第二項「振動」
映画は嫌いだった。人間が違う人間のふりをしてるのが嫌だった。なまじそれが面白い映画だったりすると、気が付くと彼らがこっちを見たりしないかと思いながら画面を睨みつけていることもある。当然彼らはこちらなど見ない。それで何事もなくストーリーは続き、終わればエンドロールが流れ、これは作りものなのだとまるで笑われているかのような気分になる。
映画みたいだと思った。初対面の人間の車の助手席に座って窓の外を眺めていると、こういうことがやりたくて映画を撮る人がいるのかもしれないなと思った。私はこの人が実は沙也の姉でも何でもなくて、私を誘拐して殺すつもりなんじゃないかと心の中で嘘をついてみた。顔や雰囲気を見て沙也に近い人間なのはなんとなく分かってたけど、それでも全然関係ない人間で私を知らないところに連れて行って殺してくれたらいいのにと思った。そしたら私は花になれるのに。
「沙也とはちょっと年が離れてるんだよね。今は大学で、まあ研究みたいなことやってるんだ」
夏帆さんは私の返事を期待している風でもなく、車内の隅まで届くような話し方をしていた。私が口を開くのを待っているのだろう、もし私が話したら私の声はきっと後部座席までは届かないんだろう、不公平だ。
車はゆっくりと進んでいた。どこに向かっているのだろうとも思ったけど口が動かなかった。一瞬だけ唇の下の筋肉が緊張した。
「今は適当に川のそば走ってるだけだから。そんな遠くには行かないよ」
多分偶然に夏帆さんがそう言った。わざわざ人が口を開くのを待つような人が勝手に他人の心を読むようなことはしないだろうから。でも映画の脚本みたいだ。こんなこともあるだろうと思ったからそういう脚本を書くのだろう。脚本に沿うのは人が沿えるからだろう。
横目の川は自然の名を冠して堂々としている。人の文明の如何に矮小かをそ知らぬ顔で唄っている。流せまい、水を人は流せまい。私はいつまでもそうしていてくれよと願う。そのそ知らぬ顔もやけにこっちを見つめることが増えたのではないか、大丈夫か、一人やたら大袈裟な演技をし続けなければならないのは辛くはないか。その一人芝居は寂しい巨大な機械のようにも見えるが。
「今時の中学生に科学者ですなんて言ったら引かれるでしょ、多分。分かんないけど。まあ大したことはしてないんだよ」