火の都 キルサス3
誰かが鉄格子を叩いている。低く鈍い音だ。嫌に耳につく。それどころか耳が痛い。
「おい」
どこからか猫獣人が低く鋭い声で誰かに呼びかけている。
「おい、起きろ。もじゃもじゃ頭の人間」
猫獣人の声がさらに鋭さを増して僕の耳へと届く。
あっ、もしかして僕に話しかけている?そっか僕はいつの間にか寝ていたんだ。夢と現実か分からなくなってしまい、寝ぼけたまま目を開くと、寄りかかっている鉄格子の先にはヤギなのか羊なのかわからないけれど、鎧らしき装備に身を包んだ間から白くもこもこの毛にまみれた獣人がいた。
「旅人さんよ、金は持っているのか?」
そういえば観光とか言っておきながら手荷物何も持ってないよね。これじゃ旅人ってより浮浪者だよね。僕はヤギだか羊だかわからない獣人になぜそう言われたか分からないが、とりあえず言葉を返す。
「はい。一応遊ぶくらいは」
「ふーん。まあ身なりもきれいだし、文無しじゃなさそうだな。なあ旅人さんよ、お金分けてくんないか?したら牢屋から出してやるからよ」
?。出してやるとは?いやいやあなたが勝手にしたらいけないでしょ。おかしな事を。僕が警戒しているのをわかったのか、ヤギだか羊だかの獣人は続ける。
「あんた、この都は始めてかい?ここはなぁお金があればなんでもできる都なんだよ。犯罪のもみ消し、殺人に暴力。金があるやつが正義なんさ。だから金さえもらえば誰も文句なんぞ言わない。まあ、ないって言うならずっといればいいか」
こういうのは下の者だけで、都の上で管理をするものはそうじゃないと信じたいが、荒くれ者が多い都ならそうなるのも必然だろか。
「いくらあれば出してもらえます?」
「3枚、もちろんでかいやつ」
金貨で3枚か。この枚数で奴隷になる人がいらいだから、かなり高額だよな。
「2人で5枚は?」
「ふたり?はっ。そいつのも払ってやろってか、なんだ色仕掛でもされたんか。やめとけ
。そいつは超がつく性悪猫だからなぁ」
後ろで猫獣人がシャーシャー言いながら威嚇をしている。
「2人で5枚、いいよね」
「ちっ、まぁいいだろ。助かったなぁ性悪猫」
猫獣人の彼女はファイティングポーズのような格好をしながら、ヤギだか羊だかの獣人に近寄ると再び威嚇をはじめる。
『ロメリア。起きてる?お金欲しいんだけど』
頭を左右にゆすり、髪の毛の中で寝ているロメリアを揺さぶり起こす。
「うなぁ。なんじゃいくら欲しいんじゃ」
『とりあえず5枚。それだけあれば牢屋から出してくれるって』
「ふなぁ」
僕は2人の視線を避けるように壁に向かって背を丸めると、体の影になるように手のひらを差し出す。そこにどこからともなく金貨が現れ手のひらへとおさまっていく。
「これでいい?」
手に乗せた金貨をヤギだか羊だかの獣人に見せる。
「こんなやつに信用して渡すな」
「性悪猫、うるさい。旅人がお前もって言うんだから黙ってろ」
「まあまあ、これでお願いします」
騙されたらその時に考えればいいよね。そう思いながら鉄格子の隙間から手を出し、外にいるヤギだか羊だかの獣人にお金を手渡すと、彼はちゃんと牢屋の鍵を開けてくれた。牢屋の扉が開いたとたん。猫獣人の彼女は目に追えないような速さで牢屋を出ると、暗闇の中どこかへ走って逃げて言った。
「だから言っただろ、性悪猫なんかにお金をかけるのはやめとけと。まあ俺は儲かったからいいけどな」
最初から僕が釈放される隙に逃げる算段だったのかな?
