ラムズ教会9
よるの礼拝堂はかなり不気味だ。夜の明かりがランプしかないと言うのも、なんか不気味さを強調してるように思え、出かける事をためらってしまいそうだ。
「帰ったらだめ?って言ったら怒られる?」
「当たり前じゃ。せっかくお金も手に入ったんだし。これで買いに行かぬと言えば、ミサキを異空間に収納するしかないかのう」
「やだよ。なにげに怖い事を言うのやめて」
「大丈夫じゃ。わしは本気だからのう」
生き物まで収納できるのかよ、もうなんでもありだなぁ。
「しかしさっきの最後の勝負、10の札がいきなり2枚来た時は肝を冷やしたぞい。開いて見たら見間違いだったから良かったが」
「見間違いじゃないよ。本当に10の札が2枚来ていたから」
「なんと、ではどういう事じゃ」
「簡単に言うと広いだね。あいつらもやっていたけど、勝負が終わって置いてある札の山からいる札を拾って、自分のいらない手持ちの札から入れ替える」
「それでか、わしが見た札と開いた札がいきなり違ってきたのは」
「下手過ぎて見えていたからね、それに最後の勝負、10の札は山の中に残り1枚しかないはずが手元に2枚あったり、終わった札の山にあったはずの10の札が全部なかったり。何をしたか容易に分かったから、山から札を取るふりをして、自分の札とあいつらの札を交換したのさ」
「しかし、やつらも10の札を持っていたじゃろ?10の札を交換したはずが10の札を掴んできてしまったとかになるとは思わなかったのか?」
「あいつらは必ず高い札を左手に置くからね、右手の札を掴めば間違いないよ」
「ミサキの手札が合計が13になったのも広いの技か?」
「あれは山に残っている数字がだいたいわかればできる、カウンティングって言う技だよ。出た札をすべて記憶すればいいだけだから簡単でしょ」
「ミサキよ、それは簡単とは言わぬ」
「そう?でも、いざって時は切り札もあるから」
僕がわざとらしく空中をつかむと、指の先には松と梅の柄が書かれたカードが現れる。
「なんじゃ、まさか札を隠し持っていたのか?」
「普通だろ?負けるとわかって勝負なんてしないよ。勝つためには技を駆使しないとね」
「ミサキはやっぱり手癖が悪いのう」
「技だから、盗むとかってための技術じゃないから」
秋と言うにはちょっと今日は暑い感じがする夜だった。
教会から東に少し進んたところにある、大通りに面した酒屋に入る。さすがちょっと高そうな店と店の間にある酒屋だけあって、並ぶお酒の値段もとびきりだ。なにが飲みたいのかとロメリアに聞くとワインがいいと言う。何度も買いに来るのはしんどいなぁと思い、白ワインと赤ワインを2本づつ購入する。それでもまだ少しお金が残ったので、あいつらにもお酒を買って帰るかな、と安いワインをもう一本購入して教会に戻る。
教会の居住部、大部屋に戻ると先ほどまでいた二人の姿はなかった。テーブルもカードもそのままに置かれていたので、戻ってくるんだろと、ロメリアとお酒を飲んでいたが、結局二人は帰って来ることなく、僕はそのまま眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、テーブルやカードはきれいに片付けてあった。いつの間に来て片付けをしたんだろうか?帰ってきたのにいないって事はもう朝ごはんになるのかな?
ロメリアにご飯になるみたいだから行くよと声をかけるが起きようとしない。揺り起こしても起きようとしない。仕方がないので寝たらままのロメリアを髪の毛の上に乗せ、炊事場へと向かう。
廊下を歩いていると何やら怒鳴り声が聞こえてくる。イベリスとガウラが何か言い争っているようだ。近づくにつれ会話が聞こえしているくる。
「いつもムカつくんだよ。働きもせずにいい所ばかり持って行きやがって」
「はあ?てめらこそ米ばかり作ってやがって、教会の仕事の何をしてるって言うんだよ」
「やめろよイベリス、そんなん言ったってしょうがないだろ」
「なに水を差しているんだよ。ガウラ、こんなやつやっちまえ」
「やるならやってみろ」
「叩き斬ってやるよ、このくそイベリス」
食事の取り合いで揉めてるのは目にしていたけど、今日のはやけに激しいが、イベリスのなんか八つ当たりかな?
