キルサス 4
石造りでできた見上げるほどに高く天に向かうような城壁は街を切れ間なく取り囲んでいる。城壁の等間隔にに円筒形でとんがり屋根の突き出したような構造物が見える。あれは見張り台かな?人生で初めて見る景色に目を奪われて城壁を見上げていたら人とぶつかりそうになってしまった。
「すみません」
「まるでお上りさんじゃのう」
「うるさい」
ロメリアに指摘されてしまったが、まるで中世ヨーロッパの世界に入り込んでしまったかのような景色に目を奪われてしまわないわけがない。そんな強固な城壁の中に作られた街もまた目を奪われてしまう。石造りの建物が増築を繰り返したのか、積み重なるように上へ上へと伸びている。建築基準法なんてないんだろうな。そんな建物の隙間に無理やり開けたような通路が何ヶ所か見える。これって通路なんだよね。
「これ、何をしておる、早く街に入らぬか。日が暮れてしまうぞ」
やばい。門を入るまでに時間を取っちゃったせいで日が傾き出してるし、早く宿を見つけないと野宿かまたあの薄暗い牢獄に放り込まれてしまう。とりあえず進んでみれば何かあるよね。
「うん。そうだね」
僕はとりあえず1番近くにある通路の入り口らしき場所から建物の中に入ってみる。人がすれ違えるくらいの大きさの通路はどこまでも石畳が敷き詰められている。ただ、整備は行き届いていないのか石があちこち浮き上がって歩きにくい。おまけに迷路のような入り組んだ路地がどこを歩いているのか方向感覚を狂わせる。あれ、さっきも雑貨屋みたいな店があった路地を曲がったよね。鍛冶屋はなかったから違う道?あれ、洋服屋さんってさっきもあったような。
「ミサキよこの場所さっきも通ったぞ」
「わかってるって」
「ほれ、そこを右じゃ。次は左じゃ、ホレ右じゃ」
「ここさっきも通ったろ」
「気にするでない。今度は右じゃ」
「おい、気にするなってロメリアだって道わかってないだろが」
道の途中にある店にすら目を向ける余裕すらなく彷徨い歩く事2時間、道の先に光が見える。
喜びのあまり通路を走り抜けるとその先には、こんな城壁の中にこんな広場がなんでと思うような広場だった。
楕円形に広がる広場の中心では、透き通った水を噴き上げる噴水が陽の光を受けてきらめいている。その周囲には柔らかな芝生が広がり、人々は寝転んだり、語り合ったり、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。さらに外側には石畳の通路が円を描くように続き、荷を積んだ馬車が規則正しい音を響かせながら行き交っている。
東西南北へは馬車が通れる大通りがまっすぐ延び、そこから枝分かれするように、人ひとりがやっと通れる細い路地が無数に伸びていた。視線を上げれば、街すべてを見守るように、遠くの丘の上に壮麗な城がそびえ立っている。
「なんだこの広場は」「ただの広場じゃな」
「そりゃそうだけど、なあ、あの丘の上に見えるのって城だよね」「領主の住まいじゃろ、ミサキは驚きすぎじゃ」
「そうは言うけどさ僕はこの世界の人間じゃないんだからね」「それよりミサキよ」
「宿を探せだろ、わかっているって」
外側にある石畳の道は外に向かって馬車が時計回りに動き、人は内側を半時計回りに歩くのどうやらルールのようだ。僕は他の人と同じように馬車のいないタイミングで石畳の内側に小走りで移動すると、他の人と同じように外周を歩いてみる。積み木のような建物にぽかりと口を開く入り口。それ以外には店すら見当たらない。またあの迷路みたいな通路に入らないとか言わないよな。店すら見つけられないまま歩いていると、他の通路とはまた違う雰囲気の、扉があるから通路じゃなくて入り口だよね。その入り口になぜか好奇心を抱いてしまい、石畳を小走りに横断しその建物の中へと足を踏み入れる。そこは外の空気とはまるで別世界のように、ひんやりとした空気が僕の頬を撫でる。思わず足を止め、息を呑んだ。
そこは教会のような場所だった。
見上げれば、果てが見えないほど高い天井。色とりどりのスタンドグラスが壁一面にはめ込まれ、差し込む光が赤や青、金色となって床へ降り注いでいる。光は静かに揺れ、まるでこの場所そのものが呼吸しているみたいだった。信徒が座るための長椅子は整然と並び、壁際に並んだろうそくの炎が淡く揺れている。その灯りに照らされ、木の背もたれには長い年月の擦れが刻まれていた。静寂の中で、ろうそくが小さく弾ける音だけが耳に届く。
正面の祭壇へ目を向けると、僕は思わず息を止めた。
そこには、一体の女性の像が立っていた。石でできているはずなのに、まるで本当に生きているかのような美しさを宿している。像の周囲には炎をまとっているような装飾が施され、揺らめく光を受けて、今にも燃え上がりそうに見えた。その表情は優しく、それでいて近寄りがたい威厳を帯びている。
足元では、みすぼらしい身なりの子供たちが黙々と掃除をしていた。小さな手で床を磨き、椅子の埃を払い、誰に言われるでもなく働いている。笑い声はなく、けれど不思議と悲壮な空気もない。ただ、ここにいることが当たり前であるかのような静かな動きだった。
僕の靴音が石床に響くと、何人かの子供が顔を上げた。
「ここって教会かなぁ?なんて教会か教えてもらえたらうれしいな」
近くにいた子供に話しかけてみるが、答えてくれないばかりか、無表情のままこちらを見つめ返している。なんかちょっと気持ち悪い。
「おい、てめえらなに遊んでいるんだ。ちゃちゃっとやっちまわないか」
どこからか大きな声が響くと、子供ちはた慌ててまた作業の続きをはじめる。声の元はスキンヘッドでちょっと小太りな男性のようだ。ずいぶんと偉そうな態度で子供達に暴言を吐いたり、時には子供の頭を叩いたりしながらこちらに近づいて来る、
「おい、あんた。礼拝の時間は終わってんだ、子供たちの仕事の邪魔しないでもらいたいね」
大きいのは態度ばかりじゃない、遠くで見ても近くで見ても、なんて大きい男なんだ。
「あのう、ここって教会ですよね?なんて名前の教会でしょうか?」
「はぁ?知らずに入ってきたのかよ。ここはフロディ教会。キルサス1の教会だからな。覚えておけ」
そっか、ここがあの書類に書かれていた教会かぁ。と言うことは。
「あのうリアス氏ってどちらに」
態度のでかい男の表情が一瞬にして変わる。
「なんだてめえは、世の中には言っていい事と悪い事があるってのがわかんねえのか?」
罵声が教会の中に響きわたる。掃除をしていた子供達は一瞬にして凍りついたように固まり動かなくなった。
人の名前を呼んだらいけない世界なんだろうか?氏と言う敬称じゃまずかったとか?