「この通路をまっすぐ進めば下水路に出るから、それを左手、上流に進みすぐの階段を上がるといい」
そりゃそうか。このまま普通に地上に出たら捕まるか。案外親切じゃんね。僕は羊だかヤギだかわからない獣人に頭を下げ、暗い通路を奥へと歩いて行く。牢屋の管理のための明かりがあったから、暗くともまだ歩けたけれど、下水路に入ったとたん辺りは真っ黒で水が流れる音しか聞こえない。猫獣人の彼女はこんな真っ暗でも歩けるものなんだね。僕はもちろん無理だからロメリアの力をたよる。精霊魔法のライト。懐中電灯よりは明るくはないけど、問題なく歩けた。言われた通りすぐ近くにあった階段を上がれば、廃虚の中だったけど一応地上には出られた。
一応都市の中には入れたんだよね。廃虚の中から外に出ると、目の前には高くそびえ立つ城壁。そこから見える空はゆっくりと明るくなり始めていた。ここは城内なのか?城外なのか?わからないまま壁沿いを歩いて行くと家が数軒並んで建っているのが見えてくる。ボロボロでどう見ても人が住んでいそうにはない家。だけれども横を通り抜けて見ればたくさんの人が生活を営んでいるのがみえる。もしかしてここは。もう少し進んだ所でその答えはわかった。城壁に寄り添うように無数に建っている掘っ立ている小屋のようなもの。そして身なりの汚い、むしろ上半身裸のような人が火を炊いたり調理をしたり生活をしている。そうここはスラム街。結局城外に出されてしまっまようだ。
「なんとも治安の悪い場所に来てしまったようじゃのう」
今更、キルサスの入り口に行くわけにもいかないし、どこかへ移動するにも馬車がいるような場所に行かなきゃだし。とりあえずスラム街を歩いてみるか。スラム街のメインストーリーだと思われる通りへ入る。左右には一応雨よけになるのかと思われるほどボロボロのテントに、壊れた物から野菜に果物、肉に魚、使い道がわからない雑貨に怪しい薬等々を売る店が立ち並び、それを目当てに人やら獣人やらが歩けないほど通りに溢れかえっている。ぼくはその中をかき分けかき分け進んで行くと、突然後ろから肩を捕まれ声をかけられる。
「そこのお人、何かお探しですか?」
これ絶対怪しい声かけだよね。ここは無視して振り切るのが正解か、それともちゃんと答えるのが正解か。僕はとりあえず答える選択を選んでみる。
「はい。キルサスの街の中に行く方法を探してるですけど」
振り向き応えた先にいたのは、背の高い色黒だが同性から見てもイケメンだと思うくらい目鼻の整った青年の姿だった。青年はにこりと微笑みながら答える。
「おまかせください。私にかかれば手に入らない物はこの世には存在しませんから」
脳内でアニメのように青年の目に星が宿り、口元から見える白い歯がきらりと光って見える気がした。
「なんじゃ、このキザなやつは」
ロメリアの目に映るこの青年は不快な男性に見えるようだ。
「いいんですか?」
「そのためにあなたに声をおかけしたのですから。はぐれないように私の後についてきてくださいね」
そう言って人混みの中をすっと歩き出す青年。ぼくははぐれないようにその後を必死に追いかけて行く。メインストリートをしばらく進み右に曲がる。テントの間を抜けると壊れた建物群が見えてくる。何か争いでもあって破壊された?そんな壊れ方の建物。入り口から建物の中を覗けば生活感あふれる景色が見えてくる。あまりにも珍しく見ていたためか青年がぼそり言う。
「ビックリされたでしょ、こんなボロボロの建物に人が住んでいるなんて。ここはどこにも住めない人たちが集まってできた街なんですよ」
「キルサスとは関係ないんですか?」
