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マジックバーにて

 奇術、手品、マジックって呼ばれる方が多いのかなぁ。僕は日本古来の呼び名、手妻って言う呼び名が案外好きだったりする。だから自分が人前でマジックをやる時は、手妻に近い演目をやる事が多いんだけど、これがまたウケが悪いんだよね。腕がついていかないってのもあるかもだけど、同期のやつで今や推しも押されぬ存在となったプロマジシャンの彼曰く「お前のような小手先のマジックなんて受けるわけないだろが、時代は大規模マジックなんだよ」だと。僕だってお金があれば、大規模マジックだって・・・なんて言って見たものの、実際のところマジシャンとして生活していける者はごく僅か、ほとんどの人が仕事を掛け持ちしているか、マジックが趣味で仕事にはしていないか。僕もプロマジシャンなんて言っているけど、日中は倉庫で荷物整理、夜はマジックバーでお客に手品をみせながらバーテンダーとして働く日々だ。しかしマジックを披露できるバーなのに、最近は若手実力派に押され、マジックを披露する機会すら減っている。母の死後、父の反対を押し切り、僕も母と同じマジシャンになるんだと18歳で上京して10年。現実を見るならそろそろ諦め時なのだろうか?。帰るにしても父のいない隙に家に入り込むと言うのもなぁ、何せ1年近く消息不明になってるらしいし、今帰ったらまるで泥棒だし。

 夕方5時過ぎ、倉庫の仕事を終えてその足でマジックバーに行く。カウンター10席、4人掛けテーブルが3席。

マジシャンがカウンターや各テーブルを回りクローズアップマジックを披露するこのお店には、マジシャンが4名働いている。

誰もいない店内の清掃をしていると調理担当の人がやって来る。調理の仕込みの様子を見ながら指の間でコインを上から下に行き来させたり、コインを手の中で消したり出したりする。1日でも怠ると指が動かなくなるんじゃないかなんて思ってしまうのは僕だけなのだろうか?。今日出勤予定の同僚マジシャン2人も開店30分前にやって来て、個々にマジックのネタを仕込んだりと準備をしている。

 午後7時。お店が開くと同時に若い女の子が連れ立って多数来店して来る。お目当てはイケメンでかっこいい若手マジシャン2人。僕のような鳥の巣頭で、めちゃめちゃ背の高い男にマジックを披露してもらいたいなどと言うお客さんはおらず、彼らのサポートに徹する。

 午後11時。まばらになった店内、若手は休憩しているため僕は指名のないカップルのお客にカードマジックを披露していると、大きな声の男性が3人の女性を伴って入って来る。その男性を見たお客や若手のマジシャンがざわめき出す。

「あれってマジシャンのヘロンじゃない」

お客の誰かが言う。最近テレビで見ない日はないのではないかと言うくらい、超人気のタレントでマジシャンのヘロンが店の入り口に立っている。そりゃざわざわしちゃうよね。僕は気にせずマジックを続けようとするが、ヘロンがそれを遮る。

「上田美咲ちゃん。まだそんな小手先の手品やってんの?ネタが見え見えだっうの、そんなトランプの山1番上に乗せてるなんて子供でもわかるっての」

 彼の名は山田淳。僕と同時期にこのマジックバーにやってきた男で、腕前は僕より少しおとるかくらいだったかな。だけど持ち前の話術とプロデュース力でのし上がり、いつしかマジック界の第一人者と呼ばれるまでに。でも最近の彼の行動を見ているとマジシャンというよりまるでタレントだ。聞くところによると最近は何やら良くない噂もちらほら。このまま放置していたら店で暴れるかもしれない。僕が担当していたお客は同僚に頼み、山田ことヘロン一行を奥のボックス席に案内する。水を持って行き、お決まりになりましたらお呼びくださいと言い、カウンターの中に戻ろうとするとヘロンがいきなり腕を掴みかかってきた。

「上田よう。マジック見せてくれよ。ここはマジックバーだから拒否なんてしないよなぁ。新作のマジックあるんだろ?」

そう言ってヘロンが気持ち悪いほどの笑顔をこちらに向けて来る。冗談じゃない。その昔、新作のマジックの見せ合いをしようと言って僕のネタを盗み、大会で僕のマジックを披露して優勝した事を、忘れたかと思っているのだろうか。僕は握られた手を振りほどくと、変わらぬトーンで言う。

「良くあるマジックならご披露いたしますので、少々お待ちください」

カウンターに戻ってゆく僕の背中に罵声が飛ぶ。

「つまんね〜男になったなぁ、昔のお前なら言い返してきたのによう」

こんなつまらない事で文句を言う客はいくらでも見てきた。対処方法も知っている。ただこいつはやばいやつである事を忘れていた。

「そうだ。言い忘れていたがよう、今日から俺がここのオーナーだから。オーナー様に逆らえばどうなるかわかるよなぁ」

こいつは何が言いたいんだ。カウンターに向かいかけた足が止まる。

「業務命令だ。明日までに新作マジックを2種類用意してこい。できなければ減給な」

こいつはコンプライアンスという言葉を知らないのか?さすがに言い返そうかとヘロンの方を向くと、奴はニタニタとしたり顔で続ける。

「それと、明日収録あるから、手伝え。アシスタントととして使ってやっから。仕事ないんだろ?喜べ」

「いい加減にしろよ、お前に何の権利があるって言うんだよ」

頭に来てしまい、ついに言ってしまう。しかしヘロンに口でかなうはずもなく。

「仕事だよ。オーナーとして仕事を与えてるんだ感謝して欲しいね。給料は増えるんだ悪くないだろ?それとも何だ?ここを辞めて一人でマジックを続けていけるとも?何のつてもないお前がか?」

