ラムズ教会 2
初老の老人、ローマンと呼ばれる男性と僕は長い廊下の前に立っている。扉を抜けてすぐ左側は執務室と右側は面談室と説明を受ける。少し歩くと右手に女子部屋、食堂炊事場と続く。左手には女子部屋の倍ほどの大きさがある男子部屋がある。扉を開けると大きな空間にはベッドが8台、等間隔に置かれている。仕切りはなくまるでドミトリーのような感じだ。僕のベッドは入り口入ってすぐにあるのだと言われ、そのベッドの下に持っていた籐製のトランクを隠すように置くと、再びローマンの後を着いて行く。
女子部屋の隣、食堂の扉を開ける。大きなテーブルと部屋の隅に小さなテーブルがある。大きなテーブルには椅子が8脚、小さなテーブルには2脚の椅子がある。
「食事は毎日6時、12時、16時となります。隣の炊事場で食べられる量を取りわけ自分の席に着いてください。席は部屋の隅の小さなテーブルです。全員が揃って食事をとりますので遅刻のないように。もし出かける時は私に声をかけてください」
色々と思うところはあるけれど郷に入っては郷に従えかなと、わかったと僕は頷いてみせた。
男子部屋の横はトイレと洗濯場、洗濯場の中にはサウナがあり週に一度使えるらしい。風呂もシャワーもないんだ。洗濯場の正面は備品倉庫で、教会の祭事に使う物が入っているとの事。
そして廊下の一番奥に位置する部屋。ローマンはおもむろにその扉をノックをすると、中からどうぞと声が返ってくる。ローマンに促されて一緒に部屋の中に入って行くと、壁にある棚には金色に輝く花瓶やお皿が並べられており、まるで成金趣味の様相だ。部屋の左手にある窓の下、派手な彫刻の机に向かい何かの書類にサインをしている小太りの男性がいる。
「司祭さま。リチア様がこちらの男性を雇うとのことでお連れしました」
司祭という事はこの教会で1番偉い人って事だよなぁ。そのわりには雇うのを事後報告みたいな形でいいって、彼女の立場っていったい?司祭が顔を上げこちらを見る。
「そうか。君名前は?」
「上田です。上田実咲です」
「年齢は?」
「28歳です」
「身分は?」
身分?初めて聞く言葉にちょっと戸惑い言葉に困ってしまう。そう言えば奴隷だとかさっき出ていたし、この世界には身分制度があるって事なんだよな。どう答えていいかわからずにいると、代わりにローマンが答えてくれた。
「農業はできないようなので農民系ではないようです。奴隷かと調べましたが違うようなので労働者かと」
「労働者ね。まあいいでしょう、リチアのすることには間違いはなですから。ウエダでしたね、まあくれぐれも頑張るように」
司祭は再び机の書類に目を落とす。ローマンが頭を下げるのを真似して僕も頭を下げると司祭の部屋を出る。
ローマンの後を付いて聖堂に向かって歩いていると、女子部屋から出てきた顔半分を髪の毛で隠した女性と出くわす。受付にいた確かリチアとかって呼んでいた女性だよな。そう思っていると。
「誰?この人。お客さん?」
あれ?受付にいた女性だよね、なんで知らないふり?
「ミレさま。その言い方は失礼になりますよ。この方は今度ここで一緒に働く事になったウエダさんといいます」
「働く?ここで?誰の提案?」
「リチアさまの提案です」
「お姉ちゃんの提案ね。ならいいわ。まあくれぐれも途中で逃げ出さないようにね」
ミレと呼ばれた女性は司祭の部屋がある方向に向かって歩いて行く。そう言えば彼女の髪型、顔の右側を隠していたような。そっくりだったのは姉妹だったからか。
ローマンと聖堂に戻って来ると姉のリチア?が受付で仕事をしている。それにしてもよく似ている。髪型が違っていなかったらどっちがどっちかわからないかもだなぁ。
「案内。終わりました」
リチアがこちらに目を向ける事なく言う。
「ローマン、とりあえず彼の面倒を見てください」
「わかりました。ウエダさん。何か気になる事はありますか?」
気になるなんて急に言われてもなぁ、そういえば時計ってないけど時間ってどうしているんだろう?
「あのう、時間ってどうしているんですか?」
「時間ですか、6時、12時、18時になると街の中心にある鐘が精霊様の力で鳴りますから、それで判断しております。鐘が鳴ったら手を止めて食堂に来てください」
大雑把だなぁ。そんなんで大丈夫なのか?日本人が時間に正確すぎるのか?
