ラムズ教会 3
日は傾き始め、夕焼けが教会を赤く染める。教会の入り口が閉じられると、どこからかローマンがやって来てそろそろ作業をやめましょうかと言う。箒を片付け二人で聖堂内の受付に行くとリチアが片付けをしている。
「代わりの者が来ましたので、明日からお休みさせていただきます」
ローマンがリチアに告げる。明日から僕一人かよ、まだ何も聞いていないのに?
「わかりました。以前からの約束でしたからね。そのかわり彼がいなくなったら復職という事で」
「今度は大丈夫でしょう、彼、しっかりしていますし」
「ここでは何が起きてもおかしくないですから」
何が起きるんだよ!思わず口から出てしまいそうになった言葉を飲み込む。
「ウエダさん。くれぐれも北区には足を運ばないように。あそこは足を踏み入れていい場所ではないですから」
ローマンは僕とリチアに頭を下げるとゆっくりとした足取りで聖堂から出ていった。北区って何のことだ?リチアに聞いたら教えてくれるようなことなのか?僕の存在などないかのように作業をするリチア。こんな状態で何も聞けないよな。
「なに?」
突然リチアが手を止めてこちらを向く。咄嗟のことでおかしなことをいってしまう。
「この後何したらいいでしょうか?」
普通に聞いたつもりだったがリチアはこちらを睨みつけ
「用事があればこちらから言います。鐘が鳴るまで部屋にでもいるように」
はいはい。僕は何も言わずそのばをはなれた。
居住区の男子大部屋。仕切りもなくベッドがたくさん置かれただけの部屋の中、獣人の二人が窓際のベッドに座りくつろいでいる。僕は彼らをあまり見ないように入り口近くにある自分のベッドの下、こちらの世界に来た時に持っていた籐製のトランクを取り出し中身を確認する。手品に使うような道具しか入ってないよな。
そんな様子を伺っていた獣人の二人。こそこそ話していたかと思っていると、突然狼顔のウィルが話しかけてくる。
「ウエーダーだったか?あんたどこから来たんだ?クルシアか?それともセトか?」
日本です。なーんて言ったら信じてくれるかなぁ?バカにされるのがオチだよなぁ。
「わかりません。気がついたらこの近くの森にいた所を助けられたので。以前の記憶もあまりはっきりしないんです」
「なんだ奴隷として連れてこられたけど役に立たないからって捨てられた口かよ。まあ見るからに戦闘向きじゃないし、お前、もやしみたいに背だけ伸びったって感じだもんな」
「うちにもひ弱な人間が二人いるが、こいつはそれに増してひ弱だしな」
そうキツネ顔のガウラが言う。そんなに僕は弱そうに見えるかなぁ?
「まあ、リチア姉さんが雇ったやつだからきっと何かの役に立つんだろよ」
「だな、リチア姉さんなら間違いないからな」
6時を告げる鐘の音が鳴り響く。メシやメシやと獣人の二人は食堂に向かって歩いて行く。僕もトランクケースを再びベッド下に片付けると食堂へと急ぐ。食堂の隣、炊事場のテーブルには食事の入った容器が置かれている。
夕飯は豆の入ったスープみたいなものにソーセージと野菜を炒めた物、生野菜に細長いご飯。お皿は1種類しかなくお昼と同じく全部の料理をお皿に盛り付ける。スープくらいは別のお皿に入れたかったが、お皿がないところを見ると何でもかんでも1皿に盛れと言うことか。盛り付けたお皿を手に食堂に行くと僕以外の人はすでに席に座っていた。いつの間に?と思いつつ指定された席に座る。全員が揃ったところでリチアが食べましょうかとの合図に、待ってましたとばかりに獣人の二人と、人族の男性の二人が競うように食べ始める。皆が揃うまで行儀良く待っていたのに何で食べる時はそんなに慌てるんだろう。あっという間にに食べ終わった獣人と人族の4人は食器をそのままに部屋を出て行く。司祭と女性の二人も食べ終わったみたいで、お皿をまとめている。
「ウエダ。洋服をベッドに置いておくから、その汚い服から着替えるように」
リチアがそう言って部屋を出てゆく。良く見たら着ていたワイシャツが泥まみれじゃないか。おまけにこんなこの世界にない服装をしていたらまた獣人どもにいじられるのが目に見えているしなぁ。今着ている服はきちんと洗ってしまっておくか。
お皿を炊事場に運び洗って片付けると食堂を清掃をする。床は食べ残しが散乱しどこから手をつけていいのか迷ってしまう。ここまでひどく汚すのはわざとじゃないよな?何度もモップを洗い直し、床もテーブルも綺麗にし終え大部屋に戻る。大部屋では獣人の2人と人族の2人がどこから持ってきたのか、丸いテーブルを囲んで何やらカードゲームに興じている。金貨や銀貨が目の前に積まれている所を見ると賭け事をしてるのか?
僕のベッドを見ると洋服が2着置かれている。ちょっと茶色くなった麻布の服。獣人や人族が着ている服とは違いシンプルというか、布をただ着れるようにしただけと言ったほうが早そうな。ゴワゴワと着にくい服とズボンに履き替え、着ていた服を手に洗濯場へ。洗濯場に入ると石造りの流し台と棚に置かれた洗濯板。そして部屋の隅には石造りの立派なサウナ室がある。棚から洗濯板を取り流し台の上に置かれた石鹸でシャツを洗う。本当にこんなので綺麗になるのか?とりあえず洗濯板で揉み洗いをし水でゆすぎ、脱水のため手で絞り部屋に戻る。大声で勝ったの負けたと騒ぐ4人。まだやっていたのか。空いているベッドに服を干し、自分のベッドに横になる。あまりにも騒がしいこの状況では眠れるわけないよな、なんて思っていたが、昨日から寝ていなかったこともあって気がつけば夢の中にいた。
目が覚めるとあたりはうっすらと明るくなり始めていた。僕はベッドから身体を起こしあたりを見回すと、獣人や人族の者たちがいびきをかいて寝ている姿が目に入る。あれからどれくらいの時間彼らは賭け事をしていたんだろうか?それより今は何時なんだ?時計がない世界で皆どうやって時間を把握してるんだろう。目が覚めたついでにトイレに向かうと髪の毛で顔の半分を隠した女性が出てくる。右側だからミレかな?おはようと挨拶をするが無視をされてしまう。トイレを済ませて部屋に戻ると男たちが起き出し動き始めている。そろそろ6時になるんだ。僕も男たちの後を着いて食堂へ。食堂横の炊事場に並んで入って行くと朝ごはんに用意されていたのは、コッペパンのような長細いパンにチーズ、ハム、野菜に果物。パンは半分にすでに切ってあり、具材を挟んで食べるようだ。僕はとりあえず全ての具材をまんべパンに挟むと自分の席に座る。皆が揃ったところで左側を隠しているからリチアだろう、彼女は席から立ち上がり辺りを見回すと。
「本日は住民の係争判断の日になります。たくさんの住民がやってきますの注意するように。ミレ、私と住民の対応」
「私も働くの?」
「当たり前です。ウィル、ガウラはいつものように警備を」
「あいよう」「いつもと変わんないな」
「イベリスとストックは?」
「今日も農奴の奴を使って田の草取り」「同じく」
「わかりました。ウエダ。あなたは私の手伝い」
「はぁ・・・」
なにをするのかは良くわからないが、まあ行けばわかるか。いつものようにリチアのご飯を食べましょうの合図で皆が一斉に食事を始めた。