「ああ。辞めてやるさ。今日限りでな」

つい売り言葉に買い言葉で言ってしまう。引っ込みがつかなくなってしまった僕はトランプをヘロンに投げつけ、更衣室へと。自分のロッカーから母の形見に持っていた藤製のトランクケースに、マジックバーで使っていたマジックの道具を全て入れると店を飛び出した。僕の買ったマジック道具でみんなマジックを披露していたけど、知るもんか。

 勢いで飛び出してきてしまったけど、重いトランクケースをぶら下げ、外の風に吹かれながら歩いているとだんだんと冷静になってくる。これからどうしよう。山田のやつ、マジック協会の協会長の立場を使ってきっと、マジック業界から締め出すくらいのことはするよな。もうマジックを人前で披露は無理かなぁ。トランクケースを地面に置くと、僕もその横にぺたんと腰をおろして休む。時折通過して行く車のライトが僕のまわりを照らしてゆく。その光の先にこちらに向かって歩いて来る人の姿が。背のめちゃめちゃ高い人男性とスカートを履いた女性の間に子どもさんが二人と手を繋いでいる。その親子の会話に聞き耳を立てたわけじゃないけど、会話が聞こえてきた。

「ぼくね、将来は魔法使いになるんだ。お母さんみたいな」

「フン。母さんはな魔法使いなんてものじゃないんだぞ、母さんはな」

「子供にそんな話はするもんじゃありません。いいのよ魔法使い。立派な職業よ」

「お母さんは将来は何になりたいの?」

「私はね、きつね人さんと、狼の人に会えるような人になりたいな」

魔法使いか。昔そんな事を言ってた時が僕にもあったよな。あれ?僕は目の前を通り過ぎて行った親子を立ち上がって見る。後ろ姿しかもう見えないが、紛れもなくあれは僕の過去だ。

「あの・・・」

そう言ってこえをかけようとした瞬間、向かいから走って来る車のライトが目に入る。やばい。僕は慌てて目を閉じる。しまった、ライト直でみっちゃたよ。しばらく閉じていた目をゆっくり開いてみるが、あたりはいまだに真っ白だ。そうとうひどくダメージを受けちゃったのかぁ。もう一度目をしばらく閉じ、開けてみるが景色は真っ白な世界のまま変わらない。しかし足元にはしっかりとトランクバックが。霧じゃないよななんて思ってキョロキョロ辺りを見回していると、突然目の前には父親の姿が。

「親父何してんだよ!て言うか今まで何してたんだよ」

父がニヤリと笑う。

「おう、母さんをな、ちょっと探していたもんでな」

「親父、何を言ってるんだ。母さんは僕が18歳の時に亡くなっているだろが。葬儀で最後まで見送ったじゃないか」

「あぁ?お前こそ何を言っているんだ。あれは母さんの形をした器じゃないか、母さんはもっと上の次元に行って生きているんだよ」

母さんはあの日、眠るように亡くなっていた。それは今にも起きておはようと言ってくれそうなほど穏やかな顔をして。それからの父は人が変わったように笑わなくなった。母さんは生きているんだとおかしな宗教にのめり込み、家にもほとんど帰らなくなった。そして僕は親父と喧嘩をして家を出た。この様子じゃまだ何かの宗教に毒されているんだろうな。

「わかった、わかった。で?その親父が何の用だよ」

「お前、この10年で友達と呼べる者はできたか?」

「いきなりなんだよ、いるに決まってるいるだろ」

そうは言って見たものの、山田は同期で良く話もしたけど友でもライバルってもでもないなあ。どちらかと言うと嫌な奴だったからなぁ。したらいないってなるのか?

「ふん。俺が学生の頃は本が友達だった。人と話しても会話が成り立たなかったからな」

なにをいきなり痛い人自慢してるんだよ!

「ずっと母さんと相談していたんだが、お前、この世界は合わないだろ?。だからいい世界を見つけてきた。あの世界はいいぞ。何せ女性の胸が豊かだからな。・・・おう。悪い。母さんとこの世界にきたからには、餃子と寿司を食わせろって言われててな、もう行かなきゃなんだわ。まあ、向こうの世界に行ったら彼女を作って楽しんで来いよ。じゃあな」

「おい。何を言ってるんだ。ちょっと待てよ」

用は済んだのか、好き勝手に話した親父は白いモヤの中に消えて行った。いまだ晴れぬモヤの中。とりあえずこんなところにいたら車に轢かれると、トランクバックを持ち上げ歩き出す。さっきまで霧なんてなかったのに、もしかして目がおかしくなってしまったとか?でも地面はちゃんと見えるし。アスファルトじゃないけど。あれ、東京にいるよね?土の地面に木の根が見えるなんて公園しかないよね。なんか太い木がいっぱい生えてるし。ここどこなんだよ。

 うっそうと覆い茂る森の中に無数の光の柱が差し込んでくる。霧がそれに反射して幻想的な雰囲気を醸し出している。どうやら僕は森の中に迷い込んでしまったようだ。




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