大楠木の下で
朝日が差し込む頃、僕は目を覚ます。多分4時か5時か6時だ。いくら寝返りを打っても目を瞑っても眠れない。何でこんなに眠れないんだ。東京にいた時は寝ても寝ても眠かったのに。仕方がなくベッドから起き上がると洗面所の方を部屋からチラ見する。今日は居ないよな。足早にトイレに駆け込むと用を足し、再びトイレから廊下を見る。大丈夫だよな。胸を撫で下ろし、トイレから部屋に戻ろうとしていると背後に気配が。ゆっくりと振り返ると、そこには長い髪の毛で顔の全体を隠した女性が立っていた。そこで僕の記憶は途切れ、気がつくと床に倒れ込んでいる上に、脇腹に痛みと黒い靴跡だけが残っていた。
いてて、いったい何があったんだか。顔を洗い部屋に戻りベッドで少しの間ぼうっとしていると、炊事場の扉が開き、荷物が運び込まれる音がする。そろそろ時間かな。少し間を置いてから炊事場に行くと、司祭を筆頭にミレ、リチアが朝食を取り分けている。いつもならまだかと騒いでる人間の二人と獣人二人の姿が見えない。今日も来ないのだろうか?食材はいつもの通りの人数分届いているためかなり残っている。もったいないなぁと思いながら食堂に。僕が決められた席に座ると、視線の先にはいつものように司祭、リチア、ミレと横並びに座る3人の姿。今日はなぜかミレが睨んでくるのが気になるが、姉のリチアはいつものように誰がいようと興味がないような表情をしている。不気味なほどいつもニコニコしている司祭がリチアの方を見ると、リチアが食べましょうかといい食事が始まる。驚くほど早く食事を食べる3人。もしかしたら僕が食べるの遅いだけかもと思いながら、お皿をまとめている3人を見ていると、ツカツカとリチアが近づいて来ては言う。
「今日も昼と夜は食事がありませんから、自分でなんとかするように」
お金なんてもうないぞ、どう過ごせって言うんだよ。
「あのう、朝余った食事って、もらってもいいですか?」
突然ゲラゲラとミレが笑い出す。
「さすが下民のやる事は貧乏臭い。余った食事を食べるって。お前やっぱり家畜以下だわ」
逆にもったいないと思わないのか?あんなに余らせておいて。この子はどんな育ちをしてきたんだか。
「引き取りに来るまでだったらいくらでもどうぞ」
相変わらず表情ひとつ変えないまま答えると、ミレを連れて部屋を出てゆく。
食器と食堂を片付けると、食事のあまりを前に貰うと言ったもののどうしようかと考える。今日の朝食はパンとサラダ、付け合わせに鶏肉の蒸したものにフルーツが少し。おかずはパンに挟んでおけば食べられるか。残っていた4個全てのパンをハンバーガーのように半分に切っておかずを挟む。フルーツはお皿に取り涼しい場所に置く。 お昼をこんな教会で食べるくらいならどこか出かけてみるか。天気も良さそうだしね。街は昨日見たから、今日はあの大きな木のある丘にでも登って、景色を見ながら手品の練習でもするかな。
僕は早速パンを2個は紙袋へ、もう一方はお皿に置きフルーツと同じ場所に置くと、部屋のトランクバッグから水筒と手品の道具を取り出し、小さなリュックに詰め込めいざ丘を目指す。
村を抜け、田の間を走る街道を馬車を避けつつ南に向かって歩く事1時間、丘に登る山道の分かれ道が見えて来る。クネクネと蛇行した山道を登る事さらに1時間。やっと丘の上にそびえ立つ大楠の木が見えてくる。馬車だと1時間もかからず行けたのに歩くとこんなにも遠いなんて、歩いてここまで来ようなんて思った事に今更ながら後悔してしまう。倒れ込むように大楠の木の根元に座り込むと、水筒に入った水を喉に流し込む。目の前には水が張られた田に集落が島のように浮いて見える風景が見渡す限り広がっている。こんな景色は日本に住んんでいても見られないだろうな。
「のう、その袋から良い匂いのする食べ物。分けてもれないかのう」