「関係なくはないですよ。私たちはキルサスのおこぼれで生活させてもらっているんで。ただ自治権はキルサス側にはないのでここではキルサスの法は通じません」
「治外法権なんですか?」
「難しい言葉をお知りなんですね。はい、ここにはキルサスどころか王都の自治も届きません。だからどんな地位を持っていようが犯罪者であろうがここでは皆平等。お金さえあればどんなことでも・・・」
「まさか僕を殺そうとこんな路地に」
青年は大声を出して笑う。好青年に見えていたのはやっぱり演技だったのか。身構える僕。
「殺して奪おうなんて思いませんよ。身なりはそれなりにちゃんとしているのに手荷物を持たない旅人。そんな人物は精霊使いかもしくは解放軍の手の者。危険犯さなくともお金は稼がせてもらえるでしょうから。わざわざ手を汚さずとも」
「こやつ殺すか」
ロメリアが恐ろしい言葉を発する。待て待てなんでいきなりそうなる。
『やめろって』
「さ、もうちょっと着きますから」
階段を少し坂を登ったところにある廃墟に青年に案内されるまま入って行く。外観こそ廃墟だが室内はきちんと整備されており調度品も見るからに高級そうな感じの物が並んでいる。青年が入り口にいた屈強な男に何かを伝えると、屈強な男が部屋の奥へと入って行く。しばらくして屈強な男が戻って来ると顎で入れと合図をする。青年はこちらを向き行くよと頷き合図をする。僕も頷き返し青年と共に奥の部屋に入って行く。暗く中が見えにくい部屋の中、その1番奥に誰かが机に向かい座っている。その両脇には筋肉隆々とした人物が机に座る人物をしっかりと守るかのように立っている。机の人物が左の屈強な人物をしゃがませ何かを話しかける。屈強な人物は頷き立ち上がると良く通る声で僕らに言う。
「何をお求めか」
それに対して僕をここまで連れてきた青年が同じように通る声で答える。
「キルサス城内への道と身分証を求めております」
「金30で受けたまわる」
金貨1枚が日本円換算で1万円くらいだとすると、場内に入るだけで30万円も要求されるなんて。おまけに身分証なんてものいるなんて聞いてないよ。
「どうしますか?」
どうしますかなんて聞かれたってね、ここまで来て断るなんて選択できる雰囲気じゃないじゃんね。
「お願いします」
僕はそこまでしてキルサスなんて行きたいわけじゃなかったけれど、なんか断れなくて結局そうなってしまった。
「名前を教えるように。それを聞いてから書類は作る。お金は書類と引き換えになる。以上だ」
名前を伝えるが、ここでも上田と言ってもちゃんんと聞いてもらえなかった。入り口から入ってすぐの部屋に戻ると、部屋の中央に置かれたテーブルにに案内される。ここで書類ができるまで座って待っていろとの事らしい。僕が椅子に座るとすぐに立派なカップとソーサーが運ばれて来る。飲んでみると紅茶のようだ。
「なんじゃ、お酒じゃないのか」
『こんな場所でお酒なんて出てくるわけないだろ。それよりお金を頼むよ』
「まったく、わしが一生懸命稼いだお金を無駄に使いよってからに」
別にロメリアが苦労して稼いだお金ではないと思うんだが。もっと言えば稼いだのは詐欺師達なんだけどね。
『まあそう言うなって、頼むよ』
「ほれ、テーブルの下にでも手を広げぬか」
僕が慌てて両手をテーブルの下で広げると、金貨が手の中にたちまち溢れ出し落ちそうになる。30枚の金貨ともなるとかなりズッシリと重い。
「あのう、お金って今出してもいいですか?」
「かまいませんよ」
青年は紅茶を口に入れながらにっこりと笑い答える。うわー、なんか気持ち悪い。それは同性ならではの嫉妬からくるものだろうか?僕は机の下から青年の前に手のひらにたくさん乗った金貨を差し出す。
「確認しますね」
