12「武闘祭Ⅶ」
アリゼが負けた。
彼女が明らかに攻撃し続けていたはずだったのにいつの間にか気づいたら剣がアリゼの首を切る寸前となっていた。
これが剣鬼ヴィルヘルム・ヴァン・アステレアである。
「アリゼ、気に滅入ることはない。そなたの強さは王国でも指折りだと思うぞ。これからも私とともにいてくれたら良い」
「フェリちゃんも歓迎するにゃんよ〜。 ……待って! 君のゲート、今ボロボロだよ。今すぐ治療しないと、……クルシュさま少しだけこの場をはにゃれます。いいですか?」
「良いぞフェリス。治療してやれ。」
二人が屋敷へ向かおうとする。
「あの、その、私あの人の試合みたいのですけど……」
「だめです。君はさっさと治さなきゃ、ボンしちゃうかもだし」
「ボンってそんな事あるわけ…………いや待ってください。冗談じゃないんですか!」
「はははぁ〜、どっちにゃんだろうね」
「ちょっとまっ…………とにかくカケミチ頑張ってくださいね、私の仇をぉ〜」
「はいはい行こう行こう」
アリゼが心配してくれて少しうれしかったが、早く治療を受けてほしいものだ。
「任せろアリゼ、お前の仇は俺が取る!」
壇上へと向かう
「両者共々、位置につけ! ――これよりイトシ・カケミチと剣鬼ヴィルヘルム・トリアスの試合をはじめる」
戦乙女の宣誓が聞こえる
「それでは私めから、クルシュ・カルステン様が第一の執事、ヴィルヘルム・トリアス」
「まじょきょ…………いや、俺には肩書はないのでこの場では無しにさせていただきます。 ……それではイトシ・カケミチ、参ります」
* * *
まず、俺は剣鬼に勝てるなんて思っちゃいない。
いや、勝ってはいけないのだ。
それは俺の勝負は殺すか殺されるかしかないのが理由である。俺の権能は強すぎてどうやっても相手を一刀両断してしまう。
だから今回は壊風と魔法しか使えないのだ。
「イトシ・カケミチ、参ります」
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「アクラ!」
大きく一歩前に出て、扇子二本を剣鬼に突き立てる。
扇子は形状と大きさの関係上、短剣と戦い方が似てくる。
短剣の使い手は大抵、その身軽さを生かして相手に近づきに相手を瞬時に切り刻む。
そして、武器が軽いおかげで、相手の攻撃も避けやすく小回りも行く。
もちろん欠点として相手の攻撃を真正面から受け止める事は難しくなる。そんなことをすれば武器ごと真っ二つだ。
だが、俺には権能がある。相手は、その欠点を利用して俺を正面から捉えて倒すつもりだろう。だが、その判断が命取りだ。人は勝利を確信した時、もしくは決死の一撃を込めたとき大きな隙が生じる。
だから、その一撃を権能で無効化して倒す。
それが俺の作戦だ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
初撃は剣鬼に簡単に弾かれた。当たり前だ、俺の技術など戦士や騎士の風上にも置けないレベル。剣鬼からしたら赤子と戯れるのと同じだろう。
右から左からまたはその両方から扇子を打ち出す。
そして虚をつくように壊風を打つ。剣だけでも吹き飛ばせれば御の字だ。
……がその決死の攻撃も剣鬼の前では効かない。剣鬼は様々な角度からの攻撃を全て弾き、いなし、防ぐ。壊風に至っては竜巻を切るような神技を澄ました顔で軽くする。そのまま何度も搦め手を使いながら戦い……たたかい………
[\(;何か黒い重いものが蠢いた;)/]
そして…………結論をはっきり言おう。歯が立たない。どんなに工夫しようが相手の目に砂をかけようが全て見透かしたように避けて弾かれる。
それと薄々わかっているだろうが剣鬼はまだ一度も俺に攻撃を仕掛けていない。防御しかしていない。俺がまだ意識のあるのがその証拠だ。 また俺の作戦も相手が決死の攻撃をしなくても俺に勝てるのでしてこない、つまり隙が生まれない。だから作戦は崩壊し勝ち筋がない。悔しいがこ(..デ.コ..ゴミガナン...)こは降参するしかないかもしれない。断風を使わない条件の中で俺は出来る限りの全力はしたし、ク(ボクノカラダニ...ナ..)ルシュ様にも役立つかもしれないぐらいは思ってくれただろうか?