どこからか声が聞こえて来る。ここにきた時、人の気配なんてなかったと思うのだけれど。左右を見回し恐る恐る背後も見てみる。やっぱり人の姿はない。気のせいかと景色に目を向けると再び声が聞こえてくる。
「なぜ見えていないフリをするのじゃ?このわしが直々に姿を見せてやっておると言うのに」
まさかと思い頭上を見上げると、ふわふわと浮かぶ人型をした何かの姿。僕はいきなりの出来事に気絶・・・じゃなかった眠気を感じてその場に仰向けに倒れて眠ってしまう。
そんなに長い時間は眠ってはいないと思う。多分数分。ゆっくりと目を開くとその人型はさらに近づき目の前を浮遊していた。
「ひぃぃぃ」
声にならないような声を上げてあげてしまう。
「何じゃその声は。失礼な。何と勘違いしておるのじゃ。わしはこの木に宿し精霊じゃぞ。ありがたく拝め」
「せ、精霊?幽霊じゃなくて?」
「この美しきワレのどこが幽霊じゃと言うのじゃ、良く見よ」
幽霊だと思った者を見てみる。身長は500mペットボトルくらい。髪型はベリーショートで幼い顔立ちに似合いそうなフリルのついた服を着用し、背中からは羽が生えているが、羽ばたかせているわけでもないのに空中に浮いている。
「美しいかはわからないけど、幽霊じゃないんだ」
「よーく見たのか?なぜ美しいと思わぬのじゃ。そんなんだから彼女もできないんじゃぞ」
「余計なお世話だ。僕だって・・・」
「彼女がいたのかぇ?いたようには見えぬがのう」
「うるさい!」
「30歳まで童貞でも精霊使いにはなれぬぞ」
「何だよ、そのアニメのタイトルのような格言は」
「アニメとは何じゃ?」
馴れ馴れしく話してきたため、ついタメ口で返してしまった。もし本当に神のような存在だったらまずいよな。
「すみません。何でもないです。その精霊様が僕に何のようでしょうか?」
「うむ、その手に持っている袋から匂う美味しそうなものを食べさせてくれ」
手に持った袋で美味しい匂いという事は、今朝の残り物を挟んだパンの事だろうか?どうせ2個も食べられないし、まあいいか。
「これの事ですか?」
袋の中からハンバーガーのようになったパンを取り出す。
「それじゃそれじゃ」
手を伸ばす精霊にパンを渡すと、自分の体の3分の2はあろうかと思われるくらい大きなパンなのに、器用に受け取ると豪快に被りつく。
「にゃはははは。うまいのう。人間の食べ物はやっぱりうまいのう」
うまそうに食べる精霊を見ていたらこちらもお腹が空いてきてしまい、僕もパンを食べることにする。景色のせいなのかここまで歩いてきたせいなのかわからないが、とにかくパンが美味しかった。途中、パンで手一杯な精霊に水を飲ませてあげたり自分も飲んだりしながら、パンを食べ切ってしまった。驚くのは僕と同じサイズのパンを、あの小さい精霊とやらが食べきってしまったことだろう。満腹だと僕の隣にぺたりと座り込む精霊。顔じゅうについたケチャップやら鶏のタレやらを、ハンカチを濡らして拭いて綺麗にしてあげる。
「お前は良い男よのう。わしがお主の男になってやろうか?」
「はぃ?ロリコンの趣味はないんですけど」
「何じゃい、そのろりなんとやらはとは」
「幼女を性愛の対象にする人の略称みたいな」
「失礼な!わしは1000年をも生きる大楠の木の精霊じゃぞい。わしからしたらお主の方がひよっこじゃわい」
あー。自称精霊がそっちの趣味の方でしたか。
「何じゃい。その冷めた目は。大体、皆が見ることすらままならないこの大精霊様を、見られて話もできるというのに感動すらしないとは何事じゃ」
「いやだって精霊って言われてもね、知らないからなぁ」
「知らない?精霊使いがどれほどに貴重で優遇されるこの世界で、聖霊を知らないとな」
「うん。僕はこの世界の人間じゃないからね」
