監査官
朝の食事を済ませ、いつものように食べ残しが激しい食堂をきれいにし、監査官のお出迎えとやらのために礼拝堂の入り口の前に行く。教会の正面、大通りが見渡せる場所には司祭を頂点に左右にリチア、ミレが並び、その後ろに獣人と人間のイベリス、ストック、ウイルにガウラが並んでいる。一応ぼくも皆の後ろに並んでみる。
『なあ、ロメリアは監査官がなんのために来るとかわかる?』
「さあ、1000年近くも木に閉じ込められていたからのう、教会の仕組みは良くわからぬ」
『だよね。リチアに聞いても答えてくれなそうだし、ミレなんてなおさらだよね』
「教えてやろうか?」
頭にいるロメリアから視線を下に落とすと、イベリスの背中に乗るように座る老婆のような物の姿が。リチアについている精霊だ。勝手に主人の許可なく話すなんてできるのかよ。その前に、精霊は主人以外とは普通は姿も見ることもできないはずらしいんだけど。
『そりゃ知りたいけど、なんで?ぼくは君とは敵対関係かもしれないんだよ』
「そりゃ面白いから。主人以外に話せるヤツにあった事ないからね。それにただ教えてはあげるわけじゃないからね」
『リチアにはぼくに精霊がいる事話したのか?』
「話した所で信じてくれるわけないだろな。私らだって仲間の精霊なんて見えやしないんだからね。なんでお前はこちらが見えてる、おまけについてる精霊までなんでみえる?そいつは何者なんだい?」
老婆のような精霊がロメリアを指さして言う。
「お前のような若造にそいつなどと気安く呼ぶんでない。わしはお前なんぞより遥かに生きておるんだからなぁ」
相変わらず他の精霊に対して高圧的なんだから。
「怖い怖い。ウエーダーとやら、どうする?聞きたいか?」
『君はぼくの何を知りたいの?』
「お前が何者なのか?その頭にいる精霊は何者なのか」
『ぼくは気がついたらこの近くの街道にいて、運良く保護された労働者だよ。なんでそこにいたのか、以前は何をしていたかなんて記憶がないからわからない。彼女は木の精霊。木を育てられる。そんなくらいだけど』
「それだけきけば十分」
『疑わないのかい?』
「私の前では誰も嘘をつけないからね。監査官とはね、教会本部からやってくる調査官。教会法が変わってね、教会の司祭は精霊使いでなければ従事してはならないって。だけどね精霊なんて他人には見えないわけだし、嘘をいってもわからない。だから精霊がちゃんといるか確かめに3年に1度やってくるのが監査官てわけ」
『確かめるって、どうやって?』
「精霊魔法を見せるの。ここの司祭なら水をつかった魔法を見せてやる。まあ、ほとんどの監査官はお金さえもらえば、黙って帰るけどね」
まあ当然だよね。汚職なんてどこの国にもある話だし。この国は貧富の差が激しいみたいだから、お金さえあれば。
『わかった。ありがとう』
「また、あなたの事教えてね」
そう言って老婆のような精霊は去っていった。
『なんで嘘がバレなかったんだろ?』
「さあ、お主の能力ではないのか?」
『能力?』
「詐欺と言う能力」
『詐欺師じゃないっちゅうの。手品師』
この不毛なやりとりはいつまで続くのやら。
大通りを何台もの馬車がこちらに向かってやってくる。普通の馬車が3台続いた後に、豪華な客車の付いた馬車が司祭ともども並んだ目の前に横付けされる。後ろに続く2台の馬車から兵士らしき制服を着た2人が降りてくると、1人は豪華客車の馬車の扉を開け、1人は踏み台をさっと足元へと置いた。開けられた扉からは、胸に勲章だと思われる物をたくさんつけ、いかにも私は偉いんだと言わんばかりに胸を張った男が踏み台の上で仁王立ちをした。
「お待ちしておりました。ようこそベコハ村の教会へ。」
司祭が偉そうな人に近寄りもみ手をしながら言う。こいつが監査官か。
「確かに、ちょい田舎すぎるな。せやけどお米はうまいて聞くが」
「はい。今年は例年になくおいしく実ってあります」
「ほう。そら大変きれいな黄金色なんやろな?」
「もちろんでございます。帰りにご用意しておりますので」
「楽しみにしとるぞ」
「えっ?桂あれが?」
ぼくはロメリアと馬車の車輪に使われている木はなんだろか?と話をしていて、つい普通にしゃべってしまい、慌てて口をおさえる。すると、踏み台に立っていた監査官が髪の毛を押さえ、目を見開きこちらをみている。
「すみません。馬車に使われている木はなんだろと夢中で見ていたらつい、大きな声を出てしまいまして」
「おっきな声で独り言を言うんは、控えるように」
髪の毛からゆっくりと手を離し、踏み台から降りると司祭と握手をする。
