ガマの油売
「何でついて来るんだよ!」
「何を言っておる。契約したのだから当然じゃろ」
木々の間に整備された遊歩道に僕の声が響く。ロメリアの話が本当なら、契約した人にしか聖霊は見えないって事で、この会話も僕の声だけ響いているんだよね。ふわふわと浮いてついて来る精霊のロメリアと僕は、登山道を下っている。馬車のくねくね道じゃなくてもっと近い登山道があるなんて。馬車道は馬のものやら獣の物やら、挙げ句の果てには何かの死骸まで落ちてるし、坂道ってだけでも辛いのに最悪だったからなぁ。最初から登山道を知っていたら・・・ていうかそんな事よりこいつを何とかしないと。
「契約って言うけどさぁ、それって双方が合意した場合に成立するんじゃないの?僕は同意してないからこの契約は成立してないと思うんだけど」
「何じゃ、何にも知らぬのじゃのう。精霊との契約は名前のない精霊に名前をつけ、それを精霊が受け入れる事で契約は成立となるのが一般的じゃ」
「ほら、名前を付けてなんてないから契約成立してないじゃないか」
「慌てるでない。それが一般的だと言ったはずじゃ。わしのような特殊な精霊は、生まれた時から名前を持っておる。その名前を呼んでもらい、こちらも相手の名前を呼んだ時、契約が成立する決まりがあるのじゃ」
「名前を呼んだだけだろが。とにかく契約解除で」
「残念ながらそれはできぬ。普通の精霊は本人同士の合意によるものだから契約も人間側からなら簡単に解除できるが、わしとの契約は神が認めし物。残念ながらお主が死ぬまで契約は解除されぬのじゃ。どうじゃ、ここで死ぬか?さすればわしはもっと自由の身になれるがのう」
ロメリアが僕の目の前をくるりと回って悪魔のような笑みを浮かべた。
「死なねぇし。わかったよ、引き連れて歩けばいいんだろ」
「毎日、お酒とうまい食事を献上も忘れるでないぞい」
「そんな金あるわけないだろうが。僕は労働者だととかって、ろくにまともな職にすら就けない身分らしいって言うのに」
「心配するでない。お金ならしばらくは暮らせるだけは持っておる。それにお主ならわしを使って上手く稼ぐこともできよう。まあわしがついておるから心配するでない」
「僕は異世界でついにヒモ男かよ」
「さあ村に急ぐのじゃ、そして酒じゃ」
幽霊に取り憑かれるより質が悪い気がする。
行きに1時間以上かかった道のりも、下り坂に加えて登山道だった事もあってか、30分くらいで街道に出て来れた。あれほどはしゃいでいたロメリアは、はしゃぎ疲れたのか僕の髪の毛の中に座り込んで寝てしまったようだ。これでピヨピヨ言ったら鳥じゃないか。僕の髪の毛は鳥の巣じゃないいなだけどなぁ。
街道を村に向かって歩いていると、これから村に行くという馬車に声をかけてもらい随分と楽をして村に戻って来れた。村の入り口で降ろしてもらい、馬車の運転手にお礼を言っていると髪の毛で寝ていたロメリアが目を覚ます。
「話には聞いておったが随分と賑やかな村じゃのう。村と言うより街かのう」
「一応、村らしいよ。このテントで商売をしている人たちやそれ目当てのお客さんを見ると、どう見ても街だよね」
「ミサキよ。まずは酒を買うのじゃ」
「酒?着いたと思ったらいきなり?」
「当たり前ではないか、何をおいても酒が先じゃ」
「酒ねぇ」
広場を見まわしてみる。色々な店が出店しているがお酒を売っているような店は見当たらない。制限でもあるのだろうか?やたらに見て回っても疲れるだけだし。そうだきっと近くに・・・。
広場を東に向かって少し歩くと馬車の前に商品を並べた露店が目に入る。横の椅子に暇そうに座るのはザリスだ。
僕は近寄りすぐに声をかける。
「こんにちは」
「おお、ウエダさん。昨日以来ですね」
「何じゃこやつは」
ロメリアの問いに僕は小声で答える。