先程まで、にこにこと穏やかな?ちょっとバカっぽい顔をしていた自称精霊が突然、怖い顔をしてこちらを睨んできた。
「なるほどのう、やっとわかったわ。お主がなぜわしを見ることができ、話したりできるのか。契約をしなければ触れる事ができないのに触れられる事ができるのか。お主、シャーマンじゃな。隠しても無駄じゃ、何が目的でここに来た」
「何がって、あえて言うなら暇つぶし?お休みでやる事がないから、景色のいい場所に行って手品の練習でもしようかなと」
「何じゃ、わしを殺しに来たのではないのか?」
「物騒だなぁ、殺すって。お前は何をやらかしたんだよ。その前に精霊って殺せるのか?」
「シャーマンなら可能じゃ。殺すと言うより消滅させると言う方が正しいかもだが。頼む、わしはもう少しうまいものと酒をたらふく飲んでから消えたいのじゃ、それまでは」
「だから、僕は手品師だって。母も手品師だし、おじいちゃんも手品師。ついでに父は大学の助教授で・・・まあ、教壇に立つより自称シャーマンみたいな人を暴くのが趣味みたいな人だったけど、ばあちゃんは書道の先生だし。身内にはいないから」
「ならば、その手品師とやらがこの世界で言うシャーマンなんじゃ」
これは目の前で見せないと、ずっと言ってそうだな。
「今、見せてあげるからちょっと待って」
いくら簡単な手品とは言って、もきちんと準備をしなければ成功はしない。持ってきたタネで出来うる手品の流れを考えセットすると、自称精霊の前に僕はたった。
「その昔、タネも仕掛けもございませんなんて口上を述べて始める演者がいましたが、不思議な事にはタネも仕掛けもある事が多いわけで、親父曰く、世の中の奇怪な事柄には全てにおいてトリックがあるんだと、まあそこまで僕は全否定はしませんが、これからお見せする物には全てトリックがありますから、変な目で見ないでください。では、ここに1本の丸い形の輪があります」
僕の右手には直径10センチくらいの金属製で、銀色に光る輪が1個握られている。
「この輪を振ると輪は2個になります」
右手に握られた輪に連結するようにもう1個輪が連なりゆらゆら垂れ下がっている。もう一回振るとそれは3個になった。3個目の輪を左手で掴み、引っ張り合いをしてその輪が強固に繋がっていることを見せる。引っ張り合いをやめゆっくりと左右の手の輪を近づけてから輪を引き離すと、今度は左手に輪が1個右手に2個の状態になる。
「繋がった輪が増えたと思ったら外れたり、何じゃそれは」
左手を振ると輪が2個に増える。左右の輪を近づけると再び全部の輪が繋がり引っ張っても取れない状態になる。輪の全てを右手に集め軽く握るとつながりはなくなり、じゃあ数えてみようかと1個2個と数えながら左手に移動してみせる。4個5個と全て移動するといきなり自称妖精が叫んだ。
「何じゃい。いつ増えたんじゃ」
「え?。増えてないですよ、もう一回数えましょうか?」
今度は左手から右手に移動させながら数えて見る。1個2個3個・・・今度はそこで終わってしまう。
「何で3個なんじゃ、さっき5個あったはずじゃ」
「空に飛んで行ったか、地下に潜ったか、重ねると増えたり減ったり繋がったり。それがこのリングの特徴です」いつのまにか左右の手に1個ずつにになっている輪を軽く交差させると、輪は繋がり引っ張っても外れない、でも簡単に外れる。2個が繋がった状態でくるくる指で回しているうちに輪が指を離れて空に飛んで行く。
「おい、飛んでいったぞ」
そう言って自称精霊が見上げる先。空高く飛んだ輪が光を浴びて光ったかと思うと、紙吹雪となって舞い降りてきた。驚き慌てふためく自称精霊。その紙吹雪を思い切り手で掴むと、広げた手からは紙でできた赤い薔薇の花が一輪。
「花じゃ。なんて名前の花じゃ?」
