ラムズ教会8
あれから結局、床についた血を拭き取るのに30分以上かかってしまった。残業代はでないのか?
「ミサキよ。お腹がすいだぞ」
「僕もお腹が空いた。お昼からなにも食べてないもんなぁ」
時間がわからないが、炊事場を覗いてみようかと扉を少し開け中を覗くと、夕飯のおかずがもう届いていた。いい匂いだ。つまみ食いしたら駄目だろうか?
「ミサキよ、お主良からぬ事を考えておらぬか?」
「考えるわけないだろ。見てるだけだよ」
「本当に考えているだけですか?」
背後に音もなく現れ、僕に話しかけてきたのはメガネが特徴的なストック。彼もまた匂いにつられてやってきたみたいだ。
「わぁ。あっ、今日はお疲れ様でした」
「夕食、気になるよね。お米どうだった?おいしかった?」
「それはもちろんです。いつも食べるお米なんて比べものにならないくらい」
「そうだろ、そうだろ。俺ら2人が作った米だからね3日後には販売するから、買ってくれよな。あっ、お金があったらだけどね」
いいヤツかと思ったら、やっぱり嫌なやつだった。ここにいる人々は何かにつけて人を見下している気がする。「そりゃ、おぬしが労働者だからじゃな」
「やっぱりそう言うもん?」「自分より下の地位の者を見下す事により、今いる地位の幸せを感じる事ができる。単純な理由だが根は深いのう」「気楽に言ってくれるね」「わしには関係のない世界だからのう」「とか言ってロメリアも地位に縛られていたりして」「ミサキの夕飯、全部、空間収納してやろうか?」「やめてくれ、買いに行くにしてもお金がないんだから」「うむ、夕食後のお酒を買いに行く手間で許してやろう」「はいはい」
大部屋に戻り、今日は珍しく夕飯時にいるイベリス、ストックのバカ話を聞きながら、手品のネタ帳を眺めていると、夕飯時になったようで、2人が勇んで部屋から出て行く。僕もあとをついて行けばなんとかなると、炊事場に向かう。
炊事場、机に並んだ入れ物の蓋が開いており、今日の夕飯はさいの目に刻まれた色とりどりの野菜が入ったスープに白いパン、ちょっと黒い豆を煮込んだもの。煮豆みたいなのを皿に盛ろうとしたら、ロメリアは苦手らしく、いらないと言われてしまった。「好き嫌いは良くないぞ」「嫌いな物は嫌いなんじゃ」子どもかよ。
今日は珍しくイベリス、ストックが食卓にいる5人プラス僕とロメリアが顔を食卓を囲む。いつものようにリチアが一言いい、食事は始まる。まあ、獣人がいないと何故にこんに静かな食事風景なのだろうか。誰も会話をすることなく、さっさと食事を済ませ部屋から出て行った。
「相変わらず皆早いなぁ」
「相変わらずミサキはゆっくりだのう」
逆にそうなるか、僕は食事がのんびりすぎるのか。
「のんびりでも構わぬが、酒がないと間が持たぬのう」
「ここじゃ飲めないからなぁ。今日のは後で買いに行くから。あっ、でもあいつら居るよなぁ。」
僕は食事の片付けを終え、大部屋へと戻る。まあ、どこへも行く気配もなかったから二人は居るよね。大部屋の中、窓の近くで二人はテーブルを囲んでなにかのカードで遊んでいる。部屋で飲めないならテント広場でも行って、屋台でお酒を売ってる店で飲むのもありかな?治安がわからないけど。僕はそっと部屋に入り、トランクバックからなにか顔を隠せる布がないかと探していたら、二人に見つかってしまった。
「ちょうどいいところに、今ゲームをやってたんだけど、ウエーダーも仲間に入らないか?」
残念イケメンのイベリスが声をかけてくる。
「はぁ、でも僕はゲームの事まったくわからないですから」
異世界のゲームなんて知らないよ。トランプだってない世界なんだし。
「なーに、配られた手札の数字の合計が13になるようにするだけのゲームだから、誰でもできるって」
今度はメガネ野郎のストックがそう言う。
「はぁ」
どうやら逃がしてはくれなそうだ。仕方がなく彼らのいるテーブルにつく。
トランプの半分くらいのちょっと厚みのあるカードが机に並ぶ、カードの表面には数字ではなく花が描かれている。
「カードに強い弱いはあるけど、とりあえず数字だけ覚えたら遊べるゲームだから、まずはこれが1」
そう言って見せられたカードには松の絵柄。2は桜、3は藤。うん?これって日本の花札の数字だよね?なんで花札がかこの世界にあるんだ?それ以降も数字の説明が続き
