6-10.蒼嶺学園受験⑦
パチパチパチ!
「ふふふ。いいわねえ!最高よあなたたち!」
瀬戸さんが突如拍手をして機嫌よく笑い出した。
「全員は無理だけど、何人かうちに来てほしいくらいだわ」
「え、うちって?」
瀬戸さんの言葉の真意を読み取れず七海が困惑する。
「もしかして生徒会のことかしら?」
校長先生が微笑みながら瀬戸さんに確認する。
「はい。特にそこのあなた、藍だったかしら。あなたは絶対入ってもらうわ」
「うええ!?私っすか!?」
突然の指名に藍がわかりやすく狼狽する。
「わ、私に生徒会なんて務まらないっすよ!ゲーマーだしガサツだし、とても生徒の見本になるようなことなんて」
転生前や俺たちに会う前の藍こそ、周囲の目を気にしてリーダー役を引き受けたりしていたが、俺たちと会ってからはより自分に正直になり、自分が無理してまで表に立つことはしなくなった。ただそれでも、自分が魅力を感じたり面白いと思ったことに関しては実行委員やリーダーを務めたりしている。
「そこがいいのよ。この学校の生徒は良い意味でも悪い意味でも『いい子』が多すぎるわ。ちょっとぐらいズレた子がいないと面白くないもの」
「は、はあ……」
瀬戸さんの言葉に藍は困惑しながら相槌を打つ。
「藍さん、ひょっとして興味がある部活とかあるのかしら?」
澄江さんが問うと、藍は「いやぁ」と頭をかいた。
「クイズ研究部とかあれば面白そうだなあと思ったんですけどなかったんで、まだ考え中です」
受験を決めたあの日、学園のパンフレットを一通り眺めていた時に部活動一覧を見つけ、自然とどこに入りたいかという話になった。藍はそのときからクイズ研究部を探していたのだが、クイズに関連する部は掲載されていなかった。
「だったら作ればいいじゃない」
「へ?」
瀬戸さんの言葉に藍が気の抜けた返事をする。
「だからクイズ研究部よ。ないなら作ればいいわ。私が部員になってあげるから、あなた部長ね。で、生徒会と兼務すれば万事解決よ」
「ええ!?」
想定外の提案に藍が仰天する。
「そ、そんな、人数とか足りないですよね!?第一、生徒会長さんを差し置いて、ましてや1年生の私が部長って!?」
「あら、その1年生が生徒会長やってるわよ?」
「そうだった!この人今1年生だった!」
藍が我を忘れ、天を仰いで素で叫んでしまう。
「それに部を作る人数制限も、部長は最上位学年が務めるルールも撤廃したわ。そんな縛りあっても無駄だもの」
「そ、そっすか……ん?撤廃した?」
藍が瀬戸さんの言葉に引っかかりを覚えて繰り返す。すると校長先生が微笑みながら補足する。
「ふふ。実は部員の人数下限と部長指名の制限を、史佳さんが中心になって4月から撤廃することになったのよ。コネと賄賂を使ってね」
「人望と差し入れです。人聞き悪いこと言わないでくださいよぉ」
口を尖らせて反論する瀬戸さんを、校長先生が「そうとも言うわね」とあしらう。藍が引きつった笑みを浮かべ、4人は唖然としている。
「なんだろう、すごく既視感がある……」
「あれだよ。隆ちゃんとうちの校長先生」
みずきの独り言に七海が重ねると、4人揃って「あぁ……」と納得する。
「うちの校長先生?」
七海の発言に澄江さんが反応する。
「私の学校の校長先生なんですけど、隆ちゃんと昔から付き合いがあって、もうほぼ友達のような間柄なんです」
七海が澄江さんに説明すると、校長先生が七海の方を向く。
「え?七海さんの学校って……」
「古河第二小学校です」
それを聞いた校長先生は一瞬目を逸らして黙り込むが、すぐに七海に視線を戻す。
「もしかして、中村幸雄先生?」
「え!?はい、そうです!」
校長先生の口から幸雄さんの名前がでると、七海が目を丸くする。
「もしかしてお知り合いですか?」
「ええ。大学時代の先輩なの」
「「「「「ええ!?」」」」」
俺の質問に校長先生が答え、意外な繋がりに5人が騒然とする。
「2年前に異動のご連絡があって、異動先の学校と七海さんの学校が同じだった気がしたのよ。やっぱりそうなのね」