「僕の住んでいた世界の花で薔薇って言います。綺麗でしょ。でも美しい物は儚いんです」
ふっと軽く息を吹きかけると花はいきなり燃え上がり、炎となって空へ登って行く。手のひらにはなぜか100円玉が一枚。
「うん?」
「本当は動物とかを出すんだけど、用意してないから僕の住む国のコインで百円玉。えっと、この世界で言うところの銀貨1枚くらいの価値かな。これをしっかり持っていてほしいんんだ」
僕は自称精霊にコインをわたすと、しっかり握ってもらうように言う。自称精霊は不思議な顔をしながらも、言われた通り両手でしっかりと握る。
「本当にちゃんと握ってる?無くさないようにちゃんと握ってね」
「何じゃ、このわしを信用できないと言うのか?」
「そうですか?コインはこんなところに」
そう言って僕が自称精霊の髪の毛の近くに手を近づけると、指の間には先ほど渡したコインが。
「何じゃ何じゃ。どういう事じゃ」
自称精霊が手を開くとそこには茶色い色をした10円玉が一枚。
「コインが変わっておるではないか?どういう事じゃ」
「さて、どう言う事でしょうか?もう一回やって見ますか?」
10 円玉を受け取りもう一度100円玉を渡すと、自称精霊は今度は交換なんてさせないんだから、とばかりに思いっきり握りしめる。
「そんなに握り締めなくても大丈夫だよ。ほら、今度は持ってないからさ」
手の平を見せ、はらりと返して甲を見せ、再び手のひらを返してみせると指には先ほど渡した100円玉が。あれ?とわざとらしくその100円玉を僕が覗きこむと、何でと言わんばかりに自称精霊が手を開いて中を見る。今度は手の中にあったのは、キラキラとカラフルに輝くガラスビーズが連なったビーズのリング。
「それ、プレゼントね。人間用のリングだから指には無理だけど、腕輪にならって思ったけど小さいかな?」
「お主これはいったい・・・ゲホゲホゲホ」
何かを喋ろうとしたのだけれど、慌ててしまったのか咳き込む自称精霊。僕は水でも飲んで落ち着いてと器を差し出すが、水も入れていない器に水があるわけもなく、何もないと咳き込みながら自称精霊が指を指す。申し訳ないと言うようなポーズを僕はすると、器をひっくり返し底をトントンと軽く2回叩く。そして再びひっくり返した器の中には並々と水が入っていた。今度こそどうぞと渡すと、自称精霊は不思議そうな顔をしながらもその水を呑み干すと、ようやく落ち着いたのか勢いよく喋り始めた。
「何じゃあれは、訳の分からないことばかり起こしよって、わしの事をバカにしておるのじゃろう?」
「そうじゃなくて、これが手品って言うもので」
「あの輪みたいなのは何じゃ?」
「リンキングリングね。あれは最初から全部を手に持っていて増えるように見せていただけて言うのと、特定の輪に切れ目があって、見えないように切れ目から繋いだり外したり」
「では紙の舞い落ちる中からの花は?」
「輪を投げる仕草のついでに紙吹雪になる塊を投げて、空に気を取られている隙に輪を地面に捨てて代わりに花を握って」
「なぜ花があんなに激しい火を立てて燃えるのじゃ?」
「あれはフラッシュペーパーって言う良く燃える演出用の紙で折ってあって、見た方が早いかな」
僕はリュックから一枚の紙を取り出し自称精霊に渡す。半透明で紙とは思えぬ質感に、普通の紙でないのは理解したようだ。
「これがあんなに燃えるものか?」
「良く燃えるように薬品が塗ってあるから」
僕は受け取った紙に火を付け空に投げると、紙は閃光を発しながら燃え尽きた。
「わしの手の中のコインが変わったのはどう言う事じゃ?わしはしっかり握っておったぞ」
「あれは最初から違うコインを渡していただけだよ。僕らの手は数枚のコインくらいなら隠し持てる訓練してるから。渡す瞬間に入れ替えたって」
「コップから水が湧き出したのは?
