6-8.蒼嶺学園受験⑤
「片山様とその推薦者の皆様をお連れしました」
「水島さん、ありがとうございます」
水島さんが話しかけると、エグゼクティブデスクにつく神崎理事長が笑顔で答えた。その前のテーブルを囲む形で応接ソファが置かれており、俺たちから見て右側のソファには校長先生と瀬戸さんが並んで座っていた。面接時と同じ顔ぶれだ。
「お待ちしてましたよ。さ、空いてる場所に座ってちょうだい」
神崎理事長の指示で、5人は左側の長いソファ、俺は神崎理事長と対面する位置にある1人掛け用のソファに座った。水島さんは、理事長室の奥にあるドアの向こうへ入っていった。
「みんな1週間ぶりね。昨日の夜は眠れたかしら?」
「正直かなり心配でしたけど、気づいてたら寝てました」
神崎理事長が「ふふ。よかったわ。寝不足じゃなさそうね」と結乃の答えに微笑みながら返すと、後ろのドアから水島さんがトレーを持って戻ってきた。
「お熱いのでお気をつけください」
「わあ……」
トレーに乗せて運ばれてきたのは紅茶が入ったティーカップと苺のショートケーキだった。水島さんが一人ひとりの前にティーカップとケーキ、食器を置いていく。紅茶の甘い香りが場に漂う中、5人はケーキだけでなく水島さんの動きにも目で追っている。
「あ、あの、もしかして水島さんって……」
「ふふ。そうよ。私の専属秘書なの」
結乃の質問に神崎理事長が答えると、結乃が「やっぱりそうなんですか!」と驚く。試験当日に俺たちの試験監督を務めていたときから、言葉遣いや立ち振る舞いが洗練されていると思っていたが、秘書さんなら納得だ。
「まずは皆さん、合格おめでとう。急に引き留めて申し訳なかったけど、少しお時間いただけるかしら?」
「あ、はい!大丈夫です!」
神崎理事長が問うと七海が返す。
「ありがとう。今日はささやかだけど、私たちからお祝いの席を用意させてもらったの。面接のときみたいに畏まらなくていいわ。普段、おやつを食べるような感じでお話ししましょう。隆一くんも面接試験のときにお話できなかった分、今日はたくさんお話させてちょうだい」
「お手柔らかにお願いします」
俺の返答に神崎理事長が微笑む中、水島さんが茶菓子をふんだんに載せた2つの大皿をテーブルに置いた。
「すげえ……」
「ささ、ケーキも食べてみて。お菓子も自由に食べてちょうだい」
神崎理事長が俺たちにケーキと茶菓子を促すと、瀬戸さんが神崎理事長の方に顔を向けた。
「澄江さん、肝心なこと聞くの忘れてますよ?」
「あら、何かしら?」
瀬戸さんの問いかけに神崎理事長が疑問符を浮かべると、瀬戸さんが今度はこちらに視線を向けてニヤけた。
「一応確認だけど、みんなここが第一志望なのよね?」
「あ、はい!もちろんです!」
七海が少々食い気味で答える。確かに蒼嶺学園に合格しても、規定上は別の学校に進学することは可能だ。まだ俺たちは明確にここに進学すると意思表示したわけではない。
「ああそうだったわ!私から確認しようと言っててすっかり忘れてた」
神崎理事長が両目を見開き、少々オーバリアクションで言う。
「第一志望なら問題ないわ。心置きなく食べてちょうだい。せっかく出されてるんだから食べないともったいないわよ」
瀬戸さんはそういうなり、茶菓子のひとつである小ぶりなチョコクッキーを手に取って口の中に放り入れる。5人はそれを合図に少し慌てて「いただきます」とケーキに手を伸ばす。俺も言われるがまま口にしてみる。見た目はいたって普通の苺のショートケーキだが、生クリームがしつこくない甘みで、苺の酸味とうまく調和している。スポンジは柔らかいながらも噛めば意外にもしっかりとした密度を感じさせ、ほどよい弾力が心地よい。
「あ、おいしい……」
「でしょう?このケーキ、私の家の近くに昔からある和洋菓子屋さんのものなの。お饅頭も甘くて絶品なのよ」
凛がこぼした言葉に神崎理事長がすかさず反応する。
「お饅頭もですけど、私は栗羊羹が一番のお気に入りです」
「私はガトーショコラですね」
校長先生が言うと、瀬戸さんが紅茶をすすりながら重ねる。
「……そのお店、もしかして満甘堂ですか?」
「え!?隆一くん知ってるの!?」
俺が神崎理事長に質問すると、先ほどより自然なオーバリアクションで神崎理事長が聞き返す。
「隆くん、満甘堂って」
「辰之介さん御用達のあのお店だ」
俺が紅茶をすすりながら答えると、みずきが「やっぱり!」と手を叩き、神崎理事長が「辰之介さん?」と聞き返す。
「私の剣道の師匠です。藤堂辰之介先生と言って、小学4年からお世話になってるんです」
