そして村を去る 2
「出発します」
幌馬車の中、向かい合うように置かれた長椅子には僕を含め5人の乗客が座っている。後方の乗り込み口から1番左奥、隅に固まるようにフードのついたローブに身を隠すように座る3人。真ん中に挟まれるように座る人だけが頭一つ小さい。子供かな?右の真ん中には大きな態度で座るメガネをかけた20代くらいの男性が本を読んでいる。僕は乗り込み口の近く、後方の椅子に座り流れ行く景色を眺めている。
くそう。あんな騒ぎにならなければ絶対にアリアの消失や、精霊が流した赤い血のトリックを見つけ出してやったと言うのに、僕が脚立なんて借りにいかなければ。
「何じゃ険しい顔をしてからに。まだアリアの事を悩んでおるのか」
天然パーマのせいでアフロヘアーのようになっている僕の髪の毛の上、精霊のロメリアが寝そべりながら話しかけてくる。
『だっておかしいだろ?絶対にトリックがあるって言うのに奇跡が起きただなんて、水の次は血の涙を流す精霊像とかって集客しようっていう魂胆が見え見えで、そんなの許せるわけないだろ』
「頭が硬いのう。あれは霊になってしまったアリアが起こした事。トリックだの何だのなどないというのに」
『霊など存在しない』
「ワシも一応、元は霊なのじゃが」
『ずっと親父が言っていたんだ。どんと来い超常現象』
「?」
『あれ?なぜにベストを尽くさないのか?だったかなぁ?』
「?」
『違うなぁ。あれ?あれ?』
「何を言っておるんじゃ?まったく、ミサキはトリックとやらにやたらこだわるのう。しっかりと見えておるんじゃから、己の目を信じたらどうじゃ?アリアは霊となって精霊像に入り涙を流した。それだけの事」
『それだけの事・・・』
「世の中は説明できぬ物で溢れておるんじゃ。まあミサキもその中の一つじゃな」
馬車の外に目を向けると、見渡す限り田しか見えなかった景色がいつの間にか木々が立ち並ぶ山道に入ってきた事に気がつく。馬車は緩やかに後ろに向かって傾き、荒れた道に右や左に時には縦方向にと翻弄されて行く。お尻が異常に痛い。
「のうミサキ。わしらはどこに向かっておるのじゃ?」
これだけ揺れているのに余裕な感じで話しかけてくるロメリア。
『さあ?僕も知らない』
「なんじゃ、知っていて乗ったわけじゃないのか?」
精霊像が涙を流したあの日、脚立を持ってきてくれた男性がびっくりしてリーダーに報告走った事により、教会は騒然となった。奇跡が起きたと。話を聞きつけた人々が荒れた聖堂に詰めかけ、祈りを捧げる者、涙を流す者でごった返すしまつ。英雄殿が奇跡を起こしたんだ。皆がそう僕に向かっていい始める。僕はそんな人物じゃない。その場を逃げ出すように離れて見たものの、行く当てがあるんけもなく、寝かされていた部屋のベッドに戻って横になるも、人の視線や噂話が聞こえる。
翌朝、人々がまだ寝静まっている頃、僕は音を立てぬように起き上がると、ぐっすり寝ていてとうてい起きる様子のない、精霊のロメリアを髪の毛の中に落ちないように乗せ、ベッドの下、地球から転移した時に一緒に来てしまった母の形見、藤蔓で編まれたトランクバッグを手に教会を出て行く。教会の前荷ある広場を抜け、村のメイン大通りを南に向かって歩いて行く。朝霧が漂うまだ朝寒い空気の中、ポツリポツリと歩いている人とすれ違う。村の入り口の前、テント広場と言われるテントを張っての商売をしている人々がたくさん立ち並んでいるその場所には、これからテントを張って商品を並べ始めるだろう人々で溢れている。そんな人たちを見ながら村の入り口の前まで行くと、多数の幌馬車が止まっているのが目に入る。幌馬車の中をのぞくと対面するように置かれた長椅子に座る人たちの姿。人の乗っていない幌馬車やすでに満員になっている物まで。1台の馬車を率いていた人に声をかけると、どうやら路線バスのような物らしい。色々な村を経由しながら都市部であったり、大都と呼ばれる首都まで繋がる住民の足。ここから離れるならちょうど良いと、行き先も聞かずもう出発すると言う幌馬車に飛び乗った。料金は終点までと言ったら銀貨7枚を請求される。安いのか高いのか。どこまで行くのか聞いてはいないけど、まあ、行き先を聞いた所でわからないからなんの意味もないんだけどね。