「コップが二重底になっていて、叩くと下から水が出してきて、湧き出してきたように見えたってのかな」
「お主は精霊と契約しているわけではないんじゃな」
「だから、これは手品だって。仕掛けがあってわからないように演じているんだって。だいたい自分は精霊だって言うなら仲間の精霊ぐらい見えるだろ?」
「契約された精霊を見る事はできないんじゃ。物に宿っている時は見えたりするんじゃが」
「契約って・・・そもそも精霊って何なんだ?」
「精霊とは、万物に宿った霊の事じゃな。例えば家に長年使われたかまどがあるとしよう。それはそれは大切に使用されたかまどには想いが溜まってゆき、やがて霊という存在となって具現化するんじゃ。霊は使用している者から火による怪我から守ったり、火事が起きないようにするようにするなど、長年の想いを返そうとしてくれるんじゃ。しかし物は有限ではない。使っていればいつしか壊れる事もあるじゃろう。そこで波長が合った者と契約を結ぶことによって、霊は解放され精霊となって消滅を間逃れる事ができるってわけじゃ」
「消滅を回避できるのはいいけど、契約された人間にはメリットは?物にいた時は守っていたみたいだけど」
「そうじゃのう、たとえばワシがかまどに宿し火を司る霊だとしよう。その霊がお主と契約を結び精霊となった場合、ワシはお主の命令に従い火を操り、火からその身を守る事となろう。いでよ漆黒の炎」
そう自称精霊が唱えると、目の前の地面からどす黒い炎の柱が自分の身長より高く吹き上がった。
「熱いって」
「ならば、いでよ清き水の雨」
今度は突如として現れた豪雨が火の柱を消して見せた。
「そんなに精霊って万能なんだ」
「いや。普通は1属性しかできぬ。ワシが特別なんじゃ。ほれ、風も雷も土も植物だって操れるわい」
目の前には局地的に降る雨に向かって風が吹きつけ、雷が落ち、土は盛り上がり、植物の蔓が僕の足に絡みついてきた。
「わかったから、もういいから」
手品で再現は可能だけど、手品じゃないよね。
「何じゃつまらんのう。なら両手を手を出してみよ」
今度は反対に手を出してみろと返された。僕が両手を差し出すとそこに金貨が空中から落ちて来る。まいったな、手品のネタそのものじゃないか。
「収納の精霊術じゃ。お金を落としていく奴が多くてのう、拾って貯めておいたのじゃ」
それって落としたじゃなくて、お賽銭とかだよね。まったくこの精霊は。
「一つ聞いていいか?何で1000年もの間、誰とも契約しなかった?そんだけ生きてりゃ1人や2人いただろ?」
「15人じゃ。今までワシと話ができた人間の数じゃ。そしてここに今でも縛られているのは、契約できなかったからじゃ。ただそれだけのことじゃ」
いくら強大な力があったとしても、そこから離れる事ができなければそれは宝の持ち腐れでしかなく、この霊はどんな思いで生きてきたんだろうか。まあ哀れんだところで契約なんてしないけどね。こんなのに付き纏われたらたまったもんじゃない、下山するにも時間かかるしそろそろ帰るか。
「ありがとう。精霊魔法とやらの凄さはわかったよ。でも僕はそんなのに頼らず生きていこうと思うから。あ、これは返すね」
手のひらも金貨は魅力的だけれども、霊から盗んでまで堕ちてはないからね。
「何じゃいらぬのか」
手のひらの金貨は空中に吸い込まれるように消えた。
「僕はそろそろ帰るよ。下山するのも大変だからね。また精霊について聞きたくなったら来るから。そうだ、名前聞いてもいいかな?僕の名前は上田実咲。うえだ、みさき。こっちの人は何だか呼びにくいみたい」
「いい名前じゃのう。ミサキか。ワシの名前は、アルス・ロメリア。大楠の木に巣食う全能の霊じゃ」
「アルス・ロメリアか。覚えておくよ」
その瞬間、僕の体とロメリアと呼ばれる精霊の体が光に包まれた。
「契約成立のようじゃな」
「!!!!」
何がどうなっているのか、すぐには理解が追いつかなかった。