「ええ!?藤堂さんって、あの剣道協会の!?で、でも、今は道場は息子さんが継いで、ご自身は師範を引退されたはずじゃ……」
みずきの説明に神崎理事長が明らかに動揺しながら呟く。
「みずきだけ特別に稽古をつけてもらってるんです。みずきが剣道と弓道を両方続けられているのも、辰之介さんの力添えが大きいんですよ」
「その辰之介さんとみずきちゃんを引き合わせたのは隆くんでしょ?」
「え、ええと、つまり……?」
俺の説明に結乃が重ねると、神崎理事長はますます困惑してしまう。
「くくく……隆一くん、悪いけど最初から説明してくれないかしら?澄江さんが混乱しちゃってるから」
「そうですね。じゃあ……」
と、必死で笑いを堪える瀬戸さんの頼みで、俺はみずきが剣道と弓道の両立に至るまでの過程をすべて説明した。
「なるほど。みずきさんが書いた推薦書や面接で概略は知っていたけど、そういう事情だったのね」
校長先生がしみじみと言いながら頷く。
「実戦形式で実力を見るなんて、確かに藤堂さんらしいわね」
神崎理事長が顎に手を添えながら言う。
「ていうか、理事長さんと辰之介さんって知り合いだったんですね」
「ええ。同じ地区に住んでいるからね。私がここの理事長をしていることもご存知のはずよ。あと、私のことは名前で呼んでちょうだい」
神崎理事長改め澄江さんが藍の質問に答える。
「私、藤堂先生から澄江さんのこと一言も聞いてないんだけど」
「……こりゃ本人に確認しとく必要があるな」
「え?」
俺の言葉に校長先生が疑問符を浮かべる。
「澄江さん、電話貸してもらえませんか?」
「え、ええ。水島さん、電話の子機持ってきてくれる?」
「承知いたしました」
澄江さんの隣に控えていた水島さんが、澄江さんの指示で再び奥のドアの向こうに消え、ほどなくして固定電話の子機を携えて戻ってきた。俺は水島さんから子機を受け取り、金井家の番号で発信すると、千代子さんが出た。
「あ、千代子さん?隆一です。うん。辰之介さんいる?ちょっと代わって」
辰之介さんに代わってもらう間に、スピーカーフォンのボタンを押して周りに声が聞こえるようにする。ほどなくして、子機の向こうから辰之介さんの声が聞こえてきた。
「おお隆一、どうした?」
「辰之介さん、俺たちに何か隠し事してない?」
「隠し事?なぁんのことだ?」
声のトーンから明らかに面白がっているのがわかる。
「蒼嶺学園の理事長さんと知り合いでしょ?」
「なぁんだもうバレたんかあ。後で驚かせるつもりだったんだがなあ」
「やっぱりか」
俺がため息をつきながら言うと、辰之介さんは電話の向こうで「はっはっは」と上機嫌に笑う。
「もしかして神崎さんと話をしたのか?」
「今ちょうど話してるところ」
「なんだそうなのか。ちょっと代わってくれんか?」
俺が子機を澄江さんに渡すと、澄江さんは電話越しに恐縮しながら話し始めた。その様子を見た瀬戸さんがまた笑いを堪えている。少し話した後、澄江さんは電話を切って水島さんに手渡した。
「ふぅ……史佳さん、ちょっと笑い過ぎじゃないかしら?」
「すみません……でもいつも冷静で堂々としてる澄江さんがあんなに恐縮してるの初めて見たので……」
たしなめられても笑っている瀬戸さんに、澄江さんは「まったくもう……」と呆れる。
「藤堂さん、隆一くんのことを『友達』って言ってたわ。みずきさんも含めて、皆さんをよろしくお願いしますって」
澄江さんが紅茶を一口飲んで落ち着いてから話す。
「まさかこんな繋がりがあるなんてね……試験のときですら驚かされっぱなしだったのに」
「試験って、面接試験のことですか?」
校長先生の言葉に結乃が反応する。
「面接もそうだけど、筆記試験の結果もすごかったわよ。全員全科目で点数が9割を超えてたもの」
「本当ですか!?」
校長先生の説明に七海が身を乗り出して驚く。
「じゃあ、特待生は……」
「ええ、6人全員、一番上のSランク特待生よ。今、保護者の皆様にも説明してるはずだわ」
その瞬間、5人が歓喜に沸いた。Sランクなら入学金と中高6年間の授業料が全額免除になるはず。これはデカい。校長先生が苦笑しながら続ける。
「全科目9割超えなんて例年全体で2、3人がせいぜいなのに、一体どんな勉強したの?」
「あ、あの、それは、隆ちゃんが作った予想問題のおかげです」
「予想問題?」
俺が説明すると、澄江さんと校長先生が感心したように頷いた。
「すごいわねえ、そこまで的中させちゃうなんて……実はもっと言うと、今年は全科目満点が4人いて、そのうちの1人は隆一くんなの」
「ああ……やっぱりですか……」
「みんな驚かないのね」
またまたさらりと校長先生から告げられた真実に5人は達観したような反応を見せ、澄江さんが失笑する。