「なんや、朝から喧嘩かぁ?」
「ロメリアおはよう。なんかそうみたい、食べ物を取った取らないから発展したのだと思うけどね」
まあ、毎回やってるのだから簡単に収まるか、と炊事場を覗くと、包丁を手にしたイベリスがガウラに向かって振り回している。武に心得のあるガウラには当たらないが、ガウラの目がすでにやばい雰囲気を出している。止めに入ったら逆に殺られそうな雰囲気だが、相棒は止めないのかよ。男どもが何も出来ずにいると、突然怒号が飛ぶ。
「朝からうるさいんだよ。大人しく飯も食えないのか?」
ミレだ。その声に乗って宙を舞うように飛び込んできた影は、ガウラとストックを殴りつけた。とたんに二人は動きを止め微動だにしなくなる。
「お前らうるさい。ミレ様のお耳汚しなんだよ。大人しく飯を食え」
またあいつだ。あいつがなにか言うと、言われた者たちは大人しくなる。操作系?気がつくと目の前には猿のような全身を毛で包まれたミレの精霊が。
「なんだ!」
思わず口にしてしまう。
「お前、やっぱ気に食わねぇなぁ。ここで死んでおくか」
「うるさいのう。去れこの獣が」
ロメリアのその命令に反応してなのか、ミレの精霊はいきなり姿を消した。
『あれはなんなんだ?』
「どうやら操る系の精霊のようじゃな。それもそうとう悪い部類の」
『前に話してた呪われたってやつ?』
「たぶんだかのう、確信はもてぬ」
皆が何もなかったように席につき、リチアのいつもの朝の挨拶が始まる。
「今日は水の販売会があります。多くの人々が集まるので注意して動くように。ウイル、ガウラ。警備を」
「はいよ」「いつもの門番ね」
「イベリス、ストックは購入者の誘導を」
「ちょっと今回は人出が多そうだな」「明後日、販売会があるから、それ目当ての人が来てるしな」
「ウエーダーはお金の徴収係りを」
「はい?」
「それではいただきましょう」
何を考えているんだ?信用してお金の係にしたってわけではなさそうだよな。なんか裏がありそうで怖いなぁ。
いつものように食事をすませ、余った朝食はロメリアの空間収納に保存してもらうと、礼拝堂に移動する。居住部の扉を開ける前から聞こえてくる雑踏に、何時から始めるのかわからないけどもう人が集まって来ている事に驚く。そして礼拝堂に入ってもっと驚く。50人も入ればいっぱいになってしまうような礼拝堂に100人近い人々がひしめき合い、外にまで行列を作っている。水の販売会なんて言っていたけど、いったいなにをするんだ?
ぼくは詰めかけた人々をかき分け祭壇近く、とりあえずリチアの見える場所まで移動する。ほどなくして礼拝堂入り口から司祭が現れる。礼拝堂内の人々が左右に寄り、中央にできた通路をウイルとガウラに守られるようにしながら入場し祭壇に上がると、精霊像に一礼をしてから、祝福の言葉が読み上げられる。その後、教壇にある小さな精霊像に、ポケットから取り出した小瓶の液体をふりかけ何かをつぶやく。近くにいたリチアが壁ね一部を押した気がした。すると人々の歓声とともに小さな精霊像の持つ水瓶から水が流れはじめる。
「さあ、祝福された水が精霊さまよりもたらされました。どうぞ皆さま寄付をお納めの上、貴重な水を持ち帰りください」
販売会って、寄付と言う名の水売りかよ。
「ウエーダー。行きますよ」
悪徳宗教も真っ青だなだ。
ぼくはリチアとともに司祭が立つ祭壇の下に行くと、集まった人々からぼくがお金を受け取り、リチアはビンを受け取り司祭に渡す。司祭はそれに精霊像から湧き出る水を入れリチアに返す。そんな流れをずっと繰り返す。寄付金の相場は銀貨3枚から多い人で金貨5枚。ぼくは受け取ったお金をひたすらお米を入れてあった麻袋に入れてゆく。麻袋はたちまちといっぱいになり、山になってゆく。
「のうミサキ。麻袋、1個くらいなくなってもわからないだろ?」
『きっとわかるって、なんか獣人の二人がさっきからチラチラ、ちらちら見てるからね』
「ふん。こんなお金、こやつらにはもったいないは。わしが有効に使ってやるわい」
『ロメリアの言う有効な使い方って、酒とご飯だろ。なんの有効な使い方じゃないじゃん』
「いや、こらつらよりはましじゃ」
確かに、こんなに大金があるのなら、少しもらってもいいかな?と頭をよぎらないでもないけど、どんどんと積み上がっていく麻袋をみていると、お金がお金ではないように見えてくる。
お昼の鐘がなってからも水を求める行列は途切れることをなく続き、気がつくとお昼も食べられず夕方になっていた。
「疲れた」
最後の水を求める人が帰り、精霊の水はリチアによって止められると、本日の販売会は終わりとなった。ぼくの後ろに積み上がった麻袋は12袋くらい。いったいいくら稼いだんだろ?ぼうっとしている暇もなく、リチアから指示が出る。
