火の都 キルサス
お昼休憩のために寄ったシロザと言う村を後に、馬車はどんどんと川沿いに走る道を山の奥へ奥へと向かって走って行く。道が悪くなったためにやたらと揺れる馬車の中には、僕と黒いフード付きの服で身を隠すように隅に座る3人の姿。誰一人声を発しない沈黙の馬車の中、僕は意を決して話しかける。
「あのう、このお弁当、間違って買ってしまって、良かったら食べませんか?」
いきなり突拍子もない事を話し出した僕に警戒しているのか反応はまったくない。
「何じゃいきなり、もうちょっと世間話的な話から入れぬのか?」
僕の髪の毛をベッドがわりにしているロメリアが突然話しかけてくる。ずっと静かだったけど寝ていたわけじゃないんだ。
『そ、そっか。どう話していいかわからなくてさ』
僕は他の人には見ることも、声を聞こえる事もないロメリアに対して答える時、人がいるときはなるべく小さな声で話すようにしている。いきなり喋りだしたらおかしなやつに見えちゃうもんね。
「今日はいい天気ですねとかぁ、観光でペンタスに行くんですかとか、あるじゃろ?」
『そんな事を言ったって、前に住んでいた世界にいた時にだって、あまり人と話をするのは苦手だったし』
「あんなに人前で講釈を話したり手品を披露できるのにか?」
『あれと人と話すのは別だろ?だいたい会話をするってのは』
「あのう、すみません」
僕がロメリアとコソコソと話をしていると、男性らしき声がフードを深く被った人物の中から聞こえてくる。
「あ、はい」
「お気遣いはありがたいのですが、私どもはあなたさまが思っているような者ではないので、お気遣いなくしていただければ」
「獣人族の方ですよね。さっき途中まで一緒にいた彼から聞きました。その上で、です」
「いや、しかしですね」
「大丈夫ですよ。僕は人種主義でも階級主義者でもないですから。階級が気になるのでしたら僕は労働者と言う地位らしいです。これでもダメですか?」
フードを深く被った3人はコソコソと何かを話し合ったかと思うと、フードを一斉に脱ぎ始める。僕から見て右手には丸みを帯びた顔が可愛いと言っていいのだろうか?たぬき獣人の男性に。左手には白く長く伸びた耳が美しいウサギ獣人の女性。間に挟まれるように座る小さい耳が可愛らしいうさぎ獣人の女の子。どんな関係なんだろう。僕は持っていたお弁当の入っている紙袋を男性に渡す。
「ありがとうございます。私はアガサって言います。こちらは妻のジニア、真ん中は娘でキキです」
眩しい笑顔を見せるうさぎ獣人の母娘。これは破壊力がありすぎだ。
「僕はミサキって言います」
「どちらまで行かれるんですか?」
「えっと、キルサスだったかな?適当に乗った馬車がそこ行きだったので、行ってみようかなって」
「そんな理由でふらっと行けてしまうのはちょっと羨ましいですね。私たちはペンタスの自由農民に売られたんです。元々はモルダナって村で小作人をしていたんですが、歴史的な水不足に襲われて作物は育たず、税金となる収穫物を納められない私たちはあっという間に借金まみれ。情けない話です」
話をする父の横で美味しねと言い合って食べる母娘。そんな二人を見つめる彼の手には手をつけていないお弁当が。
「あのう、食べてくださいね。足りなければまだ持ってますから」
「ありがとう」
ずっと眺めていた父もやっと食べ始める。
「失礼かと思うんですが、ひとつ聞いてもいいですか?どれくらいで売られたんですか?」
「恥ずかしながら金貨3枚です。土地の借地料が金貨1枚、税金に金貨1枚、ペンタスまでの交通費が金貨1枚。これ以上借金は重ねられず、家族にはご飯すら食べさせられず辛い思いばかりさせてしまって、父親失格ですよね」
金貨3枚って、日本円にしたら3万くらいだよな。そんなお金も払えず売られてしまうなんて、この世界の貧富の差は思っている以上にひどいのかもしれない。
