6-9.蒼嶺学園受験⑥
「次に試験当日についてだけど、急にほかの受験生と別の会場に案内されて戸惑わなかったかしら?」
「あ、はい。最初は少し困惑しましたけど、自分たちしかいないのは逆に気楽だねって話してました」
校長先生の質問に七海が答える。
「実はそれが狙いだったんですよね?」
「え?」
俺が澄江さんたちに向かって話しかけると、七海が疑問の声を上げる。
「自分たちを他の受験生と引き離したのは、自分たちの自然体な姿を観察するため。他の受験生と一緒にさせると周りの緊張に引っ張られたり、人の見る目を気にして素の姿が出にくくなりますからね。だからあえて切り離して、自分たちがリラックスして普段通りに振る舞える環境を整えたんじゃないですか?」
「さすがね。その通りよ」
俺の予想に澄江さんが感心したように頷きながら言う。5人からは口々に驚きの声が上がった。
「え、じゃあ水島さんが自分たちに気を遣ってくれたのもそのためですか?」
「左様でございます。ただ、神崎様の指示があったことは事実ですが、それを抜きにしても皆様の緊張を少しでもほぐしたいと願っておりましたので、そうなるようお力添えさせていただきました」
結乃の質問に水島さんが直接答える。確かに彼女の当日の所作はごく自然でわざとらしさがなかった。それは、俺たちをサポートしたいという本心が滲み出た結果だろう。
「そして試験時間以外でも、自分たちがどのように振る舞っているかを水島さんに観察させていた」
「その通りよ」
「「「「「ええ!?」」」」」
俺の予想を澄江さんが肯定すると、5人は再び驚きの声を上げる。
「え、じゃあお昼ご飯を食べてたときも、面接の順番が来るまで待っているときも全部見られてたってこと?」
「全然気づかなかった……」
みずきが水島さんと俺を交互に見ながら言い、凛が手を口に添えて呟く。
「けど、なんでそこまでして私たちの素の姿が見たかったんだ?」
「この学園で生活する上で支障をきたすような要素がないかを調べるためさ。俺たちの素の姿が、この学園で過ごす姿そのものになるからな。例えば俺がみんなを支配的に扱っていたり、みんなが俺に過度に依存しているような状態だったら、不合格になっていただろうな」
藍の質問に答えつつ、俺は澄江さんたち3人の方に視線を向ける。
「そして、そうした俺たちの素の姿や関係性をあぶり出して、健全な状態にあることを確かめることが面接試験の目的。そうですね?」
「その通りよ」
澄江さんが笑いながら俺の問いかけに答えた。
「今回の面接試験の合格基準はただ1つ。男子受験生とその推薦者が、そして推薦者同士が対等関係にあることよ」
「対等関係、ですか?」
澄江さんの言葉を結乃が繰り返す。
「具体的には、互いが互いを尊重し、支え合う関係になっているか。逆に、さっき隆一くんが言っていたみたいに、一方が他方を支配するような上下関係、主従関係になっていないか。あるいは依存する、依存し合うような関係になっていないかをチェックしていたのよ」
澄江さんの答えに史佳さんが補足する。
「この面接試験の目的がわかると、面接でみんなに聞かれた質問の意図も読み取れる」
俺の言葉に全員が俺の方を向く。
「最初の『みんなが夢中になっていることは何か』という質問だけど、これは質問の内容はそこまで重要じゃない。現に当日校長先生が、夢中になっていることならテレビや漫画、ゲームでもいいっておっしゃってたしな」
「じゃあ、何のためにこの質問をしたの?」
みずきが身を乗り出して俺に疑問を投げかける。
「この質問のとき、他の人が自由に補足やフォローを入れてもよかっただろ?そこが一番のミソなんだ。もし誰かの趣味を快く思っていなければ補足しづらいし、そもそも互いの趣味に無関心だとしたらフォローの入れようがないからな」
「そうか。もし私たちがお互いのことをよく知っていて、尊重し合えているなら、自然とフォローし合えるもんね」
俺の答えにみずきが手を顎に添えて納得する。
「そう。そして現に、みんなはこのフォローがしっかりできていた。それはお互いのことをちゃんと理解して尊重し合えているからだ」
俺の言葉を澄江さんたちは頷きながら聞き入っている。