「困りましたねぇ。そんな名前を呼んだくらいで目くじら立てては。精霊神、カナヤガ様に叱られますよ」
建物の奥から澄んだ優しい声が聞こえてくる。
『ロメリア、知ってる神様?』「さあて、そんな精霊の名は聞いた事がないが。だいたい精霊は神とは呼ばぬ」
「司祭様、そうは言ってもですね」大きな男が必死になって弁明している。
ろうそくが揺らぐ薄暗い明かりの中をゆっくりと、宗教色であろう赤い服に身を包んんだ品の良さそうな中年の男性がこちらに向かって歩いてくる。司祭と呼ばれたその人物はラムズ教会で見てきた司祭とは比べものにならないほど、光輝くオーラのような物に身を包んでいるように見えた。
「カナヤガ様はいつも見ておられます。いかに正しい行いをしているのかを、人に優しく接しているのかを。心を清くせぬ者は精霊神の持つその炎で焼き尽くされてしまいますよ」嘘くさい言葉なのだが、この司祭と呼ばれる人が言うとなんだか納得してしまいそうだ。
『なんか燃やしちゃう精霊神がどこかにいるみたいだね』「ミサキが見えぬのならいないんじゃろ。そんなやつ」
『見えないようになったかもしれないじゃんね』「それはないじゃろ。見えなくなったのならワシだって見えないだろうからのう」『ロメリアとは契約しているのから見えるのかなと』「契約しているのは認めるのじゃな」
ロメリアがニヤリと笑ってこちらを覗き込んでくる。僕はその視線を咳払いをしながら目を逸らした。
「それで客人、今日はどう言ったご用で」
「あのうキルサスの街に入るのに作ってもらった滞在書類にこちらの教会、フロディ教会のリアス氏の名前があったもので、その、挨拶でもした方がいいかなと。できたら宿泊もお願いできないかなと」
小太りな男がいきなり笑い出す。「これ、客人に失礼ではないですか。申し訳ない、私どもの従者が無作法で。宿泊の件はここでは受けられないんですよ。この少年を見てわかるように、ここは修行の場であって神に使える者を育てる場所。観光気分で来られた方を泊めておくのは。それに、その滞在書類にこちらの名前が書かれているそうですが、こちらでは聞き及んでいないので、あまり人には見せない方がよいかと」「そう言う事だ客人。その書類を抱えてここから消えるんだな」
この街に入場および滞在ができる者は、この街に職業を名乗る仕事を持つものだけ。従者は怪しい人だけど、真面目そうな司祭様じゃ僕みたいな怪しい人なんて、受け入れてくれくれるわけないよね。僕は小太りな従者の男に丁寧に首根っこを掴まれたまま外に連れ出されると、司祭の視線がない事を好機とばかりに石畳の上に投げ出された。
「せいぜい憲兵に捕まらないように頑張るんだな。あ、そうだ。ここから西の城壁の果てにある教会?ああ違うな廃屋だった、そこに行けばかくまってくれるかも、おっとえらく口が滑っちまったぜ」
そう言って男は教会に戻り入り口の扉を閉じた。
「なあ、今のなんかの罠かな?行ったら逮捕されるとか?」「これくらい大きな街ともなれば教会がいくつかあってもおかしくはないと思うが、なんとも胡散臭いのう。しかし、あてもなくふらふらしておって夜が来てしまえばそれこそ不審者じゃぞ、とりあえず向かうのじゃ」「向かえってどっちが西なんだよ」「なんだお主、方角の見方もわからぬのか。天に登った太陽が城を背に沈み出してると言うことはそっちが西じゃ」
そこは地球と変わらないんだ。さてと、またあの迷路みたいな通路を行かなきゃか。
「さあ、行くぞい」「ハイハイ」
僕は教会を背に円形の広場を真っ直ぐ進むと、適当な通路から中に入る。右だ左だとロメリアに言われるまま迷路のような通路を進むといつしか光が目の前に現れる。やっと抜けた。その光の先に見た光景は、城壁の中でありながら城壁の外と変わらぬバラック造りの建物が建ち並ぶ光景だった。