「それではまずはこの教会の収入源である田をみていただき、昼食後、村を案内します。イベリス、ストック案内を頼むよ。ウイル、ガウラ。護衛をよろしく」
いつもはリチアがやっている事を、今日ばかりはいかにもという感じで司祭が取り仕切る。監査官は頷くと司祭と二人で今来たばかりの馬車に再び乗り込む。監査官の前の馬車にはイベリス、ストックが。後ろの馬車にはウイル、ガウラがそれぞれ乗り込み、また行列を作って教会の敷地内から出て行った。
行った行ったと言わんばかりにミレはさっさと教会に戻ってゆく。リチアは姿が見えなくなるまで一応見送ると、教会へと戻って行った。
さて、ぼくはどうしようかな?毎日、朝にならないと何をするかわからないから予定が立てられないや。
「のうミサキ。今日はなにをするのじゃ?やっぱり色街か?」
「あのねえ、なんでそうなるの?休みになったからってそんな場所はいかないから。今日は寝るの」
「若いのに腐っとるのう。若いうちは遊び歩きしなければもったいないじゃろ」
「ロメリアが遊びたいだけだろ?一眠りしたら行くから、今日は寝かせてよ」
ぼくも教会に戻り、大部屋に入るとベッドに倒れこむ。さほど快適な寝心地ではないが、ちゃんとした場所で眠れるだけありがたいよ。下手をしたら山で野垂れ死にしてたかもだしな。
目の前で飛ぶのはハエか?コウモリか?今日に限って元気すぎるロメリアが、仰向けになって寝るぼくの目の前をずっと飛び続けいる。気になって眠れない。何度となく寝返りをうつが気になって気になって。
「あーもう。気になって眠れないだろが」
「なにかしたか?たまには飛ぶ訓練もしなきゃなまってしまうからのう」
「わかったから、どこか連れて行けばいいんだろ?まったく」
「うむ。やっと動く気になったか。それではオネエチャンのいる店へ」
「お昼を屋台で買って山だな」
「山はいやじゃ。またあそこに帰るのは」
ロメリアがぼくの服を掴んで叫ぶ。
「わかったって、違う場所にいくって」
「山に行ってわしを捨てるつもりなんじゃろ?」
泣きそうな表情のロメリア。
「しないから。もう、早くしないと置いて行くよ」
「わかったから連れていくのじゃ」
あまりからかいすぎたらかわいそうかな?半べそをかいているロメリアが髪の毛に乗ったのを確認し廊下に出る。廊下に出ると礼拝堂で誰かが言い合いをしている声が聞こえてくる。あれ?今日みたいな日でも教会での業務ってやっているんだ。関係はないからいいかと思いつつ、なにを言っているのかつい聞き耳を立ててしまう。
「彼は無実なの。なのに何で捕縛なのよ」
「誰のことだかわかりませんが」
ひとりはリチアかな。もう1人の人は女性なのはわかるんだけど。こう言う場合は気にせず通り抜けるのが正解かな?
「ザリスよ。アルモンドザリス。あなたたちがこの教会から追い出したザリスよ」
えっ?ザリスってあのザリスだよね。
「ほうザリスが捕縛とな。ミサキが騙して売った物に苦情が出たんのかのう」
「いやいやいや。だったら大変じゃないか。ぼくが売ったのが原因だなんて」
「助けるのか?」
「ぼくが原因だからね」
聖堂に急ぎむかう。その間も二人の会話は続いている。
「あー。ザリスですか。彼には内乱罪の容疑がかかってます。人を集めて教会を排除しようとする動きがあったとの事で、軍より逮捕状がでてますので、捕縛しました。それが何か?」
「だから、彼は無実なの。商売仲間と飲んでいただけなのに、なんで内乱罪になるの?邪魔だからって汚いわよ」
「真実は明日の裁判でわかりますから」
「何が真実よ。あんな色が変わる液体で何がわかるって言うの」
「お引き取りを。あまり騒ぎ立てるようならあなたも捕縛しますよ」
内乱罪って?教会を排除?
住居部と聖堂を仕切る扉を少し開け、聖堂の中をのぞき見る。聖堂にはリチアとアリアがいる。いつもと同じく表情をひとつ変えずにいるリチアに対して、鬼のような形相のアリア。やがてアリアはリチアを睨んだまま聖堂から出て行った。
「助けるのか?」
「山で迷子になっていたのを助けてくれたのはザリスだからね。ここで借りを返さないといけないかなって」
「ミサキは相変わらず甘い男よのう」
ぼくは静かに聖堂の中を通り抜けると、大通りに向かっている途中のアリアを走って追いかけると声をかけた。
「アリアさん」
息を切らし声をかけたぼくに気が付き、アリアが立ち止まりこちらを振り向く。
「さっき聖堂で聞いてしまったんですが、ザリスが捕縛されたって」
アリアは、あっ、と言う表情をしたあと、ぼくの事に気がついたのか、いきなり大粒の涙を流して泣き始めた。




