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血より青くて春より遠い  作者: 志村花畑
第三節「白日」
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第一項「太陽は鉛直、蟻たちは衝突を繰り返す」

「変化は救いじゃないし、救いもなく私達は変化していく」


 沙也がそう言ったとき、私はなんだか自分達が校庭の隅に立っていることがおかしいような気がしていた。太陽が正しくて私達は馬鹿みたいに反対の変なところに立っている、そんな気がした。


「怖いの?」


 私がそう尋ねると、沙也は嫌そうな顔をした。特段下手を言ったつもりはないけれど、太陽の真反対に立っている私がそういう間違ったことをするのはどうにも当然な気がして、だからそれは間違いなのだと思った。


「違った? ごめん」


「別に謝らなくていいよ。なんていうか怖いとか、そういう言葉で言いたくないだけ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちが正解かなんて意味無いし、どっちもかもしれないし、どっちでもないかもしれない。分かるでしょ?」


「うん」


 世界は張りぼてと仕組みでできているような気がする。少しつまんで引っ張ってしまえば、千切れて全部壊せてしまえると思う。その表面を繊細に這って彼女の言葉が私に届く。それは仕組みを巧みに利用しているようで、あるいは世界が始まった瞬間にそうなることが決まっていたのかもしれないとも思う。少しまどろむ。仕組みに沿わない言葉は、発しようとしても口も喉も動かない。待つ。暇つぶしに太陽が私を照らすのを感じていた。


「ねえ、もし私が自殺したなら玲奈が私をめった刺しにしてよね」


「死んだあと? 生きてるうち?」


「死んだあと。ぐちゃぐちゃにして」


 沙也の死体を刺すところを想像してみた。やっぱりまずは顔だろうか。でも顔は骨が覆ってそうだから大変そうだ。目とか口とかそういう穴が開いてる場所から刺していこう。次はどこだろう、手のような気がする。それから足の付け根かな、あと首は多分そんな重要じゃないけど、ある程度形が残っているうちに刺してしまいたい気がする。そこまで行ったらもう大体流れでいいか。そもそも沙也はどうやって死ぬんだろう、死体はどんな状態か、どうでもいいか。


「いつ死ぬの?」


「玲奈はいつまで私と一緒に居てくれるの?」


「さぁ、分かんないよ。三年生とかは受験とかで忙しいんじゃない?」


「クラスも違うかもね」


「そうだよ」


「じゃあ来年の三月? あと半年……、7か月はある?」


「そんなに経ったらまた気が変わらない?」


「そしたら今の私が未来の私を殺すよ」


「タイムスリップ?」


「怨念ね。今の私を無かったことにしてのほほんとしてる私を、私が呪い殺すよ」


「怖いね」


「でも玲奈は変わってもいいよ、その時そうじゃなくても」


「優しいんだ」


「優しいよ、私は」


「かもね」


 風が吹かない。風が吹かないと心臓の下あたりの熱をどう処理したらいいか分からなくなる。いっそのこと刃物を突き刺してしまいたい。


「でも少しだけ約束したいかも」


 そう言いながら沙也は緩く俯いて、柔に私の手に触れた。


「約束? 変わってもいいんじゃなかったの?」


「いいよ。いいけど、無かったことになるのは嫌だから、そうならなかった時には約束が破られたことにはしたいから」


「口約束でいいの?」


「いいよ。玲奈は物より言葉の方、大事にするでしょ」


 それも変わってしまうかもしれないとは口にしなかった。それは覚悟でも何でもなくて、ただ自分がどうなるか、想像もつかなかったからだった。


「変わるのかな。私達ってそんな」


「変わるよ、なにしたってどんなふうにでも。この一瞬だってそう。説明が難しいな。私は結局何かを好きになるのが怖いのかもね。それのために心を動かして、時間を使って、そういうことがしたくないんだよ」


 私は太陽から目を逸らした。強烈な刺激から解放される快感がじわりと、脳を溶かす。


「分かるよ」


 言葉は張りぼてだけど、仕組みはそれを沙也に理解させる。だから私は口を動かしたし、太陽は私を照らす。


「私は選ぶのが怖いのかな」


「そういう言葉で言いたくなかったんじゃないの?」


「そうだった。でも玲奈は多分答えを知っているような気がするから。答えって言うか、仕組み?」


 沙也に張りぼてと仕組みの話をしたことはなかったのに、それを沙也がそう表現したことに私は驚いた。なんだか愉快な気持ちになって、全身がむずかゆくすらあった。


「私は知ってるんじゃなくて、なんだかそんな気がしてるだけ。本当がどうかなんてどうでもいいから」


「私と玲奈は多分お互い反対側から見てるよね。不思議だけど、それだから私達はこうやって一緒に話してるのかな」


「どうかな、私はもうちょっとまどろんでいたいよ。沙也ほど苛烈じゃないから」


まだ遠いような気がする。辿り着かなくてもいいけれど、いつかその時が来ることを確信したいとは思う。


「もう時間だよ」


 授業が始まることを言っているのだろうけれど、私も沙也もろくに時計を見ずに話していたから、もうとっくに授業は始まってしまっているのかもしれない。沙也がおどけたように続ける。


「学校で教えるべきことはまず、生や死について真面目に考えてはいけませんってことだと思うんだよね。私、真面目だからそう言われたらそうしたのにさ」

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