ラムズ教会にて
馬車は水田を馬の背のように走る一本道を抜け、周囲を水路で囲まれた水の農村都市ベコハへと辿り着く。ザリスは門の前にいる兵士に手を上げると、そのまま村の中へと入って行く。門の付近にはたくさんのテントが立ち並び、野菜から雑貨など多彩な物が売られている。テントが多く立ち並ぶ広場を抜けると大きな目抜き通りが教会へと向かって一直線に延びている。両脇に見えるのは江戸時代のセットのような街並み、しかしそこに歩いている人々は見たこともない衣装であり、中にはどう見ても動物の顔なのだが人間と同じように歩いている。獣人。そんな言葉が頭の中に浮かぶ。僕は知らない世界に来てしまったんんだとやっと実感する。
馬車は教会の前にある広場へと停車する。すると水の入った桶を持った人が走ってやって来て、馬に水を与え始める。ウエルカムドリンク?
「私は一旦家に帰るね」
アリアがそう言って馬車を降りると大通りに向かって歩いて行った。ザリスはアリアが見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
「さあ、行こうか」
右も左も分からない僕はとにかくザリスについてゆく。教会の入り口に向かい歩いて行く途中、教会の入り口から出てきた髪の毛の薄い初老の男性が、ザリスの顔をみるなり駆け寄って来る。
「ザリス様いつお戻りで」
初老の男性とザリスは知り合いなのだろうか?しかし様までつけるとはどんな関係なのだろうか?
「今さっき戻ったよ。しばらくは滞在しているつもりだから、何かあったらよろしく頼む」
「それはもちろんです。そういえばクルシアの様子はいかがでしたか?」
「ひどい状態だよ。雨が全然降らないらしく、農産物は育たないは地面は割れるし、はっきり言ってもう都市としてはもうダメかもしれない。農奴が流れて来るかもしれないがこちらの様子は?」
「依然として人手不足で来るものは拒まずですが、あの人たちですからあまり良い事ではないかと」
「わかった。手は打ってみるよ。そうだ、ちょっと調べて貰いたい事があるんだ。私の横にいる彼なんだけど、森で迷子になっていた所を保護したんだ。奴隷を運搬していた馬車が事故に遭ったとか、違法な人攫いが出たとか情報がないか調べて欲しいんだけど」
いやいや。親父に無理やり連れて来られたのだから、そんな事調べてもとは思ったけれど、せっかく手間をかけてくれるのだから黙って従ってみることにした。
「わかりました。受付に何か届いていたかもしれませんので見てまいります。ここでお待ちいただけますか?」
「いや、行くよ。ここは公共の場だからね。何も遠慮する理由がないからね」
何やら良くわからないがザリスと教会の間には因縁でもあるのだろうか?この人とも顔見知りみたいだし。
初老の男性に先導され、ザリス僕の順に教会の入り口向かう。大きく開いた入り口の両脇の右手には狼の顔をした獣人が、左手にはキツネの顔をした獣人が長い棒を持って立っている。僕も身長が高いと思って生活していたが、この獣人も同じくらい高い。そして体がでかい。筋肉質なのか獣人だからなのか威圧感がめちゃめちゃあった。3人が獣人の横を通過しようとした時、狼の獣人が突然口を開いた。
「ようザリス。やっぱり舞い戻って来たのか?お前が生きていたとはな」
「お前も俺たちにやられたいようだな」
狐の獣人も釣られるように口を開くと二人で大笑いする。
「公共の場所に来るのに遠慮は必要ないと思うのですが?」
ザリスが冷静に二人に反論する。それを聞いていた狼の獣人が飛びかかろうとするのを狐の獣人が必死で抑える。
知らぬ顔で奥に進んで行く初老の男性とザリス。僕も慌てて彼らについて教会内部に入った。
高い天井のホール。内部には正面に向かってたくさんのベンチが並び、正面にはステージのような1段高くなった場所があり、そこには教壇と今にも水が出てきそそうな水瓶を傾けた、背中に羽の生えた女性の像がどんと立っていた。妖精の像かな?
初老の男性は右手にある受付のような場所にいる女性に話しかける。顔の左半分を髪の毛で隠したような髪型をしたその女性が、右目を光らせこちらを睨んでくる。
「この人がですか?ないです。そんな情報は。単なる迷子です」
はっきりものを言う人だなぁ。どこの世界にもいるんだな、こういう人は。
「ウエダさん。申し訳ない。これ以上の事は分かりそうにないみたいだ」
わからなかった事を随分と申し訳なそうにザリスが言う。僕としたら街まで連れてきてもらっただけで十分なのに、そこまで申し訳なさそうにされると困ってしまう。
「とんでもない。ここまで良くしてもらって、僕的には感謝しかないです。これから先は仕事を探したりしてここで何とか生きていこうと思います」
この知らない世界で僕はもう生きて行かなきゃなんだよな。仕事も住む場所も探さないと。
「仕事、ありますが」
そんな会話を聞いていたらしく、左半分を髪の毛で隠した女性が突然いう。
「あのう、どんな仕事でしょうか?あまり職業経験はないんですが」
「農業などはいかがですか?」
むりむり無理ムリ!。バーでしか働いた事がない僕が農業なんて、せめて飲食店くらいにしてくれ。
「すみません。土仕事はした事がないんで。それに力もないですし」
「確かに、もやしみたいに上に伸びているだけのようですしね」
そりゃ、入り口に立っている獣人に比べたらひ弱に見えるけどね。力仕事以外なら僕だって・・・
急に誰かが僕の事を舐め回すような目で見ているような感覚に襲われた。ザリスは初老の男性と話をしているし、左半分を髪の毛で隠しているような女性は下を向き何かを読んでいるし。背筋に悪寒が走り鳥肌が立つ。頭上のあたりを振り払うように手をバタバタしていると、左半分を髪の毛で隠した女性が急に後ろを振り向き、話でも聞いているかのように頷いている。何をしてるんだ?。突然彼女がこちらに視線を向け。
「教会の仕事はどうですか?衣食住は支給します。給金は働きしだいですが」
「おお、いいじゃないですか。ウエダさんここは受けるべきですよ」
左半分を隠した女性の言葉にいきなりザリスが反応する。何で僕より先に答えるんだとは思ったが、ザリスも僕を助けてしまった手前、これから先は知らないよとは言えない。かと言ってついてこられても困るとなった時に、渡りに船となったんんだろうな。ここは衣食住が確保できただけよしとしなきゃかな。僕はこの申し出を受けることにした。
「よろしくお願いします」
「わかりました。ローマン案内して」
初老の男性が頷くとこちらにどうぞと受付の横にある扉を開けてくれた。僕はザリスにお礼を言うと、籐製のトランクケースを手に持ち、ローマンと呼ばれた初老の男性と共に奥の部屋に進んだ。