「2つ目の『長所と短所』の質問、これも自分以外の人の長所と短所を答えさせるところがポイント。お互いのことをよく見ていないと答えられない質問だし、特に短所は知っていたとしても答えるのはハードルが高い。逆に短所を臆せず答えられるってことは、互いが対等で気の置けない間柄であることの証左だ」
「確かに褒め合うのは簡単だけど、短所を指摘するってなかなかできないもんね……」
凛が俯き気味で呟くように言う。
「長所と短所を言う相手に七海が選ばれたのにもワケがあるのか?」
藍が身を乗り出して俺に質問する。
「おそらく推薦書や志望理由書からこの受験の発端が七海であることに気づいて、七海がみんなを振り回すような関係になっていないかを確認したかった、ってことじゃないかな。七海と4人に上下関係があったとしたら、短所なんて余計に答えづらいしな」
「……そうなんすか?」
「悔しいけど、その通りよ」
俺の推測を受けて藍が澄江さんに確認すると、澄江さんが苦笑いしながら肯定した。
「そして、瀬戸さんのあの3つの質問だ」
俺が瀬戸さんに視線を向けると、彼女は不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「内容から明らかだけど、いずれもみんなが俺に対して過度に依存していないかを調べるための質問だ。それだけならよりマイルドな内容の質問もいいけど、あえてあの内容にしたのはみんなの動揺を誘うため。そうですね?」
「ふふ、その通りよ。人間、ピンチに陥ったときほど素の姿が見えるからね」
瀬戸さんが紅茶を飲みながら俺の問いかけに答える。
「そんな状態でもしっかり受け答えができて、みんなが俺から自立していることがわかる内容であればセーフ。逆に黙り込んでしまったり、裏切るなんてありえないとか、死ぬなんて不謹慎なこと言うなとか、感情に任せた回答をしてしまったらアウト。まあ黙り込むのは想定内で、もしそうなったらよりマイルドな内容の質問に切り替える手筈だったかもしれないな」
「そんなことまでわかっちゃうのね」
瀬戸さんのセリフからして、俺の予想はすべて的中しているのだろう。彼女自身は図星を突かれて驚くというより、むしろ楽しんでいるように見える。
「あの3つの質問、実は私が自ら考案したものなの」
「そうだったんですか!?」
瀬戸さんの言葉に結乃が驚く。
「推薦書にもあなたたちと隆一くんの関係性の記述を求めてはいたけど、あれだとどうしても本人以外の添削が入る余地を与えてしまう。本人の口から隆一くんとの関係性の本質を語らせるには、あなたたちを動揺させる厳しい質問が必要と思ったのよ」
「正直、心臓止まるかと思いましたよ……」
瀬戸さんの答えにみずきが胸に手を当てながら重ねる。
「なら私の目論見通りね。そしてあなたたちはその上で、自分なりの考えを絞り出して言葉にしていた。それは依存や服従ではなく、互いに考え、判断できる関係性の証よ。隆一くんに寄りかかるだけの関係なら、あの場で答えは出せなかったはずだもの」
瀬戸さんの言葉を聞いた5人が「ほぅ」とため息をついた。
「な?月曜になればわかるって言って、その通りになったろ?」
「あ!そういえば!」
面接試験後の問答を思い出した藍がハッとして言う。
「隆ちゃん、もしかして今日私たちがここに呼ばれることにも気づいてたの?」
「場所まではわからないけど、月曜に澄江さんたちと会うことになるとは思ってた。面接試験の最後に、澄江さん『月曜日にお会いしましょう』っておっしゃってたからな」
「ええ!?そうだったっけ!?」
七海の問いかけに答えると、みずきが目を見開いて驚く。
「やっぱり隆一くんは聞き逃さなかったのね」
「じゃあやっぱり……」
澄江さんが笑みを浮かべながら言うと凛がそれに反応する。
「で、最後の澄江さんからの質問。まああの瀬戸さんの質問を突破したから、ほぼ最終確認みたいな位置づけになっただろうけど、仲間内で互いに感謝し合えているかは大事な指標だ。自然と感謝を口にできるのは、日常的に互いを支え合って、それを当たり前と思わず感謝の心を忘れていない証拠だ」
俺の言葉に澄江さんと校長先生が深く頷いた。
「そうね。しかもその質問をしたとき、みんなすぐに手を挙げたわ。本音を言うと、その時点で私は『この子たちは大丈夫』って思えた。皆さん全員が普段から自立した心を持って、互いを支え合い、尊重し合い、感謝し合う関係を築けている。ぜひうちに来てほしいとお願いしたいくらいだったもの」
