そして酒を喰らう
「今日はありがとうございました。今、お酒とおつまみ買って来ますから待っていてください」
ザリスがお金の入った袋を手に広場の中心に向かって走ってゆく。そんなにわてなくてもと声をかけるがあっという間に姿は見えなくなった。
「のうミサキよ、お主、詐欺師じゃったのか」
「はぁ?そんなわけないだろ。手品は騙すための行為じゃないし」
「乳液じゃよ。あんなに効き目があるようにうたっておいて、あれは詐欺じゃろ」
「ちゃんと言ったよ。効果を薄めたのがこの乳液ですって。だから問題ないよ」
「なんちゅう屁理屈じゃ。まったくお主は孤独を好むのかと思えば、人前で大胆な行動をして見たり、わからぬ男よのう」
「人前で芸を披露するのはなんか楽しいじゃんね、でも人と集まって何かするってきついんだよね」
「そんなもんかのう」
しばらくして、両手一杯に抱えきれないほどの荷物を持ってザリスが戻って来る。何をそんなに買ってきたんだ?ザリスの馬車の運転台近くに置かれたテーブル。そこに持ってきた荷物をどかっと置く。おつまみにお酒にコップにお皿にホーク。確かにみんな売ってしまったが、わざわざ買って来なくても。
おつまみはどこまで行ってもだいたい同じなのだろうか、木の実に干し肉、変わったところで半月の形をしたコロッケのような揚げ物。
「ミサキ、早くその揚げ物をもらうのじゃ」
『慌てるなって、こういう時のマナーはとってもらってから手をつける物だから』
コロッケのような揚げ物の上でクルクルと飛び回るロメリアに小声で答える。
お酒の瓶のコルクが抜かれ、目の前のコップに注がれる。琥珀色の液体、これはワインか。
「珍しくワインが売っていたのでこれは飲むしかないなって、同じものお礼に買って来ましたが大丈夫でしたか?」
「うむ。ワインは嫌いじゃない」
『ロメリアには聞いてないって』
「だ、大丈夫です。そんな高いお酒じゃなくても良かったのですが」
「これだけ売り上げを出してもらって安い酒で良いと言うわけにはいかないでしょう、さあそんなことより暖かいうちに食べて飲みましょう」
目の前に置かれたお皿にコロッケのようなものを1個とりわけ置いてくれる。
「ミサキ、はよ切るんじゃ」
『わかっているって』
ナイフを手に取りコロッケのような揚げ物を半分に切ってみる。中からはひき肉とじゃがいもだろうか、コロッケのように混ざってはいないが層になって入っているのが見えた。ロメリアが食べやすいようにもう少しナイフで小さく切っていると、ザリスがワインを注いでくれる。琥珀色の液体、赤ワインのようだ。
「これ、うまいのう」
お皿の周りにこぼしながらロメリアがさそっくとコロッケのようなものを食べている。
『もうちょっときれいに食べられないのかよ』
食べてもいないのに減っているのはおかしいことになると思い、僕も半分に切ったものを口に運ぶ。
「あ。美味しい」
思わず口から出てしまう。教会でもらっている食事がまずいわけではないのだけれど何か足りない。それが何かはわからない。
ワインを口に運ぶ。味はこっちの世界のお酒も、地球のお酒も変わらないんだな。
「ワインは口に合いましたか?」
「もちろんです」
ザリスが心配そうに聞いて来る。こちらが笑顔でそう返すとザリスは満面の笑みを浮かべた。
「わしにも飲ませるのじゃ」
切った半分のコロッケのようなものを食べてしまったロメリアが今度は飲ませろとコップの周りを飛び始める。僕はそっとグラスを傾け、ロメリアが飲みやすいような位置にする。コップに顔を突っ込み勢いよく飲むその姿は、まるで蜜に群がる昆虫のようだ。一息つくようにロメリアがコップから顔を出す。
「このワインの色を宝石に例えるならガーネット。赤く力強い色の見た目に反してさらりとした喉越し、喉を抜ける時の香りはオレンジのよう。今が一番だと語りかけてくるような・・・」
『ロメリア、うるさいよ。まったく、僕が勤めていたバーにもこういう客いたけどね』
「ほう。その客とはどんなんじゃった?」
『見るからに身なりはいいおじさんなんだけどね、若い子を捕まえてはうんちくを言うからめちゃくちゃ煙たがられていた』
「ぐぬぬぬ。わしはおじさんではない」
「はいはい」
「あのう、ヒゾーレスもう一個いかがですか?」
ザリスがコロッケのような食べ物を指さして言う。あれはヒゾーレスと言うのか。
「うむ、もう一個もらおうか」
『ロメリアに聞いているんじゃないの』「いただきます」
空になったお皿にヒゾーレスをとりわけてもらう。早速4等分に切り分けてみるが、このまま放置してたらロメリアが全部食べちゃいそうだな。
「あのう、一つ気なったのですが、こちらの村ではあまりお米を主食として食べないんですか?気のせいかもですが教会の食事はパン食が多かったもので」
「気のせいではないと思いますよ。実は庶民にはお米は高価で買えないんですよ。からだからまだまだ安価なパンを主食として食べる。ちよっとおかしいですよね」
「こんなにたくさん作っているのに高いんですか?不作が続いたからとか?」
「ここ数年は豊作のようですよ。まあ、はっきりした事はわからないのですが、教会が農業に手を出してからだとか」
教会と農業。普通に考えたらまったく関係はないと思うのだが。
「農奴と呼ばれる人々は基本、領主さまから農地をお借りして耕作をし、できた作物の一部を税として収め、残った物を自由にする事により生活を営んでいるのは知ってますよね?この村も昔はお米を作り、みな豊かではないものの不自由らない暮らしをしてきました。しかしある日突然、教会に司祭としてやってきた彼らによって事態は一変したんです。重い税の交付に不作。一人また一人と借りた土地の税のためにと、教会から借りたお金が払えなくなり身を売り、教会はその農地の権利や人間を借金の代わりとして買いたたき、ついにこの村の農地はすべて教会の手に落ちました。それからです、お米の値段が跳ね上がったのは。そんなわけで、お米は私たちみたいな者には食べられないんですよ」
僕は話の内容が重すぎて、どう返していいか答えにつまってしまった。
「すみません、酔うとつい愚痴ってしまうもので。さあ、飲みましょう。まだお酒もおつまみもいっぱいありますから」
ザリスがお酒をコップから溢れるほど注ぎいれてくれる。それを横から一生懸命にこぼすまいと飲み続けるロメリア。
そしてザリスの行商で聞いた、嘘のような各地の噂話に笑い、飲み、そして食べ、時間はたちまちと過ぎて行った。