『なあロメリア、空間収納から僕のカバン取り出してもらえないかな?あっ、金貨も、できたら5枚ほど』
「こんな場所でか?いきなり取り出した驚かれるぞい。それに金貨は何にするんじゃ?お主の考えおることはなんとなくわかるが、それをしたからと言ってすべてが解決するとは思えぬぞ」
『わかっているって。それでも僕は何かしたいんだよ』
僕はそっと親子に背を向けて座り直すと、ロメリアに空間収納から僕の唯一の持ち物である籐でできたトランクケースを取り出してもらう。ケースの中には母から受け継いだ手品グッズが山のように入っている。僕はその中から折り紙と20センチ角の段ボール素材でできた蓋付きの箱を取り出す。まずは折り紙だよな。親子がご飯を食べ終わったのを見計らって娘には黄色の折り紙、母には青の折り紙を渡す。
「これ、僕の住んでいた場所の遊びなんだけど、何回か折ったりすると動物ができるんですよ。まずは三角になるように折って、さらにもう一度三角に折って、袋になっている部分を正方形になるように開いて折りたたむ。そうそう、うまいね」
僕が折って説明しているのは日本人ならほとんどの人が折れる(ちなみに作者は折り紙の鶴を折れません)折鶴。それを折りながら説明して一緒に折ってもらっている。初めて折ったにしてはめちゃめちゃ綺麗だ。やがて皆が折鶴を折れると手のひらに乗せて見せ合う。母娘のはめちゃくちゃ綺麗に折れているけど僕のは・・・
「何じゃ、ミサキのが1番不恰好じゃのう」
ロメリアがひょこりと顔を覗かせ言う。
『うるさい』そうはいっても綺麗、汚い折り方って性格が出るよね。でもここからが違うんだな。僕は鶴にふっと息を吹きかけると、紙で折られた鶴が放物線を描いて3人の目の前と僕の目の前をくるくると飛び回る。
「わぁー」うさぎ獣人の娘が歓喜の声を上げる。
「ミサキはそう言う事だけはうまいのう」
『ロメリアはいつも一言多い。これでも手品師なの』
ぼくは茶色い折り紙でたぬきを、ピンクの折り紙でうさぎの親子を折って娘に手渡す。
「ありがとう」「すごいね」「まったくだ」
めちゃくちゃ喜ぶ親子3人。そんな様子を見ていたらもっと似せたくなり、トランクバッグから6色入りのクレヨンの入った箱を取り出す。
「これは?」
たぬき獣人の父親が、カラフルな模様と見知らぬ語源が書かれた箱に興味津々に眺めてくる。
「えっと、色が塗れる画材、クレヨンって」
「クレヨン?」
父親にクレヨンを手渡す。外箱から中身を取り出すとびっくりしたような表情をして母親に見せる。母親もびっくりしたのか口を押さえている。そっか使いかけなんて渡したから驚いているのか。
「お袋が使っていたのだから・・・」
「これってクレヨラですよね?こんな高級なものを」
え?100円ショップで売っているような普及品なんだけどなぁ。こちらの価値にしたら銅貨1枚。お酒なんかは銀貨だから数千円?でも金貨数枚、数万円で奴隷として売られてしまう親子もいる。この国なのかこの世界はなのかわからないが、貧富の差にはちょっと驚からされてしまう。
「いえ、僕の住んでいた場所では安い物ですし使いかけですから、気にせずその折り紙に顔を描いてもらおうかなって。
「私、描きたい」
うさぎ獣人の娘がぴょんぴょんと跳ねクレヨンを持つ父親におねだりしている。父親は大事に使うんだぞと娘に渡し、娘は早速楽しそうに顔を描いている。
「これはお父さん。こっちはママ」
うまく塗れたようで自慢げに父母に見せ、僕にも自慢げに見せてくれた。
「うまく塗れたね。じゃあ今度はそれを使って宝探しをしてみようか」
「宝探し?」
「そう。箱の中に入れると隠していた宝物が現れるって不思議な箱なんだ。じゃあ、まずはお母さんの折り紙入れてみようか」
僕は20センチ角の箱をうさぎ獣人の娘の前に差し出すと蓋を取って中を見せる。
「この中に何もない箱にお母さんの折り紙を入れてみようか」