思ってくれたら嬉し(さんしたはきえろ…)い……な。アリゼに他に……も言いた…………いことがある……し、…………頭が何かぼんやり……………………として…………なんで……だ……ろ(僕の体で何をしているこの三下が、僕の心の僕の身を侵害するなんて..必ずこんな…こんな、万死だ、この障害者が、、僕の権利を侵害する奴も侵害する奴の周りも平等に気違いだ。僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の全てをこんなにも長い間奪ったお前らを死で許してくれる僕の寛容さに感謝しろよ、この盗人で罪人で偽善者で欲深な愚者が。お前お前お前お前を最大の譲歩で、この完璧な僕に身の程知らずにも危害を加えれたことを感謝しろよ。お前の全てを殺してやる、恋人も親も子も友も全部差し出しても借金が山程残っているのに…クソがクソがクソがクソが、僕の権利を侵害した小虫めゾッタ虫以下の害虫が)?なにかへんだ…………あ…………ぶな…………い……き……………………がぁ……………………………………………………………………。
「僕の権利の侵害では飽き足らず、僕の妻も皆殺しなんて悪魔の所業を、こんなことが許されていいのかなぁー?何で僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。あんだあーー!」
「カケミチさん、貴方大丈夫ですかな?」
「何だとこの老いぼれ、何だお前、この虫と知り合いなのか?ならば処刑対象だ。あの世でこいつを恨んで殺し合うといいよ」
「何を言っているのですか貴方は、」
手を老いぼれに向かって薙ぐ。すると全てを切り裂くかまいたちが発生する。
「く!」
「何だ意外と速いじゃないか、髪も白くて顔も醜い癖に頑張って、見るだけで吐き気を催す。速く死んで土に還った方が世の為人の為じゃないの? それってさ僕の心地よく生きる権利の侵害だと思うんだよねー。君ほんとに最悪だよほんとに」
「何で、何で貴方がいるの、何で、ねぇカケミチはどこに行ったの、ねぇ答えてよ!カケミチ!」
「何だ、まだ僕の愛する所有物である妻はいたじゃないか。たしか61番だったかな?、、、で?そのかけみちかけみちとうるさく言って誰だそいつは……まさか虫の名前かい?ならダメじゃないの?僕の側で僕の為にある君が僕の異常に対して何もしないにも飽き足らずその虫の罪人と親しくなってるなんて、浮気以上の愚かな行為だ。妻失格どころか人間失格なんじゃないの?潔く自殺したほ…………いや後でその話をしよう。僕は心が広いんだ。妻の一度の失敗ぐらい多めに見ないといけないよね?それにお前には僕の大切な心臓を預けてるんだ。最後まで役割は果たさないと……」
直後、右側から光る剣が迫る。
だからすぐに老いぼれの右肩を吹っ飛ばした。
「あのさー、気づいてないとでも思ったの?僕今話してたよねー。大事な話をしてる人に向かって剣を突き立てるなんてどういう教育してるのかなー。その短絡的思考って明らかに老害って感じだよねー。」
「く!クソ、フェリス、クルシュ様!」
「汝、今すぐ腕を頭の後ろに上げて膝を付け!今ならまだ牢獄に入るだけで済ませてやる。その風、私が知る貴様とは全く別だ。まるで他人と入れ替わったようなだな」
「また新しい奴が来たなーもう。何、君?貴族か何か?既得権益を貪り食ってるようなさー……」
瞬間放たれたのは空を切る見えない無形の剣。
だが当たれど強欲の大罪司教には通じなかった。そしてまたそこでうずくまっている老害と同じ目に合わせようとした時、
「アル・ドーナ!」
足元から土の蔦が伸び、体を縛り付ける。
「あのさー……」
「レグルス・コルニアス!!…………貴方気づいてないの?貴方、血を吐いてますよ」
「は?そんなわ」
そして怒りで忘れていた激痛に襲われた。心臓が痛い痛い痛い痛い……痛い。
「ごえ、ぐほ、何で、ごぉまえ心臓も持ってないような無能だったのが、かは、はぁはぁ、なんで権能が機能してないんだ。そんなのおかしいだろこんな、無欲で優しく僕を裏切るような真似、魔女が俺に牙を向きやがって腹立たしい。お前もころ……」
