6-11.小学校卒業
卒業式の式典はすでに終わり、体育館から出た校庭は色とりどりの笑顔と涙であふれていた。桜の花びらが舞い落ち、紅白幕の前では記念写真を撮る列ができている。色紙や寄せ書きを手にした同級生たちが、最後の思い出を刻もうと駆け回っていた。俺も結乃、凛、みずきと一緒に校庭を歩き回り、クラスメイトたちと別れの言葉を交わしていた。
「蒼嶺学園、頑張ってね!」
「うん!ありがとう、彩香ちゃん」
「ううっ、結乃ぉ」
「泣かないで。紗奈ちゃんなら大丈夫だから」
彩香が凛とみずきにエールを送る隣で、結乃が泣きじゃくる紗奈を宥めている。紗奈の唯一ともいえる友達だった結乃と学校が離れてしまうため、寂しさと不安が消えないのだろう。
「うう。蒼嶺学園を受験するって聞いてから、覚悟はしてたけど、やっぱり寂しい……」
紗奈が涙をぬぐいながら言う。
「またお休みの日に遊ぼう?紗奈ちゃんも新しい学校で友達ができたら教えてね」
「ぐすっ……うん。私、頑張る」
紗奈の肩にそっと手を置きながら結乃が微笑むと、紗奈は何度も頷いてようやく涙をこらえた。その横からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「おーい、女子同士でしんみりしてるとこ悪いけどさ」
「俺たちだって寂しいんだぞ?」
広輔と陽太が腕を組んで胸を張る。だが顔は真剣で、少しだけ赤くなっている。その隣には義経も控えめに立っている。
「たまには俺らとも遊んでくれよ?」
「ああ、適当なときに誘ってくれ。義経も、パソコンが来たらメールしてくれよ」
俺の言葉に義経はコクコクと笑顔で頷いた。来月に義経の家にパソコンがやって来ることになっている。
「2人ともテニスは続けるの?」
「ああ!クラブでな。西中にはテニス部がないから」
結乃の質問に陽太が答える。西中というのは緑山町立西中学校のこと。河台小のほとんどの卒業生の進学先だ。というか、俺たち蒼嶺学園進学組を除いた全員が進学するはずだ。
「あ〜あ俺らも蒼嶺学園入ればよかったなあ」
「な!隆さんたちと同じクラスになれるし、俺たちだけで男子テニス部が作れるわけだし」
蒼嶺学園については受験制度や部活動についてみんなに聞かれて話をしていた。
「簡単に言うけど、受験勉強すごく大変だったんだよ?」
「そうそう!それに2人が受験するには推薦者を探さないといけないよ?」
みずきが少し拗ねたような声色で言うと、結乃が微笑みながらみずきの言葉に付け加える。
「ああそうだった!ってみんなは推薦してくれないのかよ」
「隆くん1人で手一杯です」
みずきが肩をすくめて即答すると、場がどっと笑いに包まれる。
「ええ!?彩香は推薦してくれるよな!」
「夜の学校に忍び込むようなやんちゃ坊主を推薦はできないわね」
「薄情者〜」
涼しい顔で返す彩香に陽太が大げさに嘆いてみせると、女子たちの笑い声がさらに弾んだ。
「おーい!隆!」
後ろからかけられた声に振り向くと、圭司が手を振りながらこちらに向かってきた。由伸、恵里奈、歩実も一緒だ。
「お似合いだな。ご両人」
「ふふ。ありがとう、隆一くん」
俺の言葉に4人がそろって顔を赤らめる。小学2年の3月以来、由伸と歩実、そして圭司と恵里奈はずっと交際を続けている。当時の圭司は恋のこの字も知らなかったが、今では立派な恵里奈のパートナーだ。
「2人は西中の野球部に入るのか?」
「もちろん!スワローズの先輩たちもいるからな」
河台スワローズの卒業生は、西中の軟式野球部に入部することがほとんどだ。
「また試合、観に来てくれよ」
「いいけど、先輩たちがいるならまだレギュラーにはなれないんじゃないか?」