うさぎの形に折られ母親の顔の描かれた折り紙を左手で持っている箱の中へ入れてもらう。僕は右手にある箱の蓋を被せると蓋をしっかりと押さえて唱える。
「お母さんの宝物は何だろね」
「何だろね」
蓋を取って中を見せると、箱の中には赤や青、黄色にピンクの色をした宝石のような形をした物が入っていた。
「これ、何だろ?」
うさぎ獣人の母親に手のひらをお皿のようにしてもらい、そこに箱の中の物を傾け取り出す。色とりどりの物が10個ほど。これは飴だよと説明するとまたまたびっくりされた。こんなカラフルな物はこちらの世界にないのと、飴は非常に高額なお菓子でほとんどの人は食べた事すらないのだと。父母は僕に返そうとしてきたが、宝箱から出てきたのだからと言って無理やり受け取らせた。父母は1個だけ娘に飴を食べさせると、すぐに紙に包んで何処かに片付けてしまう。そんなに慌てなくてもね。ニコニコ顔のうさぎ獣人の娘に再び箱を差し出す。
「今度はお父さんを入れてみようか、さあ、お父さんは何を隠しているかな?」
「お父さんはね、クッキー」
「じゃあ入れてみよう」
うさぎ獣人の娘は父親の顔を書いたタキヌに折った折り紙を箱の中へ静かに置く。僕はそっと蓋を閉めると先ほどと同じように唱える。
「お父さんの宝物は何だろね?」
「何だろね」
家族皆の視線が集まる中、僕は箱の蓋から手を離すと箱をウサギ獣人の娘にそのまま手渡した。
「この箱はね、夜寝る前に開けて欲しいんだ。できるかな?」
「うん、できるよ」
「約束だからね」
馬車はいつの間にか揺れも少なくなり、後ろから外を見れば街道がひらけてきていることに気がつく。そろそろ到着かな?笑顔で語り合う3人。僕にもあんな時があったのかな?
「そろそろ到着だ。降りられるようにしてくれ」
御者が馬車の中に聞こえるように大きな声で言う。親子3人は再びフードを深く被り、手荷物を膝に抱え到着を待つ。僕はといえば、ロメリアに預けていたトランクバックを空間収納から出してしまったため、今さら収納すると不審がられるため、きちんと閉まっているか確認して座っている足元に置く。馬車はまもなくして停車場のある広場にと着いた。
川沿いの谷間、山に張り付くように家が立ち並ぶ景色が目に入る。ここは宿場町と言ったらいいのだろうか、旅籠のような建物とそこから立ち上がる湯気。温泉でもあるのかな?
馬車から降りて行った獣人の家族は振り返っては親は頭を下げ、娘は手を振り振り、それは僕の姿が見えなくなるまで続いた。なんだかいい親子だったな。
「感傷に浸っている暇はないぞい、早く今日の宿を探さぬと今日は野宿になってしまうぞい」
僕の髪の毛に乗っていたロメリアがひょこりと顔を出し言う。
「あ、ああ。そうだよね、明日は朝の鐘が鳴る頃にまたここに来て馬車にのらなきゃだし、早く休まないときっと辛くなるよね」
「そうじゃない。早く夕飯とお酒を済ませぬとじゃろ」
「そっちかよ、まったくロメリアはそればっかりだなぁ」
「当たり前じゃろ」
まあ確かに旅の楽しみは美味しいご飯を食べる事も一個の目的だったりはするけどね。宿をはとりあえず湯気が上がっている建物でも目指せばいいのかな?重いバックを手に持ち川沿いの方向に向かって歩きだす。
「のうミサキ、さっきのあの箱は何じゃ?なぜ入れた中身が蓋を開けると変わっておるのじゃ」
「魔法の箱の事?」
「何じゃそれは?」
「底が二重になってる箱でね、箱に入れたものを二重になっている底に隠したり、逆に二重になった底から出したりできる箱の事だよ」
「何じゃそれは?またインチキをしておったのか」
「インチキじゃない。手品だって」
「手品ねぇ。で、あの娘に持たせた箱には何が入っておるのじゃ?」
「金貨だよ」
「はぁ。だと思った。ミサキよ、何度も言うが一人を助けたとて何も変わらぬのじゃぞ」
「わかっているって、でも僕は一人でも助けたいんだ。たとえ独りよがりになっても」
宿を目指し僕はじゃり道を歩いてゆく。