「貴方、いえレグルス・コルニアス、服汚れてますよ」
「だからどぉうし」
「早くカケミチに変わってください。エル・ドーナ!」
人の大きさの石の拳が向かってくる。
「僕をまさかおまぁ」
拳は強欲の顔面を殴り、強欲は気を失った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
俺は気が付けば見知らぬ天井の下で鎖に繋がれていた。
周りを見渡せば、石造の牢屋で窓も無く、明かりは魔石による淡い光だけだった。
「今の貴君は私の知るものだな」
鉄格子越しに力強く聡明な声が聞こえる。
「そなたの元妻であるアリゼからほとんどのことは聞いた。貴様が強欲の大罪司教であることも、だがお前の魂自体はそうでは無いことも」
「…………」
「あの後、アリゼが貴君を抑えこんだのだ。だから大事には至っていない。ヴィルヘルムの腕が吹き飛んでしまったがフェリスが治した」
「は!腕!」
「話を続けるぞ。…貴君が気を失っている間、色々と調べさせてもらった。……貴君の権能と魂についてをな」
「…どうでしたか?」
「まずそなたの魂の現状について説明しよう」
「現状ですか?それならなんとなくわかります。強欲の大罪司教の魂の外郭だけ残して内側の大部分を俺の魂が占めているというものだと思います」
「その通りだ。では話を省こう。私たちは貴君が何故、レグルス・コルニアスと入れ替わったのかも調べた。……その原因ははっきり言えば権能の使いすぎだ」
「使いすぎ?どういうことですか、今まで使ったりしてましたがそんなことはありませんでした」
「話の続きを聞け!やかましいぞ。貴君の権能、つまるところ強欲の魔女因子は使えばオドと魔女の力の親和性が一時的に上がることがわかった。」
「つまり俺が権能を使えば、レグルスとの親和性が上がり、レグルスの魂が元気になるということですか?一時的って?」
「おおまかに言えば、そうだ。それと一時的な理由としてはお前がレグルスの魂を拒んでいるので時間が経つごとに親和性は薄れる。今回も被害を見ないのなら時間が経てば貴君は勝手に正気に戻っていた。だからこそお前は常日頃、権能は使うな。使うにしても何日か空けてから使え。武闘祭により連日権能を使ったのが発端なのだからな」
「わかりました。……それで…俺の最終試験はどういう扱いなのですか?当然、不合格どころか処罰の対象…」
「それについては問題ない。原因がわかれば気を付けるだけだ。都合の良いことに貴君が暴走したことを知っているのは私とフェリス、ヴィルヘルム、そしてアリゼの四人だけだ。周りや世論が貴君に牙を向くことはなかろう。それに私たちは貴君の力を必要としている。少し暴れた程度で手放しはしない。…………そういえば言っていなかったが今回、武闘祭を開いたのは…」
「白鯨の討伐」
「何故知っている!家の者でも知るものはほぼいないのだぞ。現にアリゼも知らなかった。どこで知った。魔女教徒の福音か?」
そういうことにした方が説明が楽かもしれない。
「そうですよ」
「嘘だな。嘘の風が吹いている。まぁーいい魔女教徒関連ではないのなら逆に不思議だが問い詰めはしない」
一瞬でバレてしまった。加護の存在を忘れていた。
「とにかく!貴君はこれから我らと白鯨討伐をする。いつ機会が来るかもわからん。それまで鍛えておけ」
「は!わかりました」
そんなのこの世界に来た時点でする気満々だ。
「…………貴君、驚かないのだな。いきなり白鯨と戦えなどと言われれば一般的ならば拒否するか怒るだろうに……。アリゼと同じだ、どういうことなんだ」
「俺はこの世界に生まれた時からクルシュ様を守ると決めております。クルシュ様が死んでしまわれたら、俺も死ぬ覚悟です」
「その忠誠心、二人揃ってどこから出てくるのか。嘘を言っていないのがまた恐ろしい」
「それとクルシュ様、お願いがございます」
「何だ、それが忠誠の理由か?」
「いえ、実は……その……あの……貴君ではなく名前で呼んでくれませんでしょうか」
「……………………ぷぅ。はっはは、そんなことで良いのか?本当に変な者だ。わかったカケミチ、これからも私を支えてくれ」
「もちろんです。我が主君、クルシュ・カルステン様。」