ロボテオ顛末記
〈桃咲けば花果山今日も猿を産む 涙次〉
【ⅰ】
テオは近隣猫たちの「パトロール」を已めた。猫ガミ、「ねかうもり」たちはやつつけたし、あの「カンテラ一燈齋事務所叛對同盟」の新城寛志の活動も収まつてゐる。惜しむらくは、「猫をぢさん」こと岩坂十諺の死により、野良猫たちの世話を焼く者がゐない、と云ふ事か。まあそれも、餌やりは間司霧子の二人の連れ子がしてゐるみたいだし(霧子は、ふらりと一人旅に出て、杳として行方知れずである)...。
何より、事務所員としての仕事が忙しかつた。ルシフェルがゐた頃、魔界は取りも直さず統制が取れてゐたが、彼亡きあと今は所謂「はぐれ【魔】」が、散發的に起こす事件が、はうばうで起きてをり、それらをいちいちキャッチするのには、膨大な時間と手間がかゝつた。
【ⅱ】
新城は、霧子が出て行つてしまつてからと云ふもの、カンテラ一味への憎しみを内向させ、それが次第に惡魔信仰へと繋がつて、彼の邸宅にルシフェルの遺影を、處狹しと飾り立てゝゐた。死んでなほ、と云ふか、死んで益々そのカリスマ性を發揮してゐるルシフェル。今ゐない、と云ふ事が、復活の秘儀研究の賑はひを呼んでゐたのだ。
新城もそんな研究に余念なく、ルシフェル復活の暁には、自分こそ魔界の主要ポストに収まるべき「魔導士」(彼は勝手にさう名乘つてゐた)だと、思ひ込んでゐたのである。さう、自慢のボウガンを片手に。
【ⅲ】
中板橋の自宅から、安保さんは愛車、昭和63年式日産シルビアを運轉し、勤め先の下町精密機器部品工場へと出勤する。それはいつも通りの朝であつたが、一つ變はつた事がある。助手席の猫型ロボット(ドラえもんではない・笑)「ロボテオ」の存在である。
安保さんには、幾ら株式会社貝原製作所が一部上場したとは云へ、自分のやうな者の為に、秘書を雇ふなんて事は、贅澤に思へた。それで、秘書替はりとして、會社には内緒で、サイバネティクス工學を武器に、このロボット版テオを、開發してゐたのだ。
じろさんの愛犬、ジョーヌの死に際して、テオにロボット犬製作の依頼を受けた(断つたのだが)事が、一つのきつかけとはなつてゐた。精巧な猫・ロボットに、テオの知能、性質をインプットした人工脳。テオは無邪氣に、「僕に弟が!」と喜んでゐた。家に帰つてからも、奥方・勝子さんは、さまざまな團體の役員を引き受けてあちこちを飛び回つてをり、構ふ者すらゐない、案外寂しい安保さんの生活だつたが、この「ロボテオ」を造つてからと云ふもの、それは一變した。当意即妙な會話‐ こそ、安保さんの現在に足りないものだつたのだ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈風船に期待を込めて膨らます 涙次〉
【ⅳ】
新城が魔道に墜ちた事は、テオがキャッチ、改めてカンテラに相談。「なまじ閉じ籠つてゐるだけに、得體が知れぬ恐怖感を感じるんですよねえ。もしかして、まさかとは思ふけど、ルシフェル蘇生なんて事、ありませんよねえ?」カンテラ「分からんぜ。霧子が去つた腹いせを、全部俺たちにぶつけてくるだらうしさ」テ「斬り、ますか?」カ「或ひはね。奴がまたボウガンを向けてきたとしたら、だよ」
ところで、皆さんのおうちの何処かに、魔界と通じてゐる「入り口」はありませんか? さう珍しい事ではないのです。たゞ、眞人間ならそんな物に用はなく、氣付かぬ事も大いにあり得る。【魔】退治の一翼を担つてゐる安保さん、上記の理由で氣付いた素振りもなかつたが、三面鏡(勝子さんがお化粧の為に使ふ、と云ふ事から、安保さんの一抹の「惡意」が反映されてゐる。尤も、尋常な人間なら、その程度の「惡意」は、誰かしらに抱いてゐるものだ)が魔界への通用口になつてゐた。
そこから覗き見る、眼、ふたつ。
【ⅴ】
それは、新城にボウガンの使用を薦めた、「ボウガン惡魔」の眼、だつた。彼は常に、狙ふ獲物を探してゐる。そしてボウガンで、射止めて、欣喜雀躍すると云ふ、魔物としては云つてみれば埒もない、やはり彼も「はぐれ【魔】」の一員なのだつた。
安保さんは「ロボテオ」を膝に載せ、テレビでプロ野球のオープン戦(録画)を観てゐた。贔屓の千葉ロッテがジャイアンツに勝つてゐる。裂き烏賊をつまみに、缶ビール。心休まる一時... その時、
「フギャーオ!!」「ロボテオ」の悲鳴。「ボウガン惡魔」が、一矢を放ち、それが「ロボテオ」の脊中に突き刺さつたのである。「だうした!? おゝ、可哀相に」まるで生身の猫のやうに可愛がつてゐる「ロボテオ」。安保さんは矢を引き拔き、早速「手当て」を始めた...。
【ⅵ】
その後、本物のテオにケータイで連絡を入れた安保さん。「だうやらボウガンの矢、らしいんだが、何処から撃たれたか、さつぱりなんだ」「ボウガン」、と云ふところでピンときたテオ。獨自のデータから、「ボウガン」をキイワードに、その恐らくは「はぐれ【魔】」を検索してみた。
「あ、こいつだ!」もしかしたら、新城とも関連があるんぢやないか... その事ばかりが気がゝりだつた。自分は、やはり囮り役を買つて出やう、さう心に決めた。
テオ、深夜の新城邸の花壇をがさごそ、出來るだけ彼に気付かせるべく、物音を立てた。すると...
やはりと云ふか、「な、何奴!?」新城が、ボウガンを構へつゝ現れた。ぎり、ぎり、と弓部分を引き絞つてゐる。「あはゝ、浅墓な男め! 僕が護衛なしにこんな危険な眞似、すると思ふか?」
カンテラ「はいはい。護衛のカンテラでございますよ。しええええええいつ!!」
【ⅶ】
新城は一介の「はぐれ【魔】」候補、としてカンテラの剣に斃れた。候補、に過ぎぬが、捨てゝは置けぬ。そして、カンテラ「俺の八卦には、『シンクロ』と出てゐる。じろさんに急いで行つて貰ってくれ!」テ「ラジャー」
そしてじろさん、安保邸に- リヴィングの明かりを一切落とし、見回した。すると、三面鏡と覺しきものに、爛々と輝く目が...「あいつだ!!」じろさん、鉄鍋の蓋を盾に、間合ひを詰めた。わざと射程圏に入つたのである。
「カチューン!!」ボウガンの矢が、じろさんの盾に当たつた。「此井殺法、鏡地獄!!」引き摺り出された「ボウガン惡魔」、自分のボウガンの矢で、ずぶり、突き刺され、絶命。
【ⅷ】
と云ふ事の次第。「ロボテオ」はすつかり修理されて、安保さんに忠實に、今日も仕へている、と云ふ。なほ、今回の一件、仕事料は、安保さんのポケットマネーから支払はれた。
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〈啓蟄が我らの胸に穴を開け蛇やら何やら忙しう出る 平手みき〉
お仕舞ひ。