この時代、こと野球部となれば、なおさら年功序列が根付いていても不思議じゃないしな。
「由伸は大丈夫!もう中学レベルの球投げられるから!先輩に聞いたら、西中の先生も首長くして待ってるってさ!」
確かに由伸なら納得だ。由伸は小学6年の平均身長よりずっと高く、ガタイもいい。その高い身長から繰り出される速球を武器に、河台スワローズを最終的に県大会ベスト4まで勝ち進めた。
「圭司はどうなんだ?」
「何番でもいいからレギュラーに食い込んでやるさ!」
「その意気よ!圭司なら大丈夫!」
恵里奈が鼓舞すると圭司は嬉しそうにはにかんだ。
「京平はどうなんだ?」
「あいつはベンチにも入れるかどうか……」
「おい!俺の悪口言ってないか!?」
噂をすればなんとやらで、京平が圭司たちの背後から姿を現した。
「まあ春と夏は仕方ないさ。秋の新人戦で頑張ってみろ」
「春と夏?新人戦?」
疑問符を浮かべる京平に中体連の大会の開催時期について教えると、意気揚々と「秋を目指す!」と言って駆けていった。まあ目標ができたなら何よりだ。
「隆一くん、あの3人のことだけど、覚えてるかしら?」
恵里奈が俺の後ろに視線をやりながら問いかける。俺は4年前、恵里奈に言われたことを思い出していた。
「3人の中から誰か1人を選ぶこと、っていうあの話か?」
「そう。それなんだけど、私から撤回させてほしいの」
ん?どうしてだ?そのまま俺が問うと、恵里奈が後ろを見ながら答えた。
「単純に、今の3人がすごく幸せそうだから。隆一くんの前ではもちろんだけど、3人でいるときもケンカしているところなんて見たことないし、むしろ3人の仲がすごく良くて、誰か1人でも離れることになったら絶対3人とも悲しむと思うの」
「うん。結乃ちゃんたちから誰か1人でも欠けるなんて想像できない」
恵里奈の言葉に歩実が共感する。
「それに、隆一くんが3人を分け隔てなく平等に大切にしているのをずっと見てきたし、隆一くんなら信じていいって思えたの。というわけで隆一くん!」
恵里奈がビシッ!と俺に向かって人差し指を向ける。
「新しい約束。結乃ちゃん、凛ちゃん、みずきちゃんを末永く幸せにすること!いいわね?」
「承知いたしました。恵里奈さま」
あのときと同様に敬礼すると、恵里奈は「うんうん」と頷いた。
「みんな〜写真撮るわよ~」
後ろを振り向くと、お袋と親父たちがデジカメを構えていた。
「隆くん!恵里奈ちゃんたちもほら!」
結乃に促されるがまま結乃たちと合流する。
「もっと寄って、寄って!」
お袋の声に、みんなが校舎を背にわいわいと肩を寄せ合う。前方に凛を中心として右に結乃、左にみずきが立つ。結乃の隣には紗奈と彩香、みずきの隣には恵里奈と歩実が並ぶ。その後ろ、校舎の玄関へ続く階段の1段目に俺たち男子が並ぶ。歩実と恵里奈の後ろにそれぞれ由伸と圭司、その隣に俺、さらに義経、広輔、陽太と続く。
「はい、チーズ!」
シャッター音が小気味よく響いた瞬間、その場に笑い声が広がった。
「は~い!次は私よ!」
声がした方を向くと、そこには先ほどのお袋と同様にデジカメを構えた朝子さんの姿が。というか気が付くと、その後ろには同じように撮影器具を片手に保護者達が列をなしていた。
これ、しばらくここから動けないやつだ。
案の定、延々と続く撮影タイムに男子陣はグロッキーになりかけていたが、女子陣はずっと笑顔を絶やしていないようだった。
「ほら義経くん、顔が固いよ!」
「そうそう!もっと笑って!」
撮影者の背後から合いの手が飛ぶ。俺は苦笑しながらも保護者たちの撮影タイムに付き合うのだった。
「卒業おめでとう!」