「今の時間ってどれくらいなんでしょうか?」
「そうですね、お腹の空き具合から言ってたぶんもう少しでお昼かと」
そんなの大丈夫か思っていると、鐘が鳴る音が聞こえてくる。それもなかなか大きな音で。
「お昼になりましたね」
ローマンが時間が正確だった事を自慢するかのように言う。リチアは仕事の手を止めると無言で立ち上がり、居住部へと一人で行ってしまう。
「ちょうどお昼ですから、食事の取り方を説明しますね」
僕はローマンと二人で食堂横の炊事場へ移動する。炊事場には先ほど受付にいたリチアとリチアにそっくりなミレと呼ばれた女性。狼の顔をした獣人とキツネの顔をした獣人がが料理を皿に盛り付けしている。4人がそれぞれの料理を盛り付け食堂に移動すると、ローマンからお皿をもらい僕も料理に手を伸ばす。最初の入れ物には長い形をしたお米のようなものが入っている。インディカ米かな?その横には赤い色をしたスープのようなものがある。具材は色とりどりの豆が入っている。お皿は一個しかないから、全部これに盛れという事か?細長いお米にスープをかけ、ボールに入った生野菜を添え食堂へ持って行く。食堂の大きなテーブルには7人がすでに座っており、僕は言われた通り少し離れて置かれた小さなテーブルにローマンと座る。テーブルも上座と言うのだろうか?テーブルの頂点には司祭が座り、右手にはそっくりな顔をしたリチアとミレ、狼顔の獣人、キツネ顔の獣人。左手には背の小さいメガネをかけた男性と肩まで伸びた髪の毛が特徴的なほっそりとした男性。全員揃ったのを確認すると、リチアは立ち上がり僕の方を見る。
「もう気がついていると思うけど、彼は本日よりここで働いてもらうことになったウエダだ」
リチアは僕に向かって立てと合図をする。僕は立ち上がると頭を皆に向かって頭を下げる。
リチアの紹介によると正面に座る司祭の名前はアリッサ。右手に行って姉のリチア、妹のミレ。狼顔の獣人でウィル。キツネ顔の獣人のガウラ。左手に行き人間でメガネをかけた男性がイベリス。髪の毛の長い男性がストックだそうだ。紹介をしている間、人間の二人はヒソヒソと何かを話をし、獣人は声を張り上げわざと聞こえるように言う。
「ひ弱そうな人間が一人増えるってよ」
「今度は何日逃げずにいられるか、楽しみだなぁ」
ここはどれだけブラックなんだよ。気軽に受けるものじゃなかったかも。
「それでは食事にしましょう」
リチアのその言葉を合図に皆が食べ始める。司祭や女性二人は静かに食事をとっているが、人間の二人は偏食なのか嫌いな食べ物なのか、にんじんやジャガイモをテーブルに投げ出しながら食べている。獣人は見た目通り皿までくらい尽くしそうな勢いで食べている。この食事風景はまるでカオスだ。僕が目を丸くしていると、ローマンが冷めないうちに食べましょうと声をかけてくれる。気にもしても仕方がないかと、ご飯とスープを一緒にすくい口に運ぶ。ちょっと味は薄いけど美味しい。良く海外なんかに行くと食事が口に合わなくてなんて話を聞くが、僕は案外どんな物でも食べられるのかもしれない。
獣人の二人があっという間に食べ終え食堂を出て行くと、人間の二人も後についで出てゆく。姉妹は食べ終えたお皿をキチンんとまとめてから出てゆく。司祭が立ち上がり出て行くと、ローマンと二人きりになってしまった。
「いつもこんな感じなんですか?」
「皆さん食べるの早いですから、老人は食べるのはゆっくりですから」
僕もあまり早くは食べられないんだけどなぁ。
「この後ってどうするんですか?」
「テーブルのお皿を片付けて綺麗にしてください。残ってしまった料理はそのままにしてもらえば業者が回収してくれますから」
毎回こんな汚いテーブルを片付けるのかぁ。洗い物は苦にはならないけど、この食べ散らかし方は料理を作った人に失礼な気がする。
テーブルの食べ残しをお皿に入れ、お皿を重ねて炊事場に運ぶとテキパキと洗う。ずっと仕事でしていた知識が役に立っているなんて、できればマジックの知識の方が役立って欲しいんだけどな。大道芸人にでもなったらいいのかな?。お皿を洗い終え食堂に行くとテーブルと床が綺麗になっている。ローマンが綺麗にしてくれたようだ。
この後、僕たちは聖堂のの入り口に移動し広場の掃除をする。竹ぼうきで落ち葉を集めながら周りを見渡してみる。入り口には獣人二人が警備に立ち、広場にはたくさんの人々が乗った幌のない馬車が次々に入って来る。それを人間の二人が何かを見ながら指示を出すと馬車は教会を出て行く。
「あれは農奴の人々が田に行く所です」
手を止めて馬車を見ていた僕の後ろにいきなりローマンが現れそう言う。
「のうど?」
「農業の農に奴隷の奴で農奴です。領主様の隷属には違いないんですが奴隷ほど拘束されておらず、わりと自由に生活でき農業に従事すれば給金も出ます。ただしどこかに行く事はできないですし、職業の自由はもちろんないです。ただ彼らにも希望がないわけではないんです。お金をちゃんと払えば隷属契約は解除され小作人と言う地位になれます。農業しかできないのは変わりはないんですが、移動に制限がなくなるのでどの都市にでも就農する事ができます。さらにお金を貯めて土地を購入すれば自由農民という身分になり、人を雇ってもよし好きな作物を栽培しても良い立場になれるんですよ」
「あのう、僕は労働者だって言われたんですが、それってどんな立場なんでしょうか?」
「労働者は奴隷の下、最下層の地位です。生まれ持って決められた職業に満足できず、次々と違う職業をを渡り歩いていた人々をさしていた呼び名なんですが、現代において労働者と呼ばれる人たちは、社会に適合できなかったはみ出しものを指します。故にこれになってしまうとどんな職業にもつけず、公的支援を受けることもできません。でも、あなたは運良く教会の雑務者になれました。このまま頑張ればポーターになれるかもしれません。まだ若いですから希望をなくさず。ああ、精霊使いにだけは目指してはいけません。あれは追うものではないからです
。確かに従える精霊でどんな地位でも夢ではないかもしれません。ですが精霊に出会う確率はとんでもなく低く、ほとんどの人が出会う事なくなくなくなってしまうから。私も若い頃はそんな夢を見ていた時がありました。夢を追いすぎて気がつけばこんなおいぼれですから。老人は話が長くていけませんな」
そう言って笑いながらローマンは教会の裏手に歩いて行った。精霊使いねぇ、きっと僕には関係のない話だし、これからどうなるか。親父は何を考えているんだか、それとも親父を語る誰かの嫌がらせか。次々と教会を後にする馬車を眺めながら、僕は黙々と箒で落ち葉を集め続けた。