第二章『我こそ強欲なり』プロローグ
第二章『我こそ強欲なり』
プロローグ
家督を譲られてから2年半が経つ。私、クルシュ・カルステンはカルステン領の領主であり、竜の巫女になる王選候補者の一人である。
「クルシュ様ぁ〜。またヴィル爺がカップを割っちゃったにゃん。」
「フェリス。そんなことを言ってはいけません。どんな天才でも最初は転ぶものですよ。」
彼女の名前はフェリックス・アーガイル。美しい茶色の髪が生える頭に耳が生え、可愛らしいスカートを履いている。ここカルステン領からすぐ南西にあるアーガイル領生まれの私の騎士だ。少し私のことを優先しすぎて、冷静を失ってしまうこともあるが、少なくとも私が最も信用し、大切な人である。ちなみに彼女は男だ。
ドアが「ギィ」と開く音がした。
「おはようございます。クルシュ様。」
「良い朝だな、ヴィルヘルム。執事の仕事は板についてきたかい?」
「恥ずかしながら、剣しか持ったことがないゆえ紅茶もうまく入れられませんな。今まで仕えて下さっていた私の執事がどれだけ優秀であったか思い知らされます。」
と、自虐する老骨。
「ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアも苦手な事があるのは面白いな。」
「クルシュ様。私はその名を捨てました。今はヴィルヘルム・トリアスでございます。」
彼はヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。剣聖の家系に存在する剣鬼と呼ばれるルグニカでも指折りの強者である。今は過去に妻を白鯨に殺されてから家名を名乗る資格はないと旧名を使っている。
半月前、ヴィルヘルムに白鯨を殺すと宣言し、彼自身から私の執事となった。
「さて、茶番はこの程度にしたおこう。ヴィルヘルム、貴方をここに読んだのは他でもありません。白鯨の殺し方についてです。フェリス。」
「はいはい。現状の確認と収集をしましたよ〜。」
フェリスのおちゃらけた声が急激に変わった。
「今、商人との話し合いや諜報をして、できる限りの攻撃用魔道具や魔法使い、そして傭兵や騎士を募っていますが、想定よりも少ない状況です。また火力面でも予定通りの戦力を集めて倒せる保証はないと思われます。」
わかりやすい正直な答えだ。さすがは私の騎士だ。
「なるほど。まだ私が王選に参加していることを公表していないのも要因でしょう。現時点では予定の何割ほどですか?フェリス。」
「6割ほどかと。」
「その程度ならどうにかなる。だが……」
戦力が、数があったところで400年無敗の魔獣を殺せるとは思えない。だからこそヴィルヘルムに協力を求めたのだが。
「愚者ながら言わせてもらったも宜しいでしょうか?」
「勿論だヴィルヘルム。そのために貴方を呼んだのだから。」
剣鬼が口を開く。
「やはり、クルシュ様が考えてらっしゃるように数が居ても勝てる保証はないと思われます。我が妻、テレシア・ヴァン・アストレアが討伐を行った際、数え切れぬほどの人数がいたことは覚えております。………………ですがその討伐隊は負けてしまいました。」
「ではどうする剣鬼殿。」
「魔法ではなく、私のような物理的な実力者が必要となります。白鯨の鱗には魔法を拡散させる効果があります。かの辺境伯ですら決定打とならないでしょう。」
なるほど。実力者か。
「物理的な攻撃は私やヴィルヘルムを合わせても不足していると思うか?」
「恐れながらそうなるかと。」
遥か空中での戦いだ。生半可なものではダメだ。少なくとも近衛騎士団の副隊長ほどの実力はいるはず。
「フェリス、予定変更だ。戦力の確保を一旦中止し、名のある、または名のない強者の捜索をする。」
やはり、これしかないだろう。強者が集まり、全力を出す。
「武闘祭の準備をしてくれ。」