。目尻に控えめなアイライン、髪はゆるいウェーブ。ポーズが妙にキマってる。まるでファッション誌のエディターか、ランウェイのバックステージを仕切るクリエイティブディレクターみたいだ。
「その服……先っぽ、光るの?」
「え、あ、はい! これです!」
ドキドキしながら、胸元のボタンをポチッと押す。
ピカーーーーーーーッ!
LEDがキラリと光り、先生の目が一瞬眩しそうに細まる。
「うわっ、ちょっと眩しいじゃない!? でも……なんて斬新なの!」
先生が一気に前のめりになり、私の服をまじまじと観察する。襟のワイヤーの動き、LEDの配線、セットアップの構築的なシルエット。彼の目がキラキラ輝く。
「発想! 構造! 演出! 全部オンリーワン! あなた、才能あるわよ! 今すぐ私のアトリエに来なさい!」
「え、えっ!? いや、でも、自己紹介カードまだ書いてなくて……!」
「カードなんて後でいい! デザインはタイミングが命よ!」
先生のテンションに圧倒されつつ、彼は突然「あ、用事思い出した!」とくるっとターンして去っていく。その後ろ姿、まるでランウェイのモデルみたい。
……何だったんだ、今の!?
【正門前・レイラとの出会い】
放心状態で自己紹介カードを書き終え、提出ボックスに投函した瞬間、また声が。
「ごきげんよう、藤咲紬さん」
……え!? 私の名前、知ってる!? 誰!?
振り返ると、そこにはアントワープ系のような構築的なシルエットに黒いジャケットとレースをあしらったトップス、ゴシック調のアクセサリーを身につけた、金髪の美しい少女が立っている。まるで異世界の姫が現代に迷い込んだかのようだ。手に持った小さなハンドバッグには、見たことのない紋章のピンが光る。紅茶とマカロンが似合いすぎる、完璧なる「姫」だ。
「えっと、あなたは……?知り合いでしたっけ……?」
「ふふ、今日、あなたの服が目に入りましたの。あの光る仕掛け、なんて興味深いのでしょう! ですから、ちょっとお願いがあって」
「……な、なに?」
姫がにっこり微笑む。
「わたくし、レイラ・シャルロット・ラフィーネと申しますわ」
「えっ名前長くないですかっ!? って、本名!? 」
「本名ですわ」
「……ガチ姫……」
「わたくし、家がありませんの。一緒に住まわせていただけません? たいしたことではありませんわ♪」
「たいしたことあるでしょーが!」
頭がクラクラする。入学初日に、こんな姫と同居!? 私のデザイナー人生、どうなるの!?
【夕方・藤咲家】
夕陽が差し込む藤咲家の玄関。チョウチンアンコウ服のままの私と、フリルに包まれたレイラが並んで立つ。ドアを開けると、煮物の出汁の香りがふわっと漂う。
「これがあなたのおうち? ……普通ですわね」
「はい、普通が一番です! ……って、ちょっと、本当に住む気?」
「お部屋を一つ、お借りできれば十分ですわ」
「部屋って、うちそんな広くないし……あ、でも、姉ちゃんの部屋なら……」
姉は昨年上京して就職し、部屋が空いている。でも、勝手に使わせていいのか――?
ガチャ。
「おっす~、つむぎ~! お友達?」
父の声。軽い。海賊船の船長かと思うくらい軽い。
「この子、泊まりたいって! いろいろ事情があって――」
「へぇ、面白そうじゃん! いいぞ!」
「ちょっと! そんなノリでOKしないでよ!」
奥から母が顔を出す。
「レイラちゃん、お姉ちゃんの部屋使ってね。今、空いてるから。ね、可愛いお嬢さんだし!」
「価値観、どこ置いてきたの、この家……」
【夜・夕食時】
湯気の立つ食卓。ごはん、味噌汁、焼き鮭、煮物。いつもの藤咲家のメニューだ。レイラは、箸の持ち方に戸惑いながらも、煮物をひと口。
「この……おだしの優しさ……! 日本、素晴らしいですわ!」
「レイラちゃん、晩ご飯、他に何がいい?」
「お作りいただいたもので十分ですわ。あ、でもいつか……たらこスパゲッピィ、食べてみたいですわ」
「レイラ、スパゲッティだよ?……どうしてお子ちゃまみたいな言い間違い……」
母が笑う中、レイラは頬を膨らませる。姫なのに、意外と子供っぽい一面が……?
【夜・自室】
静かな夜風がカーテンを揺らす。私はソファに座り、今日一日の出来事を振り返る。入学式、眩しい先生、突然の姫との同居。普通にデザインして、普通に夢を叶えるつもりだったのに、初日からこんな「爆裂フラグ」が!
「いや、私だって輝かしいデザイナーライフを目指してるのに! なんで姫と同居!?」
ピッ。思わずボタンを押すと、服のLEDが光る。
ピカーーーーッ!
「ちょ、ちょっと眩しいですわ! 光で攻撃しないでくださる?」
同じ部屋のソファで、レイラが目を細める。彼女のレースドレスが月光に揺れ、まるで異世界の絵画みたいだ。
「レイラ、あなた、ほんとに何者? なんで私の服に興味持ったの?」
「ふふ、紬の服は、まるで“サプリメント”ですわ。着る人の心に、ぽっと光を灯す。そんな服、わたくし大好きですの♡」
「え、ありがとう……って、ちょっと、急に褒めないでよ!」
レイラの笑顔に、なぜか胸がドキッとする。私の服が、誰かの心に届くなんて……まだ想像もつかないけど、彼女の言葉は、まるで私の夢に小さな火を灯すみたいだ。
こうして、私のアトリエ・モード文化学園生活は始まった。普通にデザインして、夢を叶えるはずだったのに、いきなり「姫」との同居という波乱の幕開け。私のデザイナー人生、どこに向かうんだ――!?