乾杯の声が重なり合い、その場が拍手と笑い声で満ちる。
卒業式当日の夜。片山家2階の遊び部屋にはいつもの5人と俺が、ご馳走が並んだテーブルを囲っていた。今日はそのまま5人全員がうちに泊まることになっている。
「やっと卒業だなぁ」
「長かったよね!」
藍がしみじみと口にするとみずきがそれに相槌を打つ。
「お父さんとお母さんはあっという間だったって言ってたけど」
「大人になるとやっぱり時間が経つのが早くなっちゃうのかな」
考えながら話す凛と七海を見ながら「確実に早くなるぞ」とつい言いたくなってしまう。いわゆるジャネーの法則だが、転生前は年を経るごとにそれをまざまざと実感してきた。
「もし短くなるなら、その分時間を大切にしないといけないね」
結乃の言葉にみんなが自然と頷く。すると藍が「でもさ!」と目をキラキラさせながら言う。
「今日くらいは好きにしてもいいよな!?」
「そうだな。今日は特別だ」
俺の返答に藍は「よーし!」と両手を掲げて立ち上がった。
「じゃあ今日は思いっきり楽しもうぜ!」
「あ!ちょっと待って!」
突然結乃が思い出したように言う。
「アレを先に渡しちゃうね」
「アレ」という単語が結乃から出た瞬間、女子陣は何のことかすぐ察しがついたようだ。結乃が自分の鞄の中からあるモノを取り出し「はい、隆くん」と渡された。
「……手紙?」
「うん!私たちから隆くんへのラブレターだよ」
それは手紙サイズの5枚の封筒だった。それぞれ表面に俺の名前、裏面にみんなの名前がそれぞれ記載されている。
「出会ってから卒業するまで、隆くんにはずっと助けてもらったから、みんなでお礼しようと思って書いたの。思いの丈を込めて書いたから、ちゃんと読んでね!」
結乃が満面の笑みで言う。改めてみんなを見渡すと、照れて赤くなってはいるが、全員達成感に満ちたようないい笑顔でこちらを見つめていた。それぞれの封筒に厚みと重さがあり、それだけでもみんなの思いが詰まっているのがわかった。
「みんなありがとな。これは寝る前にじっくり読ませてもらう」
そう言うと、5人は少し照れながらも安心したように顔を見合わせ、やがて一斉に笑みを浮かべた。
「よし!じゃあ改めて」
藍が高らかに声を上げる。
「今日は思いっきり食べて、喋って、遊ぶぞお!」
藍の掛け声にみんなが「おー!」と元気よく呼応する。そしてご馳走に舌鼓を打ちつつ、6年間の思い出話をネタにガールズトークを繰り広げ始めた。俺は封筒を懐にしまいつつ、1つの区切りを終えた達成感に浸りながら、目を細めてその光景を眺めるのだった。
ここからは俺の長い過去語りになるから、読み飛ばしてもらって構わない。
転生後は俺の理想とする形で小学校を卒業することができた。では転生前はどうだったか。
まず、七海とは小学1年で交流が途絶え、藍に関しては全く接点がなかった。よって小学校6年間で交流があったのは結乃、凛、みずきの3人だけだった。
転生前の小学校生活はというと、小学1年から3年まではまだマシな方だった。勉強ができて半数以上のクラスメイトから慕われ、運動も人並みにはできていた。
ただ、紗奈のような気の強い女子とは悉く反りが合わず、京平のようなやんちゃ男子を一方的に毛嫌いしていた。「勉強できる自分が全て正しい。バカが言うことなんか何の役にも立たない」という一種の優生思想を振りかざして悦に浸っていたのだ。
こういった主張を前面に出し続け、周囲が「おかしい」と気づいて距離を取り出したのが小学4年のとき。この1年は今思えば地獄だった。勉強しかせず、マンガやバラエティ番組の話題に一切ついていけなかった(というよりついていくこと自体バカバカしく思っていた)こと、外で遊ばず甘い物を摂取し続けて太りだしたことも災いした。人をバカにする太ったガリ勉。周囲から完全に孤立するのは時間の問題だった。