「12は桐でこれで全部、1つの数字につき4枚あるから合計48枚のカードね。これでゲームをするけど、とりあえずやってみたほうが早いから」
ストックが慣れた手つきでテーブル中央に集められたカードを混ぜあわせると、表裏をあわせてひとまとめにすると、トランプのように切って裏返した状態の山を作って置く。そこから一枚づつ順番に手元に持ち、2枚持った時点の数字でもう一枚引くか判断するようだ。2回回りカードを引いた所で手元にある数字は萩と桜で合計10。様子がわからないからそのまま待つ。イベリスはカードを引き、ストックはそのまま。カードを場に見せあう。ストックは紅葉にヤナギ。紅葉が10で柳が11で普通なら合計が21で失敗となるが、10以上は1桁の数字でも良いらしく10と1を選択し11。イベリスは3枚の合計が18で失敗。僕より高い数字のストックが勝ちとなり、ストックのかけていた金額の倍を負けた2人が払うのだと言う。もし、数字が失敗していたり、絶対に勝てないと思ったらどうするか?掛け金を勝った人に渡して降りるんだそうだ。なんか色々なゲームが混ざっているような気がするが、そこは異世界なんだろう。僕はお金がないと言うと、二人はいきなり銀貨を10枚も貸し付けしてきた。少ない金額で二人で嵌めて借金漬けにしようとしてるんだろ。
「まかせろ。わしが二人の数字を見て教えてやるからのう」
やけにロメリアはノリノリだ。そこまでしなくてもね、熱くなって負ける事はないと思うけどね。
ゲームは僕が消極的すぎるのもあるのだろうけど、あまりお金が動かない。勝ったり負けたり、銀貨10枚から増えも減りもせず。そのうち二人の顔に焦りがでてくる。そしてイベリスが机を指で叩き始める。これはなにかの合図だなと思ったゲームから異変が始まる。ロメリアが教えてくれた彼らの持ち数字が、場に置かれたとたん変わっているのだ。それが1回と言わず何回も続き、僕の目の前にあった掛け金の銀貨は一枚になっていた。
「どうだウエーダー、次がラストだからでっかく賭けるってのは」「そりゃいいねぇ」
ふたりは息を合わせたように金貨5枚を場に掛けた。
「まさかこれで降りようって言わないよな?」
こうやって二人は何人の賭け事を知らない人を騙してきたんだろうか?
「ミサキ、大丈夫なのか?奴らはおかしな事をしよる。わしが見た数字とは違う数字が場に置かれるんじゃ。信じてくれ」
ロメリアがなんか焦った口調で言う。いつも余裕ある素振りしかみせないロメリアが珍しい。
『大丈夫だよ。ロメリアはなんら間違ってない。むしろロメリアのおかけで、すべて見通せた』
「なんじゃそりゃ」
「いいですよ。受けましょう」
僕の言葉でゲームは再開される。時計回りに一枚、また一枚と手札を取り確認する。僕の手札は10の札が2枚。普通ならこれで勝負となるのだろうが、他の二人をみると、二人はニヤリとしながら2枚の札を伏せの状態にして場に置く。
「オレはこのままでいい」「おれもこれで勝負だ」
僕それに習うように場に手札を伏せて置くと、もう一枚とコールする。手にした札は4。ロメリアが終わったとがっくりと肩を落とす。僕はそんな事はお構いなしにもう一枚コールする。二人が笑ったらいけないと言うように口を押さえて肩で呼気し始める。もう一枚とコールしたときには、ついに二人は吹き出して笑いだした。僕の前には5枚の手札が並ぶ。
「そんなに手札集めて、数字が超えたら負けだからね」
イベリスがゲラゲラ笑いながら言う。
「ルールは承知してます。大丈夫です。皆で一斉に手札返しましょうか」
勝ちを確信している二人はなんのためらいもなく札を返した。イベリスは10と10の札。ストックも10と10の札。そして僕の札は1、3、4、2、3。合計13。
もちろん僕の総取りである。唖然とする二人。僕はそんなの気にもせず金貨を回収すると、テーブルの中央に金貨を一枚置く。
「銀貨10枚の返却です。あつ、銀貨1枚も利子につけておきますね。これで貸し借りはなしって事で。お金が手に入ったので、お酒を買いに行ってきますね」
僕が席を立ち、大部屋から出ても二人は言葉を発する事なく、その場に固まったようになったままだった。