『この世界に突然連れて来られて道に迷っていたら、わざわざ声をかけてくれて村までつれて来てくれた商人でザリスさんだよ』
「ほう。そんな親切にしてくれるような人がまだおったんじゃのう」
『それ、言い過ぎでしょう。この世界の人の方が親切じゃないかな?』
「そうかのう?昔に比べたら人々は余裕がないような感じになっておるようじゃが」
そう言う人間の心の変化はどこの世界でも変わらない物なんだろうな。ロメリアの話を聞きながら、ザリスが売っている商品に目を向けて見る。フライパンや鍋、ティーポットに派手なお皿。そっか、日常的に使う物ばかり売っているけれど、そんなに壊れる物ではないから必要がなければ立ち止まってまではさんが言っていた見ないよね。そんな商品の中にあって、日用雑貨とは思えないような液体の入った小さな小瓶がたくさん並べられている。ふと気になって僕はその小瓶を手に取ってみる。
「ウエダさんはお目が高い。それは王都で大流行している乳液と呼ばれる化粧品で、寝る前につけるとお肌がツヤツヤになると言う魔法の液体なんですよ」
「これがアリアさんが言っていた売れる見込みがないのに買ってしまったというアレ、ですか」
ザリスがシュンとした顔をしてうつむく。
「売れると思ったんですよ。あの時は」
「これって1個いくらなんですか?」
「1瓶銅貨5枚!安くていいと思いませんか?」
安いから買うって物じゃないと思うのだが。
「あのう、もし売り切れにできるとしたら報酬にお酒を買ってもらえないでしょうか?」
「お酒?」
「そう、お酒。寝る前に飲みたいな、みたいな」
「それはかまいませんが、本当に全部売れるんですか?」
「ええ。もちろん。その代わり準備してもらいたい事が・・・」
僕はザリスに用意してもらいたい事を耳打ちをする。最初は驚いていたが用意して来ると言って広場に向かって走っていった。
「何をするつもりじゃ?お酒などわしがお金を出すと言っておるのに」
「実演販売にガマの油売りを合わせたような事をしようかなって。お酒はね、ただの僕のこだわりだから」
「どうせくだらない見栄じゃろ?まあ良い。だが実演販売とか、ガマの油売りとやら、またおかしな手品とやらをやるのか?」
「これは手品ってより大道芸って言うのかな。僕の住んんでいた所にね、客寄せのために興行という見せ物をするという伝統があって、その中の一つにガマの油売りって興行があるんだけど、それは刃物で何枚も重ねた紙を難なく切ってみせ、これは良く切れるんですよと見せてから自分の腕を切る。当然血が出るよね、その傷口に軟膏を塗るとたちまち血は止まる。これを今ならお安く販売しようじゃないかっていうのが、ガマの油売りってやつなんだ」
「実践しなくとも、そんなにすごい軟膏なら飛ぶように売れるじゃろ?」
「軟膏ごときにそんな効能はないよ。刃物も腕に当てる場所は歯が潰してあって、血糊までつけて切れたように見せる。そこに軟骨を塗ればそれはそれは血が止まったように見えるってやつさ」
「何じゃ、ただの詐欺か」
「小さな傷なら止まるから詐欺とまでは言えないかな。まあ誇張はしてるけどね」
「そんな手法でどうやってこの乳液とやらを売ろうと言うのじゃ?」
「まあ見ていて」
まもなくして、ザリスが5歳くらいの娘を連れた女性を連れてこちらに戻ってきた。
「お願いできたのが親子連れだけだったのですが・・・」
「大丈夫ですよ」
僕は親子に目を向けると、女の子は母親のあしにしがみつくように隠れた。
「すみません。変な仕事をお願いしてしまって、娘さんですか?」
「はい。今年で6歳になります」
「そうなんですか。こんにちは」
僕は座り込むと女の子にもあいさつをする。女の子はますます身を隠すように母の後ろにと下がった。