「隆くんにとっては満点が当たり前なので」
「そうなの。どこかでよく聞くセリフと似てるわね」
校長先生がそう言いながら横の瀬戸さんを見やると、瀬戸さんは反対側を向いてわざとらしく口笛を吹く。
「彼女も全科目満点で入学して、それ以来全てのテストで全科目満点を維持してるのよ」
「ば、化け物が2人いる……」
藍がフィナンシェを頬張りながら若干引き気味で言う。
「今年は簡単だったのかしらと思ったけど、全体的には例年通りみたいだから、やっぱりみんなと残りの3人が特別だったみたい」
澄江さんがそう言って紅茶を口にする。
「ちなみに、その3人は男子受験生ですか?」
「ええ、そうよ。よくわかったわね」
「「「「「ええ!?」」」」」
俺が澄江さんに問うと、彼女が目を見開いて答え、5人も驚きの声を上げる。
「なんとなくです。ただ俺の他にも男子受験生がいるなとは思いました」
「え、隆くんいつ気づいたの!?お昼のときはわかってなかったよね?」
俺の返答に結乃が被せて言う。
「面接試験の直前さ。水島さんが『順番が来たら呼びに来る』って言ってたからそこで気づいた。もし男子が俺だけだったら順番を待つ必要ないだろ?」
「ああ確かに言ってた!面接のことで頭がいっぱいで全然気づかなかった!」
思い出したように藍が叫ぶ。澄江さんが軽くため息をついて話し始める。
「やっぱり気づいてたのね。実はこれ私の指示なの。自分たち以外にも面接を受けている人がいると気づかせて、反応を探ってたのよ」
澄江さんが水島さんを見ながら言うと、水島さんが軽く頭を下げた。
「もしかして、その目論見にも気づいてて、敢えて話題に出さなかったの?」
「いえ、普通に水島さんの失言かと思ってました。ただ敢えて話題に出さなかったのは合ってますね。みんなに教えたら教えたで落ち着かなくなると思ったので」
校長先生の質問に答えると、澄江さんが「やられたわぁ」と悔しそうに呟き、瀬戸さんがまた失笑した。
「あれ、じゃあその3人と推薦した人たちも、今からここに来るんですか?」
「残念だけど、今日は都合がつかないらしくて、また後日こうしてお話することになってるの。だからみんなが顔を合わせるのは入学式のときね」
七海の質問に校長先生が答える。おそらく俺らより先に受付を済ませて、その場でここには来られないと伝えたのだろう。
「これに限らずですけど、至るところで自分たちを試すようなことしてましたよね。それこそ出願の段階から」
「ええ、そうね。せっかくだから、どこまで気づいているか教えてもらえるかしら」
澄江さんの提案で、ここからは諸々の答え合わせの時間となった。
まずは異様に厳しい男子受験生の出願システムだが、これは悟さんの仮説で合っているだろうから七海から話してもらった。結果としては仮説の通り。やはり共学反対派の声は無視できないレベルで大きく、学園は一気に共学化せずに、段階的に男子の生徒数を増やすことにした。そこで共学化初年度の今年の入試では、推薦形式とした上で推薦者の負担をわざと大きくして、男子受験生の出願数を抑え、なおかつ出願段階からふるいにかける方式を取ることにしたそうだ。
「共学化に反対しているのはやはり在校生やOGが主ですか?」
「そうね。反対が出ることは予想していたから、数年前から反対する人も納得できる方針を模索して、少しずつ準備してきたの。最終的には今回の選抜方式と、徐々に共学化を進めていくロードマップを提示して大方は納得してもらえたわ」
蒼嶺学園が共学化を構想し始めた時期に関しては、俺も気になって調べてみたことがある。その結果、5年前に澄江さんが地元の新聞の取材を受けた際に「共学化」という単語を使っていたことが判明した。少なくともこの時期には共学化の構想は始まっていたと思われる。
「それにしてもこの選抜方式、公表したとき逆に批判を受けたりしませんでした?男子だけ合格基準が厳しいのは不平等だって」
七海から受験の話を聞いたときから考えていたことを澄江さんにぶつけてみた。出願段階から露骨に男女差があるこの方式、一部の過激な団体なんかは嗅ぎつけたら黙っていないと思うのだが。
「それなら大丈夫。噛みついてきそうな団体に所属しているOGたちに根回しはしっかりやったから」
「いや言い方」
身も蓋もない言い方に思わずツッコんでしまった。話を聴くと、OGの伝手を辿ってその手の団体とも数年前から接触し、段階的な共学化の構想を伝えて協力を要請していたそうだ。まあ確かに両方から批判浴びていたら動きようがないからな。そのあたりは理事長としての澄江さんの抜け目のなさを窺うことができた。




