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血より青くて春より遠い  作者: 志村花畑
第一節「言語」
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第六項「春より遠い」

「それで佐倉さんは絵を描いたの?」


「それでって?」


 前に見たコンクリートの合間の花はまだ咲いていた。少し汚れていた。これから枯れるのだろう。


「それを言いに来たんだと思ったけど違った?」


 伊藤さんは花には興味無いらしい。私も無い。


「違うってか、佐倉は描いてないと思うよ」


「なんだ。じゃあなんで私のとこに来たの?」


「暇だからかな」


 暇だから。佐倉のあの言葉を聞いてから妙に言葉が上手く嵌る。


「他人の暇つぶしに付き合うほど私も暇じゃないよ」


「それは悪いけど、暇なんだよね」


「暇ね、戸高さんそんな時間持て余す人?」


「どうだろ、暇だからすることがあったのかも」


「今は無いんだ」


「無いって言うか、ちょっと休憩? あ、でも伊藤さんに聞きたいことあったんだよね」


「なに、戸高さんの聞きたいことってなんか怖い」


 表情は見えないけど伊藤さんは本当に嫌そうに言った。そういえば私、人に優しいとか言われたこと無いかもしれない。


「そう? 聞きたいって言うか確認なんだけど、伊藤さん、お姉さんとあんまり仲良くないでしょ」


「なんでそんなこと。佐倉さんが何か言ってたの?」


「言ってないよ。ただの勘、あとなんとなく伊藤さんのお姉さんと佐倉って似てるだろうなって思って」


 水平線に船が航行していた。少し怖い、いつか帰れなくなりそうで。伊藤さんと話しながら飲もうと思って買ってきた缶コーヒーの蓋を開けた。コーヒーと潮の香りがあんまり合わなくて笑った。


「それって私と佐倉さんの気が合わないってこと? なんで戸高さんが決めるの?」


「うーん、なんとなくね」


「もし私と佐倉さんがすごい気が合ったらどうする?」


「嫌だな、気持ち悪い」


 缶のコーヒー以外のコーヒーなんて碌に知らないのに、これはそんなにおいしくない気がした。そうだったらいいような気もした。


「自分勝手。なんだっけ私とあの人? ああ、姉ね、まあ仲良くは無いよ」


「それは良かった」


「戸高さんに喜ばれるの本当にいや」


「いいでしょ私が喜んでも、別に」


「趣味悪いよ、人の不仲でそんな」


「そうかな」


「それに仲が悪いって言っても、別に話さなくなっただけで喧嘩とかはしてないよ」


「喧嘩してるとか思ってたわけじゃないけど、話さなくなったって、昔は仲良かったの?」


「良かったって言うか、自由な人だったから」


「自由?」


「自由」


「自由ってどんな感じ?」


「戸高さんは興味なさそう、自由」


「ない、ね」


 自由なんて言葉、いつぶりに聞いただろう。人の口から自由なんて聞くのは初めてかもしれない。


「あの人さ、昔は本当に自由奔放だったんだ。あっちいってこっちいって、どこに行っても楽しそうで。それでも時々私のとこに来てさ、私の絵見て褒めてくれるんだ。私は、それが一番うれしかった、嬉しすぎてまだ描いてるぐらいに」


 言葉がきれいだ。佐倉の指みたいだ。


「へぇ。伊藤さんコーヒーいる?」


「いらない、飲みかけでしょ」


「買ってくるけど」


「昼休み終わっちゃうんじゃない」


「いいよ、サボるから」


「勝手すぎ。でも……、ま、いいか、私も今授業なんて聞きたい気分じゃないし、このまま早退しようかな」


「え、私と話そうよ」


「それ私にいいことあるの?」


「ない?」


「ないよ」


「伊藤さんは私と話した方がいいと思うよ」


「なんで」


「だって、伊藤さん私以外に話す人いないでしょ」


「友達くらいいるから」


「でもその友達の前で絵描かないでしょ」


「……はぁ、戸高さんって気持ち悪い」


「合ってた?」


「喜ばないでよ。人前で描かないのは気持ち悪いからだよ。今の戸高さんみたいに」


「別に気持ち悪くてもいいよ、私も伊藤さんも。相手によって話題変えるくらいのこと誰だってするでしょ」


「そうかな。戸高さんが気にしないだけで皆もっと気にしてると思うよ。色々」


「色々」


「コーヒー微糖がいい」


「微糖? カフェオレとかもあったよ」


「微糖がいい」


「はーい」


 堤防の階段を下りて道路を渡る。あくびが出た。ねむ。


 5分くらいかけて買ってきたコーヒーを伊藤さんは一気に飲み終えた。三口くらいで無くなったらしい、さっさと絵のために手を空けないと落ち着かないのかもしれない。今度は何か手の空くものを用意しようと思ったけど、なにも思いつかなかった。


「でもいつかこなくなっちゃったな。あの人が、こないと、私も不自由だよ。どんだけ好き放題絵をかいていても、不自由だよ。でも私がやらなきゃいけないのは、絵にさ、もういいよって言われるまでさ、描くことだと思うよ。だってあの人のために描いて、あの人がいないから描くのをやめるなんて、なんだか、話聞いてもらえないでしょ。でもそしたら、私は自由になるのかな、何か変わるのかな。本当に私の話は聞いてもらえるのかな」


 私は制服のポケットに入れていたカッターを取り出した。いつも持ち歩いているけど、今日は特別そんな気がしていた。もう未練なんて無いよ。ごめんね。軽すぎるそれを腕だけで思い切り海に向かって投げた。


「何投げたの?」


「もう少し、もう少ししたら、教えてもいいよ」


「よくわかんないけど、でも海にゴミ捨てちゃダメじゃない? 良くないよ」


「良くないけど、今はまだもう少し、誰に何言われても知らない」


「子供みたい」


 子供みたいなんて、子供を殺すための言葉、でも少し届かなかった。理由なんて分かっているけど、言葉にしないのは今だけだ、今だけ、まだ、もう少し。


「もう少しだけ、私にはまだ遠くて」


 まだカッターナイフは海底にたどり着いていないだろう、まだ、もう少し、もう少し。


「じゃあ、待つよ。私はどうせここで描いてるから。それくらいなら、優しくしてあげる、私もちょっとは優しくなりたいって、今思っただけだけどね。あと、ねえ、だからその分だけ言い返していい? 私が絵上手いの、絵が優しくしてくれるからだけじゃないよ。だってそれなら一枚だけでいい気がする。多分ね。色んな絵があるんだよ。分かる? 色んな絵がさ。一枚じゃないんだよ。一枚一枚、違って。分かる? 分かるかな。変なこと言ってる? 一枚一枚、なんか、背負ってるんだよ、ちょっとずつ別のものを、全部じゃなくてもそれが誰かの、不幸っていうか、悲しみっていうか、なんか、その身代わりにでもなったらいいなって、思ってるんだよ」


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