「ごめんね。少しお母さんにお仕事をお願いしちゃったけどすぐに終わるからね。そうだこれ」
僕は手のひらを女の子に見せると、大きく手を突き上げると空を掴む真似をする。そして空を掴んだままの手を女の子の前で開くと、ロメリアにあげたビーズ製のリングの色違いの物が手に乗っていた。
「これ上げるね」
「何じゃわしにだけくれたのではないのか。わしのは腕にさえ入らぬと言ううのに」
『ちゃんと後で直してあげるから、拗ねないの』
「拗ねてはおらぬは」
女の子は警戒しながらも、ビーズ製のリングを受け取った。
「マリ、お礼は?」
「あ、ありがと」
「どういたしまして。それでですね、このシールを頬に貼ってお客のふりをして立っていて欲しいんですよ」
僕は背負いカバンから黒いシート状の物を取り出してみせた。
「これは水で溶けるシートなんですが、見てもらった方が早いですよね」
黒いシートを少し手でちぎって腕に貼ると、それはシミができたように綺麗に張り付いた。そこに水を垂らして擦ると、それは何もなかったように消えてなくなった。
「シミが一瞬にして消えたって言う演出の手伝いをしてもらいたいんですよ、なので消えたら驚いてください。それだけで大丈夫です」
母親は戸惑いながらもやって見ますと答えてくれた。頬にシミのシールを貼らせてもらった親子は、人が集まるまでどこかに隠れてもらうように頼むと、行き交う人の中へと消えていった。
「本当にうまくいくのか?まず人はどうやって集めるのじゃ?」
『手品をする。まあ僕にはそれしかないからね。まあみていて』
僕はザリスの開いた店の中からゴミ入れらしき入れ物と新聞紙をもらうと、細工をしたのち店先の置きついに手品を始める。ポケットからトランプを取り出すと1枚、また1枚と空中に投げる。それは不規則に空中で回転しながら飛んで行くのだが、必ず戻ってきてゴミ箱に入る。何枚か飛ばしているうちに1人また1人と足を止める者が出て来る。ここぞとばかりに空中に飛ばしたトランプが大きな音と火柱をあげて燃え上がると、何だ何だと野次馬たちが集まってきた。
「ここに1枚のこんな絵柄のカードがあります。このカードは不思議なことに、このゴミ箱に捨てても捨てても手元に戻ってきてしまう、呪いのカードと呼ばれています。見てください」
ジョーカーの絵柄のカードをゴミ箱に捨てる。捨てましたよと手の平を観客に見せると、指先には捨てたはずのジョーカーの描かれたカードが。びっくりしたように捨て、汗を脱ぐそぶりをしてみせ手を見るとまたそのカードが。捨てても捨てても捨てても捨てても、カードは手元に戻って来てしまう。もう戻って来るなとばかりにゴミ箱にカードを捨て、ゴミ箱の入り口を手で覆い隠すと、突然ゴミ箱の中からカードが次々に飛び出して来る。慌てて拾い集める僕を見て、見ていた人々から笑いが起きる。
「失礼しました。僕は旅から旅へと渡り歩く旅芸人でハリーと申します。ここは良い村ですね、空気は綺麗だし緑は美しいし。そう、私この国に来て驚いた事があります。精霊がいる事。精霊ってすごいんですね、水を生み出したり、火を起こしたり、風を発生させたり。早速僕も精霊使いになって見ました」
ザリスの馬車の運転台から新聞紙を取り出してきて、観客にただの新聞紙であることを見せる。
「これに精霊の力を加えて丸めますと何と・・・」
新聞紙を円すいの形に丸め、そこに水を流し入れる。当然紙で水を受け止められるわけもなく、新聞紙から水は漏れてきてしまう。観客からは失笑が起き、何が精霊使いだ、語りかよなんてヤジが飛ぶ。
「願えばできると思ったんですけどね、そんなに甘い世界じゃなかったみたいですね」
