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監査官

 ベッドの上のふとんをきちんと整えると僕はトイレの前にある流し台に顔を洗いに行く。今日は女子トイレからは幽霊は出てこないよね。眠いのだけれど無理矢理連れてこられたロメリアは髪の毛の中でまだ眠っている。顔を洗い炊事場に移動すると、いつものように朝食が届くのを今か今かと人族の二人、獣人の二人が待ち構えている。どこから湧いて出てきたんだよ。朝食の入った容器が運ばれてくると、司祭とミレ、リチアもどこからか湧いて出てきたようにやってくる。朝に帰ってくるのにちゃんと朝ごはんだけは集まるって。いつものように司祭から食事を取り分け、僕が最後にテーブルにつくとリチアが立ち上がり朝礼が始まる。

「おはようございます。本日は監査官による司祭様の監査を兼ねた裁判が行われます。監査官はいますがいつもと変わらないよう平常で。まず、ウィルとガウラは警備を。本日は来場者が多い予定なので兵士が手伝いにはいります。イベリス、ストックは来場者の整理案内を。ウェーダー。裁判の準備ののち容疑者の先導を」

今回も見てるかだけかと思ったけど先導って。そんな役目を僕にやらせていいのだろうか?暴動が起きたら?ああそうか、僕ごと処分すればか。まあそうだよね。

 朝食を食べた後、食堂の片付け、聖堂にて裁判の準備。そして大きく開かれた入り口からイベリス、ストックの案内で観客となる人々が入れられ、立ち見も出るほどの人々で埋め尽くされた聖堂にて裁判は始まった。

「何じゃ、一応おめかしして出てくるのか」

ロメリアが見る先には祭壇の下、左手に立つリチアの姿。正装だと思われた白い服装ではなく、見るからに派手で豪華そうな服装で身を包んでいる。

『ロメリア。こちらの世界ではあれが正解なの?』

「さあ?ワシもよくわからぬ」

よく周りを見回して見ると、後方に立つ人族の二人も獣人族の二人もそして祭壇の下、右手に立つミレもみんな派手な服装を着込んでいる。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。これより監査及び教会に対する内乱罪の容疑の裁判を執り行います。それでは司祭様、監査官様の入場です」

大きな拍手が起こり、入り口からは身分の高そうな人が着るような宗教感漂う服に身を包んだ二人が、得意げな顔をして入ってくる。

 中央の通路を進み祭壇に登った二人。監察官は下手に置かれた椅子に座り、司祭は祭壇の中央にある巨大な精霊像に深々と頭を下げると、リチアから手渡された小さな精霊像を教壇の上へと慎重に置く。

「精霊よ、命の水をここに」

精霊像の持つ水瓶から水が溢れ流れ出す。それを合図にリチアがいつものように機械的な調子で言う。

「本日は命の水を無料でお分けいたしますので前の方からお汲みください」

なるほどね、裁判ごときでなぜにこんなに人が集まるのかと思っていたけど、水をタダで配る事で人を呼んでいたとは。監査だからってお祭り騒ぎにする事はないだろうに。水に群がる人々を眺めているとロメリアが鼻を鳴らして何か匂いを嗅いでいる。

「やはりのう、前から気にはなっておったがこの水、ワシがいた木の近くに流れる川の水のようじゃ」

『本当かよ。あんな場所からわざわざ持って来なくても・・・そうか、地方病があるような場所の水は何かあったら困るから、わざわざ遠くから引いて来てるってわけか』

 水に集まる人々の波が落ち着きを見せてきた頃、後方で様子を見ていた僕のところにイベリスがやってくる。

「おい、ウエーダー。出番だ。入り口に被告人の迎えだ」

イベリスに率いられ教会の入り口に行くと、窓に鉄格子のはまった物々しい以前見かけた馬車が停まっている。獣人のウイルが馬車後部の扉を開け中から紐のような物を引っ張ると、手枷に繋がれた人々が次々と降りてくる。ザリスを先頭に5人の被告人。ウイルは被告人に繋がれた紐を僕に渡しながら。

「お前ザリスと仲が良かったよな?最後に引導を渡せてよかったじゃないか」

そう言ってニャリと笑いかけてきた。なんて嫌味な。ザリスたちの有罪が決まっているような言い方じゃないか。まあ絶対にそうはさせないけどね。僕は受け取った紐を短く持ち連れて行く道すがらザリスに話しかける。

「ザリスさん。そのままの状態で聞いていないふりをしながら僕の話を聞いて欲しい。これから行われる裁判は知っての通り水の色が変われば有罪となる裁判です。きっと司祭たちは皆さんを有罪にするために瓶の蓋に仕込みをしてきます。そこで僕はそれを利用して、瓶をふり続けると黒い水が透明になるように仕込んできました。なので他の人にも声をかけて瓶を振り続けるようにしてください。それから・・・・』