幸雄さんにはすでに蒼嶺学園受験について話をしている。だが、橘校長先生については何も聞かされていない。
「……すみません澄江さん。もう一度電話借りてもいいですか?」
「え、ええ。水島さん」
澄江さんの指示で水島さんはすぐに再び電話の子機を持ってきてくれた。俺は先ほどと同様にスピーカーフォンにし、幸雄さんの携帯番号で発信すると程なくして幸雄さんが電話に出た。
「ああ幸雄さん?隆一だけど」
「どうしたんだ?さっき話したばかりだろう?」
合格判明後に俺は幸雄さんにも吉報を入れていたため、本日2回目の電話だ。
「幸雄さんさあ、蒼嶺学園の校長先生と知り合いでしょ」
「なんだバレたのか。後で驚かそうと思ってたのになあ」
辰之介さんとほぼ同じ返答でついため息が出る。
「橘校長先生本人から聞いたんだよ。なんなら本人が俺の目の前にいらっしゃるけど」
「おおそうか!ちょっと代われるか?」
また先ほどと同じ流れで校長先生に子機を渡す。ただその後は澄江さんのときと違い、校長先生は割とフランクに幸雄さんと会話していた。
「隆一くんの交友関係ってどうなってるの?」
澄江さんが呆れた声で訊ねる。
「こんな感じ、としか言いようがないですね……」
「うん。もうこれがデフォルトだよね」
「ずいぶん毒されてるわよ?あなたたち」
七海と結乃が答えると、瀬戸さんが苦笑しながらツッコむ。程なくして校長先生が電話を終え、水島さんに子機を渡した。
「中村先生からみんなのことをよろしく頼まれたわ。後で私からもちゃんとご挨拶しておくわね」
校長先生が笑顔で言うと、5人は畏まって頭を下げた。俺たちも一度全員で、入学までに直接挨拶する予定だ。
「で、なんの話してたんだっけ?」
「あなたが藍さんを生徒会に勧誘したのが発端でしょ?」
校長先生に言われ「ああそうでしたあ」と瀬戸さんが頭をかきながら茶目っ気を出すと、校長先生は瀬戸さんを横目にため息をついた。
「まあ生徒会に関しては絶対に嫌なら無理にとは言わないわ。でも、ぜひ候補に入れておいてちょうだい。あなたは私たちに絶対に必要な人材だから」
瀬戸さんが再び藍を真剣に見据えて言う。
「わ、わかりました。生徒会長さんにそこまで言ってもらえるのはありがたいことなので……そのときが来たら、しっかり考えます」
藍はその真剣さに応えるように、瀬戸さんをしっかり見据えて答える。
「期待してるわ。あと私のことは澄江さんと同じく、名前で呼んでちょうだい」
「わかりました。じゃあ史佳さんで」
藍が答えると、瀬戸さん改め史佳さんは満足そうに頷いた。
「あら、もう結構いい時間ね」
澄江さんが掛け時計を見上げると、ここへ来てから30分以上経過していた。
「名残惜しいけどそろそろお開きにしましょう。その前に1つだけ、ちょっと堅苦しくなるけどお話させてちょうだい」
澄江さんが右手人差し指を立てて言うと、5人は改めて背筋を正した。
「この学校の校訓なんだけど、覚えてる人いるかしら」
「あ、はい。『知性・品性・共生』ですよね」
すぐに七海が手を挙げて答える。校訓は面接試験で出題される可能性があったため、5人には俺から事前に覚えておくように伝えていた。
「正解よ。ちなみにこの後に『日々に学び、知性を磨く。心身を律し、品性を養う。自らを尊び、互いを尊び、共に生きる社会を築く』と続くわ」
と澄江さんが一旦ここで息をついて続けた。
「この校訓、どこか引っかからないかしら?」
曖昧な問いかけに一瞬間が空くが、結乃が「そういえば」と前置きした上で続ける。
「3つの単語は韻を踏んでいますけど、最初の2つは性質の『性』の字で、最後の1つだけ生きるの『生』で、なんかアンバランスだなとは感じました」
結乃の回答に澄江さんが頷く。
「そうね。みんな大体同じ回答をするわ」
そう言うと澄江さんは肘をデスクにつき、身を少し乗り出した。
「実はこの話は毎年入学式に新入生の前で話す内容なんだけど、一見この3つは同列のようで、実はそうじゃないの。それぞれどういう関係になっているかわかるかしら?」
