変わった風習
私の住む自治体には変わった風習がある。
毎年、秋になると成人者全員がくじを引き、当たりを引いた一人が自治体内にある小さな山のお堂に一晩籠もるというものだ。
今年はその当たりを私が引き、そのまま儀式を執り行う祈祷師の屋敷に連れて行かれ、詳しい説明を受けた。
これは山の神様に感謝する神聖な儀式である。という前置きから、何があっても日が昇って迎えが来るまでお堂から出てはいけない。山の神に近づくため、儀式当日まで野菜中心の質素な食事と朝昼夜の祈祷をしてもらう。そして、儀式に関しては一切口外してはならない。とのことだ。
面倒くせぇ・・・。
伝統的で由緒正しき非常に名誉な大役なんだろうが、現代人の私にとっては面倒なことこの上ない。
そんな私の思惑などお構いなしに、祈祷師の屋敷での儀式に向けた生活が始まった。
そして、迎えた儀式当日。
この日まで約半月、食事制限と行動制限を受けていた私は既にフラフラだ。
夕刻、儀式は山の麓にある神社での祈祷で始まる。それが終わると白い薄手の着物を着た私は、怪しげな和装の地域の有力者達に囲まれ、祈祷師を先頭に山を登る。
そして、山の上にたどり着くと私は手狭なお堂に押し込まれ、祈祷師は麓でやったように祈りを捧げると、お堂の扉を閉めて有力者達を引き連れ帰っていった。
私に残されたのは蝋燭一本の明かりだけだ。
クソ寒い・・・。
秋の夜に薄着でほぼ屋外は寒すぎる。
「これで一円も出ないとか、マジ舐めてるよな・・・」
蝋燭で暖を取りながら愚痴をこぼしていると異変が起こった。
「辛いんなら辞めて帰ってもええよー。」
真っ暗な外から祈祷師の声が聞こえる。
「は?」
「出ておいで。迎えに来たよ。」
また声がする。
あり得ない。お堂からは絶対に出るなというお達しが出ている上、迎えは朝にならないと来ないはずだ。
「おい、マジなやつじゃん・・・」
「出ておいでー。」
なおも呼び掛ける声を無視し、私は燭台とともにお堂の角へと移動した。
しばらくすると声はやみ、今度は扉がガタガタと揺れ出す。
「おいおいおい、ドッキリとかだったら祈祷師のババアと自治会長を張り倒してやる・・・いや、どっちにしろ張り倒す!」
この境遇に追いやった者へ対する復讐を口にし、恐怖をどうにか紛らわす。
「出てこい出てこい出てこい出てこい出てこい出てこい出てこい出てこい・・・」
丑三つ刻後半になる頃には、向こうもなりふりを構っていられないという様子で、男とも女とも取れぬ声で同じ言葉を連呼するだけとなり、扉の揺れもお堂全体に広がり地震のような様相を見せていた。
「うるせえぇぇぇ!!だったらそっちが出てこいやぁぁ!!相手してやらぁ!!」
こちらは火の消えた燭台で武装し、得体の知れぬ存在にブチ切れている。
そして、太陽が完全に登り周囲が明るくなると、声と揺れは綺麗サッパリ収まった。
「大丈夫か?迎えに来たぞ。」
扉を叩く音とともに祈祷師の声が聞こえる。
「オラァッ!」
武器(燭台)を片手に警戒状態だった私は、扉を蹴破る勢いで開放した。
「ひいいい・・・!」
開く扉に巻き込まれ悲鳴を上げながら吹き飛ぶ祈祷師。周りにいた有力者達は突然のことに困惑気味だったが、すぐに祈祷師に駆け寄り助け起こす。
「おいババア!あれはなんだ!?説明しろ!」
数名の手によって起こされる祈祷師に私は罵声を浴びせた。
「お、落ち着きなさい。麓で説明する。」
来たときと同じように祈祷師と有力者達に引き連れられ、麓に降りた私は神社で祈祷を受けると、以下の説明を受けた。
大昔、この地域では飢饉があり生贄と称して口減らしを行ってきた。そして、飢饉が収まった後に、それによって命を落としてきた者達を鎮めるための慰霊碑が建てられた。
しかし、百年ほど前に一人の若者がふざけて慰霊碑を壊してしまい、それによって人が立て続けに失踪したり動物の変死体が見つかるようになる。
事態を重く見た当時の村長が力のある祈祷師に相談し、その祈祷師の指示によりこの儀式が始まった。
私が経験したようにこの儀式は非常に危険なもので、この十年の間にも儀式中、お堂に入った者が朝になったら消えていた。なんてことが何度かあったという。
そして、最後にこの事は他言無用と強く念を押され、一枚の封筒を渡された。
封筒の中には三万円が入っていた。
半月も拘束された上、あんな恐ろしい目にあったのにあったのにたったこれだけ?
あまりの理不尽さにブチギレた私は、お堂と自治体を山ごとナパームで焼き払ってやった。