馬車に揺られ揺られ、どれくらい乗っていたかわからないくらいの時間がたった頃、馬車は少し開けた集落のような場所に停車する。ここで馬の交代、乗降と休憩を兼ねてしばらく止まっているらしい。時間は決まっていないらしく人が集まったら適当に出るのだと。腰を伸ばしついでに馬車を降り集落を少し歩いてみる。森の中にある小さな集落ながら商店に飲食店、宿泊施設にいたっては何軒もある様子から、ここは宿場町のような場所なんだろなと思った。
「ミサキ、お腹空かぬか?」
「空いたね。何か食べようか」
近くの目に入った店に入ってみる。テーブル席が6個程と小さな飲食店だが、相席でないと座れないほどの人が食事を楽しんでいる。僕は空いていた席に座るとメニューを探す。テーブルや壁にそれらしき物はない。周りで食事をしている人もいるんだし飲食店だよね、1種類しかメニューのない店だったりするのかな?中年の女性がお水を持って来てくる。店員だろうその女性はわざと音がするようにコップを目の前にドンと置いた。
「注文は?」
機嫌が悪いのか?それともこっちの世界ではこれが当たり前?
「あのう、メニューとかって」
「はぁ?高いのか安いのか。魚か肉か」
「ミサキ、肉じゃ。高いのじゃ」「えっと、肉で高い・・・」
「酒もじゃ、酒」「お酒ってあります?」
「安いのか?高いのか?あぁ?高いの?」
キレ気味で女性が聞いてくる。もしかしてお酒頼んじゃまずかったとか?
「高いのじゃ」「・・・高い方で」
店員の女性は頷きも何も言わずに厨房へと入って行く。ちゃんと注文できたのかな?注文の品が届くまで周りを見回して見る。食事をしているのは男性のみ、年齢層はと言えば若者から歳を取った人まで。共通するのは皆が土埃と木屑にまみれているところ。地元の人が詰めかける店だから美味しいのは間違いないだろうけれど、僕みたいなよそ者はちょっと場違いな感じだ。キレ気味の女性が琥珀色の液体の入った20センチくらいの瓶とコップを持ってくると、机にドンと音を立てて置いて他の客の対応に向かう。他の客にも横柄な態度だから僕がよそ者とか関係ないのか。
「ミサキ酒をはよう」『はいはい』
ロメリアは空間収納からお気に入りの小さなコップを取り出すと僕の目のそっと置く。そこはそっと置くんだ。瓶の蓋となっているコルクを開ける。ほのかにはちみつの匂いが漂ってくる。ロメリアのコップに注ぎ、自分用にはコップに半分だけ注ぐ。ふと横を見ると、自分のコップに注いでいるうちにロメリアはもう飲んでしまったようで、無言でコップ持ち上げて空である事をアピールしている。『はいはい』ロメリアのコップに注ぎ僕もお酒を飲んでみる。ジュースのように甘い口当たり、鼻を抜けてゆく蜂蜜のゆたな香り。何だろうこのお酒は。
「うん。ミードじゃな。辛口のお酒も良いがこれはこれでいいのう」
『ミードって言うお酒なんだ』
「飲みすぎるでないぞ」
『大丈夫だって、ロメリアの飲む分まで取らないから』
「そうではない。このお酒は強いから飲みすぎるなと言っておるのじゃ」
『あ。そっか』
ロメリアのコップにお酒を注ぎつつ待っていると、店員の女性が大きなお皿と少し小さめなお皿を持ってやって来る。大きなお皿にはソテーされたお肉とにんじんかな?野菜が乗っている。小さなお皿にはパンが1個。ここではパンが主食なのかな?。店員の女性はやはりというか、普通やらないだろうくらいな勢いで皿をテーブルにドンと投げ出す。
「銀で3枚。先払いだからね」
料理の説明よりも料金の請求かよ。料理だけで日本円で3千円て事かな?