「本当にそんな事が。わかった、信じるよ」

「約束したからね」

僕はいきなりつまずき倒れ込む。その時に持っていた紐を思いっきり引っ張ってしまい、ザリスも巻き込んでしまった。

「何をしてるんだ。まったく何をしても使えない奴め」

近くにいたミレが怒鳴る。会場がざわつく中、監査官を警備している衛兵が駆け寄り僕たちが起きるのを助けてくれた。

「ありがとうございます」

お礼を言うが衛兵は無言のまま持ち場に戻って行った。僕はザリスたち被告人を祭壇下の中央に並んで置かれた椅子に座ってもらう。

「これより裁判を始めたいと思う」

司祭が声高く会場に宣言すると一気に会場の雰囲気が変わる。

「ここに座りし者たちは教会を貶めようとしたと疑いが持たるために捕縛した。罪状は教会内乱罪。今より彼らが有罪なのか無罪なのか、精霊様の生み出すこの水に判断を委ねたいと思う。結果はこの水が濁ればその者は有罪となる」

リチアが瓶を司祭に渡し、司祭が聖霊像より湧き出でる水を汲み渡し返す。

「ウエーダー。何をしている」

ミレが水の入った瓶を突き出し僕を睨みつける。これを渡せって事ね。手枷であまり動かせない彼らの手にうまく掴めるように持たせる。そこにミレが一人一人の瓶に蓋をしっかりと閉めてゆく。流石に仕込みがある瓶の蓋を他人には触らせないよね。全員の瓶に蓋が閉められると司祭が精霊像に一礼をし観客に向かって大きく手をひろげ。

「さあ、瓶を振って真実を示して見せよ」

ザリスを始めとした被告人とされた人々は一心に瓶を思い思いに振る。すると瓶の中の水はたちまち黒く濁って行く。やっぱりねとザリス以外の人たちが下を向き瓶を振る事をやめてしまう。そんな中、黒く濁った水をも気にもせず振り続けるザリスの水に変化が。あれほど黒かった水が段々と透明な水へと。ざわめきたつ観客たち。ザリスは瓶を高らかに掲げ叫ぶ。

「私は無罪だ。ここにいる皆も同じく無罪なんだ」

本当かよ。他の被告人として連れて来られた人々も一心不乱に瓶を振り始める。俺も俺も透明になったと叫び始める。「そんなバカな」司祭がそう呟きリチアを見る。リチアもわからないと言うように首を横に振る。

「お前ら何をしやがった」ミレが怒鳴る。

「何かしたのはあなたがたではないんですか?例えば特定の結果が出るように瓶の蓋に細工をしたとか、実はその精霊像に精霊の力なんか宿っていないとか」

ザリスは外れるはずのない手枷を腕で破壊したように上下に分離させると、祭壇に勢いよく飛び乗り教壇の精霊像を払い落とした。

「なんて事を」

司祭が慌てて祭壇から溢れ出る水を抑えるが、水は止まる事なく流れ出し床を濡らして行く。

「監査官。これが真実です。司祭は精霊使いではありません。詐欺師です」

「ザリスてめぇ」「殺してやる」

後方で警備をしていた獣人の二人が剣を抜く。

「あなたたちはただの殺人鬼ですよね、快楽で人を殺すだけの。違いますか?」

今にもその場から走り出しザリスを殺しに行こうとしたが、ここで感情的に殺しに走るのはまずいと人族の二人が慌てて止めに入る。

「あなた方は自分たちの非を認め、早々に教会の任から外れこの村から去ってもらいたい」

「それはお前の両親を追い出した我らへの当てつけか?」

いつもは無表情なリチアがこの時ばかりは怒りの表情で怒鳴った。

「当てつけ?まさかそんな理由でこんな事をするわけないじゃないですか。全ては人のために」

突然、観客から悲鳴が上がる。二人が言い合いをしていた横。教壇から出る水を押さえていたはずの司祭が、下手に座っていた監査官の胸にナイフを突き立てているではないか。警備をしていた兵士がいたはず。そう近くにいる兵士を見ると、なぜかぼうっと立っているだけで動こうとしない。