クラスメイトのほぼ全員から疎まれ、蔑まれ、それでも俺は自分の考えが正しいと信じていた。恐ろしいことに、俺はこの思想に中学2年の途中まで固執することになる。
では5、6年生はどうだったかというと、クラス替えがあったことで一旦人間関係がリセットされたこと、5年生の担任の先生が人格者だったことで4年生ほど酷い扱いは受けていない。明らかに精神年齢が幼かった自分に対して、周りが精神的に成長したことも大きかったと考えている。
また6年生のときは担任の先生が生徒たちに不評で、クラスの共通の敵となっていた。悪い意味でクラスが団結していたことも、俺に矛先が向かわなかった要因だと思う。(女教師が主役の某ドラマを想像したかもしれないが、あれほどではない。)
そんな小学校生活において、結乃、凛、みずきとの関係性はどうだったか。
まず凛とみずきだが、この2人はただのクラスメイトでしかなかった。一緒に遊ぶ仲でもなければ、特段いがみ合っていたわけでもない。ただ今思い返せば、これまで見てきたように2人とも十分魅力的な女の子で、転生前の俺はずっとそれに気づけずにいた。
そのまま地元の公立中学に進んで2人と同じクラスになったが、前述の通り例の優生思想を引きずった結果、2人からは完全に呆れられ、見放されてしまった。そして中学2年以降は同じクラスになることなく卒業し、その後全く接点を持つことなく俺は頓死した。正直ものすごく後悔したし、当時の俺に会えるなら殴ってでも矯正してやりたいと思っていた。転生前の2人にとって俺は、勉強はできるが了見は狭い自惚れ屋のイメージで止まっているのだ。こんな不名誉なことはない。かと言って、転生前の俺には2人に会ってこの汚名を返上する度胸なんて無かったし、本人たちからしても今更な話だろう。
一方の結乃。彼女とは6年間同じクラスだったが、唯一といっていいほど、6年間に渡って俺に対してフラットに接してくれた同級生だった。4年生のときに俺が孤立したときでさえ、周囲を嗜めることはなかったが、俺を貶したり蔑むことはなかった。そしてそんな結乃に、俺はわかりやすく惚れた。だが俺自身に度胸がなかったこと、何より犬猿の仲だった紗奈が結乃と仲がよくほぼ常に一緒にいたことが災いし、俺は最後まで彼女に想いを伝えることはできなかった。まあ彼女が俺に気がないのは明白だったし、伝えたとて迷惑な話だっただろう。
いい加減、過去語りはこのくらいにしておこう。
この黒歴史でしかなかった小学校生活を、転生後の俺は過去の自分に復讐するような勢いで上書きしてきた。俺からすればあっという間の6年間だったが、俺自身が満足するだけでなく、5人全員を笑顔で小学校を卒業させることができた。もちろん俺一人の力だけじゃない。周囲の人にも頼るべきときは頼らせてもらったし、彼女たち自身も努力して今がある。
蒼嶺学園入学後は、転生前とは全く異なる未来を進むことになる。今までよりももっと予想がつかない日々になるが、俺がやることは1つ。5人を幸せにすること、それだけだ。
本作品を読んでくださっている皆さま、いつもありがとうございます。
今回をもって小学校編は完結となり、次は蒼嶺学園(中高)編となります。
新たな登場人物や書きたい話の方向性はありますが、現状プロットも未完成の状態です。
楽しみにされている方には申し訳ございませんが、今回を区切りにしばらく充電期間を設けさせていただきます。
今年中には戻って来たいと考えております。
どうぞ今後も本作をよろしくお願いいたします。