今までにない褒め言葉に5人は顔を赤らめて照れ笑いを浮かべる。
「ただ、ここからが大変よ?」
それに釘を刺すように告げたのが瀬戸さんだった。
「澄江さんが、今回の共学化に反対派の大方は納得したって言ってたけど、それは厳密にはまだ反対の立場の人たちが残っているということ。それに、表面上は納得しても本心ではそうではない人もいるはず。あなたたちの同級生含めて、そういった人たちと対峙する場面が必ず訪れるわ」
瀬戸さんが発した「同級生」という言葉を聞いて、俺はあることを思い出した。
「特別クラスへの編入に同意した人はどれくらいいたんですか?」
「9割以上は同意してくれたわ。でも同意しない子は0ではないし、その子たちも入学してくる可能性は十分ある。史佳さんが言っていた通り、その子たちを含めて、隆一くんを心から歓迎しきれない子たちとどう付き合っていくか。これは無視できない大きな課題ね」
校長先生が低めの声で忠告すると5人の顔が強張る。少数派とは言え、俺の存在を快く思っていない人がいることは事実。俺自身はもちろん、俺を推薦したみんなも良い目では見られないだろう。その現実を校長先生はあえて忠告してくれたのだ。
5人の顔色を見た校長先生が一転、朗らかな表情になって話す。
「でも安心して。あなたたちの学園生活を苦しいものには絶対させない。私たち含め、学園の教員たちもサポートを惜しまないわ。だってあなたたちは学園が提示した条件をクリアして、正当な手続きを経て合格したんだもの。そこは気後れせずに胸を張ってちょうだい」
校長先生の言葉に5人の表情が少し和らいだ。
「そうよ。あなたたちは筆記試験の点数が9割以上だっただけじゃなく、隆一くんの推薦書を書いて、かつ面接試験も突破してきたんだもの。その努力を踏みにじる資格なんか誰にもないわ」
澄江さんも校長先生に続けてみんなを励ます。初めて男子を受け入れるにあたって、学園から相応のフォローはあるとは思っていたが、実際に言葉にして約束してもらえるのは心強い。
「ありがとうございます。自分が矢面に立つのは構いませんが、俺がここに来たせいでみんなが理不尽に傷つくのは本意じゃありません。もちろん俺自身もみんなを全力で守りますが、学園としても支えてもらえるのは心強いですので」
俺が感謝を述べると、史佳さんが「ヒュー」と短く口笛を吹いた。澄江さんは「その心がけ、忘れないでね」と笑い、校長先生も同調するように頷いた。
「追い打ちをかけるようで悪いけど、今年入学する男子の中であなたが一番大変よ?なにせ、あなた1人を5人の女子が推薦したんだもの。反対派の連中が一番嫌悪感を抱くパターンよ。ほぼ間違いなく、あなたを女好きのろくでなしと決めつける輩が出てくるわ」
瀬戸さんが笑みを浮かべながら俺に言う。それに俺も微笑みながら応じようとする。
「上等ですよ」
俺が言わんとしていた言葉が別のところから発せられた。そこには藍が机に両肘をついて目を輝かせていた。
「だってそうだろ?隆がどんなやつか、私たちが一番よく知ってる。外の人間がどう言おうと関係ねえ。むしろ誤解してるなら正してやればいいし、それでも聞かないなら放っておけばいい。隆を侮辱するやつがいたら、私が真っ先に否定してやる!」
「藍ちゃん……」
みずきが目を丸くする。その隣で凛も「ほんとに言いそう……」と呆れ半分、でもどこか安心したように呟いた。
「私も同じです」
今度は七海がきっぱりとした声を出す。
「そんなことを言う人がいたら、私もはっきり言い返します。隆ちゃんは私たちを支えてくれて、一緒に戦ってくれた人なんですから。今まで隆ちゃんにたくさん助けてもらった分、今度は私が助ける番です」
「私も!」
「私だって!」
「もちろん私も!」
結乃、みずき、凛が次々に声を重ねる。その顔は誰も引けを取らない真剣さで、瀬戸さんもその威圧感に少々圧倒されている。
「……そういうことです」
俺は照れ隠しのように小さく笑いながら肩をすくめる。
「結局、何を言われようと俺たちの中で答えが出ていればそれでいい。外野が何を叫んでも、俺たちの関係は揺るがない。そういう仲間を持ててる時点で、もう勝ってるようなもんですから」
俺の言葉に5人は揃って頷き、改めて澄江さんたち3人を見据えた。