「何やら恐ろしい事になっとるのう」

『ロメリア、あの兵士たちはなんで動かないの?』

「多分動くなと命令されたんじゃろう。ほれミレとか言ったか、奴の精霊に声をかけられるとそれに従ってしまうような感じじゃったからのう」

なんだそれは。何か悪いことをしましたか?と言わんばかりに司祭はニコリと満面の笑顔で観客に顔を向けると、通るような声で言う。

「私を殺そうと解放軍の人たちもいるようですが、みなさん仲良く死んでもらいましょうか」

教会の出入り口の扉がイベリス、ストックの手によっていきなり閉じられる。猿のような謎の生物が観客の頭の上を踏みつけなが飛び歩いたかと思うと、観客が突然立ち上がり殴り合いを始めたではないか。それは男女問わず年齢関係なく。何が起きたか驚いている間もなく観客の中に剣を抜くものが現れ、そして兵士も加わり会場は殺し合いの様相へと変わって行く。僕の横にいたザリス以外の容疑者たちも手枷をつけたまま殴りあっている。この中で殺し合いに参加していないのは、出入り口で獣人二人に守られているイベリス、ストック。いつの間にか祭壇に上がり司祭の横にいるミレとリチア。司祭とこの殺し合いの光景を何もできずに見つめているザリス。そして先ほどから謎の猿が殺し合いをしろと耳元で囁くのをなん度も追い払っている僕だけ。このさっきからうるさい猿がきっと観客を殺し合いさせているんだ。止めなきゃだけどどうすれば。

考えている間もなく僕に向かって観客がゾンビのように襲いかかってくる。いやいや、僕は戦えるような人間じゃないって。慌てて祭壇に飛び乗る。ゾンビのような観客たちはなぜか祭壇には上がれないようで、しばらくはこちらを見ていたが他の観客を襲いにどこかに行ってしまった。危なかった。背後に視線を感じ振り向きざまに祭壇を見回せば、こちらを睨みつける司祭、ミレにリチア。そしてなぜか身動きできずにいるザリスが目に入る。

「何でお前は普通に動けてるんだ」

ミレが僕に指を差しながら怒鳴っている。そんなこと僕に言われたって知らないって。その前に観客に向かってどんな命令をさせているんだよ。

「ミレ。こいつを使ってやればいい」

ミレに近づいてきた司祭が監察官を刺したナイフを手渡し何やら目配せをする。

「なるほど。面白い、さすが司祭様。来いサル」

ミレの前に猿のような者、多分ミレに仕えている精霊だと思うがその声に応えて跳ねるようにやってくる。ミレは猿に何かを耳打ちをすると、猿は頷きザリスの横に跳ねてゆき何かを耳元で呟く。そのとたんザリスの目がいきなり光を失う。ザリスは正気を失ったようにフラフラと歩き出したかと思うと、ミレから短剣受け取り段々と僕に近づいて来る。ちょっと待ってくれよ、何を命令してんだよ。

「ミサキよザリスを攻撃して良いか?」

「えぇ。ちょ、ちょ、待って。ザリスさん。ザリスさん僕だよ」

問いかけに彼は答えない。逃げよう。でも後ろにある祭壇の下は観客が殴り合ったり殺し合っているし。グズグズと判断ができずにいる僕にザリス短剣を構えて走って来た。

「ミサキ」

ロメリアの声が響いた瞬間、僕の胸に痛みが走る。ザリスさん・・・。

「ごめんよ。本当はね私は君を利用したんだ。私じゃ教会に入り込めないから、代わりに送り込む駒としてね。前に送り込んだ人は正体がバレちゃって殺されちゃったから、何も知らない君ならいいかなって。まさかこんな事態になるとは思わなかったけど、司祭の正体は暴けたし、成功かな。ただ教会襲撃作戦がバレちゃったのは失敗だったよ。もうちょっとで教会を取り戻せたんだけどね。アリアにあったら伝えて欲しい。私の事は忘れてくれって」

先ほどの生気のなかったザリスの顔はいつもの、あの笑顔が眩しい顔を、僕に向けそのまま床にへと崩れ落ちた。胸にべっとりとついた血。これは僕の血じゃない。ザリスの手に握られた短剣の刃は自分に向かっており、ザリスは自分を自分で刺したのだ。

「大丈夫かミサキよ」

「ザリスさん。嘘だと言いてくれるよね?」

抱き起こそうとするのだけれど、ザリスの体は僕の手からするりと力なく逃げてゆく。

「ちっ。術が途中で解けやがったか、まあ面白いものが見れたし、後始末はあのバカ2人にさせればいいか」

ミレのその言葉に反応して僕の中から何か得体の知れない感情が湧き上がってくる。

「おいミサキしっかりしろ。このま・・・・」

ロメリアが何かを言っているのだけれど何も聞こえなくなってくる。ロメリアの声だけじゃない、周りの騒ぎの声すら聞こえない。目の前の景色から色が消え白と黒だけの世界に変わってくる。そして僕の声が頭の中で響く。ミレとリチアについている精霊なんて消えてしまえばいいんだ。それを利用して教会に被害を与えていた彼らも裁きを受ければいいんんだ。ザザリスが望んでいたように。そして僕は意識を失った。


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― 新着の感想 ―
状況が掴めねえ! つまりザリスは味方なの?敵なの?それとも洗脳されて訳のわからないことを口走ってるだけ!? そして闇堕ちした主人公の暴走! 混沌だぁ (後半ってさ。気力が消えかかってるところをなんとか…
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