新聞紙を裏返し、同じように円すいの形に丸めると、先ほどと同じように水を注いでみせる。今度は水が一滴も漏れて来ない上、水を入れ終わった途端に新聞紙を広げてみせると、水がない上に新聞紙が塗れている様子すら見受けられない。観客からどよめきが湧き起こる。
「悔しいのでインチキして水を消して見ました。僕らの住む国ではこう言うテクニックを披露する人のことを手品師と呼んでおります。はい。ただの大道芸です。しかし精霊使いの真似事はいくらでもできます。火を出したり水を消したり出したり」
再び新聞紙を円すいの形に丸めコップに注ぐような仕草をすると、新聞紙から水が勢いよく流れ出しコップを満たした。
「すごいでしょ。でもそれだけなんですよ。本物の精霊使いは出す水が違うんです。僕の出会った精霊使い様は命の水って言ってました。何が命の水かって、水に触れた肌の傷が一瞬で治るんですよ。信じられますか?こんなインチキをするやつの言う事など信じられないと思いまして、ここに水を持ってまいりました」
小さな薬の瓶に入った液体を、見にきていた観客に見えるように近くまで持ってみせて回る。馬車をぐるりと取り囲むようにできた観客の輪は、いつしか100人をこえていそうな雰囲気になっている。
「では、本物であることを証明しようと思いますが・・・そこのお母さん。そうですそこのあなた」
僕は打ち合わせしていたサクラの女性に声をかける。皆の前に現れた女性の頬には僕がシールで作った醜いシミがあり、恥ずかしそうにうつむいている姿と相まって同情を引いた。
「このシミを消えるか試したいと思います」
僕は小瓶の水をハンカチに湿らせると、そのシミを拭き取るようにして見せる。シールなので当然消えるのだが、そんなことを知らない観客はおーという声をあげる。
「このようにシミだろうが何だろうが治してしまうこの水なんですが1つ欠点が、量を間違えると治しすぎて肌を逆に痛めてしまうんですよ。だから精霊使い曰く、これを広める事は出来ないと。そこで僕は考えました、どうやったら安全に使えるか。薄めてみたり他の素材と混ぜたり。やっとの思いで完成したのがこの乳液と呼ばれる液体です」
ザリスの屋台の棚に大量に並んでいた瓶の1つを手に取ると、それ高く掲げた。
「この液体を手のひらにパールの大きさほど取り出しまして、気になる場所に塗り入れば、10日20日とたつうちには綺麗に消えてなくなる事間違いなし。今回はみなさまに使っていただきたくご用意させていただきました。お値段なんと、1瓶、銀1枚。えっ?高い。いやいや、これを作るのにどれだけ手間が掛かっているか。仕方がありません。今回は皆様のために2瓶で銀1枚。2瓶で銀1枚。もうこれ以上はお安くできません。赤字覚悟でございます」
「おう、にいちゃん、1セットくれるかい?」
観衆の中、屈強な男性がいきなり買いたいと申し出て来てくれる。
「ありがとうございます」
「おい。俺にも売ってくれ」
「こっちは2セットだ」
次から次へと買いたいと声が上がる。予想と違っていたのは女性の購入者より男性の購入者の比率が高かったこと。最初はザリス一人で対応していたが、あまりのお客の多さに僕も手伝いに入ることに。お客の熱量に商品を全てをぶち撒いてやろうかとすら思ったが何とか頑張り、乳液は1時間もかからず全て売り切った。それどころか棚に置かれていたいつもは見向きもされない商品達までもがついでに売れ、ザリスの店には売るものがなにもなくなってしまった。
「ウエダさん。めちゃめちゃ凄い事になりましたねぇ」
めちゃくちゃ嬉しそうにザリスが言う。
「こんなに売れるとは思いもしなかったですが、まずまず成功て事で」
「あっ。大変だウエダさん」
「どうしたんですか?」
「自分の使う食器まで売っちゃいました」
なんかどこかで聞いた事があるようなオチがついたところで、おあとがよろしいようで。