「お酒の代金って」
「あぁ?酒は銀2枚。チキンの照り焼きは銀1枚。持ってないとか言うんじゃないだろね?」
彼女がすごい顔をして睨んでくる。あれほど賑やかだった店内が一瞬にして静まりかえる。
「ミサキよ、酒を追加じゃ。持ち帰り用も頼むのじゃ」『この雰囲気で?頼めって』
「あのう、お酒って追加でもらえますか?15本くらいとか。お金は先に払います」
『ロメリア、金貨を4枚手の中に頼むよ』僕が右手を軽く握りしめると、手の中に冷たいものが湧き上がるように入ってくる。僕は握ったままの右手を店員の女性の目の前に突き出すと、その手を広げ中の金貨を見せた。
「釣りと酒は持ってくるから、その料理でも食って待ってろ」
店員の女性はお金を受け取ると、険しい表情のまま厨房へ消えて行く。店内は再びにぎやかな話声に包まれ、この店に入ってきた時と同じ状態にと戻った。食事の味はどうなんだろ?ロメリアにも食べやすいように肉を小さめに切り分け、そな一切れを口に運んでみる。鶏肉なのにぱさついた様子はなく、みずみずしい感じに逆に鶏肉かとすら思う。それがかけてあるタレとからまっておいしさを倍増させている。これは少しばかり店員の態度が悪くても来るのはわかるな。パンをちぎって口に運ぶ。こちらは硬くておかしな匂いすらする気がする。パンはちょっとおいしくないなぁ。
「横いいでしょうか?」
まだ前の人が食べた食器がまだ片付けられていない僕の隣に、馬車に同乗していた20代くらいのメガネをかけた少し態度が大きかったあの男性が座る。
「どうぞ」
店員の女性が相変わらず音を立ててコップを置く。
「安い方のランチを」
店員の女性はうなずくでもなく、食器をかたずけるとそのまま行ってしまう。注文できてるか不安になっちゃわないのか?
「お兄さん、なんか景気良さそうですね。高いランチにお酒まで飲んで。うらやましい」
この彼はこの店で食事をするのは慣れているのか?したら高いランチを頼む僕は浮いちゃっている?
「注文の仕方がわからなくて、なんか頼んだらこうなってしまって。こちらの店は慣れているんですか?」
「王都に行く時は必ず寄っているんで、慣れているってなるかもですね」
メガネの彼はそう言うとコップの水を口に運んだ。
「あのぅ失礼ですが仕事はなにをなさっているんですか?」
「学生です。王都の医学部に通っているんです」
医学生?確かこの世界って親の地位を継ぐのが決まりだったはず。都市部に住んでいる医者の子供じゃなさそうだし、地方の人が医者になれる立場なのはどこかの地方領主の嫡男ではない息子って事か。
「学生さんでしたか。医学生って事は優秀なんですね」
「いえいえ、私なんてまだまだ。まあここにいる人よりは優秀ですけどね」
そう言ってメガネの彼は笑った。
「そう言えば馬車に乗っていた3人、獣人なの気が付きましたか?私は乗った瞬間から気がつきましたよ。奴らは独特な匂いがするんですよね」
店員の女性が頼んであったお酒とお釣りを持ってくる。小さな瓶とは言っても大量に入った木箱は流石に重いようで、がに股で一生懸命に運んで来る。空間収納に入れちゃうから道中はいいけど、人がいない所までこんなの運んでいかなきゃなのかよ。僕は受け取りに向かおうと慌てて席を立つ。
「ミサキよ弁当があれば頼むのじゃ。このチキンは絶品じゃからのう」
『はぁ?わ、わかった』
店員の彼女から木箱を受け取り、お釣りをもらう時にお弁当を頼めないかと聞いてみる。店員の彼女は面倒くさそうに答えた。
「銀1枚。いくついるの?」
「できればたくさん・・・」
「あ゛ぁ゛?5個までしかできん」
「じゃあ5個で。お釣りはいらないので」
店員の彼女は渡されたお釣りを僕の手から奪っていくように持って行った。怒っているのか?もしかして。
重い木箱をよちよち歩きながら席に持って行くと、隣に座っているメガネの彼が笑いながら話かけてくる。
「そんなにどうするんですか?そんな低級なお酒をいっぱい買って、そのレベルなら王都に行けば山ほど売ってますよ。重い荷物を持って帰ってもお土産にもならないですよ」
こんなに美味しいお酒が低級なんだ。でも僕的には高級なお酒よりこっちの方が好きだけどなぁ。「うん、まあ、そうだね」