青年は僕の手から金貨を1枚1枚と拾い上げ机に積み上げてゆく。10枚の山が3個。青年はそこから1山だけ残しあとは皮袋へとしまい込んだ。
「間違いなく」
そこへ先ほど奥にいた屈強な男性が何枚かの紙を持ってやってくる。青年はそれを受け取ると代わりに机の上の金貨を渡し、屈強な男性は再び奥の部屋に消えて行った。
「こちらが移動証明書です。そしてこちらが滞在時の身元引受人の書類です。移動証明書はキルサスの街に入るために使います。身元引受人の書類は街に滞在するために使います。仮の身元引受人なので1年以内に新しい職業に就いてください。そのまま引受人の場所の職業に就いてもかまいませんが、必ず職業カードを取得してください。でないと1年後にはまたこの場所にいることになりますから。まあ、私はそれでもかまいませんがね。またお金をいただければ書類はご用意いたしますから」
「お前が用意したわけじゃないじゃろが」
青年の口元からこぼれ落ちた白い歯がキラリと光った気がした。僕の髪の毛を引っ張り怒るロメリア。ちょっと髪が痛いんだけど。青年は僕に2枚の書類を手渡し話を続ける。
「この2枚の紙は無くさないようにしてください。たまに街中で所持を求められる事がありますから。それでは行きましょうか」
青年は紅茶を飲み終えると僕について来るように言い建物を出る。坂道を下りテントが左右に並ぶ大きな通りを再び5分くらい歩くと城壁の先に門が見えてくる。こっちにも街に入る門があったんだ。最初にこの街に着いた時の門に比べたらかなり小さな門だが門番もちゃんといる、普通に人々も出入りしている。こんな治外法権の都市だから城壁を破壊でもして入り口を作ったのかと思ったが、意外にまともでビックリした。
小さな門に検問を仕切っている人間は3人。入ろうとする人は初めて行った門に並ぶ人より多く多くいるとなれば、門に並ぶ行列は長く伸びどれくらい待ったら城内に入れるのか想像もできそうになかった。それでも並ばなきゃ入れない。僕が列の最後尾に並ぼうとすると青年が首を横に振る。
「列に並んでいたらいつになっても城内に入れませんよ。ちゃんと入るまで案内しますから、さ、こっちに」
青年はいきなり僕の手を引っ張ると列の横を門に向かって進んで行く。なんだあいつらは。列に並ぶ人々のヒソヒソ話と冷たい視線に目を合わせないようにしながら僕は門の近くまでつれて来られると、青年は検査を担当している兵士の中でも1番偉そうにしている人物に声をかける。声は雑踏で聞こえないがこの状態で僕を先に入れさせてくれないかと頼んでいるようだ。最初は首を横に振る兵士だが青年がその手に金貨を1枚、また1枚と握らせてゆく。5枚ほど握らせた所で兵士がニヤリと笑う。
「ウエさん、この方に入場の許可証を見せてください」
「あ、はい」僕は言われるままに先ほど渡された2枚の紙を兵士に手渡した。
「イーリからの移動証明に身元引受人はフロディ教会のリアス氏。ふん。相変わらずいい加減な書類を作りやがって。通っていいぞ」
書類がたとえ偽造であろうと、そこに書類があれば結局のところ彼らも責められる事はないようで、今度はあっさりと通過できた。
「良い旅を」青年がそう言って門を抜けて行く僕に手を振っている。
「なんか騙されちゃったみたいだね」「そのようじゃのう」
「結局金貨って15枚しかいらなかったんだよね」「半分は奴の儲けじゃな」
「もっと手数料の安い人、もしかしていたかな」「まあ、それはたらればって話じゃがのう」
「まあ、次はないかな」「まったくじゃ」
僕はついにキルサスの街に足を踏み入れた。
「僕らはの間違いじゃろうが」
「ロメリアは相変わらず細かいなぁ」