「倉庫から台車を持ってきて、司祭の部屋まで運ぶように」
休ませてくれないの?他の人は座ったりしてやすんでいるのに。何を言ってもダメそうで、仕方がなく倉庫から台車を持ってくる。
台車に乗った麻袋は6個。これ以上乗せると壊れそうだ。とりあえず運ぼうとするとリチアと獣人の2人が現れ、ガウラは残ったお金の警備、リチアとウイルが運ぶ僕についてくると言う。子供の使いじゃないんだから、そう思いながら台車を押して行くと、ちょうどサウナ室に近づいたあたり、ウイルがいきなり持っていた剣を抜きぼくに突きつけた。
「これはいったいなんの真似ですか?」
「ミサキよ、やれと言われば秒で始末するぞ」
髪の毛でくつろいでいたロメリアにも緊張が走る。
『ロメリア、ちょっと待って』
「お前、お金をくすねただろ?」
どこをどうしたらそうなるのか、言っている意味がわからない。
「意味がわかりませんが?服を脱いで検めますか?」
「その必要はない。なあ、リチア」
ぼくとウイルの視線がリチアへと向く。するとリチアの背後から出てきた中年の女性がいきなりぼくの目の前に止まり、話かけてくる。
『お前はやったのか?お金を取ったのか?さあ、教えておくれ』
なんだこいつは?「ほう。こやつは人の心を読む精霊か、ふたり揃って悪い精霊を従えておるとは、面白いのう」
『面白がってないでなんとか助けてよ』
「こんなやつはほっといても帰るさ。手出しは出来ぬからな。問題はオオカミ野郎だ。雷でも食らわすか」
ロメリアの言った通り、精霊は音もなくリチアの元に戻ると、何かを呟き背後へと消えていった。
「残念ながらお金は取ってない。行きますよウイル」
「ちっ。命拾いしたなぁ。前の奴は盗んでいやがったから、その場で首をはねてやったのによう。今度のやつは真面目すぎてつまらねえなぁ」
こいつ人をなんだと思っているんだ。思わずロメリアにやっちまえと、でかかった言葉を飲み込み、後を追うように台車を押してついて行く。
司祭の部屋の中にある鍵のかかった小さな部屋に入る。棚がいっぱい並ぶ倉庫のような部屋の中には、それ大切なのか?と思われるような物が並んでいる。その部屋の1番奥に無造作に積み上げられた麻袋。そこに置けと指示され置いた時、積み上げられた麻袋からも金属音がした。もしかしてこれ全部お金かよ。こんな場所に保管して、泥棒が入るとか思わないのか?
無造作に積み上げられていく麻袋。全部のお金が運び終わると、再び部屋の扉は閉じられ、普通に鍵がかけられた。
食事にはまだ早いと言うのに、作業が終わったぼくたちは食堂にと集められた。ニコニコ顔の司祭。その隣で表情一つも変えようとしないリチアと、いつもつまらなそうなミレ。なにがうれしいのか、テンション高めな獣人の二人と人間の二人。珍しく司祭が皆に向かって話はじめる。
「本日は良く頑張ってくれた。いつもより多くの寄付が集まった」
「おー」男たちが低い声で言う。
「そこで今日は多めに給金を支払うから、ハメを外さないように」
「そりゃウイルだけだろ」
「なにおぅ」
「はははははは」
朝、喧嘩をしていたはずのイベリスが、ガウラに突っ込み入れたのに、笑って返している。なんなんだこいつらは。
リチアから1人1人にお金が入っているのであろう布袋がわたされる。皆が皆、早速に中を確認しますますニヤついている。
「ウエーダー、あなたにもありますから」
そう言って手渡してくれたのは金貨2枚だった。まあ、前回の銀貨1枚だった事を思えば、やけに奮発はした感じかな。お金が全員に行き渡ると、男たちは先を競うように部屋を出て行った。
「ウエーダー。今夜は夕飯はありませんから、自分でなんとかするように。あと色街に行くなら西区に良い場所がありますから」
「姉ちゃん、行こうよ」
「わかりました。司祭さま、行きましょうか。馬車が来ているはずですから」
「今日は隣町か。奮発したなぁ」
司祭が司祭らしからぬおしゃれな服装をしてることにびっくりした。リチアもミレもあまり普段とかわらないのに。司祭なのにやっぱり女性関係の店に行くためのおしゃれだったらするのだろうか?
いそいそと出かけて行く3人を礼拝堂の入り口から見送った。
「さて、ぼくたちも行きますか」
「ほう。色街か?楽しみじゃのう」
「違うよ。夕飯を買いにテント広場に行くんだよ」
「なんだ違うのか。オネエチャンと遊べると思って期待してたんじゃがのう」
「ロメリアは何をするつもりなんだよ。まったく」
礼拝堂の入り口に一応、鍵らしきものをかけ、ぼくはテント広場を目指した。