「お酒ってやっぱり熟成具合だと思うんですよね。樽なのかカメなのか、瓶で何年寝かされたのか・・・」
彼の話は止まること事なく、店員の彼女が料理を持って来てもなお、料理に手もつけずに話し続けている。安い料理と言うのはお肉の炒め物かぁ。「ミサキよ、あの料理も頼むのじゃ」『勘弁してよ、それでなくてもおかしな目で見られているんだから』僕がロメリアと別の話をしていると言うのに、気がつく様子もなく勝手に話し続けている。彼の話はお酒の事から自分がいかに地元で神童と呼ばれていたのか、王都の学校での優秀ぶり。そんな話を延々と語り続けんじゃないか思うくらい話が途切れない。やがて店員の彼女がお弁当の入った包みを持ってやって来る。
「そうだ、お兄さんはキルサス行きの馬車に乗っていたみたいですが、火の都に何をしに行くんですか?」
「火の都?」
「あれ?もしかして知らないで乗っていたんですか?キルサスは鍛治の街で農具や刃物、鍋、釘に馬具。金属に関する物を作る職人が集まってできた街で、血気盛んな彼らがいつもどこかで喧嘩や争いをしてるのが炎上してるように見える事から、火の都なんて呼ばれているんですよ。私はてっきり知り合いでもいるのかと。あんな危険な街、遊びにすら行く場所じゃないですよ」
「鍛治の街、喧嘩が絶えないか」
「もしあてもなく行くんでしたら王都に行きませんか?僕が案内しますから。ここからアンバス行きの馬車に乗って5日もすれば王都ですから。それにあの馬車。人数が揃わないと出ないから、昼も食べられない獣人たちを懲らしめてやるにはちょうどいいと思いませんか?今日ここから動けなければ野宿は決定でしょうしね」
そんな嫌がらせをしてなんのメリットがあるのか。いくら自分の地位より獣人が低いからって、意味がわからない。差別ってのはそう言うものなのだろうか?
「申し訳ない。それでもぼくは火の都に行きたいんだ。それに地位から言ったらぼくは労働者だから。馬車にいる獣人たちより低いし、君みたいな高い地位の人がぼくなんかといたらダメだよ」
唖然とした顔をしているメガネの彼に頭を下げ、重いお酒を持ち外に出て行く。
「ミサキも言う時は言うのじゃのう」
「言うってほどじゃないけどね、なんか嫌な気分だった。話が長いし」
「内容のない話じゃったのう。子守唄にはちょうど良かったがのう」
髪の毛の上でくつろいでいるロメリアが言う。重さはあまり感じないからいいけどどんな姿でいるんだ?。ぼくはひと気のない場所までお酒を運ぶと、ロメリアにお弁当2個と一緒に空間に収納してもらう。
「あとの3個の弁当はどうするんじゃ?」
「馬車の獣人たちにあげるけど」
「ミサキ。施しをするのはいいけが、ずっとできるわけじゃないんじゃから、少しは考えないと」
「うん。そうだね、ぼくだっていつどうなるかわからない立場だしね。でも、この世界に来てザリスに助けてもらった時、彼はめちゃめちゃかっこよかったんだよね。ぼくもそんなふうになりたいなって、おかしいかな?」
「良くわからぬ。まあ、わしはお酒と美味しい食事が食べれればそれで良いがなぁ」
ぼくの行動は迷惑かもしれない。でも、今までみたいになにもせず、黙ってやり過ごすってしたくないって思ったんだよね。
お弁当を手に馬車が止まる広場に行く。何台か止まる馬車の中、乗ってきた馬車の中をちらっと横目で見る。中にはフードを深くかぶった人物が3人じっと動かず隅に固まって座っている。馬車を引く馬の近くでたばこをふかす御者にぼくは声をかける。
「お疲れ様です。この馬車って人数が集まらないと目的地に行かないって聞いたんですけど、そうなんですか?」
「おぉ?こんな場所で人待ちなんてするわけないだろ?待っても誰も来やしないさ。今日はこのままペンタスまで行って明日、まあ客がちゃんと乗るから心配しなくてもいいって事よ」
「今日、キルサスに着くわけじゃないんですね」
「着くのは明日の夕方だ。今日はペンタス泊まりな」
とりあえず出発しないと言うのは彼の嘘だったみたいだ。僕を王都に連れて行ってどうするつもりだったんだろ。
僕が来たなら出発するというので、御者に促されるまま馬車に乗り込む。そして馬車はゆっくりと走り出した。