再びの問いかけに5人が難しい顔をして唸り始める。
「隆一くん、どうかしら?」
澄江さんが俺に視線を向けて問いかける。
「端的に言えば、知性と品性は手段で、共生が目的、ですね」
「さすがね」
澄江さんが微笑みながら俺の答えに返す。
「隆くん、どういうこと?」
結乃が俺の方を向いて言うと、残りの4人も同様に俺を見つめる。
「この校訓で一番大事なのは最後の共生だ。知性と品性は、この共生を実現するために人が身につけるべき資質。知性と品性を備えてはじめて、人は共生できる社会を構築することができる。ということですよね?」
「その通りよ」
澄江さんが答えると、一度息を吐いて姿勢を整えた。
「もう長いこと人類は、互いに共生できる社会を目指してきたわ。けど現実の世界では戦争はなくならないし、もっと身近では差別やいじめは依然としてある。人がただ社会を築くだけでは、校訓でいう共生は実現できない。共生を実現するためには、人が努力して備えないといけない資質があるの」
「それが、知性と品性……」
凛の呟きに澄江さんが「そうよ」と肯定し、さらに続ける。
「知性を磨くと言うけど、なにもテストで100点を取りなさいと言っているわけじゃないの。知性を磨くことで身につけてほしいのは、学ぶ姿勢そのものなの。学ぶ姿勢を身につければ、自分、そして他者について知ろうとするようになる。これが自分と他者を尊ぶことにつながる。そして誰かを尊ぶには知ることだけではなく、関わり合い方にも節度が必要なの」
「そこで『品性を養う』ことが必要なんですね?」
七海の言葉に澄江さんが深く頷く。
「知性は人を賢くする。でも、賢さだけでは人を尊ぶことはできないわ。そこに節度や思いやりが伴わなければ、知性は時に他者を傷つける刃になってしまう。だから知性と品性は両輪であり、互いを補い合うものなの。そしてその2つがあって初めて、『共生』が形になるのよ」
七海たちは、澄江さんの言葉を噛み締めるように頷いていた。
「つまり……知性と品性は、ただ自分を磨くためのものじゃなくて、みんなが一緒に生きていくための土台なんですね」
「そういうことよ」
校長先生が優しく答える。
「そしてその土台をどう築くかは、あなたたち一人ひとりにかかっているの。私たち教員はサポートを惜しまないけれど、最終的に社会を形づくるのは生徒自身だから」
「すげえな……」
藍が感嘆混じりに呟き、腕を組んで真剣な顔をする。
「最初はただの綺麗事にしか見えなかったけど、そう聞くと重みが違いますね」
「ええ。校訓は額縁に飾って眺めるための言葉じゃないわ。生き方そのものを指し示すものなの」
澄江さんは紅茶を飲み干し、静かに微笑んだ。
「私は毎年、入学式で新入生にこの話をするの。だから、あなたたちももう一度同じ話を聞くことになると思う。そのときは今日以上に、この言葉を自分のものとして受け止めてほしいわ」
その言葉に、5人は力強く頷いた。
「さあ、そろそろご両親もお待ちでしょう。今日は本当にありがとうね。今度は入学式でお会いしましょう」
澄江さんの言葉に、俺たちは深々と頭を下げた。
蒼嶺学園を後にした俺たちは、一旦金井家に赴いて実さん、千代子さん、辰之介さん、静枝さんに改めて対面で合格を報告した。辰之介さんの話では、自身も入学式にしれっと訪問して、澄江さんと親しげに話す姿を俺たちに見せつけて驚かせたかったそうだ。そもそも保護者じゃないから参加できないのでは?と思ったが「参加しなくても保護者や来賓っぽい感じでその辺におればわからんだろう?」といたずらっ子よろしくの笑顔を見せられた際には、ついため息が出てしまった。
さらにその後、俺たちは幸雄さんのもとを訪れた。話を聞くと、俺たちの合格報告後に幸雄さんから直接校長先生に連絡を入れ、俺たちのことを話しておく予定だったという。結果として俺たちに先を越される形となり、本人は少し悔しがっていた。
そしてさらに2か月後、ちょうど桜の開花日に、俺たちは小学校を卒業した。




