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1「これこそ異世界」

1「これこそ異世界」


 商業都市ピックタットはルグニカの四大都市で最も交易が盛んであり、スーウェン商会もこの地方を拠点としている。ヴァラキラ帝国との交易が停止になったことにより、一時期は経済難になると思われたが、逆にカララギとの交易を活発化させることによって回復の兆しを迎えた。


 まずいな〜。どうやって城門に入ろう。俺は魔女教徒なので当然のごとく身分を保証するものを持っていない。城内に入る時は必ず身分証を見せるのが普通だ。


「こっそり忍び込んだ方がいいかな。でもそれだとバレたあとが面倒くさくなる。」


 あ、そうだ。あれをすればいいんだ。良い犯罪を思いついた。


  *     *      *


 まさかここまで簡単に入れるとは。

 門番の兵士に賄賂を上げればすぐだった。それと兵士が親切に身分証の作り方も教えてくれて、どうやら商会で簡単に作れるようで商売はしなくても商人としての身分を保証できるようだ。


 商業都市ピックタット、建物の基礎は西洋のレンガ造りであるが、ところどころに東南アジアのような暑い地方の建築様式が加えられている。また竜車が人と同じ頻度で通るほど行き来しており、商売の活発さがうかがえる。

 通りがかりの人にスーウェン商会の場所を聞き、そこに向かった。どうせなら知っている商会で身分登録したいからな。これは人間の性ではないだろうか。


 「そこの黒髪のにーちゃん、カララギの風を起こす道具はいらんかよ?」


 30から40ぐらいの所謂おっさんから声をかけられた。商売は声からとどこかで聞いたことがあるが、その男の声は不思議と絶対に聞き逃すことが出来ない声であった。試しになにか買ってみるか。


 「おっさん何があるんだ?」

 「にーちゃんは知らんと思うが「センス」ちゅうやつじゃ。暑いときに軽い力で風を起こせるんじゃ。」


 センス……。扇子か。カララギは日本に酷似した文化を持っており扇子があってもおかしくない。こんな寒い日に扇子を売るとは馬鹿なのか知らないが、今は別にいらないな。     いや、使いようによっては使えるかもしれない。


 「おっさんこの店で一番硬いものはあるかい?」

 「人気って意味でかい?すまね〜がこれは余り売れてなく……」

 「あ、そうじゃなくて材質的な意味だ。」

 「材質的ぃ〜?変わったお客さんだね。何に使うんだい。」


 実は扇子と俺の権能を組み合わせれば使いようがあると思ったのだ。


 「護身用だよ。」

 「なるほどぉ〜。本格的に変なひとじゃな〜。ちょっと待っとれ。」


 *    *    *

 「あったぞ。ほれ、地竜の鱗と鋼鉄を組み合わせた一品じゃ。こんな硬いもの誰が買うかと思ったがこれなら護身用で十分じゃ。」


 普通の扇子と違って木枠の間に和紙を貼るものではなく、鶏卵の形を縦に伸ばしたような形の黒い板を12本束ねたものであった。


 「二個もらえるかい。」

 「ないど金貨一枚だ。」


 いい買い物かもしれないな。


 「ありがとうよ。おっさん。」

 「おう。それとにーちゃんがスーウェン商会に行きたいならそこの突き当りにあるぞ。」

 「改めてありがとう。またいつか。」


 *    *    *

 「スーウェン商会にいらっしゃいまして、ありがとうございます。かの黒髪の紳士様はなにをご所望でしょうか。」

 まさか顔も知らぬ客にここまでの対応をしてくれるとは思わなかった。


 「商人の登録をしたい。身分証を作ってくれないか。」

 「訳ありでございますか。……少々お待ちください。」

 一般員であろう人は、一度奥で誰かと話したあと、戻ってきた。


 薄暗い廊下を歩き、突き当たりにある二重扉の部屋に案内された。そこにはもうひとり威厳のある上司であろう人がいた。


 「こちらにお座りください。」

 上司が口を開いた。

 「貴方様が訳ありであることは知っております。もちろん深入りするつもりはございません。身分証の発行もいたします。ですが一つ貴方様がお強いのであれば頼みがございます。」

 

 すぐに訳ありとわかり、訳ありと知りながら頼み事をするとはすごい胆力だ。

 「頼み事とは何でしょうか?」 


 男は大きく息を吸い、冷や汗をかきながら、

 「ピックタットから王都に行く北側の街道のアーガイル領との間に三大魔獣である黒蛇の分体が現れたのはご存知でしょうか?実は今、その魔獣のせいで街道が封鎖され、貿易はカララギだけとなっております。今は騎士団が北西の魔獣の群れと戦っており、剣聖ラインハルト様が戻るまで討伐が出来ないという状況です。ですが私はそれを待つ訳にはいかないのです。王都で大きな商談を受けまして、今までで一番の額となる。我が商会がかかったもの。これを逃す訳には行きません。………………どうか我々の護衛をしてくれませんか。他の護衛人は黒蛇は危険すぎるためできないと言っているのです。どうか私、スーウェン商会の長に協力をお願いします。」


 と男は深々と頭を下げた。いやそれと驚いたことが二つある。

 まず一つ目、黒蛇の分体が現れたこと。ほとんどは2年前、ハーフエルフのエミリアが大部分を封印したことは知っているが、まだ残存していたとは知らなかった。

 そして、二つ目、この男は商会の長と言っていた。つまり、将来でエミリア陣営の内政官となる。オットー・スーウェンの父ということだ。


「貴方はもしかしてオットーさんの父君でしょうか?」

「そうですが何故、私の息子の名前を……」

「俺はオットーさんと関わりがありまして、それが理由でこの商会を尋ねたのです。とても良い方でした。それの恩返しもしたいと思っております。」

「では……」

「ええ、この提案、いや商談お引き受けしましょう。ですが私からも条件があります。」

「なんでしようか?」

「一つ、少しだけ食料を分けていただきたい。二つ王都に行く時にカルステン領で降ろして欲しいということです。」

「黒蛇はその間にありますのでカルステン領まで来てくださるのなら十分です。また食料程度なら差し上げます。」


 気前の良いひとだ。なら、

「この商談,成立です。」


 二人で熱く手を握った。

 

 

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